金融はいつまでもつのか2023年2月20日 田中 宇世界の金融システムの中心は米国だ。巨大な社債市場がある米国が資金量も圧倒的に多い。米国が金融崩壊すると世界が金融崩壊する。マスコミは米国について、インフレが一段落したので米連銀(FRB)の利上げも一段落し、金利上昇が止まるので資金調達がやりやすくなって米経済の景気が好転する、金融危機にはならない、と予測している。 (Shrinking Money Supply Undercuts "Soft Landing" Narrative) (Powell Post-Mortem: "Volcker Has Left The Building" And "We're Not In Wyoming Anymore") これと対照的にオルトメディアは、インフレの小康状態は一時的であり、近いうちにインフレが再燃し、米連銀は利上げを継続せざるを得ず、連銀はQTも続けているので金融システム内の資金の総量が減って金利曲線を歪曲的に逆転させておくことが困難になり、長期金利が高騰して金融危機になり、非米諸国がドルを見捨てるのでドルの基軸性喪失が加速し、債券やドルに対する信用が失墜して金地金ぐらいしか頼るものがなくなり、金相場が高騰する、と予測している。 (No Matter How You Turn It, The Global System Is Already Doomed: Got Gold?) (Inflation Is Going To Get Much Worse) 私から見ると、オルトメディアの方が正しい。マスコミは近年、ウクライナ戦争から新型コロナまでの多くの分野で根本的な歪曲・大間違いを意図的に報じ続けているが、金融に関しても、大幅な歪曲・間違いを固定して報道し続けている。 (The Federal Reserve Is Nowhere Near Victory) (The Core Of The Economy - The Middle Class - Is Crumbling) インフレについて、米国の当局や金融界は、CPIなどの物価や石油価格などの上昇を抑止したいと考えており、統計や相場の歪曲など、いろんな方法で見かけ上の価格を抑制している。CPIは最初の発表時に低めに出した後、何か月か経ってから情報修正する手口がとられている。また昨秋から米欧の景気が悪くなって消費が減退したこともあり、米国のCPIが昨年6月の前年同月比9.1%増をピークに、今年1月の6.4%増へと上昇幅・インフレ率が下がっているのだと考えられる。昨年12月から米経済は不況入りしたと考えられている。これから米国の景気が回復する見通しはない。好景気報道はウソである。米景気はさらに悪化していく。 (Huge CPI Revisions - Prices Rose Much Faster Than Originally Reported, for Months) 不況になると商品が人々に買われなくなって値下がりし、インフレの沈静化やデフレの傾向になるというのが教科書的な経済理論だ。しかし、それはもともとのインフレが好景気によって引き起こされている場合の話だ。今起きているインフレの原因は好景気でない。(1)コロナ危機以来の、米国内と太平洋航路などの流通網の詰まり、(2)ウクライナ戦争で世界が米国側と非米側に決定的に二分され、石油ガス食糧など資源類の多くが非米側のものになったため、米国側が買う資源類が高騰した、という2つことが今のインフレの主因だ。米国は中露敵視を激化しているので(2)は今後ますます高騰する。(1)も、米国側と非米側との分断の固定化という新要因が加わって長期化する。米国は最近、中国との対立を激化しているので、今後は米中の経済断絶がひどくなり、(1)(2)に起因するインフレが再燃する。米国側のインフレは今後もずっと続き、沈静化どころか逆に悪化する傾向だ。 (White House Considers Restricting China’s Access to Dollars, Media Reports) (El-Erian Says Fed Needs To Raise 2% Inflation Target Or It Will "Crush The Economy") インフレが再燃したら、米連銀は利上げを続けざるを得ない。インフレが沈静化して金利が下がるという権威筋の予測は間違っている。現在4.6%前後に設定されている米連銀の政策短期金利(FF金利)は、今後数か月以内にインフレが再燃して5%台に上がると予測されている。ふつうは、短期金利が上がると連動して長期金利も上がり、米政府が払うべき長期米国債の利払い額が増えて政府財政が圧迫される。米連銀は、QEの資金を使って長期の米国債や社債を買い支えて長期金利の上昇を抑止し、長期金利が短期金利よりも低い金利逆転状態を作り出し、政府の利払い額が増えないようにしてきた。 ( Gold To Seek Comfort From Duration As Fed Hikes) しかし連銀は昨年初めから、QEをやめて逆に債券を手放して資金を市場から吸い上げるQTを続けている。QTは現在、平均すると毎月1000億ドル分ぐらいの資金を市場から吸い上げている。QTは今後も2年ぐらい続く予定だ。QTと、インフレ再燃による短期金利の上昇という二重の要因が加速し、今後しだいに金利逆転状態を維持するのが難しくなり、長期金利が上昇する。米政府の利払い額が増えて財政破綻に近づくとともに、債券金融がシステム的に崩壊していく。 (The Fed - Factors Affecting Reserve Balances) (Credit Beginning To Look Like One Of Most Mispriced Asset) 米国では政府の財政赤字額が2月前半に再び法定上限に達し、米政府はへそくり的なつなぎ資金で運営されて、財政破綻・国債の債務不履行を何とか回避している。米政府の財政赤字はこれまで何度も上限に達してきたが、そのたびに米議会が紛糾しつつ土壇場で赤字上限の引き上げを決議し、破綻を先送りしてきた。だが今回は状況が厳しい。議会は今年から、財政赤字の拡大に反対する傾向が強い共和党が下院の多数派を握っており、赤字上限の引き上げに最後まで反対する可能性がある。その場合、米政府は、早ければ7月にへそくりが底をつき、米国債の元利払いができなくなって債務不履行・財政破綻になる。土壇場で破綻が回避される可能性もある。 (CBO Estimates US Treasury Default As Early As July) 債券金融システムは、1960年代のドル過剰発行の末に1971年のニクソンショック(金ドル交換停止)で金本位制を放棄して失墜したドルの信用と価値を再上昇するため、1980年代に米英金融界が創設したもので、国債からジャンク債までの各種債券を発行して作った資金の一部で弱い債券を買い支えて自作自演でシステムを強化し、30年にわたる債券の価値上昇=金利低下傾向=債券バブル膨張を作り出した。米国の債券金融システムの中にいれば儲かるので、世界中が米国の傘下に入りたがり、米覇権が再興し、ソ連は崩壊した。債券金融システムは、金利を低く抑え続ける(=債券の価値を高く維持し続ける)ことが必須だった。 (Bonds Die, CPI's Lie, & Gold Flies) (債券金融システムの終わり) このシステムは2008年のリーマン危機によってバブル崩壊したが、その後の対策として米連銀がQEを開始して債券を買い支え、システムの蘇生を演出した。マスコミ権威筋は、金融システム(債券に対する市場原理に基づく民間の旺盛な需要)がリーマンショックを乗り越えて蘇生したと喧伝した。だが実際は、債券の民需が再増加せず、米日欧の中銀群がQEで造幣した資金で債券を買い支えて見かけ上の蘇生を演出しているだけのインチキ策だった。それが14年も続いてきた。 (High US inflation could last a decade – investment expert) しかし、2021年からのインフレ激化を受けて金利が上昇し始め、インフレ対策としてQEをやめてQTに転じろという米政界から連銀への圧力も強まり、債券金融システムが自滅させられる流れになった。QTは2024年末まで続けられ、インフレはそのころも続いているだろうから2025年以降も金融緩和は行われず、高金利の状態がずっと続く。低金利が必須の債券金融システムは崩壊し続け、米国の覇権と、ドルや米国債の信用と価値も失われていく。欧州も自滅し、日韓は隠然と中国側に寄っていき、米覇権下の米国側全体が解体していく。反比例的に、中国ロシアBRICSサウジイランなどの非米側は、世界の資源類の大半を握って結束し、米国側と断絶した状態で隠然と繁栄していく(米国側のマスコミ権威筋は非米側の繁栄を無視・否定するので、非米側は隠然繁栄になる。私などが指摘しても陰謀論扱いされて終わる)。 (Gold's Imminent Return As Money) 従来の世界の貿易決済や資産備蓄の体制はほとんどドル一択だったが、米国側から断絶・制裁された非米側は、ドルと無関係な決済・備蓄の体制を作っている。それは人民元など非米側の主要な諸通貨と、金地金、石油など資源類の価値を連携した「金資源本位制」である。米金融界は、ドルが過剰発行の末に金本位制を維持できなくなった過去を払拭するため、1980年代に債券金融システムを導入した後、その資金の一部を使って信用取引で金相場を引き下げた。金融界による金相場の上昇抑止は現在まで続いている。 (資源の非米側が金融の米国側に勝つ) (Credit Suisse: US Dollar Hegemony May Be Replaced by 'More Multipolar Monetary System') だが、金本位制を意識した通貨体制を形成しつつある非米側の諸国の中銀群は金地金を買い増しており、最近は米国側が信用取引で金相場を引き下げても、非米側が実需で相場を反騰させ、全体として金相場が上がっていく傾向になっている。今後、米国側(米金融界)が金相場の抑圧に再び本腰を入れて相場を急落させる可能性もあるが、そのための資金源はQTによって枯渇しつつある。米金融界は、債券金融システムのバブル維持(米国の金利曲線の逆転維持)など、インチキな金融覇権維持策の他の分野にも資金を必要としており、金相場の抑圧はしだいに難しくなっている。 (Billionaire John Paulson: You Need Gold, Not Dollars) (ロシアを皮切りに世界が金本位制に戻る) これからインフレ再燃で米短期金利が5%台の後半まで上がると、金利曲線の逆転維持に必要な資金が増加して維持困難になり、長期金利の上昇が加速し、それを受けて金相場も高騰し、相場の抑止が最終的に終わる可能性がある。1オンス2000-2500ドルを越えると、相場の抑止力が失われ、5000ドルとか1万ドルとか3万ドルに向けて急騰すると、米国の地金おたく(ゴールドバグ)の人々が言っている。今の世界の金融総資産を金本位制に置き換えると、金地金は1オンス3万ドルになる必要があるのでそこまで上がる、と言う人もいる。非米側は純粋にガチな金本位制を目指しているわけでなく、金本位制のイメージを借りて自分たちの通貨を安定させたいと考えているだけなので、3万ドルは疑問だ。しかし、5千ドルぐらいにはなるかもしれない。最近の記事で紹介したゾルタン・ポズサーも、金地金の価格が今の2.5倍になるかも的なことを言っている。 (ドル崩壊への準備をするBRICS) ("The War Is Going To Pick Up... And Gold's Going To $30k") 資産としての金地金をめぐる懸念の一つは換金性だ。今のところ米国側の多くの地域で、金地金は通貨でなく商品(コモディティ)とみなされ、現金と交換する場合に売買差益に累進的な所得税が課され、売上税(消費税)も課税される。米国のいくつかの州やロシアは、金地金を通貨とみなして課税していないようだが、日本などではそうでない。ドルが崩壊したら、世界的に金地金を通貨とみなす法改定が行われるのかどうか。金利が高騰して債券システムが崩壊しても、米国側の諸政府はそれをドル崩壊とみなさず、金地金は非米側でのみ通貨とみなされ、米国側では引き続き商品扱いが続くかもしれない。 (Central Bank Gold Reserves Chart Second-Highest Increase Since 1950 In 2022) 金地金をめぐるもう一つの懸念は、米国側もしくは全世界的に、民間の金地金保有を禁止し、金地金の保有者を中央銀行など政府機関だけに限定する措置がとられる可能性だ。ドルを延命したい米国側は、窮余の一策としてドルのライバルである金地金の民間保有を禁じるのでないか。しかし、そうなるとしても一時的な措置になる。ドルが崩壊したら、ライバルの金地金を封印しておく意味もなくなる。また非米側では、インドや中近東などで金地金が昔から民間の資産備蓄手段であり、地金の民間所有を禁じたら反乱になる。 (Chinese Gold Imports Hit Highest Level Since 2018) 中国は毛沢東の時代に地金の民間保有を禁じていたが、今後の中国がその策を復活することは多分ない。非米側は共通の基軸通貨制度を持ちたいと考えている上、意思決定が多極化しており、中国がインドや中近東の反対を押し切って独裁・覇権国的に非米側全体の金地金の民間保有を禁じることはない。ドルや米覇権が崩壊して多極化が非米側から全世界に拡大すると、世界全体で金地金が通貨の一つとみなされるようになる。それまで5-25年ぐらいかかるかもしれない。 (Buy Gold To Fund Bottom-Fishing) オルトメディア界の分析の一つに「ドル崩壊は、ドルの代わりに新しいデジタル通貨(CBDC)を導入するために意図的に引き起こされている」というのがある。米国も中国も、人々に対する管理や支配を強化するため、紙幣の通貨を廃止し、人々の決済を政府が簡単に監視できるデジタル通貨に置き換えていきたい。そのためにまずドルを崩壊させているのだという見方だ。私はこの見方に懐疑的だ。 (A Dollar Collapse Is Now In Motion, Saudi Arabia Signals The End Of 'Petro' Status) 中国ではデジタル通貨の使用実験が行われているが、政府が通貨に有効期限を設けたりできるので「金の亡者」たちである中国の人々に不人気で、中央銀行の元幹部がデジタル通貨は失敗したと言っている。中国はもうデジタル通貨を本格導入しないのでないか。欧州でも通貨デジタル化の一歩である現金廃止策が不人気で、人々は紙幣による資産備蓄にこだわっている。通貨デジタル化を奨励するダボス会議(WEF)自体が最近、世界的に人々から嫌悪されている。デジタル通貨が強要されたら、人々はどこの国でも、駆け込み的に金地金を退蔵・隠匿しようとするだろう。人々の経済的自由を奪うほど、経済は繁栄しにくくなる。WEFの大リセットは、人々を怒らせて押し倒されるために推進されている。 (Former Chinese Central Banker Admits Results Of Digital Yuan Experiment "Not Ideal") (Open Madness In Global Bond Markets: Got Gold?) 結局のところ、米国の金融はいつまでもつのか。上記でいろいろ考察したことを総合すると、早ければ今年6-9月ぐらいに金融の崩壊が加速する感じが想像される。米連銀や金融界がまだ出していない奥の手を持っていて、危機が加速する前にその手札を切ってくると、もう少し延命し、2024年まで金融がもつことになるかもしれない。 (来年までにドル崩壊)
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