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イランは許されるのか
2026年3月10日
田中 宇
これまで、イスラエルは仇敵であるイランの、政権転覆もしくは大幅な弱体化を求めて軍事攻撃を続けてきた。イスラエル(米諜報界を握ったリクード系)のおかげで政権についたドナルド・トランプは、できるだけ戦争なしでイスラエルの希望をかなえたいので、今年初めにベネズエラで成功したソフト転覆策(政権トップだけ入れ替えて反米を親米に転換する)をイランでもやろうとした。
(イラン攻撃でイスラエル中東覇権の確定へ)
米イスラエルは、イランの最高指導者だったハメネイを自発的に引退させ、後継選びに介入して親米派に継がせてソフト転覆しようとした。ハメネイが引退を拒否したので2月28日に空爆して殺害し、後継者選びに介入しようとした。
だが、イランで強い権力を持つ軍部の革命防衛隊は、ソフト転覆に応じると権勢を失うので拒否し、上層部でソフト転覆を受け入れたがる穏健派の主張を退け、専門家会議を動かし、防衛隊と親しいハメネイの息子モジタバを3月9日に後継者にした。
(分岐点にきたイラン)
トランプはモジタバの就任を受け入れないと言っている。まず核兵器開発をやめさせる交渉を続け、イランが応じないならモジタバ殺害など政権転覆の戦争を再開すると言っている。イランの海軍も空軍もすでに破壊し、4-6週間続ける予定だったイラン戦争は前倒しして間もなく終わるとか、原油相場の高騰はわずかな代償でしかないと、トランプは言っている。
('War pretty much complete': Trump says military campaign against Iran 'ahead of schedule')
もともとイランは核兵器開発しておらず、核問題は濡れ衣だ。イランの核(原子力)施設の多くは破壊され、核部門の幹部たちも行方不明だ。ロシア当局(ロサトム)は、今回の戦争でイランの原子力部門との連絡が途絶えたと言っている。
(Russia has lost contact with Iran’s nuclear sector leadership - Rosatom)
交渉しなくてもイランの核問題は終わっている。ハメネイ殺害の直前まで、米国とイランは核問題の交渉を続けており、妥結直前に米イスラエルがハメネイを殺した。後任のモジタバが交渉を再開すればすぐ妥結できる。
それとも、米国側は核交渉にイラン側を引っ張り出し、交渉にまつわるイラン上層部の通信を傍受してハメネイの居場所を探って殺したとか?。モジタバが交渉再開に応じると居場所を突き止めて殺す罠であるとか?。
(War on Iran: The Axis of Resistance Has Broken)
イスラエルは2024年9月、イラン傘下のレバノンのヒズボラの英雄指導者ナスララの居場所を突き止めて空爆で殺し、その後は後継者になるはずだった従兄弟のサフィエディンも殺した(その後決まった後継者カセムは現存)。米諜報界を使い放題のイスラエルはモジタバを殺し得る。
(ヒズボラやイランの負け)
米国とイランは「核問題の交渉」と言いつつソフト転覆の交渉をしていたと考えることもできる。革命防衛隊が握るイラン上層部は、ソフト転覆を拒否し、殉教したハメネイの後継に次男のモジタバを就けることで、イスラム革命の継承という国家の尊厳を維持したが、その他の点については米国との今後の交渉で譲歩する可能性がある。
その他の点として考えられることの一つは、イランが2010年ごろから、レバノンのヒズボラやイエメンのフーシ派、イラク民兵団、シリアの前アサド政権、パレスチナのハマス(スンニ派)など、中東各地のシーア派を中心とする反米反イスラエルの民兵団を支援して米イスラエルと戦争させてきた「抵抗の枢軸」の戦略をやめることだ。
(Axis of Resistance - Wikipedia)
抵抗の枢軸はイランの覇権戦略であり、革命防衛隊の権力拡大の源泉でもあった。イスラエルにとって抵抗の枢軸は最大の脅威であり、だからイランが仇敵だった。
イスラエルはトランプに政権をとらせて米国の戦略を牛耳った後、抵抗の枢軸の各勢力を一つずつ潰していった。
ヒズボラとアサド政権は、トランプの返り咲きが決まった2024年秋以降に壊滅させられた。ハマスはガザ戦争で潰した(もともと敵役のイスラエル傀儡でもあったが)。イスラエル軍は紅海対岸ソマリランドのUAE基地を借りるなどして、フーシ派もしつこく空爆した。
(パレスチナ抹消に協力するトランプ)
ヒズボラとアサドの消失は、イランの中東覇権の劇的な縮小(イスラエル覇権の劇的な拡大)となった。イスラエルは、米軍も動員したイラン本体への空爆も断続的に続け、イランの弱体化に拍車をかけた。
今回のイラン戦争に際し、イエメンのフーシ派はイランを支援せず傍観している。おそらくイスラエルなどからの警告に従った。
(Why All Is Quiet on the Yemeni Front)
イラク民兵団の一部であるサドル派は、モジタバの就任とほぼ同時に、(武装活動を完全に放棄して)人道支援に徹すると宣言した。
イラク民兵団の諸派のうち、サドルよりもイランに近い勢力は、イランのためにイラク駐留米軍の基地を攻撃したが、以前から中立的で非武装的なサドルはイランから距離をおいた。
(Sadr Orders Saraya Al-Salam to Limit Activities to Humanitarian Work)
ヒズボラの残存勢力は、ハメネイ殺害の報復としてイスラエルを攻撃したが、米イスラエルと和解したいレバノン政府から強く非難され、イスラエルからも猛反撃されている。
かつてレバノン政府を支配していた「かっこいい」ヒズボラは、今やショボい反政府勢力だ。
(As War With Iran Rages, the Axis of Resistance is in Survival Mode)
(Lebanon ready to resume talks with Israel to stop escalation - president)
トランプ登場まで強大な勢力を誇っていた抵抗の枢軸は、今回のイラン戦争で、ほとんど稼働していない。
モジタバが革命防衛隊の傀儡となって抵抗の枢軸を再拡大しようとするなら、米イスラエルから容赦なく攻撃を継続されるが、現実を見据えて立って抵抗の枢軸を全放棄するなら、ソフト転覆に準じる流れになりうる。イラン国内だけに縮小されるが、防衛隊の権力や利権も維持できる。
「外地」の多く(北海道と沖縄以外)を放棄した終戦時の日本と似ている。覇権を放棄するが国体は護持できる。(イランの覇権は領地拡大でなく民兵団の強化だったが)
そもそも、イランに抵抗の枢軸を作らせたのはオバマ政権など米英の英国系勢力だ。911事件後、米諜報界にリクード系(イスラエル)が入ってきて、追い出される英国系が反撃としてイランを強化した。
米上層部でイスラエルが強くなり、英国系も表向きはイランを敵視・制裁せざるを得ない。英国系(オバマ政権)は、中共やロシアを誘導してイランに兵器類や軍事技術を輸出するように仕向けた。イランはそこそこの軍事大国になり、中東各地の民兵団を支援してイスラエルを攻撃した。
英国系お得意のイメージ戦略が駆使され、中東のイスラム主義者や米欧日のパレスチナ支持者らがハッサン・ナスララのヒズボラを「カッコいい」と思うようになった(間抜けな私自身もその一人だった)。
(反イスラエルの本性をあらわすアメリカ)
(イスラエルとの闘いの熾烈化)
こうした英国系によるイスラエル潰しのイラン強化策に対抗してイスラエルがやったのが「トランプ革命」だった。
最初は、英国系(民主党)の国際リベラル運動に対抗する米国土着右派(共和党)の運動に乗ってトランプが初当選し、就任後トランプがしだいにイスラエル傀儡色を強め、2期目でそれが加速した。
(トランプの優勢)
トランプを擁立したイスラエル(米諜報界)は、ウクライナ戦争で英欧を自滅させてロシアを勝たせて取り込み、中共の上層部で内乱を起こして習近平を脅し、中露がイランを支援しないようにした。
世界的に、イランを支援する国はなくなった(石油と引き換えに北朝鮮が、とか?。プーチンが北に加圧してやめさせる)。EUや高市はイランを非難している。アラブも印度もイスラエル寄りだ。トルコも黙っている。
(中東に再招待されるロシア)
イランがイスラエル敵視の「抵抗の枢軸」策を放棄したら、イスラエルが満足してイランを許すのか。イランは、できる範囲の譲歩で許されるのかどうか。
イスラエルがイランを許さない場合、今後の戦争はどうなるか。イランは大して反撃できないので、焦点は米イスラエルの行動になる。
一つの可能性として、イラン国内のクルド人やアゼリ人をけしかけて、地域ごとの分離独立を目指す内戦にする、というのがあるが、可能性は低い。
(Kurds Do Not 'Trust' US To Use Them As Proxy Force Against Iran)
米イスラエルがイラクのクルド軍に頼んでイランに侵攻させたという話があったが、現実になっていない。クルド人は米イスラエルを信用してない。
イラクのクルド軍はかつて米イスラエルに頼まれてサダム・フセイン政権から分離独立を宣言したが、フセインのイラク国軍に侵攻されて潰された。米軍は約束したのに助けに来ず、フセインがクルド人を虐殺するのを看過した。
(クルドの独立、トルコの変身)
もし今後、クルド人やアゼリ人が蜂起してイランからの分離独立に成功するとなると、その後問題になるのは、イラクとイランのクルド人が合体して新国家を建設したり、アゼルバイジャンがイランのアゼリ人を併合して台頭することだ。
いずれも、米イスラエル(とくに、いずれ具現化する米覇権衰退後のイスラエル中東覇権)の言うことを聞かなくなり得る。
中東は、国境の線引を変更するほど難題が大きくなる。イスラエルは、イランの現国境を変えたくない。クルド人やアゼリ人は、蜂起しても最終的に見殺しにされる。みんなそれを知っているので蜂起しない。
イランが分割できないなら、イランの政体は潰せないよ。みんなそう思う。だが、イスラエルには「ガザの先例」がある。イランを分割できなくても、テヘランをガザみたいな瓦礫の山にすることはできる。
イスラエルはガザで50万-150万人を殺したが、世界から制裁されていない。イスラエルは、人権を簡単に無視できる。ガザ戦争後、イスラエルと付き合っても良いと考えている国は、むしろ増えている。
テヘラン市民の大量虐殺を防ぐには、モジタバや革命防衛隊が、イスラエルが満足するまで譲歩するしかない。
イスラエルは、なぜ、中東の諸大国の中でイランだけ潰すのか。それは、他の中東の大国は大した脅威でなく、すでにイスラエルと裏で取引しているからだ。
イランの次に強いのはトルコで、イスラエルとトルコは表向き対立しているが、これは演技で、両国は対立を演出しつつ、コーカサスや中央アジアや東欧(ギリシャとか)で覇権拡大の策をやっている。
(こっそりイスラエルを助けるアラブやトルコ)
バラク・オバマとか英国系がけしかけたせいで、イランだけがイスラエル敵視を変えずに突き進み、今の猛攻撃を受けている。オバマを馬鹿にするトランプは正しい。
ハメネイは転換を拒否し続けたので殉教した。シーア派の頑固な殉教の精神は良いのか悪いのか。馬鹿なだけでないか。モジタバはそれを継ぐ気なのか。
イスラエルを潰すまでイランが戦い続けることを期待する人々が日本にもいるが、考え直した方が良い。
(Cuba Is Negotiating Deal With US, Trump Says)
中南米ではベネズエラに続き、コロンビアやキューバがソフト転覆に応じ始めている。快楽主義と揶揄されても、ラティノの現実路線の方が賢明に見える。
本土決戦を避けて降伏して英米傀儡になった日本の方が賢明に見える。生きてなんぼ。殉教は要りません。
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