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北朝鮮危機のゆくえ

2017年10月21日   田中 宇

 北朝鮮と米国トランプ大統領との外交的な相互攻撃が続いている。トランプはここ数か月、北の核兵器開発をやめさせるには先制攻撃しかないかもしれない、という趣旨の発言を繰り返し、北と非公式交渉を続けていたティラーソン国務長官に対し、交渉など時間の無駄だといって交渉をやめさせた。好戦姿勢を続けるトランプに対し、北の政府は「米国が好戦姿勢や北敵視をやめない限り、米国に対する防衛力をつける必要があり、核兵器開発はやめられない。交渉にも応じられない。これは正当防衛だ」と表明している。 (Trump Tells Tillerson To Stop Negotiating With "Little Rocket Man": "We'll Do What Has To Be Done") (Trump says US willing to use military option against North Korea

 トランプは「北の核開発は進展がとても速い」と言い、ポンペオCIA長官は「北はあと数か月で米国の東海岸に届く核ミサイルを完成させそうだ」と概算している。米国が北を先制攻撃するなら、北が米東海岸に届く核ミサイルを持つ前、つまり今後の数か月以内、来春までの間にやるのが得策だ、ということになる(概算は前提があいまいで、恣意的な感じがする。後述するように、韓国や中国を本気にさせるため、意図的に短めに言っていると考えられる)。 (North Korea’s nuclear program ‘very, very far advanced’: Trump) (CIA Chief: North Korea on Cusp of Ability to Hit US With Nukes

 米軍と韓国軍は、10月16日から1週間、北朝鮮沖で米韓合同軍事演習を行い、米軍の空母や潜水艦が北の近海を航行して威嚇している。米韓演習は半年ごとの定例的なもので、それだけ見ると大したことない話だが、これに「米国は数か月以内に北を先制攻撃するかも」という上記の考察を重ねると、米軍が軍事演習を口実に北の沖合に展開している空母(爆撃機)や潜水艦から、北を攻撃する本物のミサイルを発射する先制攻撃をやるかもしれない、という思考になる。軍事演習のふりをして本当に敵国を攻撃するのは、よくある戦争開始の方法だ。 (North Korea threatens ‘unimaginable’ strike on US after military drills) (The U.S. Navy Just Parked a Guided-Missile Submarine Right Near North Korea

 北は当然ながら、今回の韓米演習を大きな脅威ととらえ、米東海岸に届く核ミサイルの開発を最優先にしている。ブッシュ政権の2002年の「悪の枢軸」以来、米国から脅威を受け続けている北にとって、核ミサイルは、自国を守るために不可欠なものになっている。そのような北の主張には、道理がある。北は、中国から説得されても、経済制裁を受けても、核開発をやめるわけにいかない。韓国政府は1年以上前から、北の政府に対して交渉を提案するための電話を毎日2回ずつかけ続けているが、一度も受話器を上げてもらったことがないという。 (North Korean Official: We Won’t Negotiate Until We Can Strike US East Coast) (South Korea Phones the North Twice a Day. No One Answers

 トランプは大統領選挙中から就任直後まで、北と対話すると何度も公言していた。今年3月ごろから、敵視や「先制攻撃」に姿勢を転じ、北敵視を強めている。今後、トランプが北敵視をすっぱりやめて、再び対話姿勢に戻り、米韓軍事演習も中止すれば、北も姿勢を緩和する。だが、ブッシュ以来の3つの米政権に敵視され続けてきた北から見ると、米側が一時的に敵視をやめても、それがずっと保証がなない。そのため北は、核兵器の廃棄を求められても一切応じないと宣言している。 (North Korea suspicious of US intention to solve nuclear standoff: Analyst

 こうした状況は、すでにオバマ前政権時代にできていた。だからオバマは「戦略的忍耐」などと詭弁しつつ、8年間、北の問題に全く手をつけずに放置した。それがトランプになったとたん、米国は、敵視倍増の姿勢に転換した。敵視されるほど、北は核ミサイルの開発を急ぎ、米国や日韓にとっての脅威が急増している。国連安保理常任理事国(P5)以外の諸国の核兵器保有は国際法違反だが「トランプが威嚇するので核武装で防衛力をつけるしかない」という北の主張に説得性が出てきてしまっている。トランプは、北を強化してやっている。トランプがなぜ、北の脅威をわざと増大させる過激な敵視姿勢をとり続けるのか、北も不可解に感じており、北の在米の国連代表部の外交官が、米国の北専門家(Bruce Klingner)に接近して尋ねたりしている。 (5 Ways to Understand Trump's North Korea Talk) (North Korea taps GOP analysts to better understand Trump and his messages

 トランプはたぶん今後も過激な北敵視をやめない。トランプは最近、イランやロシア、キューバ、ベネズエラなど、米国が伝統的に敵視し続けてきた諸国のほとんどに対し、濡れ衣的な口実を総動員し、何が何でもという感じで、敵視する姿勢を加速している。敵視のやり方は幼稚なものが多く、米国の国際信用を低下させている。こうしたトランプの「敵視全面展開策」「ネオコン化」は夏以降のことで、まだ始動段階だ。トランプにとっての何らかの「成果」(=覇権放棄)があがるまで、しばらく続けそうだ。この状況下で、北朝鮮に対してだけ敵視をゆるめることは考えにくい。 (トランプのイラン核協定不承認の意味) (トランプの新・悪の枢軸

▼米朝戦争は韓国を壊滅させる

 トランプが北敵視を続ける限り、北をめぐる事態は沈静化しない。トランプは、今にも北を攻撃しそうなことを言い続ける。トランプが、北への先制攻撃を、言うだけでなく実際に挙行する日が来るのか。国際政治的に見ると、その可能性は低い。米軍が北を先制攻撃すると、北は報復として韓国を攻撃し、人口1千万人以上が住むソウルが大きな被害を受け、数十万から数百万人が最初の数日で死ぬ。北は建国当初から戦争用に作られた国家で、国民に対する結束・洗脳が強く、米軍の攻撃によって政府が機能停止しても国民が茫然自失せず、延々とゲリラ戦を続ける可能性が高い。地上軍どうしの戦闘になると、戦争は長期化し、1950年代の朝鮮戦争と同様、半島全体が壊滅する。北だけでなく、豊かだった韓国が潰れる。 (White House: "We Have Not Declared War On North Korea; That's Absurd") (Ron Paul: "How To End The Korea Crisis"

 03年のイラク戦争で、イラク国民の5%にあたる百万人が死んだと概算されるが、トランプが北を先制攻撃した後の朝鮮戦争の死者は、それよりはるかに多くなる。韓国は、米国の同盟国であるだけでなく、世界で11番目の経済大国だ。長く経済制裁された挙句に戦場にされたイラクやシリアとは(世界戦略を決める大資本家から見た)経済面の価値が大きく違う。米国の国際政治戦略として、韓国を壊滅させる戦争をやるシナリオはあり得ない。 (Dems ask Mattis: How many people would die in war with North Korea

 50年代の朝鮮戦争は、北が飛行機やミサイルを持っていなかったので、日本は被害を被らず、儲かる戦争特需だけ享受できた。だが今回は違う。日本にミサイルが飛んでくる。当たる場所が悪いと、何十万人かが死ぬ。 (McMaster Says US Has "Four or Five" North Korea Scenarios, "Some Are Uglier Than Others"

 北の軍隊は、米軍に追い詰められると、中国に逃げ込んで戦おうとするだろう。中国軍が、逃げてきた北の軍勢を国境で射殺しまくるだろうか?。中国政府は「米国がの先制攻撃で米朝戦争が始まった場合、中国は北の味方をする」と表明している。中国は、長く北の同盟国だっただけでなく、12年から政権を持っている習近平が5年ごとの党大会を経て権力を強化し、地域覇権国としてアジアの諸国から一目置かれる「正義」の存在になろうとしている。米国が北を追い詰めた挙句に先制攻撃する今後の侵略戦争において、中国が、被害者である北朝鮮の軍勢に味方せず国境で殺したとなれば、中国の「正義」が揺らぎ、発展途上諸国に対する信用が失墜する。中国が自国領に北の軍勢を受け入れると、米中戦争になる。これは、誰も望まない展開だ。 (A war between the US and North Korea is 'now a real possibility,' an influential British think tank warns

 精密誘導弾で北の兵器と権力上層部だけ破壊して、戦争は数日以内に米軍の完勝で終わり、韓国の被害も少ない、といった超楽観論を言うのは簡単だが、そうならない可能性が非常に高い。米軍の制服組の参謀たちは、戦争の予測不能性を熟知している。大失敗が最初から見えていたイラク戦争は、制服組でなく、シンクタンク出身の文民であるネオコンが権限を持ったために引き起こされた。だからトランプは、対露和解など初期の戦略を軍産複合体に潰され、好戦策に転換するに際し、マクマスターやケリーといった制服組を安保分野の要職につけた。彼らは軍産複合体の人だが、生粋の軍人なので、軍隊を苦しめる戦争をしない。 (Ron Paul Fears False Flag Looms, Urges Americans To Resist Deep State Push For War On North Korea

▼韓国が米国と縁を切っても自国を守りたいと思うまで北先制攻撃を言い続けるトランプ

 政治的、経済的に考えて、トランプは北を先制攻撃しない。だが、政治経済の道理を無視して、大統領が北への先制攻撃を米軍に命じることはできる。トランプは今後、今にも北を先制攻撃しそうな感じを強めていくだろう。韓国や中国や日本などの政府高官が「トランプが北を先制攻撃するはずがない」と高をくくっている限り、トランプは、道理を無視して北を先制攻撃する道を進む。そのうち、韓中日などの高官が「トランプは本気かも」と不安に駆られるようになる(すでになりかけているかも)。 (Moon Vents Korea Frustration by Asserting Right to Veto U.S.) (Is Trump All Talk on North Korea? The Uncertainty Sends a Shiver

 韓国の文在寅大統領は、今年5月の就任後しばらく「米国が北を先制攻撃する前に、韓国の了承が必要だ」と何度も言っていた。「北との戦争はない(韓国が許さない)」とも言った。その後、文はその手のことを言わなくなった。トランプから、先制攻撃しないとの言質をもらったのだろう。だが今後、トランプが北への強硬姿勢を増大させていくと、文はトランプを信用できなくなり、先制攻撃への反対を再び公言するようになり、米韓の亀裂が深まる。韓国大統領は、自国民を何百万人も死なせる可能性がある軍事作戦に反対せざるを得ない。 (The True Danger of the North Korea Crisis: It Could Cost America Its Allies) (South Koreans Feel Overlooked by U.S. in North Korea Debate

 9月の世論調査で、すでに韓国民の8割が、トランプの対北戦略は間違っていると答えている。トランプが先制攻撃をちらつかせるほど、韓国人はトランプを敵視するようになる。北朝鮮は先日、韓国のトランプ敵視の世論を扇動する目的で、風船を使って38度線の向こう側からソウル近郊に、トランプを非難する大量のビラをばらまいている。トランプが本気で先制攻撃しようとすると、韓国の反米世論が強まり、それに押されて文在寅は、米国との同盟関係を切ることも辞さない姿勢で、北への先制攻撃を阻止しようとするだろう。戦争で自国が壊滅するより、韓米軍事同盟を切られる方がましだ。 (North Korea’s nuclear test has left the South wanting nukes too) (North Korean propaganda leaflets declaring 'Death to old lunatic Trump!' dropped over Seoul

 トランプは安保面だけでなく、ご丁寧に、貿易面でも、韓国側を怒らせる米韓FTAの改定を求め、米国の利益を増大させる改定に応じないなら米韓FTAを辞めると息巻いている。トランプは、カナダやメキシコにも無茶な要求を出してNAFTAを潰そうとしており、それと同じ保護主義の戦略といえるが、韓国に対する場合、北への先制攻撃のゴリ押しと合わせ、韓国民のトランプ嫌いを扇動し、韓国を対米自立、在韓米軍の撤退、米国抜きの北問題解決の方に押しやっている。 (Trump’s Korean Trade Folly) (北朝鮮危機の解決のカギは韓国に) (NAFTAを潰して加・墨を日本主導のTPP11に押しやるトランプ

 韓国ほどでないが、日本も、北朝鮮との戦争に巻き込まれないよう、対米従属一本槍の国是を目立たないように変えていこうという動きになっている。安倍首相は9月28日、東京の中国大使館で行われた国慶節(中国の建国記念日)の祝典に、日本の首相として15年ぶりに出席した。安倍は、年内に、北朝鮮問題などをテーマに、日中韓3か国の首相会談を開き、来年には習近平・中国皇帝に訪日してもらう構想を持っている。 (Are China and Japan Moving Towards a Rapprochement?) (It's time for the leaders of Japan and China to trade visits

 安倍は、昨年までの中国敵視から、着実に、だが目立たないように、親中国・アジア重視(潜在的な対米自立)の方向に動いている。安倍は6月に行った演説で、中国の一帯一路構想に日本が参加し、一帯一路と日本のTPP11をつなげたいと画期的な発言をした。中国に配慮し、8月15日の終戦記念日には、38年ぶりに、現職閣僚が一人も靖国神社に参拝しなかった。 (中国と和解して日豪亜を進める安倍の日本

▼新中国帝国の皇帝になった習近平がプーチンと組んでトランプを抑止する。多極化への道に

 トランプは11月初旬に、日韓中国などを、大統領になって初めて歴訪する。これは、今後トランプが北敵視を強めて先制攻撃の寸前まで行く大芝居の最初の一幕になりそうだ。トランプは日本と韓国に対し、自分と一緒に北朝鮮敵視をもっとやれと求めるだろう。日本も韓国も、それを肯定しつつも、内心はおだやかでない。歓迎の笑顔は引きつっている。 (The US has an aircraft carrier drilling with South Korean ships to send a message to Kim Jong Un) (北朝鮮問題の変質

 トランプは日韓のあと中国を初訪問し、10月の党大会で「中国皇帝」(毛沢東並みの独裁者)となった習近平に対し、貴殿は国際的にも覇権力が増した(東アジアの皇帝となった)のだから、属国の一つである北朝鮮を抑えつけて核廃棄させてくれ、と求めるだろう。トランプは、習近平が独裁力を強める党大会の前の大事な時期に、ツイッターや発言における中国批判を控え、習近平が無事に独裁を強め、米国のために北を抑止してくれるように配慮していたと語っている。 (Trump expected to pressure China's Xi to rein in North Korea: officials

 北京でトランプに言われ、その場でずばりと返答するかどうかわからないが、習近平の返答は、北を押さえつける前に、まずトランプさん、貴殿の北に対する敵視と威嚇をやめなさい、さもないと何も解決しないぞ、というものだろう。そんなことを言われても、トランプは聞かない。習近平としては、どうやってトランプを抑えるか、という問題になる。 (The Real Reason Behind Trump's Angry Diplomacy in North Korea

 米国と韓国は、中国に、北核問題の6か国協議を再開させたい。だが中国は多分、もう6か国協議を開かないだろう。中国は米国に北問題の解決を主導しろと求められ、03-07年に6か国協議を開催し続け、いったんは北に譲歩を飲ませたが、その後、米国が中国(マカオ)と北の銀行や資金を凍結する意地悪を開始し、まとまりかけた話を潰している。中国の高官(傅瑩)は最近WSJ紙に、この件に関する米国への不信感を表明している。 (America is making life difficult for China over North Korea) (北朝鮮制裁・デルタ銀行問題の謎

 今後、中国が北問題の解決を主導するとしたら、それは米国から押しつけられた6か国協議の形でなく、ロシアのプーチンが9月に提唱した、中露共同主導の「5+1」の枠組みでやるだろう。6か国協議は、北が拒否している核兵器の全廃棄を目標にしているが、5+1はまず北を絡めた国際的な経済開発の話を進め、核兵器の話が後回しになっている。5+1の方が現実的な策となっている。 (プーチンが北朝鮮問題を解決する

 中露が北問題の解決を主導しても、トランプが北を敵視し続けている限り、解決は近づかない。これまで中露は、国連安保理常任理事国として、北への制裁に賛成しつつも、北問題で米国が悪いという決議を提案することを避けてきた。だが、習近平は党大会で、中国を2050年までに世界的な大国にするという覇権的な目標を掲げた。 (The 7 Key Takeaways From Xi Jinping's Vision For "A New Era" In China

 習近平の中国は、89年の天安門事件後に発せられた「米国に意地悪されても頭を低くして耐えろ」というトウ小平の訓示を卒業(破棄)し、米国と肩を並べる地域覇権国として振る舞うようになる。これまで単独で米国とやり合ってきたプーチンは、中国の台頭の決意を大歓迎している。今後、国連やその他の国際舞台で、中国とロシアが共同戦線を張り、トランプの敵視策を抑止・無効にしていこうとするだろう。北朝鮮だけでなく、イランやベネズエラ、ウクライナ、基軸通貨体制、安保軍縮など、多分野にわたり、中露が米国の覇権の間違った運営を是正しようとする傾向が強まる。 (All Hail Chinese Emperor Xi Jinping: Will He 'Make China Great Again'?

 北朝鮮問題も、こうした新たな枠組みの中で解決が模索される。トランプが北を先制攻撃する姿勢をとり続けることは、韓国を中露に合流させ(日本も隠然と合流)、中露主導・米国抜きの北問題の解決(5+1)を加速する。中露がどうやって軍事以外の方法でトランプの北敵視を無効化するかが見えてくると、今後の道筋がさらにはっきりする。今のところ、それはまだ見えていない。



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