米国側が自滅する米中分離2021年4月7日 田中 宇米国がバイデン政権になってから、中露の台頭が加速する一方、米国と同盟諸国の側は齟齬や動揺が大きくなり、米単独覇権体制が崩れて多極化が進む感じが強まっている。イランで多くのインフラ整備を受注している中国は、作ったインフラを警備する名目で、史上初めてイランに5000人を派兵する。これは先日イランと中国が正式調印した25年間の戦略協定の中に入っている。米国の覇権維持にとって地政学的に重要だったユーラシア内陸部が、中露の影響圏として確定していき、米国のものでなくなる。バイデン政権はイランに対し、核協定に再加入して再服従させようとしているが、今やイランは中露との協調で十分にやっていけるので、もはや米国に服従しない。イランの譲歩を得られないので、覇権や支配にこだわる米国は核協定に戻れない。もたもたしているうちに中露のユーラシア支配がさらに進む。米国は、結束する中露と戦争もできず、ユーラシアは中露に取られたままになり、単独覇権が壊れていく。 (China to post 5,000 troops in Iran to protect massive investment. Iranians protest: “We’re not for sale”) (Iran–China 25-year Cooperation Program - Wikipedia) 米国はトランプ時代から政治面だけでなく経済面でも中露を敵視し、バイデンになってそれが加速したので、世界経済が米欧側と中露側に分裂する傾向が増している。世界経済が二分されても、各国の企業が二分された領域の両方で自由に活動できるなら、企業も各国も満足していられる。だが、各国に命令できる覇権を持っている米国は、米欧側の企業が中露側で自由に活動することを許さなくなっていく方向だ。米国は、中露側の企業が欧米側で自由に活動することも許さなくなっている。中露は、自分たちの企業が欧米側から締め出されるので、報復として、欧米側の企業を中露側の市場から締め出す傾向になっている。しかも、企業にとって儲かる領域は、社会が成熟して低成長になっている米欧側でなく、発展途上で高成長を続ける中露側だ。米欧側の企業は中露側でも活動したいが、それがしだいに許されなくなっていく。 (米欧日の儲けを中国に移転するトランプの米中分離) 日独など米欧側の対米従属諸国(同盟諸国)は、覇権国である米国が世界を単一で自由な市場として維持してくれていたので対米従属してきた。同盟諸国は、米国の覇権下にいた方が儲かるので、対米従属して米覇権下にいた。米国が世界を二分したので、同盟諸国は儲からなくなり、対米従属を続ける意味がなくなっている。対米自立して中立を宣言した方が、中露側でも経済活動して儲けられる。だが米国は、同盟諸国が同盟を離脱して対米自立することを許さない。同盟を離脱するなら中露と同様に敵国とみなして制裁する、というのが米国の態度だ。中立は許されない。同盟諸国は、同盟から出て行けず、対米従属を続けるしかない。しかし、対米従属はどんどん儲からなくなる。同盟は劣化している。中露側は米欧と関係なく発展していく。かつての冷戦時代、米国側が発展し、ソ連側は停滞していたので対米従属の方が儲かった。今後の米中新冷戦の時代は逆に、米国側が停滞し、中国側が発展していく。対米従属は間抜けな戦略になっている。 (中国覇権下に移る日韓) 最近、尖閣諸島の周辺で、日本と中国の軍事的なつばぜり合いが激しくなっている。日本は、米国から中国包囲網を強化しろと命じられて動いている。中国は、経済面で日米に対して優位になっているので軍事的にも譲歩せず強気を押し通す傾向を強めている。日本では、中国はけしからんという話になっているが、けしからんからといって日本企業を中国から総撤退させるかというと、そうではない。日本経済の成長は中国に依存している。中国から総撤退したら、日本はますます不況になる。日本企業は全体として、総撤退どころか逆に、中国への依存を強めている。たとえばトヨタ自動車は、米国で自動車が売れなくなったので、電気自動車の燃料電池の開発製造の中心を日本から中国に移し、中国の自動車会社と組み、中国で自動車を売ることを事業の中心にしていこうとしている。日本は、本気で中国と対立できない。中国はそれを知っているから、日本を試すように、尖閣諸島の近くでの軍事的な挑発をしてくる。 (Japanese destroyer shadows Chinese aircraft carrier group entering Pacific) 日本企業を中国から追い出したら、中国は自国の製造業に必要な技術を失って困窮するので、そんなことはしないはずだ、と思う人がいるかもしれない。それは間違いだ。中国はこの40年ぐらいかけて日米欧の最新の技術を貪欲に取り込み、自国で作れないものを作れるようにしてきた。今はまだ日米欧にしか作れないものがあって、それを日米欧が中国に売らない制裁をやっても、数年後には中国自身で作れるようになっている。中国の開発力は、すでに日本を超えている。中国が作れて、日本が作れないものの方が多くなっている。 (Toyota Moving Fuel Cell Manufacturing From Japan To China After Beijing Offers Support) 日本は2017年に安倍晋三が中国にすり寄る姿勢をとり始めて以来、表向き対米従属を維持しつつ、経済面を中心に中国と親密な関係を強める「隠然対中従属」の戦略をとってきた。米国は日本のこの戦略を知っていただろうが、これまでは黙認してきた。だが、これからは多分違っていく。トランプは、米中を経済分離しつつ、同盟諸国に嫌がらせして同盟から追い出そうとする覇権放棄をやり、同盟諸国が中国側に寄っていくのを黙認・誘発していた。だがバイデンは米中の経済分離を継承する一方で、同盟諸国が中国側と付き合うことを禁じる方向に動きそうだ。今後の米国は日本に対し、同盟国を続けたいなら、経済面でも中国と縁切りしろと圧力をかけてくる可能性がある。 (中国と和解して日豪亜を進める安倍の日本) 昨秋の大統領選でバイデンでなくトランプが勝っていたとしても、2期目のトランプは、今のバイデンと同じ戦略に転換していたとも考えられる。安倍晋三は、今年から米国が日本に対して「中国と付き合うな」と加圧してくることを察知し、米中の板挟みになるのが嫌なので、昨夏に首相を辞めたのでないか。後任で現職の菅義偉はカリスマ性がなく、安倍に比べて米国からの認知度が大幅に低く、日本を国際的に目立たない国にしておける。菅は、米国からの加圧を避ける「いないふり戦略」「日本を忘れてもらう戦略」の主導役としてふさわしい。それでも菅は今回米国に呼びつけられ、中国と付き合うなと加圧されそうだ。 (安倍から菅への交代の意味) 非米諸国の政府は、欧米企業を追い出し、中国企業を入れる傾向を増している。同盟諸国は、全世界を一つの市場にしていた米国覇権の傀儡になることで繁栄を享受してきたのに、今や米国が世界を二分してその片方の儲からない側でしか活動できなくなった。同盟諸国は、その点で米国に不満を表明すると逆ギレされ制裁されかねないので、まだ表向きは対米従属と中露敵視の姿勢をとっているが、本音では米国に対して失望感を強めている。 (中国に世界を非米化させる) 米中分離・米中新冷戦の長期化は、米国(米英)がこれまで単独覇権を維持するために使ってきた「リベラル主義」の戦略を無効にする。リベラルとは政府が国民の言動に寛容な姿勢をとることで、言論の自由や民主主義の体制を持った国がリベラルの範疇に入れてもらえる。社会主義や全体主義、イスラム主義、個人や政党の独裁体制、民主体制だが権威主義の国、ポピュリズム(大衆扇動策)の国、少数派を弾圧する国は、リベラルでない。それらの非リベラルの国が米英に気に入られない場合、非リベラルと非難され、経済制裁されて潰されていく。リベラルな国々だけが、米英によって単一性を維持された世界市場で自由に儲けて繁栄することを許される。これがリベラル主義の戦略だ。 (The Pending Collapse Of The "Rules-Based International Order" Is An Existential Threat To The US) リベラル主義は詭弁の戦略である。完璧な体制の国家などないので、米英は重箱の隅をつついたり濡れ衣をかけることで、どの国がリベラルであるか恣意的に決められる。米英にとって脅威になりそうな国、楯突いてくる国は、リベラルでないとレッテルを貼られて経済制裁され、潰される。国内から見たらチンケな野党が、米英から言論の自由を体現していると称賛され、その野党を弾圧した政府与党がリベラルでないとレッテル貼りされて経済制裁される。ロシアのナワリヌイが好例だ。 (ロシアを濡れ衣で敵視して強くする) 米欧日の「リベラル陣営」の先進諸国が正義であり、中露イランなど極悪な圧政諸国を経済制裁して潰す戦略が、米欧日のマスコミで喧伝されてきた。リベラル主義の覇権戦略は英国が発明し、第二次大戦では日独が反リベラルとして打ち破られた。日独は戦後、米英覇権下から永久に出ない傀儡国になると誓うことでリベラル陣営に入れてもらった。その後の冷戦中は、ソ連や中国が反リベラルな敵陣営だった。米英に従属すれば世界市場を使った繁栄が与えられ、楯突くと経済制裁の苦難が与えられる。それがリベラル主義の要諦であり、米欧日のマスコミなど権威筋はリベラル主義を礼賛するプロパガンダを流布してきた。 冷戦後、中露が胡錦涛やエリツィンの時代まで、米国は、中露への敵視をやめてリベラルの側に「見習い」の地位で入れてやる「味方化」の路線を採っていた。中共ではトウ小平が中国をリベラルな国にしていく演技を開始し、独自の覇権を希求しませんと誓って米国覇権の下に入れてもらうことを目指した。この演技を米英が評価して(本音は金儲けのため)中国への敵視を弱め、中国は世界市場で自由に活動させてもらうようになった。このトウ小平路線は胡錦涛まで続き、その間、世界経済は一体だった。 (世界システムの転換と中国) 中国は2010年に習近平が政権に就いた後、トウ小平路線を捨て、ロシアと結束して一帯一路など独自の地域覇権戦略を打ち出すようになった。中共が戦略の変更を決断した理由は、03年のイラク侵攻や08年のリーマンショックなどを見て米国の覇権が崩壊・自滅していくことを察知し、米国覇権下に居続けるよりも独自の地域覇権を構築して世界を多極型の体制に転換した方が得策だと気づいたからだろう。近年の中共は、中国をリベラルな国にしていく演技もやめてしまい、対米自立と非米化と多極化の道を進んでいる。習近平とプーチンの時代になって、中露が結束を強めるとともに、米国は中露を敵視する傾向になった。 (習近平を強める米中新冷戦) 中国の方が米国覇権下やリベラル陣営から勝手に出ていったのだから米中新冷戦や対中制裁は当然だ、と思う人がいるかもしれない。米国や同盟諸国の経済戦略としてそれで良いならかまわないが、そうではない。すでに書いたように、米中新冷戦は米国側の諸国の経済をへこませるものであり、米国側の経済戦略として間違っている。世界経済が米中に二分され、米国に制裁された国は中国側に入ることで潰れずにすむようになり、米国覇権の基盤にあったリベラル主義の戦略が無効になっている。米中心冷戦は、経済だけでなく政治の戦略としても間違っている。 (China, Russia, North Korea, Iran Build Ties as U.N. Friends Feud with U.S.) 中国が習近平になって米国覇権下を出て一帯一路など独自の地域覇権戦略を採り始めたことに対する米国側の正しい対策は、中国を分離して経済制裁することでなく、それと逆方向の、米国側がこぞって中国に押しかけ、一帯一路の仲間に入れてもらい、中国が米国覇権下から出ていくのを追いすがって阻止することだった。すでに述べたように、米国覇権の経済的な価値は、米国中心の単一世界市場を維持して同盟諸国を儲けさすことにある。米国側より中国側の方が儲かる地域になっているのだから、中国側が米国覇権下を出ていくのを容認するのは間違っていた。米中新冷戦は、米覇権の維持策としてひどい愚策だ。愚策と知りつつ推進してきたのだろうから、これは愚策というより隠れ多極主義の策である。 (Financial Capitalism: The Endgame) 米国が中国を厚遇して引き止め、米国中心の単一世界市場の中に置き続けていたら、米国と同盟諸国の企業は、世界最大の市場になった中国に自由に輸出や投資を行い、急発展した中国の科学技術を活用することもできた。中国は、世界的に無視できない経済大国になったのだから、米国の側にとどまらせた方が米国の覇権維持と繁栄のために良かった。米国覇権下での繁栄を享受するために対米従属してきた日独など同盟諸国は、米国が中国を自分たちの陣営にとどめておくことを希望していた。だがトランプ以降の米国は、習近平の中国への敵視や制裁をどんどん強め、米中の経済的な分離を意図的に進めている。中国は米国から分離されたことに対抗し、ロシアやイランなど非米諸国と経済的に結束し、米国から制裁されてもそのまま恒久的に発展していける独自の体制を一帯一路などとして作ってしまった。 (US Dollar's Status As Dominant "Global Reserve Currency" Drops To 25-Year Low) 中国だけでなく、米国に敵視されがちな非米諸国の全体が、中国式の経済システムを導入しつつ中国主導で結束し、米国に依存しない非米・非リベラルの「もう一つの世界経済システム」ができた。これにより、米国が非米諸国に非リベラルのレッテルを貼って経済制裁しても、制裁された側が中国に頼る傾向を強めるだけで潰されなくなり、米国のリベラル主義の経済制裁の作戦が無効になった。米国が非米諸国を敵視制裁するほど、非米諸国に頼られた中国の覇権が拡大し、中国が非米諸国を引き連れて米国や同盟諸国を逆制裁しかねない展開が始まっている。 (The International Economic System After COVID-19) コロナ危機の長期化は、米国側の先進諸国の経済により大きな打撃を与えている。中国はいち早くコロナで起きた不況を脱し、諸大国の中で唯一のプラス成長を維持している。コロナは国際的な人的交流をほぼ完全に止めてしまった。物流の面でも、世界各地で滞船がひどくなっている。単一だった米国中心の世界市場がコロナによって寸断されている。米中新冷戦とコロナ危機のダブルパンチで、米国の世界市場と経済覇権が壊れている。米国側の諸国はリーマン危機後、中央銀行群によるQE策で金融がバブルまみれになり、金融の面でも再崩壊に向かっている。 (新型コロナでリベラル資本主義の世界体制を壊す) 米国は思想信条の面でも、自分たちの側を、政治的な自由や他者への寛容性があるリベラルと自称し、反リベラルな中露より倫理的に優勢だと言っている。だが実のところ米国はバイデン政権になって、リベラルのふりをした抑圧的な体制を強めている。バイデンの民主党側は、国民の半分を占めるトランプの共和党側を「有色人種を差別する反リベラルな白人の右派勢力」だといって非難攻撃しているが、これは実のところ民主党やバイデン政権の米政府による共和党支持の白人への弾圧強化になっている。最近の米国では「白人による人種差別」がよく報じられるが、それらのほとんどは民主党支持・共和党敵視のマスコミによる歪曲・誇張された報道だ。ロシアのラブロフ外相が、米国で白人に対する人種差別がひどくなっていると警告している。米国のリベラル体制は急速に自滅している。 (The Latest Manufactured Narrative: 'Anti-Asian Racism') (Russia Warns Of Increasing 'Anti-White Racism' In U.S.) 日本は10年前の大震災で福島の原発が大事故になってから、原子力発電をやめていく方向だ。環境問題での反対運動もあり、原発は米国や欧州でも終わりになりつつある。以前は日米欧の先進諸国が原発の拡大を競っていたが、今や先進国は原発を放棄し、代わりに中国やロシアが非米諸国にどんどん原発を輸出している。「原発は危険だし使用済み燃料が環境破壊するので、先進国の原発放棄は全く正しい。今後は自然エネルギーがあるから問題ない。中露などにも原発をやめさせるべきだ」と運動系の人々は言う。しかし現実は違う。自然エネルギーは結局のところ割に合わず、人類の需要を賄えない。温暖化人為説は意図的な歪曲だ。現実は、安価なエネルギー源である原発を日米欧(米国側)が放棄して失い、中露など非米側がそれを得るという「米覇権の自滅と多極化」の話になっている。 (地球温暖化問題の裏の裏の裏) (The Dangerous Politicization of Energy Policy) 原発を放棄し、自然エネルギーも矮小で役立たずのままなので、日本や欧州は、石油ガスを海外から輸出してくるしかない。だが、この分野もすでに中露が世界を席巻している。イランやイラク、サウジアラビアなど大きな産油国は、米国から離れて中露との結束を強めている。イランは米国から制裁され日欧に石油ガスを売りにくいので、代わりに中国がイランの石油ガスの利権を買い占めている。ドイツがロシアから新しい海底パイプラインで天然ガスを買おうとしたら、ロシア敵視の米国が猛反対して買わせてくれない。日欧にとって、対米従属は自国のエネルギー政策を破綻させるものになっている。 (The Iran-China Axis Is A Fast Growing Force In Oil Markets)
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