イランを共通の敵としてアラブとイスラエルを和解させる2017年6月28日 田中 宇私が見るところ、米国のトランプが大統領として成し遂げたい目標は、世界中の国々の対米依存を減らすことだ。それは、世界に対する米国の関与を減らすことでもある。この点をふまえてトランプの動きを見ると、世界でいま起きていることが理解しやすくなる。東アジアでは、北朝鮮の問題が解決すると、韓国と日本に軍事的な対米従属をやめさせられる。東アジアで残っている強度の対米従属国は日韓だけだ。米国が北と和解する形で北の問題を解決すると、その後の米国は延々と北のわがままを聞かねばならず、出ていけなくなる。だから、トランプは北問題の解決を中国に押しつけている(中国も北を御せないでいるが)。 (トランプの東アジア新秩序と日本) 欧州では、英国のEU離脱決定とフランスのマクロン政権誕生後、独仏がEUの軍事や財政の統合を加速している。トランプは、地球温暖化対策のパリ条約を抜けたり、NATOの負担均衡化の問題で欧州諸国を非難することでEU側を怒らせ、独仏主導のEUが米国に愛想を尽かし、国家統合と対米自立を強めることを煽っている。EUの統合加速は、統合を内側から抑止していた英国の離脱決定後に起きているが、昨年の国民投票を煽って英国を離脱に追い込んだ英上層部の勢力と、トランプを大統領府に送り込む画策をした米上層部の勢力は、多分つながった同一の(隠れ多極主義の)勢力だ。 (EU統合の再加速、英国の離脱戦略の大敗) アジアと欧州はそんな感じだ。残るは今回の本題である中東だ。世界の対米依存を低減させるトランプの策が、いま最もダイナミックに展開しているのが中東だ。私の見立てでは、トランプの中東戦略は2段階になっている。1段階目は、イランを敵視するかたちでサウジアラビア中心のアラブ諸国と、イスラエルを結束させ、この結束を実現するために不可欠な中東和平(パレスチナ国家の蘇生)を実現することだ。 (軍産複合体と正攻法で戦うのをやめたトランプのシリア攻撃) そして2段階目は、イランを共通の敵としてサウジとイスラエルが和解し、中東和平が実現し、アラブやイスラム諸国とイスラエルとの敵対構造を消した後、イラン陣営とサウジ・イスラエル陣営が対立を解いて和解していくよう仕向ける。イラン陣営に対するトランプの敵視策は、アサド政権が化学兵器を使っていないのに使ったと言い続けるなど、露骨な濡れ衣策で、稚拙で脆弱な構造を持った戦略だ、この意図的に稚拙・脆弱なイラン敵視策は、稚拙・脆弱さゆえに、いずれ崩壊していく。サウジ・イスラエル陣営は、米国主導のイラン敵視策に依存できず、イランと和解せざるを得なくなる。過激な敵視策を稚拙にやって失敗させるのは、ブッシュ政権時代からの米国のお家芸だ。長くなるのを避けるため、今回の記事では、1段階目の中東和平のみを分析する(それでも長くなるが)。 (Trump‘s Red Line) ▼入植地拡大よりアラブと結束したイラン敵視の方が大事とイスラエルに思わせる イスラエル政界では「パレスチナ国家を蘇生させると、いずれイスラエル敵視の勢力になる」と主張して蘇生に猛反対し、パレスチナ国家の蘇生を不可能にすべく、西岸地域に無数のユダヤ人入植地を作ってしまおうとする入植者勢力が強力だ。パレスチナ国家への封じ込めを続けていると、イスラエルはイスラム諸国と和解できず、安全保障上好ましくない。入植者たちは、中東においてイスラエルに敵対しているイスラム諸国を、米国に軍事力を使って潰させることで、イスラエルの安全保障策としてきた。イスラエルの入植活動家の多くは米国出身で、米国の外交安保軍事の専門家(軍産、ネオコン)の多くがユダヤ人だ。イラク侵攻、イラン核疑惑のでっち上げ、シリア政権転覆の画策と内戦は、イスラエルの入植者勢力が米国にやらせたことだ。彼らは911テロ事件の自作自演にも関与した疑いがある。 (世界を揺るがすイスラエル入植者) (ネオコンと多極化の本質) イスラエルの入植者勢力に牛耳られていると、米国は、いつまでも中東の戦争や政権転覆の泥沼から出ていけない。米軍は「イスラエルの衛兵」のままだ。米国の世界関与を減らしたいトランプとしては、米国に対するイスラエルの依存(支配)をやめさせたい。オバマ前大統領も、中東への派兵を避け続けていた。イラク侵攻とリーマン危機以来、米国の覇権はかなり低下しており、イスラエルの上層部にも、米国に中東で戦争させて米軍をイスラエルの衛兵にする安保策はもう限界だという見方が増えている。 (Ehud Barak Warns: Israel Faces 'Slippery Slope' Toward Apartheid) (How Not to Botch a Peace Deal with Israel 101) (Jordan to Israel: Withdraw and you'll get security) このような中、トランプが放っているのが「イランの台頭を防ぐため、イスラエルはサウジなどアラブ諸国と結束し、イランに対抗する連合戦線を作るべきだ。それがイスラエルの安全確保につながる。アラブとの結束には、パレスチナ問題の解決、中東和平が不可欠だ。早く和平を進めろ」という主張だ。オバマ時代の米国は、シリア内戦への米軍の派兵を忌避し、シリア問題の解決をロシアに丸投げした。ロシアは、イランと組んでシリアのアサド政権を支援してテロ退治に成功した。ロシアは空軍、イランは地上軍(民兵団、ヒズボラ)でシリア政府軍を支援し、内戦が終わった今、イランはアサド政権に請われ、傘下の民兵団をシリアに長期軍事駐留させる態勢をとっている。レバノンもヒズボラを通じ、イランの傘下に入った感じだ。シリアとレバノンはイスラエルに隣接している。イスラエルにとって、イランは急に大きな脅威になった。トランプはそこを突き、サウジと結束してイランに対抗せよとイスラエルにけしかけている。 (よみがえる中東和平) (U.S. on collision course with Syria and Iran once de facto Islamic State capital falls) イスラエルの上層部(外交安保諜報界)では「イスラエルの安全を守るため、入植地の拡大を犠牲にしても、トランプの提案に乗ってアラブと組んでイランに対抗することを優先すべきだ」という意見が拡大している。イランの脅威への対抗という、新たな軸を据えたことで、これまでイスラエルの安全にとって必要だとされていた入植地拡大が、イスラエルの安全を阻害する要因に転換・変質した。こうした転換を引き起こせることから考えて、トランプ政権は、世界戦略の立案に関し、巷間言われている中傷論よりはるかに有能だ。トランプは5月下旬の中東歴訪でサウジとイスラエルに行き、イラン敵視の共同戦線を作ろうと両国を扇動し、そのためにはパレスチナ問題の解決が必要だ、とぶちあげた。 (よみがえる中東和平<3>) その後、トランプはサウジの若く無鉄砲なムハンマド新皇太子をけしかけつつ、米軍も動かして、イスラエルに対し、国家安全を高める2つのことをやってあげている。その一つは、今回詳述する、ガザの過激派ハマスを抑制することだ。もうひとつは、シリア南部に米軍やアラブ(ヨルダン)の軍勢を侵入させ、シリアとイラクの国境の交通の要衝アルタンフを占領し、イランがイラク(すでにイラン傘下の国)を通ってシリア、レバノンへと物資や軍勢を運び込む高速道路を断絶したことだ。シリア南部への米軍やヨルダン軍の侵攻は、シリア政府の許可を得ておらず国際法違反だが、イスラエルにとってはイランのシリア進出を米アラブがある程度抑制していることになり、ありがたい(対照的に、イランのシリア進出はシリア政府の要請を受けており合法)。 (サウジの新事態はトランプの中東和平策) トランプは5月のサウジ訪問の際、サウジの防衛相でもあるムハンマドに依頼し、イランを敵国とみなす「アラブNATO」を結成させている。その後、サウジのカタール制裁でアラブ諸国内が分裂してしまったため、アラブNATOへの参加を表明したのは今のところ、エジプトとヨルダン、UAE(アラブ首長国連邦)だけになっているが、トランプは、いずれシリア南部に駐留する米軍を撤退し、代わりにアラブNATO軍(ヨルダン+エジプト軍?)だけの駐留にしたいと考えているようだ。 (US Intervention in Syria at Crossroads) ▼06年の強制選挙でハマスを勝たせパレスチナを10年分断した米国 今回の記事は、トランプがサウジを誘ってイスラエルのためにやった上記の2つの動きのうち、ガザのハマス抑止に関して分析しようと思って書き始めた。「アラブNATO」やシリア情勢は後回しにして、今回はガザ・パレスチナ情勢を掘り下げる。 パレスチナ問題の頓挫は、イスラエルが1995年のオスロ合意でいったん2国式の中東和平に応じてパレスチナ国家が西岸とガザに創設されたものの、その後イスラエルが事実上オスロ合意を拒否したために起きている。オスロ合意は、イスラエルに、アラブ・イスラム諸国との和解をもたらす安全保障策として実行されたが、実際にはイスラエルとイスラム諸国の双方で、相手方を敵視し続ける勢力が合意後も強いままだった。結局イスラエルは、オスロ合意でイスラム側と和解して自国を安全にする策を放棄した。 (中東問題「最終解決」の深奥) イスラエルは、中東和平を放棄しつつ、01年の911テロ事件を誘発したりして米国を巻き込み、米イスラエル同盟がイスラム側と「第2冷戦」的に敵対する「テロ戦争」の新体制を作った。米軍をイスラエルの衛兵にしつつ、パレスチナ人をテロリスト扱いして、それを口実に西岸とガザの封じ込めや経済制裁、検問所設置による内部分断などを行い、パレスチナ国家を機能不全に陥らせた。 (パレスチナの検問所に並ぶ) さらに06年、ブッシュ政権の米国は「中東民主化策」の一環として、任期切れのまま選挙が行われていなかったパレスチナの議会に選挙をさせた。パレスチナに選挙をさせると、米イスラエルを敵視する過激派で野党のハマスが勝ち、親米的な与党のファタハが負けることが事前に予測され、アラブ諸国やイスラエルは選挙実施に反対だったが、米国は強行的に選挙をやらせ、案の定ハマスが圧勝した。ハマスを政権に就かせたくないファタハとイスラエルが結託して当選したハマスの議員たちを逮捕し始め、内戦的な事態になる中、ハマスはガザを占領し、ファタハが西岸のパレスチナ自治政府(PA)を維持する分裂状態となり、そのまま分裂が固定化し、10年間続いている。 (ハマスを勝たせたアメリカの「故意の失策」) (Palestinian legislative election, 2006 - Wikipedia) パレスチナ議会は06年から開かれておらず、PAのアッバース大統領も08年に任期が切れたまま居座っている。これらの不正を是正すると過激派ハマスに議会とPAを握られてしまうため「国際社会」はこの事態を黙認してきた。「国際社会」はハマスを過激派扱いするが、パレスチナ人の過半数はハマスを支持し、過激派でなく正義漢の集団だと思っている。その状況はたぶん前回選挙から11年たった今も変わらない。 (Hamas Pulls Old Israeli Trick in New Charter) ハマスは政治信条的に、ムスリム同胞団のパレスチナ支部である。同胞団は、国際共産主義運動からマルクス主義を取り去り、代わりにイスラム主義を入れたような国際政治運動だ。同胞団は、共産主義と同時期に、当時の中東知識人の中心地だったエジプトで創設され、すべてのアラブ(とイスラム?)諸国を、選挙(や武装蜂起)によってイスラム主義の政治体制に転換することを最終的な目標としてきた。同胞団は、独裁が多いアラブ諸国の全体で弾圧されてきたが、米国が911後に「中東民主化策」を強行する中で、人々の支持を拡大した。 (やがてイスラム主義の国になるエジプト) 米共和党のブッシュ政権は、主に武力で独裁を倒す中東民主化策を進めようとしたが、その次の民主党のオバマ政権は、市民の反政府運動をけしかけて政権転覆させる「中東の春」を扇動することで中東民主化を進めようとした。オバマの米国は、ムスリム同胞団を協力に後押しし、2011年にエジプトやチュニジアなどで独裁が転覆され、同胞団の政権ができた。だが、独裁アラブの盟主サウジアラビアの王政は、同胞団の台頭を、いずれ自分らを潰しかねない大きな脅威と感じ、エジプトの軍部にカネを出して13年にクーデターをやらせ、同胞団政権を潰し、エジプト軍司令官のシシに政権を作らせた。それ以来、エジプトはサウジの傀儡国になっている。 (サウジとイスラエルの米国離れで起きたエジプト政変) サウジがエジプトの同胞団を13年に潰した後、カタールが、他の諸国の同胞団に対する支援を強めた。カタールはGCC(ペルシャ湾岸アラブ産油諸国)の中では、UAEやクウェートと並ぶサウジの子分役だが、天然ガス産出で巨額資金を貯めこみ、以前から国際的にサウジと対抗することをやりたがる傾向が強い。カタールは14年から、ガザのハマスに対する資金援助を急増し、ガザの住宅やインフラ建設を進めた。ガザはイスラエルとエジプトにはさまれているが、エジプトは同胞団を倒したシシ政権がハマスを敵視し、ガザとの国境を封鎖している。イスラエルもガザを封鎖し経済制裁しているが、同時にエジプトやイスラエルは、200万人のガザ市民が飢餓状態になり世界的な人道問題となって自分らが国際非難されるのもいやだった。そのため両国はこれまでカタールのガザ支援を容認してきた。 (What Israel fears about Hamas and the Qatar crisis) 今回トランプが、サウジとイスラエルを和解結束させるために必要なパレスチナ和平を進めるに際し、パレスチナ側の西岸とガザ、ファタハとハマスの対立を終わらせる必要がある。分裂したままではパレスチナ国家になれない。ハマスはパレスチナ政界の多数派、もしくは少なくともファタハと並ぶ2大政党の一つである。ハマスを政治的もしくは軍事的に潰すことは、有効な選択肢でない。米イスラエルや、サウジエジプトのアラブ勢は、パレスチナの大政党としてのハマスの存在を容認するしかない。だが、ハマスがイスラエルを潰すことを目標に掲げるイスラム主義の政党で、ムスリム同胞団の一部である限り、米イスラエルとアラブは、ハマスを容認できない。米イスラエルに容認されているファタハは、非イスラム・世俗派の民族主義(旧左翼)の政党だ。 (As Qatar Crisis Rages, Egypt Gets Closer to Hamas) ▼ハマスを過激派でなくする そこでトランプ政権になって行われていることは、ハマスの政治信条を根本的に体質転換する試みだ。最初の動きは、まだサウジがカタールを制裁する前、まだハマスがカタールの傘下にいた5月1日、ハマスのトップ・・だったハリード・マシャルがカタールで記者会見を開き、ハマスの新しい政治要綱を発表したことだ。 (Hamas' new charter reveals a willingness to change) (Hamas accepts Palestinian state with 1967 borders) (没原稿:新たな交渉に向かうパレスチナ) 新要綱は、ハマスを、イスラム主義やムスリム同胞団でなく、パレスチナの民族主義に基づく民族解放組織と再定義している。旧要綱では、イスラエルとの戦いをユダヤとイスラムの宗教戦争と定義していた(これが反ユダヤ主義だと国際批判されてきた)が、新要綱ではイスラエルがパレスチナ人の土地を不法占領していることに対する戦いと再定義している。ハマスは、新要綱で初めてパレスチナ和平への協力を正式に宣言し、ファタハと和解してパレスチナ国家に参加することも盛り込んでいる。党内にまだ多い過激派に配慮して、旧要綱も廃止せず残し、新要綱と並立する形になっている。なかなか巧妙だ。 (Leading Hamas official says no softened stance toward Israel) (Why Hamas was not on the Saudi list of demands for Qatar) 当時すでに、ハマスとエジプトの和解交渉が始まっていた。カタールは、自国がハマスの後見役をしたまま、ハマスを米イスラエルエジプト好みに変質させ、トランプの中東和平策に協力しようとした。だが、5月下旬にトランプがサウジを訪問し、冒険主義のムハンマド皇太子の権力拡大を誘発した後、それまでカタールの動きを黙認していたサウジが急にカタールを制裁し始めた。この米サウジの動きの結果、カタールとハマスの縁が切れ、ハマスは今までよりさらにエジプト(サウジの傀儡国)の言うことを聞くようになった。 (Gulf States ‘target Hamas’ through siege of Qatar) 米イスラエルやサウジエジプトは、ハマスが過激姿勢を捨て、本気でイスラエルと和解する気がある組織に変質したなら、ハマスをパレスチナの正式な政党として認め、ハマスがパレスチナ国家の政権をとることを認めるつもりだろう。このシナリオに呼応して、ハマスは、米イスラエルやサウジエジプトが喜ぶような穏健な新要綱を出したが、この転換は見せかけだけで、いずれ中東和平が実現し、ハマスが次の選挙でファタハを破ってパレスチナの与党になったら、穏健姿勢をかなぐり捨て、イスラエル敵視に戻るかもしれない。イスラエルやサウジエジプトは、それを疑い、まだハマスを信用していない。 (What are Israel’s Liberman, Fatah’s Dahlan plotting?) (Hamas is feeling the pain of Qatar's crisis, and looking to Egypt for help) この問題を解決するため、ハマスとの交渉役であるエジプトが立てた戦略が、米イスラエルやエジプトのいうことを聞く(つまり傀儡の)パレスチナの元指導者ムハンマド・ダハランと、ハマスに連立政権を組ませ、その連立政権がガザを統治することだった。ダハランはガザ出身で、もともとファタハのガザにおける最高位の幹部だったが、06年の選挙後のファタハとハマスの戦いの結果、ダハランはハマスに負けてガザから追い出されている。 (Dahlan and Hamas) ダハランは、07年夏にガザを追放される前、米国の当時のチェイニー副大統領傘下のネオコン(エリオット・アブラムス)から資金援助を受け、ファタハの軍事部門を組織してエジプトで軍事訓練し、ガザでハマスとの内戦を始める準備をしていたが、ハマスにこの行動を察知され、対抗的にハマスがガザを占領してダハランらファタハを追放した経緯がある。つまりダハランは、ハマスを敵視する米イスラエルエジプトの傀儡人士である。ハマスが今回、エジプトの圧力を受けてとはいえ、歴史的な仇敵のダハランと、ガザで連立政権を組むことにしたのは驚きだ。この連立は、短期の便宜的なものであると考えられる。イスラエルやエジプトとしては、ハマスが信用できるかどうかを見極める「試用期間」だ。 (中東和平と戦争のはざま) (Liberman: We are ‘closer than ever’ to deal with Palestinians) ハマスとダハランは、ハマスが内政や治安維持、ダハランが外交財務や国境管理を担当することでガザを統治することにした。ダハランは、エジプトやUAEからカネをもらってきてガザの政府財政としつつ、エジプトとガザとの間の国境検問所を管理し、エジプトやイスラエルとの外交関係を担当する。それ以外のガザ内政はハマスの担当だ。ハマスとトダハランは、連立を組みつつ、パレスチナ自治政府(PA)のアッバス政権を追放することも宣言している。アッバスは、大統領としての任期が切れてから9年経っており、中東和平が進んだら選挙が必要だ。その選挙において、ハマスとダハランが組み、アッバス傘下の勢力を打ち負かしてPAの政権を取ろうとしている。ハマスの根強い人気と、ダハランがもたらす資金によって、ハマスとダハランはパレスチナ国家の選挙に勝つ可能性がかなりある。 (Hamas leader confirms alliance with Muhammad Dahlan against PA) ▼アッバスに自滅策をやらせてハマスをこっそり支援するトランプ このシナリオの中で、トランプは、どうやらハマス・ダハラン組を支援している。トランプはこの1ヶ月ほど、アッバスに圧力をかけ、パレスチナ人から嫌われることばかりやらせている。トランプは表向きハマスを敵視しており、アッバスに、ハマスを制裁するためガザへの電力供給を減らせと求めてやらせた。その結果、ガザは毎日長時間停電するようになって人道上の危機に陥り、アッバスへの非難が集中した。アッバスのPAは、イスラエルの監獄にいるパレスチナ囚人の家族に生活補助金を出してきたが、これもトランプの要求でアッバスは補助金打ち切りをやらされ、アッバスの不人気に拍車がかかっている。などなど、トランプは、パレスチナの有権者に嫌われる政策を、いくつもアッバスにやらせている。アッバスは前から不人気だったが、トランプのせいで、不人気に拍車がかかっている。 (Egypt sends fuel to power-starved Gaza, undercuts Abbas) (Can Trump Negotiate an Israeli-Palestinian Diplomatic Deal?) 今の流れが続くと、いずれハマスがパレスチナの権力をとることになる。この流れは、かつて1988年から95年にオスロ合意締結への流れが進んだ時、パレスチナの左翼過激派だったアラファトが、イスラエル敵視を放棄する代わりに亡命先のチュニジアから引っ張り出されてパレスチナの権力者に据えられた時と似ている。イスラエルは、いったんアラファトを信用してオスロ合意を結んだが、その後アラファトを信用しなくなり、パレスチナ国家を封鎖しつつ西岸に入植地を作りまくる現状となっている。 (BLAIR: NEED TO BREAK FROM PEACEMAKING 'THEOLOGY', SEEK REGIONAL APPROACH) アラファトを信用しきれなかったイスラエルが、今後はハマスのイスラエル敵視放棄の転換を信用するのか。そのような疑問は残る。だが、トランプの中東和平策は、イスラエルとパレスチナの和解だけでなく、サウジが主導するアラブ全体とイスラエルの和解を同時に進めようとしている。イスラエル側は、パレスチナ国家の蘇生より先に、サウジなどアラブ諸国がイスラエルと和解するプロセスをやらないとダメだと言い始めている。これをアラブ側が飲んでイスラエルと不可逆的に和解するなら、ハマスがイスラエル敵視を再開したら、ハマスの資金源であるアラブ諸国がそれをいさめてやめさせる構図ができる。アラファトの時より、イスラエルにとって安全策があるといえる。 (LIBERMAN: ISRAEL-ARAB NORMALIZATION FIRST, THEN PEACE WITH PALESTINIANS) このようなシナリオが、昨今の中東情勢からうかがえるのだが、実際の展開がどうなるか、どこかで何かの問題が引っかかって頓挫するのか、頓挫せず進むのか、ハマスとダハランの連立がどこまで持つのか、今後注目していく。イスラエルのデブカファイルは、中東和平の本格交渉が今年でなく来年に行われると書いている。 (Will Trump make a peace breakthrough in 2018?)
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