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タックスヘイブン潰しと多極化

2013年5月25日   田中 宇

 G7諸国は、5月10日にロンドンで開いた会議で、世界各地にあるタックスヘイブン(租税回避地)が脱税の温床になっていると批判し、これまで誰が資金を預けているか非公開になっていたのを改善させ、タックスヘイブンを使った脱税を阻止していくことを決めた。タックスヘイブンの多くは、カリブ海やチャネル諸島、アイルランド、キプロスなど、英国と関係がある国や(元)保護領などだ(スイスやルクセンブルグが非英国系)。 (Offshore tax havens 'must crackdown on illegal evasion'

 タックスヘイブンでは、匿名性が高く低税率(もしくは無税)、非公開の銀行口座や法人を持つことができる。企業や大金持ちは、タックスヘイブンにある法人との間で取引を行ったことにして、本国の本社の利益を減らして本国で支払う税金を減らしたり、違法なやり方で儲けた金をタックスヘイブンの口座に送金して資金洗浄している。世界のタックスヘイブンに合計30兆ドルの資金が貯まっていると概算される。最近は、グーグルやアップル、スタバ、アマゾン、ゴールドマンサックスなど米国の有名企業が、アイルランドなど低税率の国に利益移転するやり方で米国での税金を逃れ、米政府の税務当局(IRS)がこれを容認していたので問題になっている。 (Google, Apple draw transatlantic ire over 'double Irish' tax haven) (Tax haven wikipedia

 リーマンショックまで約30年間、世界の金融市場は右肩上がりの傾向が続き、世界経済もおおむね好調だったので、先進諸国はタックスヘイブンの存在を黙認してきた。各国政府は、企業から税金をとることよりも、法人税を引き下げて企業を自国に誘致することを競争してきた。法人税率が低いアイルランドは経済発展の模範だった。しかしリーマン危機後、世界は金融危機と不況になり、先進諸国は経済と金融を救済するため財政を使い果たした。その結果、タックスヘイブンを使った企業や大金持ち個人の脱税(節税)が問題視されるに至った。 (Austerity exposes the global threat from tax havens

 特にEUの場合、投機筋からの攻撃によって金融危機に見舞われたキプロスが、タックスヘイブンであるため金融界の全体像がつかみにくく、EUが救済に難儀した教訓もある。また、ギリシャやイタリア、スペインなどの国債市場を攻撃してユーロ危機を起こした投機筋の資金に、英国系タックスヘイブンから出てきたものが多いことも、EU(独仏)にとって英国系タックスヘイブンを潰したい理由だ。 (Tax havens at the core of the Greek crisis

 タックスヘイブンは偶然できたものでなく、英国の国家戦略として発展した。第二次大戦後、英国は経済破綻の状態だった半面、米国は隆々と経済発展した。英国の政府と金融界は、バハマやケイマン諸島など、米国沖にある英国の(元)保護領に、米国企業がこっそり資金を貯められるタックスヘイブンを作り、そこに流れ込んだ米国の資金を英金融界が運営して儲けるシステムを作った。同様に、英国と欧州大陸の間にあるチャネル諸島などは、欧州の企業や金持ちが資金を隠せる場所として英国が用意し、その資金を英金融界が運営して儲けた。 (タックスヘイブンを使った世界支配とその終焉

 金持ちは、課税ややっかみを避けるため、資金を隠したがる。情報公開される拠点を作っても資金が集まりにくいが、非公開の拠点を作れば資金が集まる。タックスヘイブンは、潰れかけた英国が金融立国として延命するための隠れた大黒柱となった。同時に、英国の諜報機関(MI6)は、米国や独仏などの、どの企業や個人がタックスヘイブンをどのように使っているか把握して弱みを握り、米国や独仏の政財界をたらし込んだり脅したりする外交に活用してきた。英国系の勢力は、EU統合を邪魔するため、タックスヘイブンに隠した資金を使ってユーロ危機を起こしたりもした。

 タックスヘイブンは英国の世界戦略に多大な貢献をしてきた。それなのに今、英国自身が、自国で開いたG7会議でタックスヘイブンの規制を提唱せざるを得ないのは、EUが英国を外したかたちで政治統合を加速し、英国が反対してもEUがタックスヘイブンからの資金を違法化していくことが予測され、財政難の米国も、EUの動きに賛同しそうだからだ。EU主導のタックスヘイブン潰しに英国が協力しなければ、英国がタックスヘイブンを使っていかに悪いことをしてきたかを語る国際世論が形成されかねない。それならむしろ英国自身がタックスヘイブン規制を提唱し、実際の規制をいくらかでも骨抜きにした方が良い。タックスヘイブンの運用実態を最も熟知しているのは英国なので、骨抜きにするやり方も、他国に悟られずにやれる。 (UK deal on Caribbean tax havens boosts prospect of EU-wide crackdown

 タックスヘイブンは、英米系の投機筋が、最近のユーロ危機や、90年代のアジア通貨危機を起こす際に活用した「金融兵器」だ。タックスヘイブンが規制され、匿名性がはがされると、誰が金融危機を誘発したかわかってしまうので投機資金として使えず、金融兵器としての機能が失われる。これにより、EUや中国、ロシア、BRICSなど、米英の覇権に従わない勢力が、英米から金融攻撃されにくくなる。タックスヘイブン潰しは、世界が米英覇権から多極型覇権に転換するのを加速しそうだ。タックスヘイブンが規制され、裏にあった巨額資金が表に出てくることで、各種の金融相場に影響が出てくるかもしれない。 (Real Deal: Make Way for Killers & the Tax Haven Round Up

 その一方で、タックスヘイブンに巨額の隠匿資金があることは、米金融界にとって、リーマン危機後の債券金融システムの延命に役立ってきたとも考えられるが、だとしたらタックスヘイブンが潰されることは、米国の債券金融システムの延命が難しくなり、金融危機の再燃につながるかもしれない。どうなるか不透明だ。

 英政界では、国民投票をやってEUから離脱すべきだという声が強まっている。EUは英国の最大の貿易相手であり、EU離脱は英国にとって、政治的に気分がすっきりするかもしれないが、経済的には自滅である。与党の保守党内では、キャメロン首相が、EUと加盟条件を再交渉しつつEU内にとどまることを模索する一方で、再交渉などせずEUから離脱すべきだという勢力もおり、与党内の分裂がひどくなっている。EU離脱を提唱するイギリス独立党(UKIP)が人気を拡大し、保守党の反EU派に脱党を呼びかけている。 (How 'Brixit' Could Affect UK Business, Economy

 英国は、1960−70年代にEU加盟を決めたときもどさくさ紛れだった。今は逆に、どさくさ紛れにEUを離脱していきそうな勢いだ。EU離脱、冷えた米英関係の定着、タックスヘイブン潰し、スコットランド分離独立など、英国はここ数年、国家としての強さが急速に失われている。ロンドンで決めている金融指標は、金利(LIBOR)も石油価格も、ずっと前から大企業によって歪曲操作されてきたことが明らかになり、国際金融センターとしてのロンドンの地位を危うくしている。 (Petrol price 'rigged for a decade'

 英国が覇権をとってから200年維持してきた世界秩序は、近現代の世界(モダン)そのものだ。それが、英国が黒幕として動かしてきたはずの米国の世界戦略の911以来の暴走、BRICSの台頭などによって崩れている。EU統合など国民国家(近現代を象徴する国家体制)を超える試みもあり、多極化とは、歴史的な段階として、近現代の終わりを意味することになるのかもしれない。



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