トランプのシリア撤退2018年12月25日 田中 宇12月19日、米トランプ大統領が米軍をシリアから総撤退すると発表した。トランプ政権はそれまでずっと、米軍のシリア駐留(2千人)はまだまだ続くと言っており、撤退宣言は突然だった。トランプは12月14日、トルコのエルドアン大統領と電話会談した際、エルドアンから「もうシリアのISアルカイダは退治されており、米軍はIS退治のためにシリアに駐留してきたのだから、ISが退治された以上、米軍を撤退すべきだ」と言われた。トランプは、その場で側近たちに「本当にISは退治されたのか」と尋ね、間違いないという返答を受けるとすぐ、エルドアンに対し「ISが退治されたのでシリアから米軍を撤退することにした。あとは貴国(トルコ軍)に任せた」と宣言したという。トランプは、専門家集団である側近たちにも相談せず、直感だけで気まぐれにシリア撤退を即決したと報じられている。トランプ敵視の米民主党系の反戦リベラル(うっかり軍産傀儡)派は、トランプは朝令暮改なのでいずれ撤退を延期撤回するだろう、みたいなことを言っていたが、国防総省は12月24日、すでにシリア撤退が正式決定されて実行され始めていることを認めた。 (The Inside Story Behind Trump's "Shocking" Withdrawal From Syria) (A tumultuous week began with a phone call between Trump and the Turkish president) トランプは、シリア撤退と同時に、アフガニスタンからも米軍を撤退させていくことを決めた。1万4千人のアフガン駐留米軍のうち半分の7千人がまず撤退する。これらに加えて12月20日には、マティス国防長官がトランプに辞表を提出した。マティスは、シリアとアフガンから撤退するトランプのやり方に同調できず、方針の齟齬を理由に辞めることにした。マティスは、トランプが余裕を持って後任人事を決められるよう、来年2月末に辞めたいと辞表に書いたが、その辞表の中にトランプを批判する内容があったためトランプが怒り、2か月前倒しの元旦に辞めさせられることになった。これらのすべてが、トランプの気まぐれで無茶苦茶で愚かなやり方を示しているとマスコミが報じている。 (Elites United in Panic Over Syria Pullout, Afghanistan Drawdown) (Ron Paul: Warmongers Upset With Trump's Syria Decision) しかし私が見るところ、無茶苦茶で愚か(もしくは悪意ある奸佞)な「偽解説(フェイクニュース)」を展開しているのはマスコミ(軍産。トランプの敵)の方だ。トランプは、シリア撤退、アフガン撤退、マティス辞任のすべてについて、一貫した戦略(覇権放棄、多極化)のもとに、現地の状況を把握した上での、良く計算されたタイミングで決定している。 (Trump names new Defense Secretary, outplays Erdogan’s bluster for marching on Syrian Kurds) (Trump’s Populist Schism Over Syria) トランプのシリア撤兵の決定は、米軍のシリア駐留の(表向きの)理由だったテロリスト(ISカイダ)の存在が、ちょうど露イランアサドの軍事努力によって潰され切ったタイミングで行われている。ロシアの国防相は12月18日、シリア上空でのロシア軍の飛行が、以前の1日あたり100回以上から週に2-4回へと、99%の減少になっていると発表した。ロシア軍はこれまで、シリア政府軍やイラン系民兵団といったISアルカイダと戦う地上軍勢力を援護(偵察、爆撃、輸送)するために、シリア上空を頻繁に飛んでいた。それが99%減になったことは、ISカイダが退治され、空爆などの援護が要らなくなったことを意味している。シリア内戦は終わった。ロシア軍がシリア上空をほとんど飛ばなくなったと発表した2日後に、トランプが、上空飛行を含む米軍のシリアでの行動をすべてやめて撤兵すると発表した。トランプは、内戦の終結を見届けた上で撤退を決めており、気まぐれや愚策でない。 (Russia Cuts Military Flights Over Syria by 99%) (Officials: US Will End Air War in Syria After Troops Withdraw) 露イランは、ISカイダが退治されシリア内戦が終わったため、シリア問題の軍事解決の時期を終え、外交政治解決の時期に入っている。露イランはトルコなどと協力し、シリアの憲法改定や出直し総選挙を行っていく「アスタナプロセス」を進めている。国連やEU、中国も、このプロセスに参加協力している。 (Russia Laughs Off US Claims It Defeated ISIS, Does Not Trust US Withdrawal From Syria) サウジアラビアが主導するアラブ連盟は、米国に協力し、アサド政権のシリアを連盟から追放していたが、最近、連盟を事実上代表する形で、スーダンとイラクの大統領が相次いで内戦開始以来初めてシリアを公式訪問し、アサドのシリアを再び連盟に迎え入れる準備を進めている。アサドの側近はエジプトを訪問している。サウジの子分であるUAE(アラブ首長国連邦)は最近、駐シリアの大使館を再開し、UAEが仲裁してサウジとシリアが仲直りする構図も作られ始めた。サウジはイランの仇敵で、シリア内戦ではイラン(やロシア)が勝ち組(アサド支援)で、サウジ(や米国やトルコ)が負け組(ISカイダ支援)となった。負け組であり続けるのがいやなので、サウジやトルコはアサドと和解しようとしている。サウジ政府は12月24日、シリアの再建に協力して資金を出すと米政府に伝えてきた。 ('Thanks Saudi A!': Trump says kingdom pledged to fund Syria reconstruction) (Assad aide in Egypt as world warms up to Damascus) サウジやエジプトなどアラブ諸国の動きの背景には、アラブ連盟が米軍に代わってシリア東部のユーフラテス川の東岸までの地域に軍事進出する構想がある。この構想は、トランプが以前からサウジなどにやらせたがっていたことだ。アサド政権の承認のもと、ユーフラテスの東岸にエジプトやスーダンなどの軍勢で編成するアラブ連盟軍が進駐する一方、ユーフラテスの西岸にはトルコ軍が進駐する。東岸はクルド人の支配地であり、トルコ軍が東岸までくると、クルド人の軍勢YPGと戦闘になってしまう。それを避けるため、西岸にアラブ連盟軍が駐留する構想だ。これまで米軍と一緒に動いていたYPGは、アラブ連盟軍と一緒になる。米軍と一緒にいたフランス軍は駐留を続ける。トルコはYPGを潰したい気持ちを抑え、米国(米露?)が提案するアラブ連盟軍との分割駐留に賛成しているようだ。トルコ軍は、シリア国境に集結しているが、シリアへの進出を延期している。アラブ連盟の準備が整うのを待つことにしたのだろう。 (Pentagon signs order for US pullout from Syria: Military official) (Erdogan: Turkey Will Delay Invasion of Syria) シリア北東部のユーフラテス川の両岸の各地には、ISアルカイダの残党がまだ隠れている。エジプト(シナイ半島)やリビア、スーダンなどから来た勢力もいる。それらの勢力を投降させ、故郷の国々に送還するなど、今後「堅気」の人生を送れるようにしてやるのが、アラブ連盟とトルコ軍の役目になる。サウジUAEとトルコは、米諜報界(軍産)と組んで、ISアルカイダを育成支援してきた。その「悪事」の後始末を、サウジUAEやトルコがやる。米軍産は何もしない代わりに中東覇権を喪失する。 (U.S.’s Mideast Pullout, Mattis Exit Alarm Europeans) シリアは、敵味方に分かれて内戦に加担した中東諸国どうしの対立を解消する段階に入っている。ロシアは、このプロセスの主導役だ。半面、米国は、この政治プロセスにほとんど参加していない。米国は、軍事撤退によってシリアへの関与を終え、負け組入りが確定する。トランプは、シリア問題の解決を露イラントルコに任せた。シリアは米国抜きで、ロシア・アラブ・トルコ・EU・中国などによる多極型の構図下で解決されていく。トランプの今回のシリア撤兵決定は、こうした構図の形成する意味で重要だ。 (Russia Laughs Off US Claims It Defeated ISIS, Does Not Trust US Withdrawal From Syria) (米国からロシア側に流れゆく中東覇権) ▼強くなるイランに敵対できなくなるイスラエル 今夏に露イランアサド側がISアルカイダの拠点をすべて陥落してシリア内戦が事実上終結した後、トランプはプーチンと話し合い「イラン系の軍勢がシリアから総撤退するなら、米軍も総撤退する」という交換条件を決めた。トランプは、米国が中東から撤退しても米同盟国であるイスラエルとサウジが窮地に陥らないよう、イランの脅威を減じてから米軍をシリア撤退させようとした。トランプは、イランをシリアから撤退させると同時に、最低限の中東和平を進めてイスラエルとサウジを同盟させて対米自立させ、米国の中東覇権の放棄を進めようとした。だがその後、サウジはカショギ殺害事件で米国との関係が不安定になり、イスラエルも政権内の右派の力が強すぎて中東和平から対サウジ和解の道を進められない。トランプは、自分の策が進められないのはサウジとイスラエルや米軍産のせいであるとして、今回、イランの撤退との交換条件を放棄し、米軍だけ先にシリアから撤退してしまうことにした。(トランプが隠れ多極主義者であることを勘案すると、これはまだ建前っぽい説明であり、さらにもう一歩奥がある感じだが) (Scoop: Netanyahu rejected Russian plan to work with U.S. on Syria, Iran) (トランプがシリア撤退を決めたので、ネタニヤフは12月24日、重い腰を上げてようやく解散総選挙を決めた。解散総選挙してネタニヤフと中道派との新たな連立への組み替えをやらないと、イスラエルは中東和平を進められない。イスラエルが解散総選挙に踏み切るのと同時期に、ロシアがパレスチナ自治政府とハマスの和解交渉を1月にモスクワでやると言い出した。すでにハマスのハニヤは招待状を受け取った。事態はどんどん動いている) (イスラエルは総選挙を経て中東和平に向かう?) (Netanyahu Dissolves Israeli Parliament, Calls For New Elections In Risky Political Gambit) (Russia plans to bring Fatah and Hamas together in Moscow) このような経緯なので、今回の米軍撤退決定は、イランを一気に強めることになる。シリア内戦の勝ち組となったイランは、自国からイラク、シリア、レバノンという3つの影響圏の国々を通って地中海まで出るルート(シーアの三日月地帯)を傘下に入れた。おまけに米国の中露敵視のおかげで、イランは中国ともロシアとも仲が良い。広大な影響圏を得たイランは最近、鼻息が荒い。イラン革命防衛隊(事実上の軍部)は最近、ペルシャ湾で「攻撃用」の軍事演習をした。この演習中に、ひさびさにペルシャ湾にやってきた米軍の原子力空母が狭いホルムズ海峡を航行した。防衛隊の小型船部隊は大胆にも、米空母に接近してロケット砲を発射(試射)して気勢を上げた。 (Iranian Ship Fires Rockets Near US Aircraft Carrier In Persian Gulf) (IRGC holds major drills, debuts ‘offensive’ component) この一件のあとイラン軍は「米軍艦がイランの領海の近くに来ることを許さない」と宣言した。細いホルムズ海峡は、イランの領海と国際航路が隣接している。ホルムズ海峡の奥のペルシャ湾岸のバーレーンには、米海軍の第5艦隊の司令部があるが、そこに出入りする米軍艦は、ホルムズ海峡で、イランの領海近くを通らざるを得ない。イランは今後、米軍艦が通るたびに威嚇する姿勢をとりそうだ。トランプはイランと戦争する気がないので、第5戦隊の司令部は放棄される傾向になる。中東の米国覇権がどんどん崩れていく。 (US warships never allowed to approach Iran's territorial waters: Commander) (Iran To "Build A Force Of 100,000 Ground Troops" In Syria, Claims Israeli Defense Chief) イランが台頭するほど、イスラエルが窮地に陥るのが中東の従来構図だ。米軍がシリアを撤退すると、イスラエルがますます不利になる。「イスラエル第一主義」だったはずのトランプはイスラエルを見捨てるのか?、と米マスコミが批判している。だが実はこの点も、報じられている話と違う。報道では、シリアに関してイスラエルが、今でも露イランアサドと敵対していることになっている。ネタニヤフは「米軍がいなくてもシリアにいるイラン系勢力を攻撃し続ける」と宣言している。だがこの宣言は、軍産に対する目くらましの意味を持つウソっぱちだ。実のところ、イスラエルはすでにロシアの仲裁により、シリアにおいてイラン・アサド・ヒズボラと隠然と和解して「冷たい和平」の状態に入っている。イスラエルはもうイラン・アサド・ヒズボラと戦わない。 (Israel to escalate fight against Iran in Syria after U.S. exit - Netanyahu) (Why Israel plans to fill in US void in Syria) 12月16日、イスラエル空軍の戦闘機が3か月ぶりにシリア・レバノン上空を飛行した。従来の常識で考えると、イスラエル戦闘機は、シリアレバノンに展開するイラン・アサド・ヒズボラの軍勢を空爆する構えで領空侵犯したことになる。だが実際はそうでなく、イスラエル戦闘機は、ロシア軍がシリアの西海岸で行った軍事演習に参加する意味で飛行した。この演習参加の5日前には、イスラエル軍の代表団がモスクワを訪問している。 (Israeli Air Force flies over Lebanese-Syrian border – first time in 3 months) ロシア軍の演習への参加だったということは、ロシアを中東の覇権国とみなし始めたシリアやレバノンの政府、ヒズボラなどイラン系軍勢も、イスラエル軍機の上空通過を了承していたことになる。となると、飛行は領空侵犯でなかったことになる。イスラエルの戦闘機が、シリアレバノンの軍勢と一緒にロシア主導の軍事演習に参加するため、シリアレバノンの上空を親善飛行するという、従来の敵対状態と正反対な新事態が始まっている。そこにはもちろん米軍などいない。 (Trump Delivers a Victory to Iran) イスラエルが露イランヒズボラとの冷たい和平を確立し、米軍がイスラエルのためにシリアに国際法違反の駐留を続けなくても良くなった直後に、トランプがシリア撤兵を決めている。今年初めの段階ですでにイスラエル諜報界では「シリアの事態を決めているのは米国でなくロシア。シリアでの脅威を減じるために米国に相談しても無意味だ」と言われていた。トランプの米国はその後も何もせず、ロシアとイスラエルが何度も話し合ってシリアの状況をイスラエルの脅威でない状態にしたのを見届けたところで、米軍のシリア撤退を決めている。トランプはイスラエルを見放さず、ロシアの傘下に預けることで、覇権放棄・多極化を進めている。 (ロシアの中東覇権を好むイスラエル) このあとアフガニスタン情勢、そしてマティスの辞任について書いていこうとしたのだが、シリアだけ書いた時点で、今回の記事は膨大な量になってしまった。軍産から解き放たれたトランプは来年、北朝鮮問題についてもさらなる動きを見せ、南北和解や在韓米軍の撤退まで話が進むかもしれない。そうなると次は在日米軍だ。これらのことは、あらためて書く。 (DOD In a Flash, U.S. Military Policy Turns Inward and Echoes Across the Globe)
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