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安倍とトランプの関係は終わった?

2018年9月17日   田中 宇

安倍首相はこれまで、世界各国の首脳の中で最もトランプ米大統領と親しいと言われてきた。だが最近、日本の対米貿易黒字を減らせとトランプが無茶な圧力をかけ続けた結果、2人の関係が悪化している。トランプは今春以来、鉄鋼アルミなどで日本の対米輸出品に懲罰的な高関税をかけつつ、安倍に、米国からの輸入増の目標額を設定して天然ガスや兵器、牛肉や自動車を買えと要求したが、安倍は拒否してきた。安倍は最近、トランプを名指ししない形でトランプの関税戦略を批判するようになっている。 (Trump Card: Japan’s Abe Bets on Trade in Bid for New Term) (Japan's Abe Pledges to Defend Free Trade After Trump Warning

トランプは為替を円高ドル安にしたがっているが、安倍はそれにも不満を表明した。7月の日米首脳会談で、米国からの輸入を増やさない日本に苛立ったトランプが安倍に「おれは真珠湾攻撃を忘れてないからな!!」と言い放ったと、最近報じられた。 (Japan's Abe Says He Told Trump It's Dangerous to Play With FX) (‘I remember Pearl Harbor’: Inside Trump’s hot-and-cold relationship with Japan’s prime minister

9月6日の記事に書いたように、トランプは9月に入り、貿易戦争の次の標的は日本だと宣言している。トランプは今春来、中国やドイツ、カナダ、メキシコなどを相手に、次々と懲罰関税をかけて貿易戦争を吹っかけている。日本はこれまでトランプの敵意を煽らぬよう、鉄鋼アルミなどに懲罰関税をかけられても反論を控えてきた。だが今や、その日本も標的にされている。 (トランプに売られた喧嘩を受け流す日本

9月6日の記事で私は「安倍は、トランプからいくら喧嘩を売られても、それを買うわけにいかない。安倍がトランプと喧嘩すると、それで生じた日米関係の空白を埋める形で日本外務省が入り込んできて、自民党内(もしくは野党)の安倍以外の勢力と外務省が結託して安倍を倒し、日米関係(=日本の権力)を外務省が握り直すための政変を起こしかねない」と書いた。だが安倍は、トランプから売られた喧嘩をある程度買っている。それでも安倍は、倒されそうもない。再分析が必要だ。

安倍は9月12日、ロシアのウラジオストクでの東方経済フォーラムに参加し、そのかたわらで中国の習近平主席と会談し、日中が協力してトランプの懲罰関税戦略に対応していくことを決めた。10月には訪中も決めた。日本がやりたがっていた日米vs中国でなく、中国を有利にする日中vs米国の構図になっている。中国と組んで米国と戦うことを宣言した安倍は、ネトウヨ的に言うと「反米主義のアカ、売国奴」そのものだ(笑)。 (Japan and China Find Common Ground in Trump’s Tariffs as Leaders Meet

その後、9月15日に、トランプは中国に対して追加の懲罰関税をかける方針を内定した。それを受けて中国は、10月に予定されていた米国との貿易交渉を中止することを検討し始めた。また中国はトランプへの報復として、中国から米国への、自動車部品や戦略物資的な原料、中国で組み立てられているアップルのiフォンなど、米国企業が本気で困窮するような重要製品の対米輸出の制限も検討している。米中は、本格的な貿易戦争になりつつある。トランプは貿易戦争の激化を望んでおり、今の傾向はしばらく変わらない。 (China Weighs Skipping Trade Talks After U.S. Tariff Threat) (Trump To Proceed With $200BN More In China Tariffs Despite Talks; Stocks, Yuan Tumble

そんな中で日本を率いる安倍は、米国でなく、中国の味方をしますとウラジオなどで宣言してしまっている。トランプから見れば、日本も中国も同罪だという話になる。覇権放棄が基本戦略であるトランプは、日本を中国の方(非米側)に追いやるのが暗黙の目標だ。トランプは日本が受け入れられない無茶な貿易要求を続け、安倍が拒否すると怒って関係を悪化させた。米国の覇権を低下させたい非米側の中国やロシアは、トランプに突き放された安倍を味方につけようとすり寄り「一緒にトランプの無茶苦茶なやり方と闘い、自由貿易体制を守りましょう」とけしかけている。中露としては、今が安倍の日本を取り込むチャンスだ。安倍が中露に取り込まれるほど、トランプの覇権放棄の目標が、対日関係において達成される。 (世界と日本を変えるトランプ

安倍の日本を困らせているトランプの覇権放棄策は、貿易戦争だけでない。米朝和解の策略も、米国が日韓を従えて北と恒久対立する軍産好みの冷戦構造を破壊し、在韓・在日米軍の撤退につながるので、永遠の対米従属を国是としてきた官僚機構が支配する日本にとって大きな脅威だ。安倍はトランプに、北が完全核廃棄するまで米韓軍事演習を続けてほしいと何度も要請したが、トランプは6月の米朝会談後に米韓演習の中止を宣言し、その後、北が核廃棄を進めていないのに米韓演習の中止状態を維持している。 (意外にしぶとい米朝和解) (Pyongyang Aims to Connect Railways of North, South Korea

このトランプの策により、朝鮮半島の緊張緩和状態が維持され、文在寅の韓国は、どんどん北との和解を進めている。先日、南北分界線(国境)近くの開城工業団地内に、南北が常時連絡をとれる連絡事務所を開設することが決まり、南北の和解はしだいに恒久的な体制になりつつある。南北は、列車の直通運転もやりたがっている。これまで韓国だけが公式に希望していたが、最近は北も公式に直通運転の希望を表明している。9月18-20日の平壌での南北首脳会談でも、新たな和解策が何か出てきそうだ。 (Despite US Opposition, Joint Liaison Office Opens On Shared Korean Border) (韓国は米国の制止を乗り越えて北に列車を走らせるか

北の金正恩は、トランプとの再会談を希望しており、トランプも再会談すると言っている。いま行われている南北による和解の恒久化が一段落したら、米朝が再会談し、北が20年までに核廃絶するとの約束と引き換えに、朝鮮戦争の終戦宣言や、在韓米軍縮小撤退の話が出てくるかもしれない。トランプはすでに6月の米朝会談後、在韓米軍の撤退が自分の目標だと宣言している。今の朝鮮半島和解の流れは、トランプの覇権放棄策に沿っている。 (White House Coordinating Second Trump-Kim Meeting After North Korean Leader Sends "Very Positive Letter"

▼安倍は今後しだいに堂々と対米自立をやりだすかも?

朝鮮半島が平和になると、在日米軍の任務も終わる。半島和平後、米国が、中国やロシアを仮想敵として在日米軍を継続駐留させる可能性は多分ゼロだ。米国は国際相対的に国力が低下しており、他の大国との敵対策を放棄する方向だ。安倍政権は、米政権がトランプになった昨年から、中国やロシアとの関係改善につとめている(対露はもっと前から)。北朝鮮が敵でなくなっても中露を仮想敵として在日米軍が残る可能性があるのなら、日本は中露に接近しない。北が敵でなくなったら在日米軍や日米同盟が終わりになるので、安倍の日本は中露に接近している。 (中国包囲網はもう不可能) (Japan is worried about its alliance with America

安倍は、金正恩とも会いたがっている。今のところ正恩は安倍と会わないそぶりだが、資金がほしいので、南北や米朝の和解が一段落したら安倍と会うだろう。半島の和解が進むほど日本の不利が深まり、北に有利になるので、正恩は対日和解を後回しにしている。すでに、日本は外交的にみじめな失敗状態にある。 (Japan and North Korea held secret meeting as Shinzo Abe 'loses trust' in Donald Trump

マスコミなど日本の言論界の権威筋が、現実を国民に伝えたくない官僚機構の傘下にあるので、今の外交の失敗状態や、在日米軍の撤収が近そうであることが、日本ではほとんど考察されていない。現実の日本は、トランプによって、貿易と安保の両面で、いやいやながらの対米自立に追い込まれている。安倍は、トランプと喧嘩したくない。だが安倍が、トランプから喧嘩を売られた状態で、親しくしたいと思っている習近平やプーチンに会うと「一緒に、暴虐なトランプと戦おう」と扇動され、中露と親しくしたい安倍がそれに対して作り笑いしながら曖昧な感じで「いいね」と言うと「日本は、中国やロシアと一緒にトランプの貿易戦争に対抗すると(力強く)表明した」という報道になる。 (中国と和解して日豪亜を進める安倍の日本) (Japan, South Korea keep wary eye on Trump’s war with China

安倍はウラジオストクで、東方経済フォーラムの主催者であるプーチンとも首脳会談した。安倍を自分の側に巻き込みたいプーチンは、即興提案と称して、北方領土問題を棚上げして日露和平条約を今年中に結ぼう、と安倍に持ちかけた。安倍は、この提案を拒否しなかった(作り笑いしながら曖昧な感じで「いいね」)。だが、北方領土問題の棚上げは、プロパガンダ漬けで非現実・歪曲的な日本の「世論」の許すところでないので、東京の政府は「領土問題を解決してからでないと和平条約を結べない」と、とりあえず従来どおりの表明をした。 (Russia's Putin tells Japan's Abe: 'Let's sign peace deal this year'

きたるべき米覇権衰退後の多極型世界において、ロシアは「極」の一つだが、日本はそれより格下の「準極」的な存在(うまくいって、海洋アジア地域を豪州と一緒に率いる国。うまくいかないと、中国沖の孤立した島)だ。ロシアが、格下の日本に領土を返すことはない。北方領土問題を棚上げ(せいぜい2島返還)して、日露和平条約を結ぶしかない。それが見えているプーチンは「早い方がいいだろ」と安倍に持ちかけ、安倍も否定しなかったのだが、残念ながら日本国内では、このあたりの現実が見えない体制が作られている。 (見えてきた日本の新たな姿

日本では長年、官僚機構と傘下のマスコミなどによって「米国との同盟関係がないと日本の安全が守れない」という、誇張された対米従属の神話が常識として定着している(実のところ、経済大国である日本は、対米自立状態で十分に自衛できる)。安倍は当選したトランプと親密な関係を築き、以前の日米関係の主軸だった日本官僚機構と米軍産複合体との関係を上書きし、権力を維持してきた。トランプと仲たがいした安倍は、官僚によって追い落とされるのか。以前は安倍礼賛だった日本のプロパガンダが最近、安倍を揶揄敵視する傾向のようだ。 (従属先を軍産からトランプに替えた日本

しかしその一方で、安倍はおそらく自民党総裁=首相として9月20日に再選され、その後しばらく彼の権力は低下しない。官僚がスキャンダルを煽って安倍を辞めさせても、その後の日本の政権がトランプと良好な関係を得られるわけでない。トランプは、覇権放棄のため、あらゆる同盟国に厳しく接する傾向が増しており、日本だけトランプと親しくしてもらうことはできない。トランプ以前に日本官僚機構が従属していた米国の軍産複合体が復権する見通しもない。日本の体制がどうであろうと、朝鮮半島が安定したら、米軍は日本から出て行く。対米自立を強いられていく以上、日本は中露や韓国北朝鮮と仲良くせざるを得ない。安倍の外交姿勢は、日本の現状に合致している。 (中国のアジア覇権と日豪の未来

トランプは豹変を演じるのが好きなので、安倍との関係も、喧嘩と仲直りを行ったり来たりするかもしれない。だが、トランプがそれを演じる目的は、覇権放棄の一環として日本を対米自立に追いやるためだ。トランプは中国に対し、貿易交渉と懲罰関税の間を行ったり来たりしているが、中国はこれを見て、しだいにトランプと交渉して解決することをあきらめ、米国抜きの世界貿易体制を作ることへの注力を強めている。トランプの覇権放棄は成功している。 (TPP11:トランプに押されて非米化する日本

安倍も今後、最初はおずおずと、その後はしだいに堂々と、TPPから中露関係までの対米自立策をやるようになるかもしれない。冷戦後、世界的に対米自立・多極化対応策は、リベラルな左側のルートより、強権的な右側のルートの方が実現可能性が高い(エルドアン、ネタニヤフ。プーチンや習近平も)。鳩山小沢が09年に試みて失敗した日本の対米自立・アジアの一員化、脱米入亜を、安倍(とその後継者)が成功させる可能性が少しずつ高まっている。 (多極化に対応し始めた日本



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