トランプのシリア撤兵戦略の裏側2019年1月10日 田中 宇昨年12月19日にトランプ米大統領がシリアから米軍を総撤退すると発表した。その後、トランプを敵視してきた軍産複合体の系統の議会、マスコミ、シンクタンクなどの諸勢力が、シリア撤兵に反対し始めた。軍産が政権内に送り込んでいたマティス国防長官は、トランプがシリア撤兵を決めた直後、続投することに意味がなくなったと考えたかのようにトランプに楯突き始め、解任された。 (トランプのシリア撤退) (世界から米軍を撤退するトランプ) トランプは、IS退治が終わるので撤兵を決めたが、軍産たちは「まだISの残党が再起して米国や同盟国をテロ攻撃してくる可能性がある」とか「撤兵すると中東の力の均衡が崩れ、米国の敵である露イランの台頭など、イスラエルやサウジなど同盟国に良くないことが起きる」と主張して反対した。ISは軍産の創造物であり、シリア駐留の米軍はISを退治するふりをして支援してきた。ISを退治してきたのは米軍でなく、露イランや、その傘下のシリアやイラク、レバノンの軍勢だ。ISを支援してきた米軍が撤退すると、ISは完全につぶれる。逆に、米軍がシリアに駐留し続けるとISの再起があり得る。軍産(マスコミ)は、事実と正反対の大うそを言っている。(米軍が撤兵すると露イランが台頭するのは事実だ) (As Questions Grow, White House Says Position on Syria Withdrawal Unchanged) トランプは、こういった軍産による撤退阻止の言動に徹底的に抵抗して戦うのかと私は思っていた。だが、現実はそうでなかった。トランプの周辺からは、シリア撤兵を決めた直後から「1か月撤兵できると考えたが、それは甘かった。撤退には時間がかかる」「米撤兵後、同盟勢力であるクルド人の民兵団YPGがシリア北東部に取り残され、トルコ軍に皆殺しにされかねない。YPGの安全が保障されないと撤兵できないかも」といった、撤兵に消極的な発言が出てきた。大統領府は、撤退の具体的な日程も発表しない方針を表明した。これらを見て、マスコミやシンクタンク、左右両翼の反戦派などが、ここぞとばかりに「トランプは撤兵すると言いつつ、実はしないのだ。撤兵は口だけだ」と言い出した。 (State Dept Says No Timeline for Syria Withdrawal as Fighting Continues) (Trump bows to domestic pressure by delaying his withdrawal from Syria; a storm is gathering in the Levant) (Amid criticism of Syria withdrawal, Trump says US 'slowly' sending troops home) 12月30日には、それまでシリア撤兵策に反対していた共和党の親トランプなグラハム上院議員が、トランプと会談した後「トランプのシリア撤兵策は、恒久的撤兵でなく小休止(一時的な兵力縮小?)でしかないことがわかった」と言って、それまでの反対を取り下げた。トランプはグラハムに、撤兵でなく小休止だと伝えたことになる。シリア撤兵策はぐらつき出した。 (After lunch with Trump, Lindsey Graham shifts course on Syria: ‘I think the president’s taking this really seriously’) (The U.S. Isn’t Really Leaving Syria and Afghanistan) 1月に入ると、トランプの重臣であるボルトン安保担当補佐官が、シリア撤兵策をねじ曲げて撤兵させないようにしているという話が出てきた。ボルトンはイスラエルを訪問し、イスラエルから「クルド軍YPGの安全が確保されるまで撤兵しない方が良い」と諭されて受け入れ、その通りに発表した。トランプは無条件のシリア撤兵を掲げていたのに、ボルトンはイスラエルの傀儡と化し、クルド軍の安全確保という新条件を勝手につけ始めた、と報じられた。「トランプはネオコン(ボルトン)に、良いように騙されている」とロンポールが指摘している。 (Ron Paul: Trump’s Neocon Advisors Reverse His Syria Withdrawal Plan) (Contradicting Trump, Bolton says no withdrawal from Syria until ISIS destroyed, Kurds’ safety guaranteed) 部下の反逆を許さないトランプの方針を、ボルトンが無視してねじ曲げるとは考えられないので、これはトランプも同意した演技だろう。トランプは、ボルトンをイスラエルに派遣し、イスラエルがトランプの撤兵策をねじ曲げた、トランプとボルトンはイスラエルの傀儡なのでやむを得ない、という話にしたのだろう。トランプは、イスラエルの諜報機関モサドからシリア撤兵するなと忠告されていたのを無視してシリア撤兵を発表した経緯がある。トランプは、いったんイスラエルを無視して決行したが、その後ねじ曲げられたという、イスラエルを悪者にする筋書きだ。 (Trump ignoring Tel Aviv’s demands about Syria: Israeli report) (How Israeli intelligence deals with an unpredictable Trump) トランプは、シリア撤兵と同時に、アフガニスタン駐留米軍の半分(7千人)を撤退することも表明した。だが、現地のアフガン駐留米軍は、撤退の話など聞いていないと言い続けた。しばらくするとトランプ周辺から、アフガン撤兵は確定事項でなく、まだ検討中だ、という話が出てきた。シリアだけでなくアフガン撤兵も、話が宙に浮いてしまっている。 (Trump not drawing down military presence in Afghanistan: White House) (Trump ‘Evaluating’ Withdrawal of US Troops From Afghanistan) なぜ、このような展開になるのか。軍産の「大人」たちはいつもの通り、これも素人で子供なトランプがやらかした「失策」だと言う。そうなのか。いつもの通り、私はそう思わない。私の見立てでは、トランプはいったんシリアとアフガンからの撤兵を宣言した後、軍産やイスラエルからいろいろ言われて撤兵策を後退させ、「撤兵する」「やっぱりしない」「条件がある」「ゆっくりやることにした」「いや、やっぱり撤退したいんだ」「いやいや、やっぱり無理かも」と、姿勢を意図的に揺るがせている。こうすることで、軍産イスラエルとの決定的な対立を回避しつつ、敵方であるロシアやイランが「今が好機だから米国を追い出し、われわれの中東覇権を拡大しよう」と思うように仕向け、露イランをがんばらせて、中東の米覇権放棄と覇権多極化を進められる。 (Era of American order, West's hegemony over: Iran minister) (Powerful U.S. forces work against pullout of troops from Syria) イスラエルやサウジ、EUといった同盟諸国は、米国の中東覇権の低下を計算に入れて国家戦略を組まざるを得なくなり、露イランとの和解(冷たい和平)を進め、多極化を受け入れるようになる。ロシアは、イスラエルやサウジを説得して対米自立の方にいざなう。トルコやレバノンなど、歴史的に対米従属と対米自立の間で揺れてきた国々は、これを機に対米自立の方向に進む。これらは、米国の覇権放棄や多極化をやりやすくする。トランプが「撤兵したいが軍産イスラエルに阻まれて進められない」という姿勢を続けるほど、露イランは大胆に覇権を希求し、同盟諸国は米国に見切りをつけ、多極化が進む。自らを悪役に割り当てるトランプの自虐的な演出は、テレビドラマの制作者だった時代からのものだ。差別される側の人種なので自分をカッコ良くみせたがることから脱却できなかった前任者のオバマには望めない芸風だ。 (Bolton in Israel for talks on Syria, Iran and Chinese tech investment in Israel) (中東大戦争を演じるボルトン) トランプはボルトンに、イスラエルに行った後、1月8日にトルコに行かせた。エルドアン大統領のトルコは、米軍が撤退した後の北東シリアに侵攻し、前から敵視していたクルド軍YPGを攻撃して壊滅させようと準備していた。そこに、イスラエル訪問中に「トルコがYPGを攻撃しないと約束しない限り米軍は撤退できない」と言い出したボルトンがやってきた。ボルトンの宣言に激怒したエルドアンは、トルコにやってきたボルトンと会わず、代わりに広報官と面会させる屈辱をボルトンに与えた。これも、トルコを怒らせて対米自立させ、米国の覇権失墜を世界に示すためのトランプの演出だろう。 (Turkish leader Erdogan scolds and snubs Bolton over Kurdish fighters) (How Turkey is putting the US on notice in Syria) トルコのシリア侵攻計画には、米国より先に、シリア(アサド政権)の国家主権を守りたいロシアが反対していた。ボルトンの変節前、トルコは、米国の了承を得た上で、ロシアの反対を無視してシリアに侵攻するつもりだった。だが米国は変節し、トルコのシリア侵攻に反対し始めた。トルコは仕方なく、無視しようと思っていたロシアに再びすり寄り、ボルトンと会わなかった翌日の1月9日、ロシア・イラン・トルコの3カ国の合同軍で米軍撤退後の北東シリアを警備する案をロシアに提案した。この提案は表向き「米軍が円滑に撤退できるよう、撤兵時とその後の治安を守る策」となっている。トルコの本音は、米国がダメなら露イランと組んでクルド軍を抑止したいということだ。トランプは変節によって、トルコの同盟先を米国から露イランに付け替える多極化を誘発している。 (Erdogan calls for joint Turkish-Russian-Iranian control of US pullout from Syria in face of Moscow’s veto) (Russia, Turkey content with talks on Syria but fate of YPG still unclear) トランプがシリア撤兵を言い出した後、サウジアラビアなどアラブ連盟は、アサド政権のシリアを連盟に再加盟させる準備を加速した。サウジなどは、アサドとの和解と同時に、イスラエルとの和解も進めている。サウジなど親米のアラブ諸国と、アサドのシリアと、イスラエルの3者が、相互に和解していこうとしている。この動きはおそらくアサドの後見役となっているロシアが仲裁している。イスラエルやサウジは今のところ、アサドと和解するがイランとは和解せず、むしろアサドと和解するのはアサドとイランの親密な関係を断ち切るためのイラン敵視策だと言っている。しかし、この見解はおそらく、米国系の軍産とイスラエル右派を騙すための目くらましだ。ロシアは、サウジやイスラエルに対し、アサドと和解したら、次はイランとも和解することを望んでいるはずだ。それにより、中東における大きな対立がすべて解消され、ロシアの中東覇権の運営がやりやすくなるからだ。 (Russia eyes options for trans-Euphrates region) (Syria may join Arab League again soon: Tunisian presidential advisor) サウジやイスラエルの方も、米国に頼れないなら防衛力が低下するので、イランのような強い国と対決したくない。トランプら米国の多極主義者にとっても、ロシアの中東覇権がやりやすくなった方が、米国が中東から出て行きやすくなるので良い。最近、イスラエルやサウジがイランを敵視しなくなりそうな傾向の分析(イランよりトルコの方が脅威だと煽るなど)が目立つようになっている。 (How Gulf states hatched plan with Israel to rehabilitate Assad) アフガニスタンに関しては、トランプが国防総省に命じて駐留縮小計画を作らせたものの、撤兵したがらない国防総省が小幅な撤退案しか出したがらないので、トランプが怒ってダメ出しした、という状況がリークされている。トランプは「米軍が撤退すると敵であるタリバンが再台頭してしまう」と言って撤兵に反対する軍産系に「対処」するため、欧州やロシアや中国やインドやイランに直接間接に頼んで、米軍撤退によるマイナスを穴埋めしようとしている。これも多極化策だ。米国(軍産)は、タリバンへの敵視を崩したがらないが、中露イランなどは逆にタリバンの強さを認め、タリバンとアフガン政府(今は米傀儡)を和解させることでアフガンを安定させようとしている。トランプが、撤兵したいが軍産に反対されて困っていると世界に公言するほど、中露イランなどが出てきて対立を緩和しつつ非米化を進めていく構図だ。 (Trump wanted a big cut in troops in Afghanistan. New U.S. military plans fall short.) (Trump's decisive moment in Afghanistan) トランプは、シリアやアフガンに関してだけでなく、在韓米軍に関しても「撤兵したいが軍産に阻まれてできない」と表明している。トランプは、昨年6月の米朝首脳会談後の記者会見で「できれば在韓米軍を撤退させたい」と宣言した。その前の16年の大統領選では「日韓が核武装してもかまわないので、日韓から米軍を撤退したい」と言っている。だが日韓は、トランプがこのように言っても、今のところ何も変わらない。中東の政府や人々は、米国によってさんざん苦しめられてきたので米軍に早く出て行ってほしいが、日韓の政府や人々は、むしろ対米従属の恩恵を受けて経済成長してきたので、いくら自分たちの心が腐っても、対米従属をやめたくない。 (North Korea Denuclearizing is Mission Impossible, But Peace Isn’t) トランプの策略は、中東で成功しているが、日韓では通用しなかった。そのためトランプは、まず韓国と北朝鮮が勝手に仲良くなっていくように仕向け、南北を和解させて在韓米軍の必要性を大幅に低下させつつ、南北が仲良くなって統一的なナショナリズムが涵養され、それが対米自立と在韓米軍の追い出しにつながるように仕向けている。このトランプの策略に呼応するかのように、金正恩は先日の年頭演説で、南北統一のナショナリズムを強調した。朝鮮半島の対米自立も、時間の問題になってきた。残るは日本だ。 (Kim Jong Un's New Year's Day Speech: Understanding ‘Sovereignty’ Is the Key)
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