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トランプのシリア撤兵の「戦略的右往左往」

2019年11月4日   田中 宇

シリアには以前、約千人の米軍が駐留していたが、10月7日にトランプ大統領の命令で全員が撤退することになった。しかし、それから約1カ月経った現時点で、撤退前とほぼ同じ900人の米軍兵士がまだシリアに駐留している。トランプは、いったんシリアからの総撤兵を命じたものの、その後、米軍の一部をシリアに戻し、シリア東部のデリゾールの近郊にある油田を占領させた。シリアの石油埋蔵量の7割がこの地域にある。この油田はもともとシリア政府の所有だったが、内戦中はISISに占領されていた。トランプは「再びISISに油田を占領されぬよう、米軍が守る必要がある」と言っているが、米国は油田を警備するだけでなく、油田から出る石油をタンクローリーに乗せてシリア国外(トルコ?)に運び出している。ロシアが衛星写真の解析で石油の搬出を確認している。 (After Pullouts, New Deployments, US Troop Levels in Syria Close to Unchanged) (US threatens ‘military force’ against ‘any group’ challenging occupation of Syria oil fields

この油田はシリア政府のものであり、米国の行為は、ジュネーブ条約で禁止された「戦利品の略奪」にあたる。トランプは「この油田は毎月4500万ドル分の石油を出すので、エクソンモービルなど米石油大手に頼んで産油させる」と言っており、米国が略奪行為をしていることを認めている。もともと米軍はシリア政府の許可を得ずにシリアに侵入・駐留しており、それ自体が国際法違反だが、今回トランプは撤兵して国際法違反を解消するかと思いきや再侵入し、逆にもっとひどい国際法違反である略奪行為を大っぴらに開始した。 (If U.S. Takes Syrian Oil, It May Violate International Laws Against Pillage) (Russian Defense Minister Publishes Evidence Of US Oil Smuggling From Syria

トランプの米国はまた、内戦中に米軍がISISやアルカイダをこっそり支援するための拠点として使っていたシリア南部のヨルダン・イラク国境近くのアルタンフ基地にも、米軍部隊を残したままにしている。ISアルカイダはもうシリアで活動していない(北シリアのイドリブ周辺などに集められトルコ軍の監視下にいる)。アルタンフ基地は、もう要らないはずだが、まるで米軍(軍産)がISカイダをいずれ復活させシリアを再び内戦に陥らせる「テロ支援」を再開するつもりであるかのように、アルタンフ基地が温存されている。 (Donald Trump May Be Preparing for A Standoff with Iran Over Syria) (いまだにシリアでテロ組織を支援する米欧や国連

シリア撤兵した残りの部隊も、中東から出て行くのでなく、シリアから東隣のイラクに移動しただけで、イラク西部の砂漠地帯にイラク政府の許可も得ないまま駐留し続けている。いつでもシリアに再侵入できる態勢をとっているかのようだ。イラク政府は、米軍に出国を求めたが無視されたので、不法侵入だと怒って国連に国際法違反だと訴えている。これらの実態を総合すると、トランプは米軍をほとんどシリアから撤退させていない。「元の木阿弥」だ。 (All US Troops Leaving Syria Will Head to Western Iraq

トランプは従来、シリアからの撤兵を強く望んでいた。18年末にシリア撤兵を挙行しようとしたが、当時のマティス国防長官が抗議の辞任をするなど、トランプと敵対してきた軍産勢力が猛反対して撤兵を阻止した。トランプは16年の選挙中から、米軍の世界からの総撤退や、米上層部の軍産支配を壊すことを示唆し続けており、シリア撤兵はその一環だった。戦後の米国の冷戦型や恒久戦争の覇権戦略を終わりにするため、覇権戦略を牛耳ってきた軍産と暗闘し、シリア撤兵を何とか実現しようとしてきたはずだ。それが私の分析だった。 (米軍シリア撤退は米露トルコの国際政治プロレス) (トランプのシリア撤兵戦略の裏側

今回トランプはこの戦略に沿って、いったんシリア撤兵を発表・挙行した。だがその後、2-3週間のうちにそれを逆流させ、石油利権の略奪やテロ支援基地の温存といった、まるで軍産的な姿勢に転換してしまっている。やはりトランプは隠れ多極主義などでなく、左翼やマスコミ好きの人々が思っているような、強欲な軍産そのものだったのか?。 (世界から米軍を撤退するトランプ

私の記事をいつも読んでいる読者は、この問いに対する答えをもう感づいているだろう。上に紹介したようなシリア撤兵をめぐるトランプの右往左往は、中東の政府や人々の反米感情をあおり、世界の政府や人々に「米国は覇権国として失格だ」と思わせて、米国覇権の失墜と多極化を扇動するための意図的な策略と考えると、違和感が消えて納得できる。 (中露に米国覇権を引き倒させるトランプ) (多極化の目的は世界の安定化と経済成長

トランプのシリア油田略奪は、中東の人々を激怒させている。中東の近現代史は、覇権国である米英が、戦争、騙し、傀儡作り、独裁支援、テロ戦争(テロを温存しつつ戦うふり)などの汚い謀略によって石油を確保し続けることが最大の要素だった。中東の人々は、米英の石油利権目的の汚い謀略にうんざりし、怒っている。撤兵するふりをして油田を略奪したトランプの今回の策は、まさに絵に描いたような石油目的の汚い謀略に見える。アルタンフの基地温存も、シリアを撤退した米軍が米本土に戻らずイラク西部にとどまっていることも、中東支配を目的とした米国の汚い謀略の典型だ。トランプは今回のシリア撤兵の右往左往によって、米国の覇権に対する世界からの信用や好感を意図的に引き下げている。 (First Images Of US Troops Occupying Syria's Oil Fields Stir Outrage

アサド政権のシリア政府は、内戦後の国内油田の開発・産油をロシアに一括発注することで契約していた。シリア政府が保有し、ロシア企業がこれから開発産油しようとしていたデリゾールの油田を、トランプの米軍が占領し、勝手に産油して国外に持ち去っている。これはシリア政府だけでなくロシアをも怒らせる。ロシアは、この事態を放置できない。内戦が終わって、統治の正統性や国際社会における政権としての認知を回復しつつあるアサド政権が、石油略奪・不法駐留し続ける米国を追い出すのを、ロシアは全力で支援する。露アサドと組んでいるイランやイラク、中国などの非米諸国もそれに協力する。 (Absurdity of the Neocons’ Syrian Oil Narrative) (プーチンが中東を平和にする

米軍のシリア駐留は当初からシリア政府の許可を得ていない国際法違反だったし、米軍(諜報界)がシリア内戦を起こしたISアルカイダを支援する大罪を犯していることも半ば常識だったが、従来は米国の覇権が強かったので見て見ぬふりをされる傾向だった。米前政権のオバマは、軍産がやった好戦策をうまく糊塗して覇権を維持しようと努めたので、中東における米戦略の違法性が目立たなかった。しかしトランプが登場して覇権の放棄・解体・多極化を進めた挙げ句、今回、以前からやりたかったシリア撤兵を一瞬やったあと油田略奪など逆戻りさせた。これにより、米国の中東戦略の違法性が一気に強調され、露アサドや非米諸国が米国を非難・制裁して覇権を多極化することの正統性が増大してやりやすくなった。 (露呈するISISのインチキさ) (シリアで「北朝鮮方式」を試みるトランプ

シリアのアサド大統領は最近、テレビの取材に応えて、トランプを「これまでの米大統領たちの中で透明度が最も高い(米国の中東支配の本音を最もあけすけに表明している)最高の大統領だ」と皮肉(?)を込めて「絶賛」した。トランプの今回のシリア撤兵によってアサドは、内戦勝利・正統性再獲得ができただけでなく、国内の脅威だったクルド人の政治力・軍事力を大幅に削いで無力化することができ、これまで敵視されてきたトルコとの和解も視野に入ってきた。アサドが、隠れ多極主義のトランプを絶賛するのは実のところ皮肉でなく、本音である。欧米マスコミが報じない隠れ多極主義を、アサドも指摘しないでいる。 (Assad Calls Trump "Best US President" Ever For "Transparency" Of Real US Motives

トランプら米国の今回の「戦略的右往左往」は、シリアだけでなく、トルコやイランの対米対抗力を強めるためにも行われている。トランプの今回のシリア撤兵は、トルコが「クルド退治」をするために北シリアに侵攻するのを容認するために挙行された。トランプは、これまで軍産イスラエルの傀儡だったクルド人を見捨て、近年米国の言うことを聞かなくなっているトルコを甘やかす形でシリア撤兵した。これで米トルコ関係が改善すると思いきや、トランプは北シリアに侵攻したトルコを制裁すると言い出した。しかしそれも長続きせず、軍産の中道派から「トルコはNATOの同盟国だから敵視しないでくれ」と言われ、数日後には制裁予定を撤回した(軍産は、中道派が親トルコ、ネオコンなど強硬派がトルコ敵視)。米国から制裁されると思ったトルコはその間に中国に接近し、36億ドルの融資をインフラ整備の名目で中国から受けることを決めた。トランプのトルコへの右往左往は、トルコを中国の方に押しやっただけだった。 (Is the Kurdish dream of autonomy coming to an end?) (China's $3.6 Billion Bailout Insulates Turkey From US

トルコが10月初めにシリアに侵攻してNATOの非公式な盟友であるクルド人を攻撃したので、それ以来、NATOはトルコとの諜報の共有をやめている。トルコはNATO加盟国なのに、経済面で中国、安保面でロシアに接近し、非米化を進めている。それに拍車をかけるかのように、米国はトルコ敵視をじわじわ強めている。10月初めにはポンペオ米国務長官がギリシャを訪問し、3つの軍事基地を米軍が使う防衛協定を結んだ。これはトルコが非米化してトルコの基地にNATO軍(米軍)が駐留しにくくなっているため、トルコの代わりに隣国ギリシャにNATO軍が追加駐留する動きだ。ギリシャはトルコの仇敵だ。米国がギリシャはキプロス(ギリシャ系の国)やイスラエルと連携してトルコ包囲網を形成している。キプロス沖のガス田開発をめぐり、トルコとキプロス・イスラエル連合が対立している。米国は、この反トルコ連合に荷担している。トルコはますます露中側に押しやられる。 (Pompeo Inks New Defense Pact With Greece, Criticizes Russia, Iran, China) (Pompeo hails ‘new era’ with Greece after signing revised defense deal

10月29日には、米議会下院が、オスマントルコ末期の「アルメニア人大虐殺」を行ったトルコを批判する決議案を圧倒的多数で可決した。この決議ではアルメニア人だけでなく、アッシリア人、カルデア人、ギリシャ人など同時期にオスマントルコに「虐殺された」とされる他の人々に関しても言及している「トルコ敵視法」だ。10月29日のトルコ共和国の建国記念日をわざわざ選んで議案を可決するあたり、米議会はトルコのナショナリズムをわざと逆なでしている。南京大虐殺やホロコーストと同様、アルメニア人大虐殺も、戦時プロパガンダの誇張が「負ければ賊軍」的に「正史」として固定された「鼻糞な事例」だ。トルコでは反米感情が扇動され、その反動でこれまで政治的に不利になっていた「米国に負けないぞ」のエルドアン大統領への人気が再上昇している。タイミングが「隠れ多極主義」的に絶妙なこの決議を出した米議会も、トランプの「同志」な観がある。 (Washington’s Armenian Genocide Recognition Is Politically Motivated, But Does That Matter?) ('Work with us in Syria or get out of the way,' Erdogan told Trump

トランプはシリア撤兵と前後して、イランへの経済制裁も再編した。だが、いつも通り、トランプのイラン制裁は、中露EUがイランの原子力開発に協力することを制裁除外として認定するなど抜け穴が多く、米国の言うことを聞かない非米化した諸国が得する構図になっている。シリアから撤退した米軍がイラク西部に不法駐留し、それにイラク政府が怒っていることも、イラクにおける反米感情の扇動と、その反動によるイランのイラクでの影響力の拡大につながっており、右往左往がイランの台頭を誘発している。 (US to renew waivers allowing nuclear cooperation with Iran again: Report) (戦争するふりを続けるトランプとイラン

そしてロシア。トランプのシリア撤兵の右往左往を横目に、ロシアの余裕しゃくしゃくな感じが強まっている。トランプの今回のシリア撤兵は、いかがわしさを伴いつつも、クルド人の地位の劇的な低下を生じさせ、すでに起きているISアルカイダ(内戦の敵方)の無力化と合わせ、シリアを内戦前のアサド政権が全土を支配する状態に戻し、内戦状態の最終的な終結と、今後のシリアの国家再建に道を開いた。トランプの撤兵を受けてロシアは早速、かねてから用意していた内戦後のシリアの政治体制を決める「憲法委員会」を、イラン、トルコといった「アスタナトリオ」や国連と協力して起動させた。ロシアは2015年から、内戦後のシリアの国家体制の再建を検討する「アスタナ会議」を、カザフスタンのアスタナなどで繰り返し開いて主導してきたが、米国はほとんど不参加だった。トランプは、アスタナ会議への参加というオモテの米露協力を拒否する一方で、ロシアがアスタナ方式の内戦後シリアの再建策をやりやすくするシリア撤兵を挙行するというウラの米露協力をやっている。 (Astana trio, UN launch Syrian Constitutional Committee) (内戦後のシリアを策定するロシア) (ロシアのシリア調停策の裏の裏

そのほか最近は、米軍がISISの頭目だったバグダディを殺害することも起きた。トランプはDNA鑑定によって殺したのがバグダディ本人だと確認されたと発表し、ISIS自身もバグダディが死んだことを認めた(ISISは米諜報界の傘下にいるので、米諜報界がバグダディが死んだことにしたいということ)。だが、DNA鑑定書の写しをもらって当然のロシア政府は、何ももらっていないので怪しげだと言っている。バグダディが殺された北シリアのトルコ国境沿いの場所はISISでなくアルカイダが集められてトルコ軍の監視下に置かれている地域で、米軍が殺したのはバグダディでなくアルカイダの下っ端の指導者(Haras al-Din)だったという説も出ている。 (Pepe Escobar On Caliph Closure: "He Died Like A Dog!") (Russia's Lavrov Calls Baghdadi A "Spawn" Of US Policy - Still Awaits DNA Proof Of Death

シリア撤退した米軍がISISの兵士たちを「捕虜」としてイラクに連れて行き、そこで再訓練してISISを蘇生させるつもりであるとか、米軍がISISをシリアからアフガニスタンに移送したといった軍産側の揺れ返し的な話もある。だがその一方で、トランプが今後「もうISISは退治したんだ」と言える状況になったのも事実だ。2011年のオバマ政権による「ビンラディン殺害」も怪しげだったが、あれでアルカイダは「終わり」の色彩を強めた。トランプは、オバマよりずっとマスコミに冷遇されているが、バグダディ殺害はビンラディン殺害と似た効果をもたらすだろう。 (ISIS US forces transferring Daesh terrorists from Syria to Iraq: Report) (ビンラディン殺害の意味

長くなって恐縮だが、最近は「アサド政権のシリア政府軍がシリアの市民を化学兵器で虐殺した」という、これまで延々と続いてきたマスコミの歪曲話にも、いよいよ終止符が打たれていくかもしれない事態になっている。2018年9月にシリアの首都ダマスカス郊外のドゥーマにおけるシリア政府軍とISカイダとの戦闘で、どちら側かが化学兵器(塩素ガス)を使って攻撃した。国際機関のOPCWは「塩素ガスを使ったのはシリア政府軍だ」とする報告書を出し、マスコミがそれを喧伝した。だが実のところ、戦闘現場を調査したOPCWの専門家たちは「塩素ガスを詰めたドラム缶の破損状態などから見て、ドラム缶は政府軍のヘリコプターから投下されたのでなく、地上に展開していたISカイダ側が持ち込んだ可能性が高い」と結論づけていたのに、英米諜報界に支配されたOPCWの上層部がそれを無視してもみ消し「犯人はシリア政府軍」と主張する歪曲的な最終報告書としてまとめていた。この事実は、現場に行ったOPCWの専門家が相次いで内部告発したのが最近問題にされたことで発覚した。 (OPCW Credibility Collapses As Even More Revelations Surface On Douma) (Expert Panel Finds Gaping Plot-Holes In OPCW Report On Alleged Syrian Chemical Attack

OPCWの現地調査の結論が無視されたことは、かなり前からわかっていた。シリア政府は、これまでの内戦で化学兵器を全く使っていない可能性が高い。シリアで化学兵器を使ったのはおそらくすべて米国(軍産)が操ってきたISカイダ側だ。私は昨年そのことを「シリア政府は内戦で化学兵器を全く使っていない?」と題する記事にしている。改めて明記するが、アサドは「悪く」ない。この件が今のタイミングで蒸し返され、シリア政府軍が「悪」の濡れ衣をかけられてきたこと、実のところ「悪」は米英の軍産マスコミなどであることが発覚しつつあるのも、シリア内戦をめぐるさまざまな不正義の「清算」が始まっているからだろう。 (シリア政府は内戦で化学兵器を全く使っていない?) (シリア内戦 最後の濡れ衣攻撃

軍産マスコミはしぶといし、ほとんどの人々は根強く間抜けに軽信的なので、最終的な善悪の修正は望み薄だが、それでも世の中の深い不正が少しずつ修正されていくのは良いことだ。戦略的右往左往を展開するトランプはすぐれた政治家だ。トランプ方式の原型を作ったネオコンやチェイニー元副大統領といった「過激にやって覇権崩壊を誘発した人々」も偉大だった。 (ネオコンと多極化の本質

中東情勢は最近いろんなことが起きていて書ききれない。全体的に、トランプの策略が功を奏し、米英欧イスラエルサウジの影響力が低下して、露中イランの影響力が増大する流れになっている。軽信者の皆様からしつこいと思われても、今後も中東の分析が続く。人々は、もう中東なんかに興味がない(というか、最近の日本の人々は「実は重要なこと」のすべてに興味を持たないよう操作されている)ようだが、人類の長期的な未来を大きく左右する覇権転換は中東から起きている。



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