暴かれる金相場の不正操作2016年4月19日 田中 宇金銀の地金の世界的な価格は、1919年以来、米欧の数行の大手銀行群がロンドン市場で毎朝、その日の自行の売買価格を持ち寄って決定してきた。この価格決定に参加する各行が、毎日の価格を実勢より低く提示し、金銀の相場を引き下げる不正操作を長期にわたって(1971年のニクソンショック=金ドル交換停止よりも前から)続けてきたという指摘が、以前から出ている。私もこの件で何度か記事を書いた。この不正操作がなかったらもっと得していたと主張する投資家たちが、銀行群を相手に、米英の裁判所で何件かの民事訴訟を起こしてきたが、証拠不十分などを理由に、いずれも敗訴している。 (操作される金相場) (通貨戦争としての金の暴落) (Banks Face U.S. Manipulation Probe Over Metals Pricing) 昨年2月には、米英スイスの政府当局が、この件で銀行群を不正の疑いで捜査し始めたが、当局がどこまで踏み込むか疑問視されていた。金相場が不正操作される理由は、今の米国(ドルや米国債)中心の国際金融システムが揺らぐほど金地金の価値が上がり、金相場がドルや米国債の健全性を示す指標だからだ。金相場を引き下げることで、ドルや米国債の健全性を実態より良く見せるという、不健全なやり方での健全性の誇張が行われている。やり方は不健全だが、ドルや米国債という「当局の価値」を守っているのだから、当局が金銀相場の不正操作を取り締まらなくても不思議でない。 (Deutsche Bank settles U.S. Gold, silver price-fixing litigation) 4月14日、この件で画期的な展開があった。ロンドン市場での金銀相場の値決めに参加していたドイツ銀行が、米当局(司法省とCFTC)の捜査に対し、金銀の相場を不正操作したことを事実上認めて和解取引(司法取引)に応じ、他の銀行群がどのように金銀相場の不正操作に加担してきたか、知る限りのことを当局に教えて捜査に協力するとともに、和解金(罰金)を支払うことにした。 (Deutsche Bank Admits It Rigged Gold Prices, Agrees To Expose Other Manipulators) 不正操作の疑いが濡れ衣であるなら、司法取引に応じず、法定で堂々と戦うはずだ。司法取引に応じるということは、銀行界の組織ぐるみで不正操作をしていたとドイツ銀行が認めたことを意味している。これまで、ディーラーなど個別の関係者が、銀行業界ぐるみの金銀地金相場の不正操作を暴露することは何度かあった。だが銀行が組織として、当局に対し、銀行界の組織ぐるみで不正操作を続けていたことを認めたことは、これが初めてで、この点が画期的だ。 (Deutsche Bank Confirms Silver Market Manipulation In Legal Settlement, Agrees To Expose Other Banks) またドイツ銀行が、自行と他の銀行の不正行為の詳細について、米当局に教え、操作の進展に協力することにした点も重要だ。これにより、米欧大手銀行が談合して金銀の地金相場を、何十年にもわたって不正に操作してきたことが、公式に確定していく可能性が高い。米欧当局が捜査を開始した後、民事訴訟の分野でも、銀行群に対する投資家による新たな裁判が提起されており、公式に銀行群が悪いとなれば、銀行は損害賠償を原告の投資家たちに払わねばならなくなり、銀行の利益がますます圧迫される。 (Gold Price Manipulation Class Action Brought On Behalf Of Canadian Investors) 世界の金銀価格を決定するロンドンの値決め制度は、英国覇権時代末期の1919年、当時世界で最有力の投資家だったロスチャイルド家の肝いりで開始され、毎日の値決めはロスチャイルドの事務所で行われていた。ロスチャイルドの銀行は04年まで値決め制度の中心にいた。金地金は古代から、71年の米国の金ドル交換停止まで、人類にとって最も根本的な金銭価値の体現であり、覇権国の通貨そのものであった。 (Gold fixing From Wikipedia) 1919年といえば第一次世界大戦直前で、英国は経済の悪化、ドイツや米国など新興諸国の追い上げ、植民地の独立傾向などにより、覇権体制(大英帝国)が破綻しかけていた。この時期に、金地金の価格決定の方法を、自由市場から、毎朝の有力銀行群による談合に切り替えたことは、当初から価格を不正に操作するための新体制づくりだった可能性がある。ドイツ銀行による司法取引は、百年に及ぶ覇権中枢での資産価値の不正操作を露呈することにつながる。 とはいえロンドンで毎朝、主要銀行が(今は電話会議で)集まって金銀価格の値決めをするのは、もはや過去の話だ。今でもこの値決め会合は毎日行われているが、これは見せ物的な形式として残っているにすぎない。昨年3月にやり方が全面的に代わり、その後は値決めの中心が、30秒ごとに電子的に算出される実取引に基づいた市場価格になっている。銀行群による毎日の値決め会合は、その市場価格を追認するだけだ。金銀地金市場を運営してきたロンドン貴金属市場協会(LBMA)は昨年3月、地金市場の運営を、米国の電子市場運営企業であるICE(Intercontinental Exchange)に委託し、市場を全面的に電子化した。昔ながらの毎朝の銀行間の値決めで地金価格を不正操作することは、もはやできなくなっている。 (金本位制の基軸通貨をめざす中国) (The London Bullion Market Association) 米国の元国務次官補のポール・クレイグロバーツらによると、11年9月以降、金地金相場の不正操作の中心はロンドンからニューヨークに移った。不正操作をやっている主体は民間銀行でなく米連銀(FRB)で、NYの金先物市場において、取引量が少ない夜中の時間帯を選んで、金相場を引き下げる動きが行われている。金相場は現物と先物の市場が一緒になっているので、先物相場を下落させると現物の価格も下がる。 (The Hows and Whys of Gold Price Manipulation Paul Craig Roberts) 米連銀のような立派な当局が相場の不正操作に手を染めるはずがないと考える人がいるかもしれないが、金相場の操作は当局にとって合理的な防衛策だ。ドルや米国債が不安定になるほど金相場が上がる仕組みである以上、金相場の上昇を止めることは、ドルや米国債の不安定化を顕在化させないという政策的な利点がある。連銀を筆頭とする米欧日の中央銀行群は、QE(量的緩和策)やマイナス金利策によって、金利(債券相場)や株価、為替などの金融市場を不正に操作し続けている。連銀が金相場を操作しても不思議でない。 (金地金不正操作めぐるドイツの復讐) 米連銀がNYで金相場を積極的に不正操作し始めた以上、ロンドン金相場の不正操作の体制は必要なくなった。ロンドンの不正操作体制は、時代遅れになった後、当局の捜査対象となった。時代遅れになったからといって、これまで何十年も黙認してきたロンドン金相場の不正操作を、捜査して不正を暴露する必要はない。米当局は、自分で新たな不正操作を開始した上で、古い不正操作の体制を犯罪として検挙するという、おかしなことをやっている。しかし、同様のおかしな構造が、金利と為替の不正操作に関しても、同時期に起きているとなると、これは単におかしいと言うだけでなく、それをやることに意味があるはずで、分析すべき対象になる。 金利の不正操作に対しては、英米の政府当局が12年夏から、英国の銀行間金利(LIBOR、ロンドン銀行間出し手金利)の日々の指標を、米欧銀行群が実勢より低めに不正操作していた疑いで捜査し、銀行群に対し、罰金などの懲罰を科している。LIBORは世界中でローン金利を決める際の基礎として昔から使われており、ロンドン金相場と同様、主要銀行が毎日自行の貸出金利を銀行協会に提出して算出されている。英国の中央銀行が08年のリーマン危機後、バークレイズなどの銀行に、LIBOR算出用に毎日提出する金利指標を低めにしろと圧力をかけたことまで報じられた。 (英国金利歪曲スキャンダルの意味) LIBOR指標の歪曲は90年代から行われていたと指摘されている。金融が不安定になると金利が上昇し、それを見た投資家が危機の発生に感づき、不安定に拍車がかかって金融危機になるが、LIBOR指標を歪曲することで、危機を顕在化させず、安定を維持しやすくなる。英米当局が捜査を開始した後、銀行界によるLIBORの不正操作はなくなったと考えられているが、同時期に米連銀が、市場に巨額の資金を供給して金利を意図的に低くするQEを開始した。LIBORの指標の不正操作に替わって、実際の金利を引き下げるQEの政策が始まったことで、引き続き金利が歪曲され続けている。 (Libor scandal - Wikipedia) 為替の不正操作は、米欧の銀行などの為替ディーラーが仲間内で巨額の為替取引を繰り返すことで為替相場を不正に動かしていたことで、13年夏に米当局が捜査を開始し、14年に捜査が一段落し、シティやHSBCなど米欧の大手銀行の多くが、罰金を取られたり、当局から不正を指摘されたディーラーらを解雇したりした。スキャンダル発覚後、米欧銀行は為替の不正操作をやりにくくなったが、同時期に米欧日の中央銀行群がQEやマイナス金利策によって円安やユーロ安を誘導する策を強め、民間銀行でなく中央銀行が為替の不正操作を主導する体制へと転換した。 (Forex scandal From Wikipedia) このように、金地金、金利、為替のいずれについても、古くから民間銀行界が当局の黙認や隠然指導のもとに行なってきた、金融システムを安定させるための超法規的な相場操作の慣行を、この数年間に米当局が主導して犯罪として捜査検挙してやめさせ、代わりに米連銀など中央銀行がQEなどの政策として相場操作をやるようになっている。 「当局が、民間企業による不正な相場操作を取り締まる」と書けば、それはどんどんやるべき「良いこと」である。しかし金融は、信用に基づく微妙な存在だ。投資家は臆病なので、相互信用のゆらぎが不必要な金融危機の発生につながりうる。それを防ぐため、必要に応じて金融界と当局が相場を微妙に操作歪曲する機能は、先進国の金融システムに必要なものだ。それを「不正」として取り締まることは、システムの安全を維持する装置を破戒することを意味する。 民間銀行界に替わって中央銀行自身がシステムの安全を守ることにしたのだから、それでいいじゃないかと考える人がいるかもしれないが、米欧日の中央銀行群によるQEなどの政策は、何兆ドルもの巨額の費用がかかっている。巨額費用といっても当局の要員がキーボードで数字を打ち込む(昔でいうところの造幣局の輪転機を回す)だけじゃないかと言うかもしれないが、通貨を過剰に発行する中央銀行群はその分、中銀自身の信用を消費している。現状を続けると、いずれ米欧日の中央銀行は信用を失墜し、民間金融界の危機でしかなかったリーマン危機よりはるかに大きな危機を引き起こす。 (◆万策尽き始めた中央銀行) 既存の民間銀行界による安全装置は、中銀自身が手がけるようになった安全装置より、はるかに安上がりでリスクも少ない。英国が、当局自身でなく民間銀行に安全装置(金相場やLIBORの操作機能)を持たせたのは、末期の覇権国(第二次大戦後は新覇権国である米国の政策立案を裏で牛耳る幽霊的な「影の覇権国」)で金欠病の英国ならではの、安上がりにすませる知恵だった。 「米国は直裁的で不正義なことが大嫌いなので、民間銀行界の必要悪的な相場操作を取り締まらざるを得なかったのだ」という、どこかで聞いたことがあるような解説もありうる。どこかで聞いたというのは、03年のイラク侵攻など、大失敗し続けた「中東民主化」「政権転覆策」「単独覇権主義」に対しても「米国は不正義な独裁や権威主義体制が大嫌いなので、中東の独裁政権を武力で転覆して強制的に民主化する策をどうしてもやりたかったのだ」といった解説が、当時マスコミによく出ていたからだ。しかし、プロ(政策立案者)が自分の業務(政策立案)に対して同じような稚拙な過ちを何度も繰り返すのは「故意」と同等視される「未必の故意」だ。米国は意図的に、英国式の効率の良い民間活用型の金融安定策を「不正」とみなして検挙して潰し、代わりに莫大なコストとリスクがかかる現在の中央銀行が全部やる方式に替えたのだと考えられる。 (イスラム過激派を強化したブッシュの戦略) (米国の政権転覆策の終わり) (米金融界が米国をつぶす) 米国はなぜこんなことをするのか。私の考えをひとことで言うなら、いつもの「隠れ多極主義」になる。ロンドン金市場は、米当局主導の捜査に対応した昨年3月からの出直し新体制で、値決めの銀行群の中に、中国の4大銀行のうちの2つ、中国銀行と中国建設銀行を入れている。米国から突き放された英国は、中国(つまり多極型の覇権体制)にすり寄っている。ロンドン金市場の不正操作がドイツ銀行の「転向」で暴露されていくことも、金地金をめぐるドイツと米国と英国の三角関係を考えると興味深い。このあたりのことは以前の記事にも書いたが、次回またこの件について続きを書こうと思っている。 (金地金不正操作めぐるドイツの復讐) (金塊を取り返すドイツ) (金本位制の基軸通貨をめざす中国) (人民元、金地金と多極化)
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