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米国覇権の衰退を早める中露敵視

2014年6月9日   田中 宇

 5月30日、シンガポールのシャングリラホテルにアジアや米国の安保関連の要人が集まり、毎年恒例のアジア安全保障会議(シャングリラ対話)が開かれた。席上、日本の安倍首相が演説し、南沙諸島紛争で中国と対峙する東南アジア諸国をもっと支援することを表明した。 (Abe says Japan will support nations in disputes with China

 安倍の後に演説した米国のヘーゲル国防長官も、中国の軍事台頭がアジア太平洋地域を不安定にしていると中国を非難した。日米からの非難に対し、中国代表団の一人である中国軍の副参謀長(王冠中)は、米国の方がアジアの同盟国に反中国の姿勢をとらせてアジアを不安定化していると非難し返し、日米が組んで中国を敵視するのはやめろと述べた。 (China square off at Asia security forum) (US defense secretary menaces China at Singapore forum

 6月5日には、ベルギーのブリュッセルでG7サミットが開かれ、オバマ大統領や安倍首相らがウクライナ問題や対露政策などについて話し合い、ロシアがウクライナの安定化に協力しない場合、ロシアを追加制裁すると声明を発表した。G7サミットは、昨年までの17年間、毎年ロシア首脳も参加してG8として開かれてきた。今年は17年ぶりのロシア抜きで開かれたが、その場を席巻したのはロシアの話だった。 (G7 leaders warn Russia of fresh sanctions over Ukraine

 オバマはG7に出席する前の6月3日、反露的な姿勢が強い東欧のポーランドを訪問した。オバマは、10億ドルの予算を米議会に申請し、東欧に対する米軍の駐留を、少規模な米軍部隊に東欧諸国を巡回させるやり方で強化すると発表した。これは「ウクライナの緊張を緩和する」という名目で行われるが、実際にはロシア敵視策の強化だ。ロシア政府は、米軍増派が米欧とロシアの協調関係を決めたNATOの協約に反していると批判した。 (NATO's Military Encirclement of Russia: Obama escalates NATO Confrontation with Russia) (NATO Announces New East Europe Buildup Aimed at Russia

 日本や米国のマスコミは、これらの出来事について、国際秩序を乱す中国やロシアに対し、日本や米国など先進諸国が結束して非難したり諭したりしている構図で報じている。米欧日が中露と敵対する冷戦構造の再発を予測する見方もある。 (Cold War heats up in Asia) (US revives cold war thinking on Russia

 しかし国際政治の舞台裏では、中露との敵対が米欧にとって得策でないと警戒する見方が強い。毎年G7サミットに先立って米欧のいずれかの国のホテルに米欧の有力者(政治家、外交官、財界人、王侯貴族、マスコミ幹部など。米国から約40人、欧州から約80人)が集まり、G7の議論に影響を与えるかたちで国際政治経済について完全非公開で話し合う「裏G7」とも呼ぶべき「ビルダーバーグ会議」が持たれる。今年はコペンハーゲンで開かれた。同会議では、欧州勢が「米国がウクライナ危機でロシアを敵視・制裁したので、ロシアが中国と結束し、中露が米欧と敵対するようになってしまった。失策だ」と米国勢を批判したといわれている。 (Bilderbergers aim for the end game in Russia - expert) (ビルダーバーグと中国

 EU統合を推進中の欧州(独仏)は、EU統合が一段落して欧州が対米従属を必要としない世界の極の一つに成長したら、EUとロシアがゆるやかな協調関係を結ぶつもりでいる。協調関係(敵対を不能にする策)の一つとして用意されているのが、EUがエネルギーをロシアの天然ガスに依存する今の構図だ。しかし米国は、このEUの長期策を邪魔するかのように、今年ウクライナ危機でロシアを敵視制裁している。欧州は、米国が煽る新冷戦を迷惑に感じている。 (Gazprom still remains best option for Europe - journalist

 プーチンはG7に呼ばれなかったが、翌6月6日にフランスのノルマンディの海岸で米欧各国首脳が参加して行われた第二次大戦の上陸作戦記念日(Dデイ)には出席した。主催者の仏オランド大統領は親露派なので、Dデイ記念行事の傍らでオバマとプーチンを会わせようと画策し、米大統領府は事前にフランスに「米露対話を促進しようなどと考えないでくれ」と拒否していたが、結局オバマはプーチンと15分だけ立ち話した。この出来事からも、仏独が米露対立を迷惑がっていることがうかがえる。 (Hollande to bridge Russia-Ukraine differences

 中国に対しても、英国が人民元の決済市場を開設し、ロンドン金融界の延命策として中国の経済成長にあやかろうとしたり、ドイツが中国との戦略関係を締結するなど、欧州諸国は中国と敵対する方向にない。IMFのラガルド専務理事(仏人)は先日「IMFは歴史的に、最大の出資国の首都に本部を置いてきた。これまで米国が最大の出資国だったから、IMFの本部はワシントンDCだった。しかし今後いずれ中国が世界最大の経済を持つようになり、IMFの最大の出資国になったら、IMFの本部は北京に移るかもしれない」と述べた。 (Beijing-Based IMF? Lagarde Ponders China Gaining on U.S. Economy

 こうした発言が出る背景には、発言権の一部を米欧から新興諸国に譲渡するIMF改革が米議会の反対で進まないので、BRICSが中国主導でIMFを見捨てて「BRICS版IMF」を作ろうとしていることがある。ラガルドは、改革が進まないIMFに対する中国の怒りを鎮めようとして「IMFは北京に移るかも」と言ったのだろう。中国はIMFからもへつらわれている。世界経済の長期的な流れからすると、米日が中国を敵視する策をとるのは馬鹿げている。 (BRICS nations hope to bankroll a changing world order

 米国自身、経済面で米国にとって最重要な貿易相手国である中国と真正面から敵対することを避けている。だから米国は、自国だけが中国を非難するのでなく、日本やフィリピン、ベトナムなど、アジアの国々に中国を非難するよう仕向け、代理戦争の形を取っている。いずれ経済的に中国がもっと大きくなり、米国が債券市場の再崩壊などで縮小した場合、米国はアジアの同盟諸国を切り捨てて中国に接近する「ニクソン的転換」ができるようにしている。 (世界多極化:ニクソン戦略の完成

 シャングリラ対話で中国を強く批判した安倍首相は、おそらく米国に頼まれ、対米従属策の一環として中国批判を展開したのだろう。日本の外交策は外務省など官僚が握っている。彼ら役人は慎重で、日本独自の判断であえて中国を声高に非難する策など採らない。逆に、米国(お上)の命令なら一も二もなく従う。シャングリラ対話で安倍は中国を怒らせて罠にはめたとする日本のマスコミ記事を見たが、第二次大戦で米国に負けているのに「勝った勝った」と報じていたのと似て、自己満足が過ぎる。実体は逆で、米国から「中国にかみつけ」と命じられてその通りにした日本が、米国の罠にはめられている。

 安倍はプライドがあるので対米従属一辺倒も嫌いらしい。だから彼はシャングリラ対話での演説で、中国を非難するだけでなく、自分の靖国神社参拝を正当化する内容を長く述べた。4月にオバマが訪日し、安倍とオバマが共同記者会見したときも、安倍は靖国参拝についてとうとうと語り、隣にいたオバマが不快な表情になった。安倍は、米国が嫌がるのを承知で、世界に向けた演説に靖国参拝の正当化を盛り込みたがる。これは、安倍と彼の支持者たちにとって胸のすく思いだろうが、結局のところ日本が米欧からも中韓からも敵視・冷遇されることにつながる。東京裁判史観は冤罪的だが、くつがえすのは国際政治的に不可能だ。靖国参拝の正当化論は、国際的にまったく聞き入れてもらえず、日本人の視野の狭い自己満足でしかない。 (Suspicion undermines US-Japan ties

 中国は最近まで、米国との敵対を避けることを外交の優先課題にしていた。しかし、米国が日比などを巻き込んで展開する中国敵視策は激化するばかりだ。ロシアも、以前は米欧との協調を重視していたが、米国はウクライナ危機でロシアの影響圏を意図的に侵害し、今後ロシアがウクライナのポロシェンコ新政権と和解しても、米国はロシア敵視をやめないだろう。中国やロシアが米国に譲歩しても、米国は中露に対する敵視をやめない。中露は、対米融和策を維持する意味がなくなり、むしろ他のBRICS諸国を説得し、米国の覇権体制を壊して多極型の新世界秩序を早く作った方が良いと考えるようになっている。 (Are China and Russia Moving toward a Formal Alliance?

 BRICSや中露結束のための上海協力機構は従来、米国の覇権に配慮して、自分たちの存在や結束度を弱く見せていた。しかし、米国が金融バブル拡大などで潜在的に弱くなっているのに中露敵視をやめるどころか強化しているのを見て、BRICSや上海機構は、しだいに多極型覇権構造の機関であることを隠さず露呈するようになっている。 (What Xi and Putin really think about the west

 西太平洋では、中国が第1列島線の範囲内で前に出るほど、米国が苛立ちつつ引っ込むゼロサム的な傾向にあり、中国はそれを知っているから強気で出てくるのだという指摘がある。尖閣諸島は第1列島線より中国側にあると、5月の読売新聞記事の地図に出ていた。第1列島線より中国側は、中国の影響圏内だ。日本側自身が、尖閣が中国領だと半ば認めてしまっている。 (奄美・宮古・石垣に陸自新部隊 離島攻撃に対処) (米中は沖縄米軍グアム移転で話がついている?) (First and Second Island Chains

 今回の、シャングリラ対話やG7での米国主導の中露敵視は、こうした中国の海上拡大や中露結束、多極型露呈に拍車をかけ、米国の覇権体制を自滅に誘導する効果を持っている。日本は、米国の覇権が減衰したら国是の対米従属ができなくなって孤立弱体化するのに、安倍は米国に命じられて中国敵視の発言を繰り返し、中露結束や多極型世界の出現と米国覇権の減衰を早める皮肉な役割をさせられている。 (China is stealing a strategic march on the US

 諜報面では、米国の信号諜報機関NSA(国家安全保障局)が世界中のネット情報をのぞき見していたと暴露されたNSAスパイ事件も、米国の覇権を減衰させている。中国政府は、マイクロソフトのOSウインドウズ8にNSAが侵入できる「裏口」が設けられているとの疑いから、政府機関におけるウインドウズ8の使用を禁止した。NSA事件は、米国のソフトウェア産業が巨大な中国市場に売り込めない事態を作っている。もともとマイクロソフトが世界中の人々にウインドウズXPの使用をやめさせて8を使わせようと大宣伝しているのは、XPはNSAがネットスパイ戦略をやる前の製品なので裏口がついていない半面、最新の8には立派な裏口がついているからなのだとも考えられる。「セキュリティ向上のためソフトウェアをアップグレードしてください」という言葉を鵜呑みにしてアップグレードしてしまうと、実はセキュリティが低下してNSAから丸見えになるという、ジョージ・オーウェルの「1984年」顔負けの逆説的支配世界が具現化している。 (China now Brands Windows 8 as a Spy Tool for NSA) (Pentagon report: scope of intelligence compromised by Snowden 'staggering'

 スパイ事件に絡み、中国政府は、ボストンコンサルティングなど中国企業から仕事を受注した米国の大手シンクタンクが、業務で得た中国企業の機密を米当局に漏洩している疑いがあるとして、中国の国営企業に対し、米大手シンクタンクに仕事を発注しないよう命じる政策を打ち出した。これも、米国企業にとって大きな打撃だ。米国が中国を敵視するほど、米企業自身が困ることになる。 (China clamps down on US consulting groups) (A parallel Chinese financial order

 NSAスパイ事件をめぐっては、NSAがメルケル首相の私的な電話や通信を盗み見していたことが暴露され、ドイツ当局がこの件の捜査を開始した。メルケルが何を盗み見されたのか明らかでないが、この事件は彼女に対するセクハラ的な仕打ちとも考えられ、メルケルを激怒させて反米に傾かせようとする「隠れ多極主義的」的な案件かもしれない。この事件が起きたので、米欧間の自由貿易協定(TTIP)の交渉が頓挫し、米欧関係に大きな亀裂が入っている。 (Germany Opens Criminal Probe Into NSA Tapping of Merkel's Phone

 中国は今年に入って、海外の食料メーカーや穀物商社など、国際的な食料関連の大手企業を相次いで買収している。今年の中国勢による国際企業買収の17%が食料関係だ。買収は、経済成長による中産階級の増加を受けた中国の食料需要増への対策であるが、国際的な影響はそれだけでない。 (China's hunger for foreign food groups soars

 世界では今年に入り、食肉から穀物、コーヒー豆などの食料の国際価格が全般的に高騰している。米国の干ばつや、小麦の大産地であるウクライナの危機などが原因とされ、国際価格は年初来、小麦が18%、トウモロコシが12%の値上がりだ。08年にも食料が国際高騰したが、その時には北アフリカなどで暴動が頻発し、アラブの春が起こってエジプトなどの政権が転覆した。世界銀行は08年と似たような食糧暴動が世界的に再発しかねないと警告している。 (World Bank warns of food riots as rising food prices push world populations toward revolt

 こうした中で、中国が世界的な食料産業の所有者として台頭していることは、国際政治的な意味を持つ。食料の国際決済は従来ドル建てだが、こんご人民元決済が増えたりすると、ドルの基軸通貨制のゆらぎにもつながる。石油ガス産業も、米欧の独占体制が崩れ、BRICSや新興諸国の国営企業が台頭している。食料やエネルギー産業を誰が持つかは、経済覇権に関わる話だ。 (反米諸国に移る石油利権

 また中国は昨年、産業用ロボットの購入国として、日本を抜いて世界最大になった。中国の工場に設置されているロボットの数は、1年で60%増えた。特に中国で展開している中国・外資合弁の自動車産業が、製造用ロボットの6割を購入している。中国の作業員の労賃が上がり、ロボットを使って作った方が安くなったことを示している。「いずれ中国は経済破綻する」とお経のように唱和(祈願)してきた人が多い他力本願の日本では、中国の製造業が賃上げによって衰退するという予測が以前からあった。実際には、中国は輸出用でなく内需のための製造業が伸び続け、賃金が上がった作業員の代わりにロボットが組み立てた自動車が中国国内で売られている。 (China becomes largest buyer of industrial robots

 今回の記事はこのほか、ウクライナのポロシェンコ新大統領についての分析も盛り込もうと思ったが、中国がらみでたくさん書いてしまったので、それは改めて書く。



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