NATOの脳死2019年11月14日 田中 宇フランスのマクロン大統領が10月21日、英エコノミスト誌(軍産系)へのインタビューで、トランプの米国が欧州と協調したがらないので、米欧間の軍事同盟であるNATOが脳死状態になっていると発言した。欧州諸国がロシアなどから攻撃されたときに米国が欧州を守ることなどを義務づけたNATOの条約の5条がまだ有効かどうか不明だとマクロンは言っている。5条は、欧州の対米従属の構図であるNATOの真髄だ。米欧間の不信がつのり、5条が生きているのか不明なので、マクロンはNATOの脳死を表明した。12月3-4日にはロンドンでNATO創設70周年のサミットが行われる(トランプが乗り気でないので簡素化して実施)。NATOは組織としてまだ存在しているが、真髄はすでに機能不全なので「脳死」が宣言された。 (Emmanuel Macron warns Europe: NATO is becoming brain-dead) (The End Of NATO?) 10月初め、トランプが突然シリアからの米軍撤退を挙行し、これを事前に知っていたトルコ(NATO加盟国でEUの隣国)が北シリアに侵攻し、米欧の協力者だったクルド人の民兵団を(ロシアとも談合しつつ)攻撃して強制移住させた。この時トランプは、欧州に全く相談しなかった。事件後、シリアと中東全体に対する覇権が米国からロシアに移る傾向が一気に加速し、トルコの身勝手にも拍車がかかった。中東は、戦前に欧州の覇権下にあり、今でも欧州は中東に影響力を持っている。シリアはもともとフランスの植民地だった。中東の軍事・安保問題は、911以来「テロ戦争」として米欧協調でやってきた。またトルコはEUにとって微妙な関係の相手だ。ロシアも米欧のライバルなはずだ。トランプは撤兵前に欧州に相談すべきであり、欧州との同盟関係を粗末にしすぎているとマクロンらEUの上層部は考え、NATO脳死発言が出てきた。欧州がさっさと対米自立していたら、米国が手放した中東覇権をロシアやイランだけが得るのでなく、欧州も中東覇権の一部を得られただろう。欧州はだらだらと対米従属を続けてきたがゆえに、中東覇権をロシアやイランに取られてしまった。 (Macron Says NATO Is Experiencing ‘Brain Death’ Because of Trump) マクロンは今回、NATOの機能不全だけでなく、米国が欧州を傘下に入れる形で世界を支配する米欧覇権の時代が終わったことも宣言した。マクロンが米欧覇権の終焉を宣言したのは今回が初めてでなく、今年8月にすでに宣言している。マクロンは、米欧覇権の体制が終わった以上、欧州が米国やNATOに頼って安全を確保するのは無理であり、EUの軍事統合を進めて「欧州軍」を作り、対米自立的な軍事の主権を持つしかないと言っている(これもマクロンやメルケルが昨年から提唱してきた)。これまで欧州諸国を経済統合する組織として運営してきたEUを、地域覇権組織としても機能させる必要があるとマクロンは語っている。これらの構想はまさに「米国覇権が崩れて世界が多極化するので、欧州は対米自立してEUを世界の極(地域覇権)の一つにしていき、NATOでなくEUの軍事統合による欧州軍が欧州の安全保障となる」という、私がイラク侵攻の後ぐらいから予測してきたシナリオと同じだ。トランプが覇権放棄を進めた結果、EUは多極化への対応を迫られ、10月のシリア米軍撤兵騒動を機に、今回のマクロンの宣言が出てきた。 (Maybe Just A Coma? Russia Reacts To Macron's "Golden Words" About "Brain Dead" NATO) (揺れる米欧同盟とロシア敵視) トランプの米国は、EUに相談せずシリア撤兵して米欧間の信頼と協調関係を破壊する一方で、米国が世界の安全の面倒を見るのは不公平なので、ドイツなどNATOの欧州諸国が軍事費をもっと(GDPの2%まで)増やせと言っている。トランプに対する不信をつのらせる欧州諸国は、こうした要求を聞かなくなり、米欧間の不信と対立が増している。欧州に軍事費を増やさせるのは米国内のトランプの敵である軍産複合体の希望だが、トランプはあえてこの路線を過激にやり、欧州を怒らせて対米従属をやめたくなるように仕向け、ネオコン的な隠れ多極主義を進めている。トランプは欧州諸国に「ロシアを敵視せよ」とけしかけるくせに、自分は来年5月の戦勝記念日の祝賀会に出るためのロシア訪問を堂々と検討している。トランプは欧州が「早く対米自立した方が良い」と考えるように仕向けている。 (Trump says he might attend Russia Victory Day events in May) (Pompeo says NATO must change, or risk becoming obsolete) トランプは、同様のことをトルコにもやっている。トランプはトルコのシリア侵攻をこっそり許可したくせに、その一方でトルコがロシアから最新型の迎撃ミサイルS400を買うことを決めると、トランプはトルコをNATOから追い出そうとしたり、経済制裁をちらつかせて怒り、トルコの反米感情をあおってロシアの側に押しやっている。トルコが離脱するとNATOは崩壊感が強まるが、トルコは離脱したがらず、NATOを存続させる策をとっている。NATOが存続する限り、欧州は対米従属の中に幽閉されたまま、米国とともに覇権を失っていき、トルコやロシアの優位が増すからだ。NATOが早めに崩壊すると、欧州は対米自立して多極型世界に順応し、トルコやロシアと覇権を奪い合う傾向になる。それを避けるため、ロシアもNATOが脳死状態のまま存続してほしい。プーチンはエルドアンに「NATOをやめるな」と言っているはずだ。 (NATO no place for ‘significant Russian military purchases,’ Trump to tell Erdogan) (トランプのシリア撤兵の「戦略的右往左往」) 欧州では、ロシア人と近いスラブ系の民族が住む東欧の親露国セルビアも、ロシアから迎撃ミサイルS400を買おうとしている。トランプは、セルビアを経済制裁すると言っている(セルビアはNATO非加盟、EU加盟交渉中)。米国に制裁されると、セルビアはロシアや中国に頼る傾向が増す。中国はすでに東欧にかなり経済進出しており、中露に頼ればセルビアは米国に制裁されEUに意地悪されても何とかなるかもしれない。セルビアが米欧の圧力に耐えて生き延びると、それを見たギリシャからハンガリーまでの親露的な東欧諸国が元気づけられ、ますます米欧に楯突く親露路線を進むようになる。その分、東欧に対するEU(独仏)の影響力が低下する。EUはトランプを迷惑がり、対米従属をやめたくなる。これまた隠れ多極主義的だ。 (Despite US sanctions warning, Serbia to buy Russian missiles) (US Threatens Sanctions On Serbia, Scrambles To Thwart Possible S-400 Purchase) ▼米同盟諸国の上層部の軍産傀儡が対米自立を阻止している トランプはロシアゲートや弾劾騒動による軍産からの攻撃をはねのけつつ、米国覇権(軍産支配)を自滅させる策略を続けている。トランプの策が奏功し、米国覇権が低下し、中露が台頭し、多極化が進み、NATO(や日米安保体制)の脳死がひどくなり、対米従属のEU(や日本)の不振が加速している。マクロンらEUの上層部は、早く対米自立して多極型の新世界秩序に対応したいと考えている。だが実際には、EUの対米自立は遅々として進まない。日本の場合、対米自立した方が良いという声すら上層部から出てこない。なぜなのか。 (欧州の対米従属の行方) この謎に対する私なりの答えは「欧州や日本では上層部に軍産の傀儡勢力が何十年も前から陣取っていて、政治指導者など上層部の他の勢力が国家戦略を対米自立の方に転換しようとすると、あらゆる手段で妨害して潰してしまうから」というものだ。米国の上層部は戦後、米覇権主義の軍産と、隠れ多極主義の勢力(CFRなど?)が暗闘的に併存してきたが、欧日の同盟国では多極主義の勢力が育たなかった。欧州は戦後ずっと軍産が作った冷戦構造の中に幽閉され、ソ連という敵に直面させられていたので対米自立など考えられなかった。日本は戦後、官僚機構が対米従属と引き換えに隠然独裁を敷くことを米国(軍産)から許され、この体制は現在まで続き、おそらく今後もずっと続く。最終的に、江戸幕藩体制より長くなるかもしれない。米覇権が崩壊したら、官僚機構は日本の隠然独裁を中国に認めてもらって権力を永続する。 (意味がなくなる日本の対米従属) 80年代末、隠れ多極主義の米レーガン政権がゴルバチョフをおだてて冷戦構造を破壊し、ドイツをけしかけて東西ドイツ再統合を実現し、同時に独仏主導のEUを作って欧州国家統合を開始させた。隠れ多極主義者たちは、ニクソン訪中からベルリンの壁崩壊までの冷戦終結によって、東側諸国や発展途上諸国といった非米側の経済成長を誘発し、EUや中国、ロシアなどが米国と並ぶ世界の極(地域覇権)になる多極型に世界の体制を転換しようとした。多極化によって、軍産の覇権体制が世界経済の成長を阻害している状態を解消しようとした。国家統合によって欧州を団結させるEUは、多極型世界の極の一つにするために、米国側からの画策で作られた。欧州通貨統合で作られたユーロがドルと並ぶ国際基軸通貨になり、基軸通貨の多極化も進むはずだった。 (覇権の起源:ロシアと英米) (ニクソン、レーガン、そしてトランプ) だが、現実は違った。冷戦後、軍産支配が崩れて非米側が発展し、世界が多極化していくと思いきや、そうではなかった。95年のアジア通貨危機で非米側の経済成長が阻害され、01年の911事件で冷戦の代わりとなるテロ戦争が軍産によって起こされた。多極側は、軍産の中にネオコンをスパイとして送り込み、テロ戦争を稚拙に過激にやって失敗させ、米覇権の信用をわざと落とす策略をやった。今のトランプ政権は、この策略の第2弾だ。冷戦後も現在まで多極・非米側と軍産側の暗闘が続いている。 (好戦策のふりした覇権放棄戦略) 軍産は欧州に冷戦構造を再び作るため98年にコソボ紛争を扇動し、軍産傀儡のコソボ・アルバニア人(KLA)と、ロシアと親しいセルビアが恒久対立させられ、NATOがコソボ側を支援した。00年にプーチンが出てきてロシアを軍産オリガルヒから奪回して再強化すると、米欧では軍産マスコミがロシア敵視のプロパガンダを強化した。軍産NATOが復活する中、EUの上層部でも軍産黒幕の英国が、経済が脆弱な東欧諸国をEUにどんどん新規加盟させてEUを内側から弱体化する策を展開した。ドイツ(旧西独)の上層部に多数残る軍産傀儡の勢力もEUの弱体化を黙認し、EUは内部の運営がうまくいかなくなり、対米自立どころでなくなった。 (タイミングの悪いコソボ独立) もし今後、EUが構想通りに軍事統合を進めて「欧州軍」を創設できても、内部の軍産傀儡勢力に誘導されて海外派兵をしてしまうと、軍産(米英諜報界)傘下のテロ組織などとの泥沼の占領状態に陥らされ、大失敗させられる可能性が高い。このおそれがあるので、EUや独仏は、すでに軍事統合の基本的な組織を持っているものの、稼働させないままでいる。軍産は、自分たちの覇権を維持するためなら、ISISなど傀儡組織に虐殺をやらせたり、同盟軍を自滅させたりを平気でやる勢力だ。欧州は慎重な姿勢を崩さない。 (ドイツの軍事再台頭) 経済面でも、EUはへこまされ続けた。09年には、米英の投機筋がギリシャなど南欧の国債市場を混乱させてユーロ危機を激化させ、ユーロの地位が低下して基軸通貨の多極化は頓挫した。08年のリーマン危機は米国覇権の一部である債券金融システム(ドル)のバブル崩壊であり、ユーロ圏がこのバブルに参加していなければ基軸通貨の多極化に結びついただろうが、現実は違っていた。ドイツ銀行、ソシエテ、UBSなど欧州の大手銀行は軒並み債券バブルにどっぷり浸かっており、リーマン危機のバブル崩壊に巻き込まれ、米連銀(FRB)の救済対象になった。ユーロと同時に作られた欧州中央銀行(ECB)も、当初は堅実で緊縮好きのドイツの影響下にあったが、リーマン危機や南欧ユーロ危機に追われ、米連銀の傀儡にされて連銀の不健全なQE策を肩代わりさせられている。ECBはFRBの「糞壷」にされている。欧州は経済面でも対米自立を阻まれている。 (ユーロ危機と欧州統合の表裏関係) (ユーロもQEで自滅への道?) 16年のトランプ当選と英国のEU離脱決定は、軍産と多極の暗闘における、多極側からの新たな攻勢だった。トランプの戦略は、同盟国や世界のことに関与するのは無駄だと考える反国際・孤立主義的な米国第1主義と、軍産戦略を過激に稚拙にやって失敗させるネオコン路線が混じったもので、戦後の多極側からの歴代の攻勢の中で今のところ最も成功している。軍産の黒幕である英国が強ければ、多極側に反撃し得たが、英国は自滅的なEU離脱問題に奔走されて国際的に役立たずの状態だ。トランプは、NATOや欧米同盟、G7、自由貿易体制など、軍産・米国覇権的な国際体制を次々と軽視・批判する一方で、シリア撤兵して中東覇権をロシアイランにこっそり譲渡してしまうなど、同盟破壊と覇権放棄を進め、EUなど同盟諸国が「米国には頼れない」と思うように仕向けた。 (英離脱で走り出すEU軍事統合) (米欧同盟を内側から壊す) この状況はまさに、EUが対米自立して世界の極の一つになっていく好機だ。トランプは、EUに対米自立の好機を与えるために覇権放棄や同盟破壊をやっている。NATOの脳死を指摘した今回のマクロンの発言は、EU上層部が対米自立したがっていることを象徴している。だが、EU内には冷戦時代から受け継がれた軍産傀儡勢力がまだ多く残っており、彼らが邪魔をしているのでEUはなかなか対米自立できない。マクロンの発言は、現状に対する苛立ちの表明でしかない。 (軍産の世界支配を壊すトランプ) (欧州は、マクロンのように米覇権の終わりを指摘する声があるだけましだ。日本にはそれすら全くない。軍産傀儡である日本の上層部・官僚機構は、対米自立したくないので、自分たちが世界の状況に無知になるよう仕向けており、日本のマスコミは国内のくだらない話ばかり流し、人類と日本人にとって最も重要な国際問題・覇権動向の本質について全く流さない。「トランプは無能」「中国は自滅する」など、「専門家」は頓珍漢しか言わない。日本人は国際分野で無知になり、何の議論も出てこず、世界の動きからわざと遅れている。これは上からの意図的な策略なので今後も是正されない。NATOだけでなく、日本も国や社会をあげて「脳死状態」である) (日本経済を自滅にみちびく対米従属) トランプら多極側は、欧州や日本など同盟諸国を対米自立・多極化に追いやろうとして、冷戦後のネオコンから孤立主義までの戦略を過激に展開してきたが、同盟諸国は内部に軍産傀儡が巣食っており、彼らが対米自立を阻止する各種の策略を行なっているので、同盟諸国は対米自立しないままだ。米国の多極側は、同盟諸国だけでなく、中国ロシアなど非米反米側の諸国にも、米覇権に対抗したり無視したりして世界を非米化・多極化するようけしかけている。同盟諸国は動かないが、非米諸国は米国が捨てた覇権を喜んでもらい受け、世界を多極型に転換していっている。同盟諸国は、米国と一緒に沈没していく。中露の覇権がどんどん強まっている。 (中露結束は長期化する) 米国の他極側は経済面でも、米中貿易戦争を起こすことで、世界経済を米国側と中国・非米側に分裂させ、中国非米側が最終的に勝つように設定している。今後の世界経済を牽引すると予測されるAIやバッテリー、5Gなどのハイテク技術は、すでにほとんどが中国に握られ、中国の独占が確立している。トランプが加速している米国側と中国・非米側の経済分裂は、中国非米側の勝ちになる。同盟諸国の対米自立が遅れるほど、ようやく対米自立して多極化対応するころには、ハイテクもエネルギー利権も、中国ロシア側に握られてしまっている。米国側は、きたるべき巨大なバブル崩壊で自滅していく。(日銀QEで米バブル延命に滅私奉公している日本は、最終的なバブル崩壊で壊滅的な打撃を受ける。もう誰も止められない。日本は今後の百年、中国の劣位に置かれる。さよなら日本) (世界経済を米中に2分し中国側を勝たせる) (世界資本家とコラボする習近平の中国) こんな事態になる前、プーチンのロシアはEUと協調する世界戦略を採ろうとしていた。だが、対米従属から抜けられないEUは、米国が強要してくるロシア敵視の姿勢に拘泥せざるを得ず、プーチンからの協調提案を断ってしまった。仕方がないのでプーチンは、代わりに中国と組む傾向を強め、現在の強力な中露のユーラシア覇権体制が生まれた。欧州は、これから中露と協調していくだろうが、すでに中露より劣位であり、戦略的な失敗は挽回できない。 (Russia, China, & The European Peninsula) NATOはたしかに脳死状態だ。だが、欧州はまだまだNATOの対米従属の体制から離脱できない。欧州は、すでに死んでいるNATOに縛りつけられ、無理心中させられている。
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |