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「ドル後」の金本位制を意識し始めた米国と世界

2019年5月19日   田中 宇

米国の実質的な中央銀行である米連銀(FRB)の政策を決める理事は定数が7人で、現在2人が空席になっている。連銀理事は、大統領が指名し、議会上院の了承で決まる。トランプ大統領は昨年来、この2人の空席を埋めるため、5人の候補を相次いで名指ししてきたが、いずれも議会上院が了承せず、空席のままになっている。上院の不承認の理由は表向きさまざまな不適格性だが、5人のうち3人は通貨制度を「金本位制」に戻すことを提唱しており、これが実質的な不承認理由だと推定される。 (Will Stephen Moore Make Gold Great Again?) (Herman Cain, Trump’s next pick for the Fed, embraces the stupidest idea in economic policy

「2党独裁制」の米議会では民主・共和両党とも、米金融界と一体化した勢力であるエスタブリッシュメント層が強く、彼らは米国のバブル依存の金融システム(ドル本位制、バブル本位制)を維持拡大するため、マスコミや権威ある「専門家」たちを巻き込んで、ドルやバブルの究極のライバルである金地金や金本位制を攻撃・中傷し続けている。金相場は先物を使って押し下げられたままになっている。 (Schumer: GOP should oppose 'equally unqualified' Stephen Moore after blocking Herman Cain from Fed) (Who Will Trump Choose to Replace Stephen Moore & Herman Cain at the Federal Reserve?

金本位制や金地金を「古臭く時代遅れで、今の金融システムに合わない制度、資産」と考えるのが世の中の「常識」だが、これはマスコミや権威筋が発するプロパガンダによって作られたものだ。実のところ、金地金や金本位制は、現在の世界の金融システムの根底に位置する存在だ。 (Trump’s Fed Picks Have Fond Memories of the Gold Standard) (Donald Trump’s prospective Fed appointees cause deep unease

米国の憲法には、1章10条の第1項に、金銀のみを通貨とすると明記してある。今でも、米国では、金銀の地金のみが法定通貨(本位通貨)であるわけだ。1971年の米政府の金ドル交換停止宣言(ニクソンショック)まで、米ドルは、いつでも銀行で一定比率で金地金と交換してもらえる「兌換券」であり、ドルは金本位制の通貨だったので、米国憲法に合致した合法的な存在だった。戦後の世界の金融システム(米経済覇権システム。ブレトンウッズ体制)は金本位制だった。 (人民元、金地金と多極化) (合衆国憲法

71年のニクソンショックは、戦後の放蕩で行き詰まっていた米政府財政の破綻宣言であると同時に、多極主義者のニクソンによる米国の覇権放棄策・多極化策として行われた。金地金との兌換性を失ったドルは価値が急落し、日独などの影響力が増大する多極化が進むはずだった。だが実際は、日独英などの同盟諸国(G5、G7)が影響力増大や多極化を望まず、同盟諸国が為替市場に介入してドルを救済する展開になった。 (世界多極化:ニクソン戦略の完成

加えて85年の金融自由化(ビッグバン)以降は、民間企業が銀行を経由せず社債発行によって資金調達する債券金融システムが拡大し、ドルが金地金の裏付けなしに増刷されても、資金がふくらむのは金融経済だけで実体経済の方に資金がいかないためインフレ(商品価格の上昇)にならないという、金本位制の必要性を崩すようなトリックが拡大した。これらの効果により、金本位制が壊れてもドルが基軸性を保ち、むしろ債券金融システムの拡大で90年代以降、米経済が長期の好景気になるという、70年代に予測された事態と正反対のことが起きた。 (ニクソンショックから40年のドル興亡

ニクソン(ら隠れ多極主義者たち)は、財政破綻して金本位制を壊し、米国の覇権を崩壊させようとして金ドル交換停止をしたが、それは、暗闘相手の米覇権主義者たちによって、債券金融システムがバブル膨張することで米経済(金融)が拡大し続けて米国覇権が守られる新体制(金融覇権体制。バブル本位制)への転換へと換骨奪胎されて終わった。85年の自由化開始から30年以上、米国中心の世界の金融システムは膨張し続けたが、08年のリーマン危機以降、バブルが崩壊していく時期に入った。米日欧の中銀群によるQE(造幣による債券の買い支え)は、30年間のバブル本位制の最期の延命策である。 (QEの限界で再出するドル崩壊予測

このように現在の世界の金融システムは、71年の「金本位制殺し」の上に構築された壮大なバブルである。71年までの金本位制は、45年のブレトンウッズ会議で正式に開始を宣言した「ブレトンウッズ体制」だったが、71年(85年)から今に続く「バブル本位制」は、何の宣言もなく始まっている。ブレトンウッズ体制の破壊すら宣言されておらず、「正史」ではブレトンウッズ体制が現在まで続いていることになっている。71年から85年にかけて起きたことは、表向き前の政権(金本位制)が維持されているが実は換骨奪胎され別の者たち(バブル本位制)が権力を隠然と握っている米経済国覇権の「宮廷クーデター」だった。

72-85年以降の金融システムのバブル・ねずみ講の根幹にある「騙し」の構図は、私が見るところ「同じ資産を何回も担保にして起債や融資が行われていること」でないかと推測する。リーマン危機の元凶となった住宅ローン担保債券が象徴的だ。どの債券の担保がどの住宅物件なのか紐付きの状況は担当者すらわからない状態で、事実上の無担保債券だった。 (広がる信用崩壊

金相場を下落させているETFも、証券に記載されている通し番号の金地金が実際に存在している証拠が薄い。米政府は3か所の巨大な地下金庫に政府の金地金を保管していることになっているが、マスコミに登場する米政府の金庫は、そのうち1か所のごく一部である短期保管用の暫定金庫だけだ。残りの金塊が存在しているかどうか怪しい。同じ金地金が何度も溶かされ、そのたびに違う通し番号をつけられ、それがETFなど債券と紐付けて売られてきた可能性がある。実際の金地金の全量を見た者は誰もいない。これがねずみ講でないと言い切る人々(権威ある専門家!)は「馬鹿」である。王様のお召し物は素晴らしい!。 (Only Gold The US Will Show: The "Working Vault" At West Point

金本位制が71年に終わったことはみんな知っている。だが、米国憲法は金本位制しか合憲と認めておらず、71年以降の世界の金融体制(正式な名前すらついていない。バブル本位制)は、違法・違憲な存在である。不換紙幣となった71年以降のドルは、違法な通貨である。それを知っている人は少ない。米国は71年以降、憲法を改定すべきだったが、その改憲が米議会で議論されたこともない。 (The Fed's Controlled Demolition Of The Economy Is Almost Complete

なぜ議論しないかというと、71年以降の米国(と世界)のドルと金融を支える体制の本質が何であるかを赤裸々に議論すると、それがねずみ講的なバブルの色彩を持っていることがばれてしまうからだ。議論できないので、米国憲法も改定せずそのままにしておくしかない。マスコミや、権威ある専門家たちに、ドルの違憲性について指摘させなければ良い(指摘した者の権威を剥奪していけば、誰も怖くて指摘できなくなる)。71年以降の米国中心の世界の金融体制は、根本的に、違法・不正・インチキなものである。 (陰謀論者になったグリーンスパン

71年以降の金融システムはインチキなものだが、71年以前の金本位制に戻れば事態が改善されるかといえば、全くそうでない。30年かけて膨張した巨大なバブルの崩壊を防ぐ手立てはない。いずれ、米国中心の世界の金融バブルは連鎖的に大崩壊していく。最期の延命策であるQEの限界が、バブルの限界だ。バブルが大崩壊し、その後の世界の金融体制をどういうものにしたらいいかという話になった時に、バブルを再燃させないよう、昔ながらの金本位制を導入したら良いのでないかという意見が生きてくる。 (“The Biggest Issue In The World Today” Is Gold Price Manipulation

ドル崩壊後の国際基軸通貨として金地金そのものが復活するわけではなく、金本位的な要素を取り入れつつ、ドルやユーロ、人民元、円などを加重平均したIMFのSDRなど多極型の基軸通貨体制になると予測される。45年のブレトンウッズ会議では、最終的に採択された金本位制の米ドルを単一の基軸通貨とする案のほかに、主要な諸通貨を加重平均した多極型の基軸通貨単位「バンコール」を新設する案が出されたものの、最終的に退けられた。75年後にドルが崩壊していき、SDRなどバンコール的な多極型の基軸通貨が再び取り沙汰される時代になっている。 (The Case for Monetary Regime Change

権威あるマスコミや専門家たち(王様のお召し物を称賛する人々)は、金地金とか金本位制を思い切り中傷するが、世界各国の中央銀行は、金地金を買い漁って備蓄量を増やしている。米政府の金庫に地金を預けていたドイツなど対米従属的な諸国は近年、米国から地金を返してもらって自国の金庫に移し続けている。実のところ、金地金や金本位制は、時代遅れでない。むしろ、時代の最先端かもしれない。いずれ、30年かけて膨張した米国と世界の金融バブルが大崩壊する可能性が高く、大崩壊後は、金地金が数少ない頼れる資産になり、その時になって米国から金地金を回収しようとしても不可能になることを、諸国の中央銀行は知っている。 (金地金の売り切れが起きる?) (Russia continues dumping US debt: Report

今年3月末には、世界の銀行界の資産や負債の決算上の評価の基準を作っている「中央銀行の中央銀行」と呼ばれる国際決済銀行BISが、銀行の資産としての金地金の評価を大幅に引き上げた(バーセル3)。それまで金地金は、時価の半分の額でしか資産に算入できないという評価だったものが、時価をそのまま算入して良いことになった。BISは、金地金をコモディティでなく通貨として認め直したことになる。BISのこの変更は、リーマン危機後のバブル延命策であるQEが終わりに近づく中、30年間のバブル本位制が終わり、バブル崩壊後の、金本位制への出戻りが近づいてきたことを感じさせる。金相場はまだ抑圧され続けている。だが、風向きが変わってきた観はある。世界は「ドル後」の金本位制的な世界の出現を意識し始めている。 (Gold & Basel 3: A Revolution That Once Again No One Noticed) (Is March 29, 2019 the Day Gold Bugs Have Been Waiting for?

いつものように歴史的な解説を延々と書いてしまった。本題に戻る。トランプが昨年来、公式・非公式に指名した5人の連銀理事候補のうち、ハーマン・ケイン、スティーブン・ムーア、ジュディ・シェルトンの3人が、金本位制を提唱したことがある。金本位制が良い、と表明することは、今の金融システムはインチキです(王様は裸です)と表明することと同じであり、エスタブ・米議会・金融界・マスコミ・米覇権主義者たちにとって仇敵・反逆者である。トランプ自身、バブルを過激に膨張させて崩壊を前倒しし、バブル崩壊や覇権喪失・多極化を早めようとしている。この魂胆の一環として、金本位制論者を連銀理事に就けようとしてきた。 (Trump said to weigh Judy Shelton — author of op-ed ‘The case for monetary regime change’ — as Fed board pick

トランプが送り込んできた金本位制論者を連銀理事にしてしまうと、彼らは、金本位制への移行を主張するだけでなく(それは非現実論)、膨れ上がっている金融バブルのさらなる膨張を扇動し、バブル崩壊を前倒しすることで、崩壊後に金本位制を導入せざるを得なくなる事態を作る画策をすると考えられる。金本位制への支持を表明していなくても、バブル崩壊の前倒しにつながる米連銀の利下げやQE再開を提唱する者は、理事になることを米議会から拒否されている。 (Whalen: Trump Is Right To Blow Up The Fed") (The True Size Of The US National Debt, Including Unfunded Liabilities, Is 222 Trillion Dollars

マスコミや米議会エスタブは、金本位制論者の理事就任に反対しているが、反対の理由が金本位制に集中しないようにしている。金本位制の是非が議論されてしまうと、今のバブル本位制の問題点が暴露される展開になりかねない。そのためマスコミなどは、金本位制論者だからダメというのでなく、学歴不足、大昔の女性差別発言、元妻への慰謝料不払いなど、他の理由を書き連ねてダメだと言うようにしている。 (Donald Trump’s prospective Fed appointees cause deep unease

連銀理事の人事は、トランプの思い通りにならないかもしれない。だが、連銀理事の人事に関係なく、トランプの2期目かそれ以降、米金融のバブル崩壊が起きそうだ。今後しだいに「ドル後」の金本位制や多極型世界体制を意識した感じの動きが増えていくだろう。それらのほとんどは、マスコミで報じられず、部分的に報じられても「別の解説」が付与される中で展開し、人々の多くは何が起きているのか知らないまま、世界が転換していく。 (Rubino: "Gold Is Moving Back Into The Center Of The Global Financial System"



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