他の記事を読む

ロシアを濡れ衣で敵視して強くする

2021年3月19日   田中 宇

バイデン政権になった米国が、ロシアへの敵視を強めている。敵視の根拠となっているいくつかの要素は、すべて濡れ衣である。濡れ衣であるため、ロシアはその件に関して態度や政策を変えたり「悔い改め」ることで米国との関係を好転させられない。バイデンの米国は、「悪い」ロシアを悔い改めさせて「良く」するためでなく、ロシアが米国を無視して台頭したり、米国に歯向かうよう仕向けるためにロシアを敵視している。 (プーチンを敵視して強化してやる米国

敵視の要素の一つは、ロシア当局が20年9月に反政府活動家アレクセイ・ナワリヌイを化学兵器ノビチョクを使って毒殺しようとした、というナワリヌイ毒殺未遂事件であるが、この話は米国と対米従属なドイツ当局によるでっち上げの話である可能性が高い。米独当局は、根拠を何も示さずに「露当局がノビチョクでナワリヌイを殺そうとした」と主張している。ノビチョクが本当に使われたのなら、周囲にいた人々も被害を受けたはずだが、そのようなことはなかった。 (Biden To Impose Navalny & SolarWinds Related Sanctions On Russia This Week

2018年に英国で起きたスクリパリ事件も「ロシアがノビチョクで反政府人士を殺そうとした」とされるが、あれも根拠の薄い事件だった。被害者のスクリパリ親子はその後行方不明になったままだ(英諜報界が連れ去った)。ノビチョク使用=でっち上げと言い切れる感じだ。ロシア国内を移動中に具合が悪くなったナワリヌイを処置して助けた医師は毒殺説を否定し、持病の糖尿病に由来する状況の悪化だろうと言っている。だがその後、ドイツのNGOがチャーター機でナワリヌイをドイツに運び、「露当局による暗殺未遂説」が無根拠かつ突然に出てきた。ロシアはドイツに証拠の提示を求めたが拒否されている。 (英国の超お粗末な神経ガス攻撃ロシア犯人説

敵視の要素の2番目は「ロシア政府の諜報機関SVRが20年2月ごろ、米企業ソーラーウインズのサーバーに侵入して、同社の商品であるサーバー管理ツール『オリオン』にバックドアを仕掛け、知らずにオリオンをダウンロードして使い続けた全米の30万社の企業や政府機関の情報がバックドア経由でロシア当局に盗まれた」とされる「ソーラーウィンズハック事件」だ。ハックした犯人がロシア当局だという根拠は示されていない。「バックドアのスクリプトが、昔の別のハック事件のスクリプトに似ており、昔の事件の犯人がロシア当局だとされているので、今回もロシア当局だろう」といった推測ぐらいしかない。ハック事件のほとんどは、無関係な踏み台サーバーを経由して行われており、犯人の特定が不可能だ。昔の事件の犯人がロシアだという話も根拠の薄い濡れ衣の決めつけだから、ロシア犯人説は濡れ衣の屋上屋でしかない。ソーラーウインズのサーバーのパスワードは以前から流出した状態で変更もされておらず、誰でも犯行をやれる状態だった。バイデンの米政府は、このハック事件と、上で述べたナワリヌイ事件を理由にロシアを追加制裁しようとしている。 (Report: US Preparing Cyberattack Against Russia Over SolarWinds Hack) (Preparing for Retaliation Against Russia, U.S. Confronts Hacking by China

敵視の要素の3つ目は、米諜報長官(DNI)が3月初めに「ロシア当局がトランプ前大統領とその支持者たちをそそのかし、バイデンや民主党を攻撃する無根拠な陰謀論をばらまき、米国の民主主義を破壊しようとした」とする報告書を出した件だ。この報告書に書かれている筋書きは、トランプ政権の前半に、FBIなど米諜報界の反トランプ勢力が流していた「ロシアゲート」の筋書きと同じであり、全くの濡れ衣だったことがすでに証明されている。トランプが据えたウィリアム・バー前司法長官らが、ロシアゲートの濡れ衣をでっち上げたFBIなどの諜報勢力を取り締まる「スパイゲート」の捜査を行った(バーも最後はトランプを裏切ったが)。大統領が民主党のバイデンになり、またぞろトランプに濡れ衣を着せるロシアゲートの焼き直しである今回の報告書を、こんどはロシア敵視策の一つとして出してきたわけだ。 (DNI: Russia Sought to Manipulate Trump Allies and Smear Biden) (ロシアゲートとともに終わる軍産複合体) (スパイゲートで軍産を潰すトランプ

敵視の要素の4つ目は「ロシアがドイツをたぶらかし、ロシアの天然ガスをドイツに送るノルドストリーム2のパイプラインが完成しかけている。ドイツが、エネルギーを通じてロシアに支配されようとしていること」である。この件は、ドイツが国家的な決定として、ロシア(に支配されてもかまわない)から天然ガスを長期で買うことにしたのに、それを米国が阻止しようとしているドイツへの内政干渉の話だ。米露対立のふりをした米独・米欧の間の齟齬の話だ。もしくは、ドイツ上層部の対米従属派=対露敵視派が、対米自立派=対露親和派を潰そうとしているドイツ国内の暗闘の話だ。ドイツは、EUの盟主なのに米国の言いなりだ。 (The U.S. Should Press Harder on Nord Stream 2) (Russia Boasts "European Partners" Will Help Defeat US Efforts To Sink Nord Stream 2 Pipeline

これらの濡れ衣を理由にバイデン政権の米国は、ロシアへの敵視と経済制裁を強めている。このロシア敵視は、米国にとってプラスになるのだろうか。ロシアにとって打撃になるのだろうか。私の分析では、この敵視は米国にとってプラスにならず、むしろロシアにとって打撃でなくプラスになる。以前と異なり、今の米国は、ロシアと中国を同時に敵視しているので、米国が中露を敵視するほど、中露は結束して米国に対抗するようになり、結束した中露が米国をしのぐ力を持つようになり、米国より中露の方が強くなる。ロシアは、一国だけだと米国に対抗できなかったが、中国と結束することで米国より強くなれる。バイデンのロシア敵視は自滅的・隠れ多極主義的である。 (中露を強化し続ける米国の反中露策) (結束して国際問題の解決に乗り出す中露

米国より中露の方が強くなったのを見て、これまで対米従属一本槍でやってきた西欧や日豪などの同盟諸国は、米国に従って中露を敵視し続けることが難しくなる。ロシアに対する米国の敵視が正当な内容のものであれば、同盟諸国も米国に従ってロシア敵視をやりやすいが、今回のように敵視がすべて濡れ衣であると、力関係でも中露の方が優勢なので、同盟諸国は米国に追随しにくい。 (China Will Work With Russia on Policy Towards US, Says Ambassador to Moscow

ドイツは昨年9月にナワリヌイの事件が起きた時に「ロシアがノビチョクでナワリヌイを殺そうとした」という説を無根拠なまま公式に唱え、米国の側に追随した。この時はおそらく、米諜報界の傘下にあるドイツのNGOがナワリヌイをドイツに運び、米諜報界の傘下にあるドイツ軍の機関がロシアがノビチョクで殺害しかけたのだと断定を発表し、ドイツ上層部が気づいた時にはすでに米国の濡れ衣作戦の片棒担ぎに巻き込まれていたのでないか。もしくは、ドイツの上層部に対米従属・対露敵視派(メルケルら?)と、対米自立・対露融和派(左派・中道派?)が暗闘しており、対米自立派が進めてきたノルドストリーム2の天然ガスパイプラインを完成間近で潰すために、対米従属派がナワリヌイをドイツに受け入れて「ロシアが殺そうとした」というでっち上げを発表することで独露関係を意図的に悪化させたのでないか。 (Germany Looks To Protect Russia-Led Nord Stream 2 From US Sanctions

ドイツや日豪本など同盟諸国は、ロシアとの関係を悪いままに放置できても、中国との関係は経済があるので悪いままにしておけない。昨年後半、日豪は中国との貿易圏協定RCEPを開始したし、ドイツなどEUも中国と経済投資協定を締結した。中国とロシアは結束しているので、中国との関係を好転させたければ、ロシアへの敵視も一定以上は強められない。バイデンの米国が中露への敵視を強めても、同盟諸国は追随できない。米国はNATOを、ロシアだけでなく中国も敵視する国際機関に変身させたが、米国以外のNATO加盟国は中国と良い関係を維持したいので、この転換を迷惑なことだと思っている。 (Merkel Accused Of Rushing EU-China Investment Deal As Part Of German Telecoms Quid Pro Quo) (DoubleLine Warns Events Are In Motion To Remove Dollar As Reserve Currency

米国や同盟諸国のロシア敵視はかつて米国覇権維持のための軍産複合体による動きだったが、この四半世紀は、軍産の中に米覇権の自滅や多極化へとこっそり誘導するネオコン・ネオリベ的な過激派が増え、軍産は隠れ自滅派・隠れ多極主義に乗っ取られている。トランプもその一派だ。気づいてみればバイデン政権もマスコミも、中露敵視を強硬に主張する過激派が席巻している。彼らの言いなりになっていると、米国の覇権は自滅していく。 (米国覇権の衰退を早める中露敵視) (すたれゆく露中敵視の固定観念

旧来の軍産の勢力は、米覇権を自滅させたくない。民主党のジョージ・ソロスと共和党のコーク兄弟はそうした旧来軍産であり、彼らは共同でクインシー研究所を作り、ネオコン系の過激な自滅策を批判し、中露への敵視をやめるべきだと主張する論文を多数載せている。だが、クインシー的な主張はマスコミや権威筋からほとんど無視されている。マスコミ権威筋は過激派に乗っ取られ、米国を自滅への道に追い込んでいる。 (ドルを破壊するトランプたち

コーク兄弟は、NATO傘下の国際戦略のシンクタンクであるアトランティック委員会に献金し、最近、同委員会の2人のフェローに「バイデン政権はロシアに対して人権問題に偏重した政策(ナワリヌイ問題でのロシア制裁など)をとるべきでない。もっと現実主義に基づいた方が米国の国益になる」と主張する論文を発表させた。だが、同委員会の多数派のフェローたち22人がこの論文を強く批判する文書を連名で発表し、同委員会やNATOは、現実主義を否定し、人権偏重での姿勢を続けることになった。実のところ2人の論文は正しく、人権偏重の対露政策は米国を自滅させていく。 (Focus on interests, not on human rights with Russia) (A war over Russia has erupted at the Atlantic Council



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ