ロシアのシリア調停策の裏の裏2017年2月3日 田中 宇今回も複雑多様な中東情勢。まずは本文執筆前の要約。アスタナ会議でシリア和平を仲裁したロシアが、驚きのシリア憲法草案を出した。クルドに自治付与の連邦制、クルド語とアラビア語の並列で母語に。イスラム法の優位を否定、大統領は権限縮小のうえ再選禁止。米国がイラクに押し付けた憲法に似た欧米風。アサド政権も、アラブなイスラム主義者も、イランもトルコも猛反対。これはたたき台です、最終案はシリア人全体で決めてくれと弁解しつつ対案を歓迎するロシア。シリア人や中東諸勢力が欧米型の案を潰して乗り越えるのを欧米に見せつけるのがロシアの目的??。 (Russia offers outline for Syrian constitution) (Sputnik Obtains Full Text of Syrian Draft Constitution Proposed by Russia) ロシアは最近、シリアをめぐってイランと対立(を演出)している。ロシアがアスタナ会議に米国勢を呼ぼうとしたらイランが猛反対。露トルコが、ヒズボラなどシーア民兵を標的に「すべての外国軍勢力のシリア撤退」を要求したが、シーア側は激しく拒否。アサドに代わりうる亡命アラブ人指導者(Firas Tlass)をアスタナに招待したロシア。アサド・イラン・ヒズボラ対、ロシア・トルコ・サウジ・米国・イスラエルの対立構造か?。しかし、シリア現地の治安維持権はアサド・イラン・ヒズボラが掌握しており、たぶん変更不能。「国際社会」を代表してアサドイランを弱める役回りを演じて「うまくいきません」と示すのがロシアの意図??。 (Russia's knockout game in Syria) イランのミサイル試射を機に、イラン敵視を強めるトランプ政権。イラン敵視の主導役をネタニヤフに丸投げして押しつけるトランプ。それらにつきあうロシア。しかしロシアは裏で、タルトスの露軍基地の百年租借契約をアサドと締結。テヘランでは露イラン外交515周年の友好イベント。ロシアは、アフガン、コーカサス、天然ガスなどについてもイランとの協調が不可欠。露イランは齟齬するが敵対しない、できない。ロシアのイラン敵視は、米イスラエルにつきあう演技。非現実的な構想に拘泥し失敗した以前の米国と対照的なロシアの現実主義。親クルド親イスラエル反イランなトランプのシリア安全地帯構想も、ロシアの動きと連動している。要約だけでどんどん長大化。毎回うんざりな中東。以下本文。 ▼ロシアとイランは協調するふりして対立??。対立するふりして協調?? 1月23日から26日まで、カザフスタンの首都アスタナで開かれたシリア和平会議は、シリアのアサド政権と反政府勢力が内戦終結後のシリアの再建について初めて話し合った画期的な国際会議だった。これまで米欧国連主催のジュネーブ和平会議があったが、主催者の米国がアサド打倒に固執してアサド政権を呼ばなかったので交渉として成立していなかった。アスタナ会議はロシア主導(露トルコイラン共催)で、非現実姿勢に固執する米欧国連を呼ばずに開かれた。ロシアが米国に頼らず、イランやトルコと一緒に、米国がやらかした中東の殺戮や混乱を収拾する、まさに米覇権体制の行き詰まり・崩壊と「多極化」を象徴する出来事だ。 (Syrian opposition member: United delegation for Geneva talks not under consideration yet) ・・・というと「田中宇の多極化予測がまたもや的中!!」みたいな感じだが、実はそうでない。むしろ逆に、軍産対米従属な「専門家」が言うような「無極化」の事態が、一枚下で展開している(もう一枚下は、また違うのだが)。アスタナ会議には14派のシリア反政府組織が出席してアサド政権側と交渉したが、14派の多くは、シリアに進出した露軍に投降してロシアの傀儡となった反政府勢力だ。サウジアラビアが食わせている「リヤドグループ」や、欧米の傘下にいるSFAは、ロシアから招待を受けたが参加していない。Jaish al-Mujahideenは、指導者がアスタナ会議に参加している間に、シリア現地の部下たちがアルカイダに皆殺しされた。傀儡は弱っちい。 (Al-Qaeda Forces Wipe Out Syrian Rebel Faction Engaged in Peace Talks) アスタナ会議は、トランプの米大統領就任を待って開かれた。だが、プーチンがトランプ陣営をアスタナに招待したとたん、共催国のイランが米国の参加に猛反対し、仲間割れを起こした。トランプ陣営は招待を断り、不参加だった。 (Plenty of ghosts at the table in Astana) ロシアは、アスタナ会議のシリア反政府勢力をそれっぽいものにするため、英雄的な役者を呼ぼうとした。ロシアが呼んだのは、アラブ首長国連邦に亡命しているタラス一族(Tlass)だった。タラス家はシリアの多数派のスンニ派イスラム教徒のアラブ人(アサド家は少数派のアラウィ派イスラム教徒)で、オスマントルコ時代の知事の家系だ。先代の独裁者アサド父の時代に、タラス家の先代が40年近くシリア政府の国防相を務めていたが、父が死に、独裁者が息子の今のアサドに代わった後、辞めさせられた。タラス家の息子の一人は、今もシリア軍の将軍をやっているが、一族の本体は11年の内戦勃発後に亡命した。 (Astana floored by Russian pick as Assad successor) ロシアの読みは、多数派のスンニ派で高貴で治安維持経験があるタラス家なら、少数派のアラウィ派のアサド家の代わりをやれるし、スンニ派も文句を言わないだろうというものだ。だがこれにはアサド大統領と、アサド家を押し立ててシリアを傘下に入れ続けようとするイランが強く反対している。アラウィ派は広義のシーア派で、イランと宗教的な親密さがある。アサド家と結束し、多数派のスンニの台頭(=民主化)を抑えるのがイランの戦略だ。 イランは、シリアの東側にあるが、シリアの西隣のレバノンでもシーア派のヒズボラが政治軍事台頭している。イランは、シリアをレバノンへの通路として使い、ヒズボラをテコ入れしてレバノンまで支配したい(レバノンは従来サウジの影響下)。シリアの大統領がスンニ派のタラス家になると、こうしたイランの野望が阻まれる。イランにとって、シリア内戦は、ISアルカイダというスンニ派武装勢力と、イラン・アサド・ヒズボラというシーア派(反スンニ)系との戦いだった。イランは、15年秋にロシア軍が進出する前から、イラクイランアフガンのシーア派民兵団やヒズボラを動員してシリアに行かせ、多くの戦死者を出しながらISカイダと戦ってきた。あとから来たロシアやトルコが今さら何言ってんだ、絶対撤退しないぞという決意だ。 アサドの政府軍とイラン系軍勢は、内戦によって、ISカイダだけでなく、シリアのスンニ派全体を民族浄化(=難民化)する目的があり、内戦前にシリアの人口の7割だったスンニ派が、今や5割前後に減ったとされる。減った分の人々の多くは、難民としてトルコや欧州に移動した。 (Russia’s choice for Syrian leader signals break with Iran) スンニ派のトルコは、隣国シリアでスンニが追い出されてシーアの支配地になると困る。シリアの最大野党(反アサド)だったスンニのムスリム同胞団は、エルドアン大統領のトルコの与党AKPと思想的に近い。昨年、トルコはロシア敵視をやめてプーチンに擦り寄り、ロシアを反イランの方向に引っ張り始めた。トルコは、シリアにおいて、アサドイランの権力を削ぎ、スンニ派難民をシリアに帰還させつつ、シリアのスンニ派の力を増強したい。これは、サウジアラビアやイスラエルの意図と同じだ。 アスタナ会議を共催したロシアトルコイランは、非米反米的な多極型世界を代表する3国同盟のように見えながら、実はバラバラで内紛だらけだ。ほらみろ、多極化でなく無極化だ、米国覇権にまさるものはない、ガハハハハ。対米従属論者の高笑い。とはいえ、米国覇権はトランプによって急速に破壊されている。高笑いはやけくその発露だ。 (Russia, Iran and their conflicting regional priorities) ▼ほとんど誰も賛成しない憲法草案をロシアが出す意図 米国の話をする前に、ロシアの動きをよく見ると、内紛的でもバラバラでもない。「多極化」のアスタナ会議を一枚めくると露トルコイランの内輪もめ的な「無極化」の様相だが、さらにもう一枚めくってロシアの動きをよく見ると、再び多極化の様相に戻る。ロシアは、イランやアサドと対立しているように見せながら、その一方で、イランやアサドと協調している。 (Syrian government disagrees with Russia on Kurdish autonomy) ロシアは、シリアの地中海岸のタルトスに昔から海軍基地を借りているが、最近、アサド政権との間で、租借契約を49年延長した。その後も25年ごとに自動更新する契約で、実質的に百年以上続く契約だ。ロシアが本気でアサドを外そうとしているなら、アサドと基地契約を結ばないだろう。たぶんアサドは、選挙を経ながら、今後もかなり長く大統領であり続けるだろう。 (Syria Russia and Turkey hand Assad a ‘win-win’ scenario) イランに関しても、ロシアとイランが一緒にやっているのはシリアだけでない。アフガニスタンでは最近、ロシアとイランが一緒になってタリバンに接近し、米国傀儡のカブール政権を追い出しにかかっている。中央アジア諸国やコーカサスでも、露イランの協調が不可欠だ。ロシアとイランは天然ガスの世界的産出国で、この点でも談合がある。 最近、ロシアがシリアにおいて、シリア政府軍と、イラン系シーア派民兵団に対し、シリア国内での軍の移動を凍結するよう命じたとデブカファイルが報じている。話の真偽は不明だが、ロシア軍がシリアの制空権を握っているのは事実だ。ロシアの命令は効力がある。シリア政府は、自分の国なのに、軍の移動をロシアによって制限されている。ロシアがこんな命令を発するのは、最近トランプの米国がイラン敵視を強め、プーチンにもイラン敵視に協力してほしいと要請し、プーチンは米国にいい顔をして見せるために、シリアでのイラン系勢力(シリア政府軍含む)に「しばらく動くな」と命じた、という話らしい。ヒズボラは怒っている。 (Russia freezes Syrian, Iranian military movements) ロシアは、イランを裏切って米国に擦り寄ったか、と思えてしまうが、よく考えるとそうでない。シリアにおけるイランの軍事行動を抑止できるのはロシアだけだ。米国は、ロシアに頼むしかない。ロシアはそれを見据えた上で「俺達ならやれるよ」と言っている。米議会共和党やトランプ政権は、ネタニヤフと組んで、イラン敵視を強めようとしているが、本気でイランを抑止するなら、米議会がロシアを敵視したままなのはまずい。ネタニヤフは、一昨年あたりから親ロシア姿勢を強めている。2月中に訪米するネタニヤフは、米議会に対し、イラン敵視を効率よくやるためにロシアの協力が必要だと説得する可能性がある。 (Report: Hezbollah Rejects Moscow-Ankara-Brokered Syria Ceasefire Deal Over Turkish Demand for Withdrawal of All Foreign Fighters) トランプは、中東の管理を、ロシアとイスラエルにやってもらいたい。そこにつなげる動きとして、まずイラン敵視を再燃させ、それをテコに、米議会にロシア敵視を解かせつつ、中東管理の主導権を米国から切り離そうとしている。フランスなどEUは、オバマが実現したイランとの核協定を守ると宣言し、トランプの新たなイラン敵視に同意していない。欧米の方が仲間割れしている。 (Russia-Iran Cooperation in Syria Continues With the Same Pace - Iranian MoD) (Saudi defense minister, new Pentagon chief discuss Mideast in 1st conversation) ロシアは、アラブ諸国に対し、シリアをアラブ連盟に再加盟させるべきだと提案している(内戦開始後に除名された)。この提案は「シリアはイランの傘下からサウジなどアラブの傘下に鞍替えすべき」と言っているのと同じで、イランを逆なでしている。 (Russia calls for Syria's return to Arab League) しかし、すでに書いたように、ロシアが本気でイランと敵対することはない。シリアにおいて、ロシア軍がシリア政府軍やヒズボラを空爆することもありえない。空爆したら、ロシアの最重要目的であるシリアの安定を、自ら崩すことになる。ヒズボラなどシーア派民兵団は、ロシアや米トルコなどがいくら圧力をかけても、シリアから出て行かない。彼らは、命をかけて勝ち取った影響圏を手放さない(ロシアに譲歩して部分撤退ぐらいはやる)。ロシアの、イランやアサドに対する最近の敵視は、米イスラエルに見せるための演技、茶番にすぎない。 (Peace talks: How Iran and Russia may come to blows over Syria) 茶番と言えば、冒頭に書いたロシアのシリア憲法草案も、米イスラエルに見せるための噴飯物の茶番だ。草案は、クルド人に大きな自治権を与えているが、これはシリアの中でクルド人以外、ほとんど誰も賛成しない。トルコもイランも反対だ。イスラム法の優位否定も、シリアのほとんどの勢力が反対だ。大統領権限の縮小は、アサドを擁立するイランが反対だ。皆に反対され、ロシア外相は「これはたたき台にすぎない。最終案はシリア人全員で決めるのが良い」と言っている。 (Russian draft serves as ‘guide’ for final Syrian constitution – MoD) (Lavrov: Russia’s draft of Syria’s Constitution sums up proposals of government, opposition) クルドの自治拡大や連邦制、大統領権限縮小は、シリアを弱くて分裂した国にしておきたい米英イスラエルが昔から言ってきたことだ。ロシアの草案は、米国がイラクに押しつけた憲法に似ているとシリア国内から揶揄されている。ロシアは憲法草案を出すに際し、米国の傀儡のように振る舞っている。だがこれも、良く考えるとロシアは、米国に対し「あなたがたが気に入るような憲法草案を作ってシリア人に見せましたが、猛反対されてうまくいきません」と言えるようにして、シリア人、特にアサド政権が、もっと従来の憲法に似たものを出して法制化する「現実策」に道を開こうとしている。 (Why did Russia offer autonomy for Syria’s Kurds?) (Syrian Kurds: ‘Signs of Full Support’ from Trump White House in Islamic State Fight) 英国は最近、アサドがとりあえず続投するのを容認すると言い出した。フランスや米国も、アサド政権のシリアに様子見のための議員団を派遣している。トランプも、エジプト大統領との電話会談で「アサドは勇敢だ。私は彼に直接電話したいが、今の(米国の)状況ではできない(よろしく言っておいてくれ)」と語ったという(トランプ側は一応発言を否定)。アサドは国際社会から再び容認される傾向だ。こんな有利な状況なので、誰から圧力をかけられようが、アサドは自分の権限の縮小を容認しない。 (Trump to al-Sisi: Syria’s al-Assad is a Brave, steadfast Man (Beirut Report)) (UK accepts Assad could run for reelection, marking shift in Syria policy) ロシアは、中東での新たな覇権国として、とりあえず従来の覇権勢力である欧米が好むようなものを、憲法草案やイラン敵視などの分野でやってみせて、それがうまくいかないことを公式化している。いずれ「しかたがないですね」と言いつつ、イランやアサドがシリアを牛耳るという唯一実現可能な策を少しずつ肯定していくと考えられる。ロシアの今の右往左往は、こうした落とし所を見据えた上での動きだろう。 (Russia: Syrian draft constitution includes elements from Kurds and opposition) (Can Russian diplomacy end the Syrian War?) イスラエルは従来、イラン敵視策の主導役を米国にやらせ、イスラエル自身は米国の後ろに隠れてきた。だがネタニヤフは最近、このような従来のリスク回避策を放棄し、米欧とイランの核協定の破綻や政権転覆を扇動する発言を強めている。イスラエルの上層部からは、こうしたネタニヤフの動きへの批判が出ている。トランプがイラン敵視をネタニヤフに任せる「敵対策の丸投げ・押しつけ」をやりそうだという私の分析の根拠は、このような最近の動きにある。トランプが、イスラエル右派とつながった若い娘婿のクシュナーをやたらと重用する異様さも、これで説明がつく。 (Israeli security establishment to Netanyahu: Don't touch Iran deal) (uspol For hardline West Bank settlers, Jared Kushner's their man) このトランプのやり方も、米国の覇権放棄である。短期的に、イスラエルは米国を牛耳る感じになるが、長期的には、米国が抜けた後の中東において、イスラエルは単独でイランやイスラム世界からの敵意の前に立たされる。いや、正確には単独でない。イスラエルは、ロシアに頼ることができる。米国からはしごを外されたイスラエルがロシアにすがるほど、ロシアの中東覇権が強まる。私の最近の懸念は、これと似た構造として、トランプが、中国との敵対策を、日本の安倍に丸投げ・押しつけしてくるつもりでないかという点だ。これについては、もう少し情勢を見てみる。
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