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世界システムの転換と中国

2010年10月10日   田中 宇

この記事は「EUを多極化にいざなう中国」の続きです。

 前回の記事で、今年6月にムーディーズがギリシャ国債を格下げし、中国がそれに対抗するかのように、ギリシャのインフラに投資すると宣言したことを書いた(その後、温家宝はイタリアを訪問し、中国企業によるイタリアの港湾などインフラ買収を加速すると表明。イタリア政府は大歓迎)。

 中国の対抗策は、これだけではなかった。 (China launches investment drive in Italy

 中国の大手債券格付け機関である「大公国際信用評価」( <URL> )は、今年7月、中国の格付け機関として初めて諸外国の国債を格付けした。ムーディーズなど米英の格付け機関はすべて、米国と英国の国債を最上位のトリプルAに格付けしているが、大公は、米英格付け機関が米英国債の危険性を過小評価しているとみなし、米国債を上から3番目の格であるダブルA、英国債をその下のダブルAマイナスに格付けした。 (China tries realistic rating

 さらに今年9月末、中国の金融機関協会(中国銀行間市場交易商協会、NAFMII)が「従来型(米英系)の格付け機関は、債券発行者に有利な格付けをしがちで信用できない。投資家の側に立った格付け機関が必要だ」と表明し、新たな格付け機関「中債資信評価」(China Credit Rating Co.、中債)を設立すると発表した。 (China Group Said to Plan Formation of New Credit Rating Company This Week

 従来型の格付け機関は、債券発行者から手数料をもらって債券を評価・格付けしてきた。CDOやサブプライムなど、債券の裏の仕掛けが複雑になるほど、関係者以外の人々が債券を評価しにくくなり、格付け機関が、金を出す発行者とぐるになって良すぎる格付けを債券に与えても、ほとんど誰も見破れないようになった。その結果として起きた信用バブルの崩壊がサブプライム危機であり、リーマンショックだった。 (China tries realistic rating

 一連の金融危機の後、米英の格付け機関に対する不信感が世界中で湧き、米英国債のトリプルA格も疑問視されている。だが、対米従属性が強い日欧など先進国は、米英金融覇権(基軸通貨制度)の根幹に位置する米英国債のトリプルA格を否定できない。米英の格付け機関は「このまま財政赤字が増えると、いずれ米英国債を格下げせざるを得ない」と何度も発表しつつ、その発表だけでお茶を濁し、実際の格下げをしていない(したら国際金融システムが瓦解する)。 (U.S. Needs To Articulate Credible Fiscal Consolidation Plan - Moody's

 債券格付けに象徴される、英米製の世界システムは、先進国の多くの人々にとって絶対的な「グローバルスタンダード」であり、逆らうことなど思いつきもしない。そんな状況下で、猫の首に鈴をつけるような動きに出たのが、中国の「中債」設立計画だった。中債は、債券を買う側の機関投資家が出資し、中国人民銀行(中央銀行)の後ろ盾も受けて創設される、非営利の公営的な格付け機関で、投資家から金を集め、債券を格付けする。

 中国には3つの大手格付け機関があり、3社で債券格付け市場の95%を占有している。3社のうち「大公」は中国国内資本だが、「中誠信」(中誠信国際信用評級)は米ムーディーズ、「連合」(聯合資信評価)は米フィッチがそれぞれ49%の資本を持ち、実質的に米国系である(中国政府は、外国資本による格付け機関の運営を許さないので49%になっている)。米英資本は、大公も買収し、中国の債券格付け市場を席巻しようとしたが果たせず、これに対する中国側からの反撃が今回の「中債」設立計画だった。 (New China rating firm's model could reshape industry

▼米英格付け機関の被害にあうEUとも連携?

 中債が投資家の側に立った債券格付けを目指すことは、今後、世界的に影響を与えそうだ。先進国が低成長と借金漬けで投資余力がなくなる半面、中国やブラジル、アラブ産油国など、新興市場諸国(BRIC)や発展途上諸国が経済発展し、余剰資金を増やしている。先進国は対米従属色が強いが、BRICや途上国は多くが非米・反米だから、米英型の格付けシステムを捨てて中債型の投資家本位の格付けシステムに移行することは歓迎のはずだ。

 大公は今年7月、米英国債を低めに評価したが、同時に中国国債(外貨建て)に対して最優良格のトリプルAを与えている(人民元建てはダブルA)。日本国債については、外貨建てをダブルA、円建てをダブルAマイナスと評価した。大公は、中国や、他の新興諸国の国債に対し、米格付け機関より高い評価を与える半面、先進国の国債に対しては低めの評価をしている。これは、大公が自国や身内(BRIC)に高すぎる評価を与え、敵(欧米日)に低すぎる評価にしているとの批判を受けることにつながっている。ムーディーズはインチキだが、大公もインチキというわけだ。 (「中国は日米独より高い」 中国基準の国家信用格付け、初公表

 中共を敵視する勢力による、この批判はまっとうだ。だが少なくとも、インチキが複眼的になった方が、世界の投資家は客観的に事態を見ることが可能になり、債券格付けに騙される傾向が減る。単独覇権より多極型の世界の方がましなのは、こうした点だ。

 米英型格付けシステムに風穴を開ける中国の行動は、EUにとってありがたいはずだ。EUでは昨年来、ギリシャやスペインなど南欧・東欧諸国の国債に対し、米英の格付け機関から格下げ攻撃を受け続けている。米英のヘッジファンドが国債を先物売りし、格付け機関が「客観」を装って国債を格下げし、さらにヘッジファンドが売り浴びせ、無限の下落を引き起こして潰す金融戦争が仕掛けられている。堪忍袋の緒が切れたEUは、9月末、格付け機関が国債に対して低すぎる評価を与えた場合、EUが格付け機関を処罰できる政策を打ち出した。 (EU to consider penalties for rating agencies: minister

 この手の動きがEU単独で行われるだけなら、それは欧米間の対立に収斂し、EUに入り込んでいる英国が内側から攪乱し、米国側もおざなりの譲歩をして、表面的で中途半端な談合で話が終わる。しかし今回は、中国が「投資家の側に立った債券格付け」という新しいモデルを提案し、中国の大公が米英国債を低めに評価するという援護射撃をしている。中国の動きは、いずれBRICを代表する形になっていくだろう。ここにおいて、EUが新興諸国と連動し、米英型の格付けシステムを解体していく道が開けている。

 このような中国の動きに対し、米国は拒絶的だ。大公は今春以来、米国の格付け市場に参入しようと、米証券取引委員会(SEC)に申請しているが、却下され続けている。中国側の決まりで、大公はSECに提出する資料を事前に中国の当局に提出して了承をもらっておかねばならず、SECは、中国当局があれこれ指示させて直させたような資料は不透明であり、米国の基準を満たしていないという理由などをつけて、大公の申請を却下している。 (Why We Should Care About China's Rating Agencies and the Renminbi

 今年7月、大公が米国債を低めに格付けしたとき、米金融界のあちこちから激怒の声が湧いた。「巨額の米国債を持っている中国政府は、大公に低く格付けさせて米国債の相場を下落させる(利回りを上昇させる)ことによって金利収入が増える。そんなインチキに加担する大公を、米市場に入れるわけにはいかない」という批判も出た。SECがこのような声を重視したことは、十分にあり得る。 (SEC Denies China's Dagong of Market Entry After U.S. Debt Downgrade

 米国が大公の参入を拒否したことに対し、新華社通信は「米国の格付け機関はこの3年間で、中国の格付け機関を買収して中国市場に入り込み、政府機関にまで影響力を及ぼそうと画策している。その一方で米国は、中国の格付け機関が米国市場に参入しようと申請すると、難癖をつけてかたくなに拒否している。大公が米国市場に入れば、国際的な格付け機関として認知される。米国は、それを阻止したいのだろう」と論評している。 (Why does U.S. deny entry of Chinese credit rating agency?

▼あちこちで中国の怒りを扇動する米国

 中国では、大公が米国債を低めに評価し、中債が債券発行者主導の格付けを否定する新体制を提案している。米国は、大公の米国債格付けに激怒し、大公の米国進出(国際化)を阻止している。米中間で債券格付け戦争が起きている感じだ。EUや新興市場が中国側を支持しそうな状況を加味すると、格付けをめぐって米英中心主義と多極主義の闘いが起きているとも言える。

 米国が大公の参入を拒否し続けると、中国は、米英系のムーディーズやフィッチが国内格付け機関を買収して市場参入していることについて難癖をつけ、米英系格付け機関を中国から追い出そうとする報復をするだろう。ムーディーズは10月8日、中国国債を格上げするかもしれないと発表し、中国当局に対して宥和的な態度をとってみせたが、効果は薄そうだ。 (Moody's may upgrade China's sovereign rating

 ここまで考えていくと、実はSECは、大公の参入申請を荒っぽく拒否することで、中国側を怒らせて米国に対抗してくるように仕向け、先進国で定着している米英系の格付け体制とは別の、中国型の格付け体制が、新興市場や発展途上諸国で席巻していくように誘導する「隠れ多極主義」をやっているのではないかとも勘ぐれる。

 SECは今年4月、オバマの経済顧問であるボルカー元連銀議長の意を受けて、ゴールドマンサックスが債券化事業(合成CDO)で不正をしたとして提訴し、米金融界の強さの秘密である影の銀行システムを破壊しようとした(裁判はその後、和解で終わった)。この前科からすると、SECが隠れ多極主義かもしれないと疑うことは、それほど突拍子もないことではない。 (◆ゴールドマンサックス提訴の破壊力

 最近の米国は、中国を怒らせる戦略(と思われるもの)を各分野で展開している。これを書いている間に発表された、中国の民主活動家である劉暁波氏にノーベル平和賞が与えられたことも、その一つだ。ベトナムの肩を持つ形で南沙群島紛争に介入したり、中国の第一列島線進出を容認した後になって黄海に空母を入れたり、鋼管などにダンピング制裁関税を科したりしたことも、中国を怒らせることが目的だろう。(尖閣騒動もその一つだった感じだが、日本が早々に手を引き、米中対立になっていない) (中国軍を怒らせる米国の戦略

 ノーベル平和賞は、以前から米英政治覇権の道具である。劉暁波へのノーベル授賞も、米国が政治力を行使して実現した可能性が高い。中国は今、経済面の国際影響力拡大を優先し、政治面の影響力拡大に慎重だ。いずれ米英は衰退するから、戦うより待つ方が得策という考えなのだろうが、劉暁波授賞に象徴される、米国が政治覇権を行使して中国を攻撃する事態が続くほど、中国共産党の上層部は、むしろ政治覇権を早く拡大して米英(や日本)を封じ込めた方が得策と考え、方針転換したくなる。これは「眠れる獅子を起こす」ことであり、中国の傍らにいる日本にとって、良くない展開だ。

 中国が国際政治的に慎重な方が、日本の行動の自由が大きくなるが、劉暁波授賞は中国を国際政治的に活発化させかねない。日本のマスコミや嫌中派は劉暁波授賞に喝采しているが、この件は長期的にみると、中国の国際政治台頭を早め、中国が日本を隠然と抑圧してくる時期を前倒しし、日本の国益にマイナスだ。このまま準備期間なしに米国の後ろ盾を失った場合、軍事面よりむしろ政治経済面で、日本はかなり弱い国になる。米国の覇権が健在の間は、中国の悪口を言っていればすむが、米覇権が瓦解したら、日本のマスコミや野心ある人々は、中国に追従するだろう。もしくは、世界に無関心になり、内向的な精神鎖国が高じる(それが正当化され、内向性を肯定する言説が売れる)。

▼「別の世界システム」を中国に作らせる

 米国の隠れ多極主義戦略は、さまざまな面で中国を怒らせ、中国が欧米に対抗するよう誘導し、欧米が作った世界システムとは別の国際システムを中国に構築させ、中国がBRICや途上諸国を率いて別の世界システムを拡充していくように仕向けている。英国が19世紀に作った今の世界システム(米英覇権)を解体し、多極型の新システム(新世界秩序)に転換し、政治経済の安定と発展を引き出そうとしているのだろう。中国は誘導されている。米英優位・発行者主導の債券格付けシステムを乗り越える、新興諸国優位・投資家主導の格付けシステムを中国が作ろうとしているのが、その一例だ。

 ほかにも、インターネット上でグーグルの優勢を否定して、中国式の検索エンジン「百度」を中国政府が後押ししたり、中国がGPSではなくガリレオを支持したりするのも、米英中心ではない世界体制を模索する動きである。 (グーグルと中国) (GPSが破綻する??

 経済面では、クレジットカードでの米中戦争が起きている。中国の最大手カード会社「銀聯」(China Unionpay)は、米国の最大手ビザカードと提携しており、ビザと提携した銀聯のカードの中国国外での利用について、銀聯が自社のシステムを使って決済しているのに対し、ビザは銀聯ではなくビザのシステムを通して決済するように求め、両社が対立したまま1年がすぎている。銀聯を擁護する中国政府は、ビザに対する制裁措置として、ビザの中国での新事業の申請をすべて却下しており、米政府はこの件をWTOに提訴した。 (Visa blocked in China after Unionpay dispute

 クレジットカードの国際決済は、ビザやマスターカードといった米国勢が「グローバルスタンダード」として世界を席巻している。カード決済の世界システムは米国の支配下にある。銀聯は、この決済の覇権に挑んでいる。その構図は、債券格付けの分野で、大公や中債がムーディーズなどの覇権に挑んでいるのと同質である。中国でのクレジットカード発行枚数は、2020年までに米国を抜くと予測されており、長期的には中国が優勢になる。 (Mastercard Sees Surge In China Credit-Card Use

 日本も、米英覇権が傾いた1970年代から、JCBカードが東南アジアなどに独自の決済網を作りかけ、東南アジアに対する日本の覇権を感じさせたが、80年代末以降、米英覇権の主力が軍事から金融に転化して米英が再台頭するとともに、日本は対米従属を再び強め、JCBの国際展開も中途半端に終わった歴史がある。

 また経済面では、ドルを使わず、相互の通貨を使う貿易決済の体制を、中国が各地の国々と構築していることが「別の世界システム」にあたる。最近では、温家宝首相がトルコを訪問し、中国とトルコの貿易決済にドルを使わず、人民元とリラを使うことを決めている。 (Turkey, China Shun the Dollar in Conducting Trade

 経済面で、中国やトルコなど新興諸国・途上諸国が、ドルやデリバティブ、ムーディーズ、ビザカード、グーグルなどに依存しない「別の世界システム」を拡大させていき、米国など先進国の人々よりも、中国など新興国の人々の方が旺盛に消費して世界経済の牽引役になっていくと、いわゆる「デカップリング」(分離的発展)が起きる。新興国が生産して先進国が消費するかつての体制だと、米国がくしゃみをすると中国は風邪を引いたが、今後の新興国は、先進国に対する依存から切り離され、自律的に発展し、世界経済は新興国が主導すると予測されている。 (Wall Street Sees World Economy Decoupling From U.S.

 デカップリングを、先進国から新興国への消費地の移転としてのみ考えず、新興国が、先進国の世界システムに依存せずに発展していく新機軸として広範に考えると、多極化など、今起きていることの世界的なダイナミズムが見えてくる。 (World economy: The China cycle

 世銀総裁のロバート・ゼーリック(隠れ多極主義者)は「世界が多極化していることを認めよ」と世界に呼びかけている。パパブッシュが参加していた投資会社カーライルは「新興市場諸国という概念や、先進国と途上国という二分法は、もはや現実に合わない。二分法を乗り越えた新世界秩序が必要だ」と主張している。新世界秩序は、パパブッシュが20年前の冷戦終結時に使った言葉でもある。 (Zoellick embraces 'multipolar' world) (Nations search for a new world order

▼サイバー戦争が多極化を扇動する

 このほか今後、この関係で出てきそうなことは、ウイルス問題を機に、中国など新興市場諸国が、ドイツのシーメンス製の産業用OS(コンピュータ基本システム)を使うのをやめて、独自の産業用OSを使うようになるのではないかということだ。最近、イスラエル軍のネット戦争部隊が作ったとおぼしきコンピュータウイルス「スタックスネット」が、シーメンス製の産業用OSを使っている世界各国の発電所やパイプライン、水道システムなどのコンピュータに、スティック型USBメモリを介して入り込み、破壊行為を行う「サイバー世界大戦」が始まっている。 (The meaning of Stuxnet

 このウイルスのソースコードは長く複雑で、国家規模の勢力しか作れないと言われている上、最大の標的にされたのがイランの原子力施設だった。しかも、ソースコードの中に「ミルトス」(myrtus)という文字が含まれていたという。ミルトスは旧約聖書に出てくる花「銀梅花」のラテン語の名称だ。英国テレグラフ紙によると、銀梅花はヘブライ語で「ハダッサ(Hadassah)」で、旧約聖書のエステル記に出てくるペルシャの王妃、エステルの幼少時の名前がハダッサだった。エステル記は、ペルシャのユダヤ人に対する虐殺計画を、エステル王妃が先制的に阻止したことが書かれている。テレグラフ紙はこの物語を比喩ととらえ、イスラエルからイランに対するネット戦争の先制攻撃として、イスラエル軍がイランの核施設のOSをウイルス攻撃したのだろうと書いている。 (Israeli cyber unit responsible for Iran computer worm - claim

 このウイルスはイランだけでなく、シーメンスの本国ドイツや中国、インドなどの発電所などのOSを破壊している。「ホロコースト」の関係でドイツを脅し続けるイスラエルは、シーメンスのOSの弱点を知りうる立場にいる。イスラエル軍や米軍のサイバー部隊に攻撃されないようにするには、欧米日のメーカーのOSに依拠して発電所を運用しない方が良いということになる。ここにおいて、中国やロシアなどの新興諸国が、欧米とは別の産業用OSを開発する必要が出てきている。これも、中国など新興諸国が、システム的に米英覇権を離脱する動きになる。最近、米国防総省は「サイバー世界大戦(Global Cyberwar)」の開始を宣言し、やる気満々だ。自作自演のサイバー911があり得る。中国やロシアは、ひそかに欧米製の産業用OSを急いで入れ替えているかもしれない。 (Pentagon: The Global Cyberwar Is Just Beginning

 米国が、堂々と「世界を多極型に転換します」と宣言してやらず、覇権国のくせに、隠れ多極主義などという回りくどいことをするのは、かつてケネディやニクソンといった政権が比較的正攻法で多極化(冷戦構造の解体)をやろうとしたところ、米英覇権維持派(軍産英イスラエル複合体)の反撃を受け、殺されたり失脚させられたりした教訓からだろう。この暗闘は、50年(見方によっては第一次大戦前から100年以上)も続いている。最近の「為替大戦争」からは、ドル崩壊が間近い感じがするものの、まだどちらが勝つかわからない。覇権の移転は、簡単には起きない。米国がいくら挑発しても、中国が消極姿勢を脱しないかもしれない。 (Smart Power, Chinese Style

▼中国保守派と米国多極派は仲間

 JCBの例に見るように、日本も1970−80年代、アジアの覇権国になりそうだった時期がある。しかし今、アジアの覇権国になろうとしている中国は、戦後の日本と根本的に異なる点がある。それは、戦後の日本に米英の世界システムを崩す気がほとんどなかったのと対照的に、中国には共産党による建国以来、欧米と別の世界システムを作ることを目指す勢力が、常に中枢にいたことだ。日本も戦前は、欧米(英米)と別の世界システムの構築に意欲を燃やしたが、敗戦で根絶やしになり、戦後は外務省など「MI6の傀儡」みたいな人々が日本を動かすようになった。 (会談の手続きしない外務省に不快感 北沢防衛大臣

 一方、第二次大戦の戦勝国だった中国は、根絶やしの憂き目にあわず、アヘン戦争以来、欧米文明を導入しつつ、欧米文明に飲み込まれないで中国文明を復活させようとする道を、紆余曲折がありながらも歩んでいる。中共建国後、大躍進から文化大革命までの1950−60年代、中国式の革命をやろうとした毛沢東は、劉少奇やトウ小平ら「右派(経済リベラル派)」を駆逐し、毛沢東流の無茶苦茶な経済政策をやって大失敗した。 (中華文明と欧米文明は衝突するか

 その後、トウ小平が欧米経済システムを導入する改革開放をやったが、冷戦終結とともに、政治リベラル(民主化)を入れようとする運動が起こり、天安門事件となった。この事件には米英系の謀略が入っているようだが、中国国内の議論としてみると、政治リベラルを進めるか否かという話だ。トウ小平は、経済リベラル(市場原理)だけ採用し、政治リベラルを全否定した。

 その後、中国は高度成長を遂げ、都会の暮らしはかなり豊かになった。そろそろ政治リベラルを導入し、民主主義に転換しても良いじゃないかという議論が、共産党内部で時おりあるようだ。中国言論界では、民主主義のことを隠語的に「世界的価値観」と呼ぶらしい。民主や人権は「グローバルスタンダード」であり、中国もいずれそれに従うのが良いというのが政治リベラル派の論調だ。 (China, The debate over universal values

 これに対し保守派は、世界的価値観という言い方自体が、欧米のシステムが何でも最高だという間違った考え方であり、欧米システムと異なる中国式システムを希求すべきだと反論し、対峙している。「一つの世界、一つの夢」という北京五輪の標語も、グローバルスタンダード的な欧米中心主義の思考が内包されていると保守派は反対した。

 このような議論と、債券格付けやビザカード、デカップリングをめぐる今回の私の分析を重ね合わせると、興味深い結論が見えてくる。中国の保守派と、米国の隠れ多極主義者は、実は仲間だということである。債券格付けの米中対立と、劉暁波へのノーベル授賞が同根であることも見えてくる。リベラル派ではなく保守派の発想法が、中国の台頭と、世界を多極型に転換する原動力である。また、日本システムで欧米システムを塗り替えようとする意志がない戦後の日本は、地域覇権国になることができない。日本は、発想をいったん「戦前」に戻すことが必要だが、65年間の洗脳と無力化の後では無理な話である。

 ノーベル受賞した劉暁波は、政治リベラル派の一人である。米欧が劉暁波を釈放しろと言い続けると、愛国的な中国の世論はそれに反発し、中国の言論界で政治リベラル派の力を弱めてしまう。これは、米国がイランの反政府民主派を声高に応援した結果、イランの民主派が弱体化したのと同じ構図だ。この意味でも、劉暁波のノーベル授賞は、隠れ多極主義的な事件である。



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