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イランとサウジが和解。イスラエルは?

2021年4月28日  田中 宇

4月9日、イラクのバグダッドで、イランとサウジアラビアの代表者が5年ぶりに会談した。高官協議でなく政府の担当者レベルの協議でしかないが、仇敵どうしだったイランとサウジの対話がようやく実現したことは重要だ。イランはシーア派の盟主、サウジはスンニ派の盟主であり、両国が和解すれば、イスラム世界を分裂させてきたスンニとシーアの対立問題の解決にもつながり画期的だ。言語的にアラブの一部だが宗教的にシーア派が多数派でイランの影響力が強いイラクの政府が交渉を仲裁した。 (Iran-Saudi Arabia talks: Lebanon and Yemen are top priorities) (Saudi and Iran held talks aimed at easing tensions, say sources

今回の会合を持ちたいと強く考えてきたのはサウジの方だ。サウジは2014年から、米国にはめられるかたちでイエメンで戦争を続けてきた。サウジの敵は、イランに支援されたシーア派の武装勢力フーシ派だが、フーシ派は意外に強く、サウジは越境飛行してくるミサイルを国内の製油所に撃ち込まれたりして苦戦している。米国は、サウジを軍事的に米国の傘下に留めておくためにイエメン戦争を誘発したが、米国内でサウジ批判が強まり、サウジは米国からの軍事支援をあてにできなくなっており、イエメンでの不利が増している。フーシ派の優勢が増すなか、サウジがイエメン戦争をうまく停戦して終わらせるには、フーシ派の背後にいるイランの協力が必要だ。この件が、今回のバグダッド会合の最大の議題だった。 (米国に相談せずイエメンを空爆したサウジ) ('How to end a war you didn't win': Yemen's Houthis seek Saudi concessions

イランは、イエメン戦争の終結に協力する見返りとして、レバノンでシーア派の政党・武装勢力であるヒズボラがうまく連立政権を維持できるよう、サウジがレバノンのスンニ派を動かして協力させてほしいと要請した。レバノンは、イランやシリアが支援するヒズボラなどシーア派勢力と、サウジが支援するスンニ派の勢力が対立してきたが、シリア内戦でアサド政権とイランがサウジ側(ISアルカイダ)を破って勝つなかで、ヒズボラはレバノンでの優勢が増し、連立与党を後ろから牛耳る存在になっている。レバノンで負け組となったサウジが、レバノンの配下勢力を誘導してヒズボラ主導の現レバノン政権に協力させれば、ヒズボラがさらに強化されてイランとしてはうれしい。バグダッドでのイランとサウジの交渉は断続的に続いており、イエメンとレバノンにおいて、イランとサウジの協力体制が少しずつ作られていきそうだ。 (Saudis, UAE asked Israel to hit Iranian spy ship, but concealed talks with Iran

イランとサウジ、シーア派とスンニ派を仇敵どうしにしておくことは、20世紀初頭からの英米(戦後は軍産)による中東の分割支配の隠れた要点だった。今回動き出したイランとサウジの和解と協力がこのまま続くと、中東の分割支配体制がくずれ、米英の覇権が中東において崩壊する。サウジはアラブの盟主だし、イランはイラクやシリア、レバノンを傘下に入れている。サウジとイランが協力すると、トルコとイスラエル以外の中東全域が、この新たな協力体制の中に入る。トルコは、国益を尊重してやればこの新体制に協力する。イスラエル(パレスチナ)は、中東最後の問題として残るが、後ろ盾だった米国の覇権が失われていくのでイスラエルは大幅に弱体化していく。イスラム諸国側が、弱体化したイスラエルとうまく交渉し、戦争を回避して軟着陸させることが重要になる。 (Iran's Foreign Minister Praises Biden's Decision to Walk Away From Allies and the Fight Against Terrorists in Yemen

イランとサウジの交渉の機運は数年前からあった。2016年には、イラクにサウジ大使館が再開され、イラクが仲裁役となる交渉態勢が始まった。だが、イランとサウジとの和解が大きな脅威になるイスラエルは、この交渉を何とか妨害しようとした。翌年に就任した米国のトランプ大統領は、この件でイスラエルの味方になることで、米国内の仇敵である軍産との暗闘を有利にしようとした。トランプはサウジのMbS皇太子に急接近し、イランを共通の敵としつつサウジとイスラエルを米国の傘下でくっつける動きを続けた。 (イランを共通の敵としてアラブとイスラエルを和解させる

トランプは、イスラエルが嫌っていた米欧などとイランの核合意(JCPOA)からも離脱した。トランプは、このやり方で米政界を牛耳るイスラエルを味方につけた。これをやらなかったら、トランプはもっと簡単に軍産に負けていただろう。トランプは、イスラエルが米上層部に張りめぐらせたスパイ網の諜報力を借りて軍産と互角に暗闘し続けた(米民主党はオバマの時代から反イスラエルの傾向だ)。サウジとイスラエルを和解させれば、中東の対立軸の一つがなくなり、トランプがやりたかった覇権放棄にもつながる。 (トランプ中東覇権放棄の大詰め

トランプに絡め取られたサウジは、イランとの和解を進められなくなった。サウジのMbSはトランプに言われ、パレスチナ人に2国式(パレスチナ国家の建設)による問題解決を放棄せよと圧力をかけたが成功せず、むしろサウジ王政内を含めたイスラム世界の全体から2国式の放棄などとんでもないと猛反対された。サウジとイスラエルは公式な和解をできなくなった。代わりにサウジの弟分の国であるUAEがイスラエルとの国交を正常化した。UAEは、返す刀でイランとの和解にも動き出した。 (イスラエルUAE外交樹立:中東和解の現実路線) (サウジを対米自立させるカショギ殺害事件

その間に軍産はMbSを騙し、2018年10月にサウジの反体制人士だったカショギを殺す事件を起こさせた。この事件は、トランプが構築した米サウジ関係に大きなひびを入れる、軍産によるトランプへの妨害策だった。その後、米政界でサウジへの軍事支援を打ち切れという声が強まり、イエメン戦争でのサウジの不利が増した。2019年9月には、イエメンのフーシ派が無人機でサウジの製油所を破壊するまでに至った。同時期に、サウジとその子分であるUAEはイスラエルと相談し、イスラエルがトランプの米政府に対し、サウジUAEとイランとの和解交渉を許してやってほしいと申し入れた。この件は、イスラエルもイランと敵対し続けたくないことを示している。 (Israel delivered UAE, Saudi message to US to stop strike on Iran) (The U.S. Has Joined Secret Talks With Israel and the U.A.E. The Topic? Iran.

2019年秋にはサウジ、イスラエル、UAEのすべてがイランとの和解を欲するようになっていた。イラク政府がサウジとイランを仲裁する動きが再開され、イランの外交特使である革命防衛隊のスレイマニ司令官が、イラク駐在のサウジ大使にイランからの親書を渡すために2020年1月にイラクにやってきた。だが、この訪問時を狙ってイラク駐留米軍がスレイマニにミサイルを打ち込んで殺害し、サウジとイランとの和解交渉を破壊した。これがトランプの差し金だったのか、米軍内の軍産が勝手にやったことをトランプが追認したのかはわからないが、この行為はサウジの対米不信感を強めた。 (イランを強化するトランプのスレイマニ殺害

その年の秋の選挙でトランプが「敗北」して米政府がバイデンの民主党政権に交代した。米政府は、サウジへの兵器輸出の制限を加速し、イスラエルを大事にしない傾向も見せ始める一方で、イランとの核合意への再加盟に向けた交渉も開始した。トランプが引っ張っていた「サウジとイスラエルをくっつけてイランと対立させる」という米国の姿勢がすべて転換し、米国は「サウジとイスラエルの両方を批判しつつイランとの和解を模索する」というオバマ時代の姿勢に急に戻った。この大転換を受けて、サウジはイランとの和解交渉への動きを再開し、4月9日の5年ぶりの交渉になった。 (Soleimani was to deliver Tehran's reply to Saudi de-escalation letter when killed: Iraqi PM

イスラエルは、何度選挙をやっても与野党の勢力が均衡してしまってうまく政権を組閣できない行き詰まった国内状態が続く中、米国から政権交代とともにちゃぶ台をひっくり返す中東政策の大転換をやられて放り出された。イランは、シリア内戦に勝ち、イスラエルの仇敵であるレバノンもヒズボラを通じて手中におさめ、サウジとも和解する流れでどんどん優勢になっている。イスラエルは、シリアに次々と石油を運び込むイランのタンカーを次々と空爆する「イランへの警告」を行なっている。その報復としてイラン側がシリアからイスラエルに向けてミサイルを飛ばしたところ、イスラエルの核兵器の材料を作っているディモナ原子炉のすぐ近くに着弾して大騒ぎになったりしている。 (Three Killed in Attack on Iranian Tanker Off Syria’s Coast) (Israel air defenses missed the Syrian missile that exploded near Dimona nuclear center

イランのタンカーが次々と空爆されている件は、誰が攻撃しているのか公式には判明していない。だが、米バイデン政権の特使であるケリー元国務長官がイランのザリフ外相に対して「イランのタンカーを攻撃しているのはイスラエルだ」と教えてやった話がザリフから出てきたりして、米政府が(オバマ以来の)こっそり親イラン・反イスラエルの姿勢をとっていることも露呈している。米国が政権交代ともに中東への姿勢を大転換してイスラエルを困らせているのは、無秩序に見せかけた隠れ多極主義なのだろう。(米国では共和党が「同盟国イスラエルの機密を敵国イランに教えたケリーを辞めさせろと」言い出しているが、ケリーがいつザリフに教えたのか不明で、最近でなく2018年とかかもしれず、話が曖昧化されている) (Kerry faces calls to step down over leaked Iran tapes

中東に駐留する米軍(中央軍司令部)は最近、パトリオット迎撃ミサイルなど新鋭の兵器群を、サウジやUAEなど中東から撤退して、東方の中国包囲網の領域に移動している。4月25日には、中央軍司令部が、2001年の911テロ事件以来続けてきた「テロ戦争」(スンニ過激派との低強度戦争)の重要度を格下げし、代わりに中露イランとの対立を最重要課題にすることにしたと報じられている。ISISアルカイダなどスンニ過激派の多くは、米英イスラエルの諜報界(軍産)が中東支配の道具として育てたものだ。テロ戦争は軍産の自作自演の覇権戦略であり、米国にイスラエルを防衛させ続けるための謀略でもあった。 (Biden Orders Pentagon to Remove Patriots, Forces Out of Persian Gulf Region, Reports Suggest) (US Central Command Downgrades Former War on Terrorism To Confront China, Russia, and Iran

軍産内部には「ロシアや中国の方が大きな脅威だ」と主張する勢力もいたので、彼らを宥和するため「中東」の領域を中央アジアの中露国境まで拡大して対応した。それが今回、米国は、中露敵視を急に強め、中露敵視の方が重要なのでテロ戦争をやめ(重要性を引き下げ)てしまい、イスラエルを守ることを放棄した。 (Central Command Downgrades Former War on Terrorism To Confront China, Russia, and Iran

実のところ、テロ戦争と中露敵視は代替関係にない。テロ戦争はうまくやると米国が決して負けない低強度戦争だった(実際は運営担当のネオコンとかが故意に稚拙にやって自滅的に失敗した)。中露敵視はP5の核保有国どうしが戦争できないので相互に対立の演技をするだけだし、米国に敵視されるほど中露は結束して強くなり、最後は覇権崩壊による米国の負けで終わることがすでに確定している。中東情勢の視点から考えると、中露敵視は、テロ戦争の終了を宣言してイスラエルを見捨てるために代替物として入れた目くらましの観がある。 (Putin says neighbors should respect Iran’s interests as an established power

イスラエルはもともと米国の要人たちを盗聴などでスパイして弱みを握って米政界を牛耳り、911事件を誘発してイスラエル防衛のテロ戦争をやらせてきた。ブッシュ政権はイスラエルの言いなりで、オバマは抵抗したが不成功だった。トランプはすでに書いたようにイスラエルを引きつけて軍産とイスラエルを分離し、その構図を継承する形でバイデンがイスラエルを冷遇し、中露敵視を口実にテロ戦争(イスラエルの言いなり)を終了させている。米国は911から20年かけてようやく今回イスラエル支配を脱却したことになる。イスラエルの束縛から解放された米国は中東から出て行き、残されたサウジはイランと和解し始めている。 (イスラエルが対立構造から解放される日

コロナ危機は、国家間や米国内の人的交流を大幅に制限している。イスラエルや米英の諜報機関(軍産)は、その悪影響を大きく受けている。コロナで政府要人へのアクセスが悪くなり、軍産は影響力を行使できない。スパイの国際移動も困難になった。インターネットの時代になっても、要人を騙すには耳元でのささやきが最も効果的だが、コロナはそれを不可能にしている。バイデンは認知症なので耳元でささやいても無駄で、そのうち側近どうしの暗闘になっていく。ワシントンDCは、1月6日にトランプ支持者が連邦議事堂に「乱入」して以来、米軍が街角に検問所を作り、政治家がたくさんいる地域での人の移動を制限している。これも、イスラエル嫌いの民主党政権によるスパイ防止策に見える。 (米議事堂乱入事件とトランプ弾劾の意味

コロナは同時に、米英のスパイが中国やロシアに入り込んで政権転覆の画策をすることも不可能にした。コロナの長期化は、米英イスラエルの国際政治力を低下させ、中露を強くする多極化の隠れた策である(だから私は、コロナ危機がドル崩壊など米覇権の終わりまで続くと思っている。これは医療でなく国際政治の問題だ)。コロナがなかったら、イランとサウジの5年ぶりの会合も世界からもっと注目されただろう。コロナのおかげで多極化をこっそり進めることができる。 (コロナ危機による国際ネットワークの解体) (国際政治劇として見るべきコロナ危機

イランがどんどん強くなり、サウジもイランの側につくと、イスラエルの孤立が深まる。団結したイスラム側によってイスラエルが潰される中東大戦争になるのか、という懸念がよぎる。しかし、イスラエルは潰される前に中東全域を核ミサイルで攻撃して破滅させてから自分も死ぬ「サムソンオプション」をやる。イスラム側は、そんなことをされるぐらいなら、弱くなったイスラエルと和解して平和と安定を手に入れる方を望む。それにイスラエル自体も、すでに米国の後ろ盾が失われて弱体化が不可避であり、イランやイスラム側と戦争するのでなく和解したいと考えている。 (中露イランと対決させられるイスラエル

バイデンになって米国の中東撤退が加速したのを見て、UAEの政府投資機関がイスラエルの海底ガス田に22%の資本参加をすることになった。UAEはアラブの盟主であるサウジの子分であり、ガス田への資本参加はアラブとイスラエルとの協調強化の象徴である。UAEもサウジも、イランとの敵対を解除して和解に動いている。イスラエルとイランはまだ敵どうしで相互に威嚇的な攻撃を続けているが、本気で戦争したら自分たち自身が破滅するので本格戦争はやらない。 (UAE wealth fund eyes $1BN gas deal as ties with Israel deepen) (Why the UAE seeks stronger ties with Iran

以前はイスラエルが米国にイラン潰しをやらせようとしており、以前のイランなら米国が潰せる相手だったが、今のイランは中露に軍事支援されており米国にも潰せない。最近は、イランの無人機や軍艦がペルシャ湾の制海権を米軍から奪い始めている。イランが強くなり、イスラエルが米国の後ろ盾を失ったので、イランとイスラエルはいずれ和解するしかない。イランは、良い条件ならイスラエルと和解したいと考えている。サウジやUAEがイランと和解できたら、次はサウジやUAEが仲裁してイスラエルとイランの対立解除になる。ドル基軸など米国覇権の崩壊が早く進むと、中東諸国間の和解も早く進む。 (Navy Releases Video Of Iran's IRGC Harassing US Coast Guard Patrols

イスラエルとイスラム諸国の間には「パレスチナ問題(中東和平問題)」がある。エルサレム全体をイスラエルが支配している限り、イランもサウジも満足しない。パレスチナ問題はラビン暗殺後の1990年代末以降、米国を永久にイスラエルに関与させ続けるための「解決できそうな感じを醸しつつ永久に解決できない問題」になっている。エルサレムと西岸とガザにパレスチナ国家を創設できないと問題解決にならないという従来の「2国式」の構図にこだわる限り、米国でなく他の大国(露中やサウジトルコなど)がパレスチナ問題の仲介役をやっても解決不能だ。「2国式」に固執する国際的な構図は、イスラエルが米国を牛耳るために作ったものだ。米国の中東覇権が失われていく今後は、2国式に拘泥しない方が良い。サウジもイランもロシアも、それを知っているはずだ。(中国はいまだに2国式に固執する姿勢を表明しているが、これはロシアとの役割分担かもしれない) (イスラエル傀儡をやめる米政界

サウジやイランなどイスラム諸国が、2国式が実現するまでイスラエルを許さないと言っていたら、永久に和解の日は来ない。現実に即した他の解決方法になっていくだろう。2国式に固執しているヨルダンのアブドラ国王は先日、サウジのMbS皇太子と仲が良いと言われている国内の王族であるハムザ王子から政権転覆の画策を起こされ、アブドラがハムザを自宅軟禁にする騒動になった。MbSは以前から、2国式をやめてイスラエルにとって実現可能な解決方法(トランプ案とか)にしたいという意思を持っている。 (Why Abandoning King Abdullah Would Be Bad for America) (Jordan: Who are the people arrested over the alleged coup plot?

最近のサウジは、かつて仇敵だったムスリム同胞団との和解も進めている。同胞団は近年イランと親しくなっている。ガザを支配するハマスは同胞団だ。ヨルダンの最大野党も同胞団だ。ヨルダンをハマスに明け渡し、そこをパレスチナ国家の主要部分にする「ヨルダン合邦策」になっていくと、2国式は不要になる。ヨルダンを合邦したハマスのパレスチナ国家ができて問題が解決し、イスラエルとサウジ・イランが和解し、中東戦争の再発を防ぐ。エルサレムは分割されて2国の首都になり、露中が和平の状態を担保する。パレスチナで選挙をしたら、ガザだけでなく西岸やヨルダンでもハマスが与党になる。ハマスのパレスチナ国家(ヨルダン合邦)は民主主義にも沿っている。パレスチナ人の生活は、今よりずっと良くなる。 (Official: Hamas willing to negotiate with Saudi Arabia to release its detainees



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