サウジの新事態はトランプの中東和平策2017年6月25日 田中 宇6月21日、サウジアラビアで31歳のムハンマド副皇太子が皇太子に昇格し、外交軍事経済を担当する国王の摂政として事実上の独裁者になった。サウジはこれに先立つ6月5日、湾岸産油諸国(GCC)の仲間として親密だったカタールに対して国交断絶の制裁を行い、それまでの慎重なサウジ外交の伝統を破壊して世界を驚かせたが、これはムハンマド新皇太子の決断だった。ムハンマドは、5月下旬にトランプがサウジを訪問して以来、トランプの支持によって権力が拡大していたようだ。ムハンマドの昇格と、カタールの制裁は、米国のトランプ大統領がサウジ側をそそのかしてやらせた。 (In Historic Shakeup Saudi King Removes Crown Prince, Names Son As First Heir) (Fear Is What Changed Saudi Arabia) トランプにとって、カタール制裁の目的は、カタールに、それまでやっていたガザのハマスへの支援をやめさせ、ハマスをカタールの傘下からエジプトの傘下に強制的に鞍替えさせて、イスラエルにとってのハマスの危険性を低下することだ。トランプがムハンマドを昇格させたのは、サウジを地域覇権国に仕立てたくて無茶をするムハンマドに、サウジとイスラエルとの国交正常化をやらせたいからだろう。サルマン昇格後、さっそくイスラエルの戦闘機部隊がサウジに招き入れられたと、イランの国営通信社が報じている(サウジと対立するイランによる虚報の可能性あり)。 (Gulf States ‘target Hamas’ through siege of Qatar) (Israel Deployed 18 Fighter Jets To Saudi Arabia To "Prevent A Coup": Fars) カタールが制裁された後、ハマスのシンワル首相はエジプトを訪問し、ハマスがエジプトの傘下に入る動きになっている。エジプトのシシ政権は、米イスラエルに信用(傀儡扱い)されているガザ出身の元ファタハの指導者ムハンマド・ダハランを引っ張り出し、ハマスに対し、ダハランと組むことを求め、ハマスはこれを受け入れた。エジプト案に沿って、ガザにおいて、ハマスが内政を担当し、ダハランが外交や国境警備を担当する体制が具現化し始めている。 (Hamas goes to Cairo) (Egypt Pressing Hamas To Accept Fatah Strongman Mahmamed Dahlan’s Involvement in Gaza) ハマスは、ガザ市民に圧倒的に支持されているため、ハマスを潰さずにガザの統治を担当させるのが得策だ。だが、米イスラエルやエジプトは、ムスリム同胞団だし武装する過激派であるハマスを信頼できない。このジレンマを解決するため、米イスラエルエジプトは、自分らの傀儡であるダハランとハマスをくっつけ、ハマスにガザの内政のみを担当させる新体制を作った。ダハランを資金援助してきたのはUAE(アラブ首長国連邦)だ。カタールに代わってUAEが、ガザの金づるになる。 (As Qatar Crisis Rages, Egypt Gets Closer to Hamas) (What are Israel’s Liberman, Fatah’s Dahlan plotting?) この体制が継続すれば、イスラエルにとってのハマスの脅威が低下し、イスラエルが中東和平(西岸入植地の縮小、土地交換によるパレスチナ国家の蘇生)を前進できる素地が増す。ダハランを引っ張りだす構想を何年も前から進めてきたイスラエルのリーベルマン国防相は、事態はこれまでになく和平実現に近づいていると述べている。リーベルマンは、イスラエルが中東和平を進める前に、サウジがイスラエルとの関係を正常化しろとも言っている。ここにおいて、ムハンマドがサウジの権力者になったことが生きてくる。従来のサウジの慎重な長老政治だと、イスラエルとは秘密裏につきあうのが限界で、おおっぴらな和解や国家承認など考えられなかった。 (Lieberman is too enthusiastic about Dahlan) (LIBERMAN: ISRAEL-ARAB NORMALIZATION FIRST, THEN PEACE WITH PALESTINIANS) イスラエル政界は極右が牛耳っている。リーベルマンは極右の一人だが、同じ極右の中でも入植地の無限拡大を最重視する入植者たちは、入植地の縮小を強いられる和平推進を強く拒否している。リーベルマン(や、かつてのシャロン首相)は、入植地の拡大よりイスラエルの長期的な安全保障を優先し、独自形式で中東和平を推進しようとしている。ネタニヤフ首相は、与党内の入植者勢力に配慮してか、今のところガザの新体制について態度を表明していない(閣僚には言わせている)。トランプ政権も、表向きガザの新体制と関係ない風情だ。だが、トランプはエジプトのシシ大統領を、自分の子分的な中東和平の推進役の一人と考えている。トランプ、イスラエル(リーベルマン)、サウジ、UAEが、ガザの新体制の黒幕である感じだ。 (Energy minister: Israel should restore full power supply to Gaza) (よみがえる中東和平) ▼多極化対応して地域覇権国になりたいが米軍産の忠告を信じて自滅しているムハンマド サウジではこれまで、初代アブドルアジズ国王の息子たち兄弟(スデイリセブン)が順番に王位を継承してきた。現国王のサルマン・アブドルアジズは、セブンの下から2番目だ。サウジでは数年前から、スデイリセブンの代(2代目層)でなく、早くその下の3代目層に継がせるべきだという主張が王室内で出ていた。現サルマン国王としては、3代目の代に継がせるなら、自分の息子(3番目の妻の長男)であるムハンマドに継がせたかった。だが、これまでの王室内の権力闘争の結果として、兄の息子(ムハンマド・ナイーフ)や、そのまた上の兄のお気に入りの腹違いの弟(ムクリン)が、サルマン就任時の副皇太子と皇太子として入っていた。サルマン国王は、それらの王位継承者を外していき、今回、トランプの後押しを受け、王室内の反対論を押し切って自分の息子を皇太子にした。 (Naming Bin Salman Saudi heir impacts US, Israel) (サウジアラビア王家の内紛) (Mohammad bin Salman) ムハンマド皇太子は、父親の現国王が数年前に副皇太子や国防相だった時から、父の補佐役としてサウジ政府内で経済や外交の政策立案にたずさわり、父サルマンが15年1月に国王になるとともに、軍事外交と経済の全般に関する権力者となった。サルマンは国王になった時から、いずれ自分が死んでムハンマドが王位を継承する時に備え、サウジの全政策の決定権をムハンマドに移譲していた。サウジの経済繁栄の大黒柱である国営石油会社アラムコは、ムハンマドの傘下で株式の上場を計画している。 (Saudi Reshuffle Could Completely Shake Up Oil Markets) (中東諸国の米国離れを示す閣僚人事) いずれサルマンが崩御し、ムハンマドがおそらく30代のうちに国王になると、その後、不慮の事態がない限り、ムハンマド国王の時代が30-40年も続くことになる。ムハンマドは、長期的なサウジの国家戦略を立て、それに沿って動いている。戦略の一つは、米国の同盟国としてふるまい続けながらも、世界の覇権構造の多極化を予測し、ロシアや中国と戦略的な関係を結んでいることだ。ロシアとは、石油ガス開発や国際原油相場の操作、兵器購入などで組んでいる。サウジの最大の石油輸出先である中国とは、石油ガス開発や兵器購入のほか、習近平政権の国際戦略である一帯一路(新シルクロード)の国際インフラ投資の枠組みに沿って、中国からサウジ経由してアフリカにいたる地域で巨額のインフラ投資を行なっている。一帯一路へのサウジの参加は、習近平を喜ばせている。サウジにおいて、プーチンや習近平との関係は、ムハンマドが一人で握っている。 (The Saudi Shake-Up is Good News for Russia and China) (Long-term US ally Saudi Arabia is fast becoming firm friends with Russia) (From Aramco to North Pole…New Generation in Saudi-Russian Cooperation) ムハマンドの国家戦略の2つ目は、米国が中東覇権の低下を見据え、サウジを中東の地域覇権国にすることだ。イエメン戦争、エジプトに経済支援する代わりにシシ政権を傀儡化すること、イラン敵視への固執、イランとの関係が強い国内シーア派への弾圧、GCCにおけるサウジの支配力を強めるためのカタール制裁などは、すべて中東におけるサウジの地域覇権を強めるためにムハンマドが主導してきた。だが、これらの多くは全く成功していない。 (カタールを制裁する馬鹿なサウジ) (Soft coup in Saudi Arabia) 失敗の理由の一つとして推測されることは、ムハンマドが米国の軍産系の勢力(シンクタンク、米元高官など)にアドバイスを受けながら戦略立案してしまっているからだ。米国の軍産系の勢力の中には、過激にやって未必の故意的に失敗してしまうネオコンの底流が根強く入り込んでいる。米国のアドバイスに沿って積極的な軍事戦略を展開すると、過激にやりすぎて失敗する。イエメン戦争が好例だ。イエメンはもともと、米国勢がフーシ派に対して過激な敵視策をやって失敗して撤退し、尻ぬぐい的にサウジがフーシ派と戦わねばならなくなった経緯がある。そこでムハンマドは間抜けなことに、未必の故意的に失敗した米国勢のアドバイスを受けて戦争を展開し、戦争の泥沼にはまってしまった。 (Saudi Arabia Vs Qatar: Middle East Controlled-Demolition Plan?) (米国に相談せずイエメンを空爆したサウジ) 今のサウジの、不必要に強いイラン敵視策にも、米国の軍産イスラエルネオコンの影響が入っている。長期的に中東の安定は、サウジ、イラン、トルコ、イスラエル(いずれエジプトも蘇生して入る?)の強国群(ミニ地域覇権国群)の間の均衡や談合によって得られる。ロシアや中国は、中東のこうした特質を見ぬいており、中東の強国群のすべてと良い関係を持とうとしている。対照的に、米国や英国は、中東を植民地的に支配する戦略で、サウジとイラン、イスラム諸国とイスラエルの敵対関係を煽り、それによって中東を分割・弱体化することで、支配を恒久化してきた。 (After Shocking Saudi Shakeup "Not A Question Of If But When New Escalation With Iran Starts") (Russia's Middle East Energy Diplomacy) 今後、米英の中東覇権が低下すると、いずれ敵対が解消されていき、強国間の均衡や談合が重視されるようになる。ムハンマドが30年後の中東を念頭に置いてサウジの戦略を考えるなら、イランをことさら敵視するのは馬鹿げている。私は昨年、ムハンマドが米国覇権の衰退を見据え、イランと和解していくのでないかと予測したが、今のところ見事に外れている。彼が米国覇権の衰退を見据えていることは、中国やロシアとの関係強化からみて確かな感じがする。だが、米国の覇権衰退後を見据えた戦略立案の際に、米国自身を自滅させた米国軍産勢力のアドバイスを信じたのは失敗だった。 (The tasks facing the new Saudi crown prince) (サウジアラビア王家の内紛) 中国とロシアは、多極化の萌芽が出てきた00年に、まず両国間の国境紛争をすべて解決した。中露は、両国の間に存在する中央アジア諸国への覇権をめぐって対立しないことも決め、中露と中央アジア諸国の関係を良くするために上海協力機構を作った。それ以来、中露は地域覇権国として協力し、大成功している(地域覇権諸国の中でも中国とインドは仲が悪いままだが)。上海機構には印パアフガンやイラントルコまで参加し、多極型の世界体制を象徴する国際機関になっている。サウジが多極化を見据えた国際戦略を立てるなら、米軍産でなく、中露に見習い、早くイランと和解した方が良い。サウジがイランと対立し続けるほど、米国に頼るサウジは失敗して弱くなる。 (China is trying to pull Middle East countries into its version of NATO) (State Dept Suddenly Takes Hard Line Against Saudis’ Boycott of Qatar) ▼トランプがムハンマドを昇格させ、サウジとイスラエルを和解させる しかし、若く乱暴なムハンマドは今後、トランプに引っ張られ、新たな方向に進んでいく可能性がある。トランプは、サウジとイスラエルを、両国が共有している「イラン敵視」の面を使って結束・和解させようとしている。イスラエルはこれまで、サウジなどアラブ側にイスラエルを敵視する傾向が残っている限り、西岸入植地を縮小してパレスチナ国家の蘇生を容認し、中東和平を進めても、蘇生したパレスチナ国家がイスラエルを敵視するだけなのでやりたくないと考えてきた。だが、もしアラブの盟主であるサウジが公式にイスラエル敵視をやめて和解するなら、アラブ全体の敵視解消につながり、イスラエルにとって大きな安全保障となる。イスラエルにとって、パレスチナ国家の蘇生容認が、十分に大きな見返りを得られるものになる。 (Hamas: War with Israel unlikely and relations with Egypt improving) この場合のサウジは、無鉄砲な改革者であるムハンマドが権力を持っている必要がある。今回皇太子を解任されたナエフは、サウジの伝統的な隠然外交を好んでいたので、彼が国王になったら、米国から強く求められても、イスラエルと公式に和解することに踏み切れないだろう。だからトランプは、5月下旬にサウジを訪問した時にムハンマドを高く評価してみせた。トランプは、サルマン国王に、ムハンマドにもっと権力を与えた方がいいと言ったのでないか。息子をほめられた父は当然喜び、トランプの求めに応じてムハンマドを皇太子に昇格させたと考えられる。 (Seeking Saudi friends, Israel must still bridge gulf with Palestinians) (Israel calls for Saudi Arabia ties and state visits) サウジがカタールを制裁する話も、サウジを訪問したトランプとムハンマドの間で話し合われていた可能性がある。サウジがカタール制裁を実施すると、トランプが、これは自分がサウジを訪問してイスラム諸国を集めてテロ退治のサミットを開いた成果だとツイートした。トランプは、カタール制裁を、自分がやったことであるかのようにツイッターで表明した。 (Why the campaign against Qatar is doomed) サウジによるカタール制裁は、ガザに異変をもたらした。これは中東和平を前進させる可能性がある。今回の記事の冒頭(予定要約)に書いたとおりだ。パレスチナ問題は複雑なので、ガザの話を書くと、延々と長く説明せねばならない。すでに長くなっているので、ガザの話は次回にする。冒頭に書かなかったが、最近シリアに米軍が侵攻していることも、イスラエルを安心させて中東和平を進めようとするトランプの策略と考えられる。それもあらためて書く。 (As ISIS Loses Ground, US Is on a Collision Course With Syria and Iran) (First Russian base for SE Syria - near US garrison)
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