米欧同盟を内側から壊す2017年1月20日 田中 宇今回も拙速なので要約なしです。最近まで、米国と、英独仏などの欧州諸国は、リベラルな社会体制と民主主義の政治体制、自由貿易の経済体制を共通の理念として持つ米欧同盟であり、この同盟体が、世界で最も豊かで強い集団であり、人類を主導してきた。NATOやG7は、米欧同盟を体現する国際組織だった。テロ戦争に名を借りたリベラル体制の規制や中東での相次ぐ濡れ衣戦争、自由貿易の世界体制を維持するための機関だったWTOに対する軽視など、米国が米欧同盟をゆるがす動きがあったものの、欧州諸国は米国に従属する関係を重視し続け、同盟が維持されてきた。 (Donald Trump: I’ll do a deal with Britain) (トランプの経済ナショナリズム) しかし、11月の米大統領選挙でのトランプの当選で、事態は一気に不透明になった。そしてトランプは、大統領就任が近づいた今週、英国のサンデータイムスと、ドイツのビルトという2つの新聞に書かせたインタビュー記事で、欧州諸国を相互に分断する方向の発言をさかんに行い、米欧同盟を内側から壊す策を強めている。2つのインタビューで顕著なことは、ドイツのメルケル政権に対する酷評と、それと対照的に、英国に対する経済面の厚遇(米英2国間の貿易協定の締結)という、独英への態度の大きな違いだ。トランプは、選挙期間中にも発していた、NATOを「時代遅れ」と批判する発言も繰り返している。 (NATO, Russia, Merkel, Brexit: Trump unleashes broadsides on Europe) トランプは、EUを「ドイツのための組織」と言い切り、英国がドイツのための組織であるEUから離脱したことは、国家主権を守る良い選択だと、昨年6月の国民投票で決まった英国のEU離脱を称賛している。今後、EUに加盟する他の諸国も、国家主権の維持のため、相次いでEUから離脱するだろうとの予測も発している。 (Trump interviews: what he said about Brexit, Putin, Israel, Syria ... and Twitter) EUがドイツが主導して他の加盟諸国の国権を剥奪する組織であるのは事実だ。だが同時に、冷戦後のドイツにEUを作らせたのは米国だ。米国の指導者が、EUをドイツのための組織だと暴露発言してしまうのは画期的だ。トランプは、英国を筆頭とした加盟諸国のEU離脱を鼓舞し、かつて米国自身が後押ししたEUを壊そうとしている(表向き、EUがどうなるか、崩壊するか延命するかに関心がないと言いながら)。 (Trump Slams NATO, Floats Russia Nuke Deal in European Interview) (Donald Trump takes swipe at EU as ‘vehicle for Germany’) トランプは、英独紙へのインタビューで、ドイツとEUは、シリアなどからの移民を大量に受け入れたメルケル首相の政策の失敗のせいで、ひどいことになっているとメルケルを批判した。また、ドイツ車は高性能だが、ドイツが米国に自動車を売ることに関して米国側の利得が少なすぎる(だってドイツ人はGMシボレー買わないだろと発言)、メキシコや欧州から米国に完成車や部品を輸出するBMWに35%の関税をかけるかもしれない、と保護主義な発言も放った。 (In Stunning Pair Of Interviews, Trump Slams NATO And EU, Threatens BMW With Tax; Prepared To "Cut Ties" With Merkel) これに対し、ドイツのガブリエル副首相は、もし米国がもっといい自動車を作れるようになったらドイツで売れるだろう(ひどい車しか作れないのに他国のせいにするな)とか、欧州の移民問題の原因は米国がシリア内戦やリビア破壊など中東政策で失敗し続けたからだ(まず米国自身のひどい中東戦略を自己批判しろ)と発言し、トランプを逆批判した(米国のトランプ支持のブログは、米国のひどい中東戦略はトランプの敵であるオバマやヒラリークリントンがやったことだと指摘)。 (Germany Slams Trump Criticism: Urges US To "Build Better Cars", Accuses Washington Of Causing Refugee Crisis) ガブリエル(Sigmar Gabriel)は左派政党SPDの党首で、今は右派CDUのメルケルと連立政権を組んでいるが、今夏の独総選挙ではメルケルのライバルとなる。SPDは、ドイツ人の反米ナショナリズムを煽って選挙に勝とうとしているようだ。トランプは、ドイツの左派に喧嘩を売り、極右(AfDなど)にはEU離脱やリベラル社会を壊せと鼓舞し、ドイツ左右両極の反米ナショナリズムを扇動している。一方で中道右派のメルケルは、自由貿易とリベラル社会を守るための長い戦いをすると宣言したものの、トランプと同じレベルでの喧嘩を避けている。 (Merkel Says She Is Ready To "Fight A Generational Battle" With Trump To Preserve Liberal Democracy And Trade) (German vice-chancellor Sigmar Gabriel says break-up of EU no longer 'unthinkable') 今夏の独選挙は、メルケルの勝算が意外と高いようだが、メルケルが勝ったとしても、ドイツ全体が対米自立していく傾向が加速する。トランプは、ドイツを対米従属から押し出し、米国のライバル国に押し上げようとしているかようだ。EUやユーロは今後しばらく破綻色が増すだろうが、ドイツが欧州最強の国であることは変わらないので、いずれドイツを中心にEUや通貨統合が縮小版として再生されていく。やがて生まれ変わるEUは、従前のEUと異なり対米従属でなく、自分らの国益を最優先にするだろう。ドイツは米英に気兼ねせず、勝手にやり出すようになる(今まで謙虚すぎた)。時代遅れなNATOを代替し、ドイツ中心の欧州軍事統合も進む。トランプは、ドイツやEUを多極化(対米自立)させている。 (How Angela Merkel divided Germany) (欧州の難民危機を煽るNGO) (英離脱で走り出すEU軍事統合) ▼米国との貿易協定で急に強気になった英国 トランプは、ドイツを自国のライバルに仕立てる一方で、英国を自国の「裏返った同盟国」にしようとしている。従来の米英同盟は、戦後世界の米国覇権体制を運営する(英国が米覇権の黒幕になる)ためのものだったが、今後の「裏返し同盟」は、米国側が主導するこれからの覇権体制の転換に英国が協力して国益を得るためのものだ。従来の英米同盟は反ロシアだが、今後のは親ロシアになっていく。従来はエリート支配だったが、今後は草の根の政治力を動員するポピュリズムだ(メイ首相は昨年10月の演説で、保守党のくせにエリートを非難し、労働者や中産階級のための政権だと言って大転換した)。米国は911以来、英国と疎遠にする姿勢を強めていたが、トランプになって米英ともに裏返った状態で再同盟しようとしている。昨年6月の英離脱投票は、米国の反エリート運動に飛び火してトランプ当選につながり、さらに米英裏返し同盟として英国に影響している。英米はこの2百年間、異なる位相で相互に影響を与え続ける共振関係だった。 (Trump's (and Putin's) Plan to Dissolve the EU and NATO) (多極派に転換する英国) トランプは、就任後できるだけ早くメイ首相に訪米してもらい、米英2国間の貿易協定を結びたいと言っている。すでに露払いとしてジョンソン外相が訪米してトランプと会った。英国の事実上の駐米大使であるナイジェル・ファラージ(EU離脱運動の指導者)によると、貿易協定は3カ月以内に結ばれる。トランプは、急いで米英貿易協定を結ぶことで、フランスやイタリアなどEU加盟各国の離脱運動を加勢している(EUを離脱すると米国と2国間協定を結べるぞとけしかけている)。 (Trump says Brexit to be 'a great thing', wants quick trade deal with UK) メイ政権は、今年3月までに離脱を正式にEUに申請し、離脱後の英EU関係を決める交渉に入るが、米英協定の内定により、英国は米国を自国製品の特別な市場として持つ見通しが立ち、EUとの交渉におけるメイの立場が急に強くなった。メイは、1月17日の演説で「EUと交渉しても、中途半端な協定しか結べないなら(対欧輸出が高関税になる)無協定の方が良い」と宣言した。他の加盟国の離脱を防ぎたいEUが、英国を見せしめ懲罰するための厳しい交渉姿勢を変えないなら、英国は経済的にEUから締め出される。それでかまわないとメイは宣言した。 (Theresa May says UK to leave EU single market after Brexit) 対EU輸出は、英国の輸出全体の半分を占めており、たとえ米国に無関税で輸出できるようになっても、それで代替しきれず、英経済は悪化する。だが、今後EUの解体色を増すほどEU側の混乱も大きくなる。もし英国がEUに残っていたら、EUからの悪影響を経済・政治・社会の全面で受け、もっとひどいことになっていたはずだ。EUの状況悪化によって、英国の離脱は「悪い判断」から「良い判断」へと変質している。これぞ国際政治のダイナミズムだ。今のEU崩壊は、昨夏の英国の離脱決定が引き起こした部分が大きく、今起きていることは英国の自作自演ともいえる。今回のメイの演説は、英国の支配層がEU離脱か残留かで内紛していた時期が終わって離脱でまとまったことを意味している感じだ。 (英国の投票とEUの解体) (英国が火をつけた「欧米の春」) 英国のハモンド財務相は、EUが懲罰的な態度を改めず無協定になった場合、英国は、これまでの欧風な福祉社会の国家体制を放棄し、法人税などを大幅に引き下げて欧州沖の「タックスヘイブン(租税回避地)」に変身(シンガポール化)し、EUから企業立地や投資を横取りしてEUの税収を激減させてやると最近宣言した。タックスヘイブンは、大英帝国が発明した「国際闇金融システム」で、英国の影響圏や航路が他の大国と接する海域の英国支配地の島(英仏海峡のチャンネル諸島、地中海のマルタやキプロス、米国周辺のバミューダやケイマンなど)に作られてきた。それが今や、英国本体がタックスヘイブンになる構想を、英国の財務相が表明する事態となっている。この表明が、本気なのか脅し文句に過ぎないかはわからないが、英国の支配層が何を考えているか考えるうえで興味深い。 (タックスヘイブンを使った世界支配とその終焉) (タックスヘイブン潰しと多極化) トランプとドイツの強まる敵対の中で、揺れているのがフランスだ。今年5月の仏大統領選の有力候補の一人である「極右」のマリーヌ・ルペンは最近訪米し、トランプタワー内のアイスクリーム屋で男たちとお茶しているところを写真に撮られている。ルペンはトランプ陣営と会ったに違いないと報じられたが、トランプとルペンの両側が会合を否定した。お茶だけしに行ったのか??。そんなはずはない。 (Le Pen seen but not heard at Trump Tower) (Marine Le Pen In New York For Unexpected Visit, May Meet Trump) 一方、仏大統領のもう一人の有力候補である中道右派のフランソワ・フィヨン(カトリックのナショナリズムを信奉)は、1月23日にドイツを訪問してメルケルと会い、経済や安保に関するEUの再編について話し合う予定と報じられている。フィヨンは、米英がEUから疎遠になった今こそ、EU(つまり独仏)が利害を再調整して強化する好機だと言っている。メルケルは、EUやユーロを離脱すると宣言しているルペンを敵視し、独仏でEUを再編しようと言っているフィヨンを応援し始めている。フランスは、5月の大統領選でルペンが勝つとトランプ陣営に、フィヨンが勝つとメルケル陣営(もしくはメルケルとトランプの橋渡し役)に入る。 (French presidential candidate Fillon says will outline EU plans to Merkel) (Fillon: The frontrunner for the French presidency's world view) (Is Liberal Democracy an Endangered Species?) ▼トランプが捨てた自由貿易世界体制の守護者になる習近平 1月17日-20日にスイスでダボス会議が開かれたが、トランプ陣営は誰も参加しなかった。トランプは、ダボス会議に招待されるような国際エリートたちを敵視するポピュリズムを使って権力を得ており、不参加は自然な動きだ。オバマ政権からはバイデン副大統領が参加し、プーチンのロシアが自由主義の世界体制にとっての最大の脅威と非難し、ロシアの脅威から欧米を守るNATOが重要だと表明して、親プーチン・反NATOなトランプを攻撃する演説を行った。ダボス会議は、トランプを敵視する「自由主義」陣営の集まりと化している。 (Trump Team Will Not Attend Davos: "Would Betray Populist-Fueled Movement") (Biden Lashes Out at Trump Over Comments on NATO) (Biden calls Russia biggest threat to international order) そんな今年のダボス会議で最も注目を集めたのは、バイデンでなく、中国の習近平主席だった。中国首脳のダボス参加は初めてだ。習近平は演説で、自由貿易の世界体制や経済のグローバル化を守っていこうと世界に呼びかけ、保護貿易的な言動を繰り返して中国との貿易摩擦を煽るトランプを、名指ししないかたちで批判した。自由貿易やグローバリゼーションに対する支持を世界に呼びかけるのは、もともと覇権国である米国の首脳に期待されていた言動だ。それが今や、米国首脳になるトランプが、自由貿易をないがしろにして、自由主義経済を信奉するエリート会であるダボス会議にも出てこない。自由貿易や自由主義経済を賛美して支持を呼びかける世界的な主役は、ダボス初参加の習近平に取って代わられてしまった。 (Xi Jinping delivers robust defence of globalisation at Davos) (Trump could be the best thing that’s happened to China in a long time) (中国の台頭容認に転向する米国) (見えてきたトランプの対中国戦略) トランプは就任後にTPPを破棄しそうだが、TPPに代わってアジアの貿易体制として席巻しそうなのが、中国主導のRCEP(中日韓+ASEAN+印豪Nz)だ。ダボスの発言だけでなく、アジアの現場においても、貿易体制の守護者は米国から中国へと交代しつつある。この交代劇を引き起こしているのはトランプだ。中国が米国から覇権を強奪しているのでなく、米国が捨てた覇権を中国が拾っているだけだ。覇権は強奪されて遷移するものでなく、押し売りや廃品回収や「ババ抜き」によって遷移していくものになっている。 (アジアFTAの時代へ) (多極化とTPP) (行き詰まる覇権のババ抜き)
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