ふんばるギリシャ2015年6月30日 田中 宇6月22日、ギリシャのチプラス首相が、債権者側(EU、欧州中央銀行、IMFの「トロイカ」)に対し、消費税(VAT)の中心的な税率を23%に引き上げ、公的年金の給付開始年齢を67歳に引き上げる「緊縮財政策」を提案した。IMFやECBから借りた資金を返せないギリシャに対し、トロイカは、消費税率の引き上げや年金支払いの抑制によって政府財政を改善することで借金を返せと求めてきた。ギリシャは今年1月、トロイカの要求を拒否することを公約に掲げた左翼政党シリザのチプラスが政権を取り、トロイカの要求をずっと拒否していた。それが一転、チプラスが意外にもトロイカの要求を受け入れた。 (Greece offers new proposals to avert default, creditors see hope) ギリシャは、6月30日にIMFへの17億ドルの返済期限がきた。返さなければ「デフォルト」(債務不履行、国家財政破綻)だと喧伝されている。期限を前にチプラスは、トロイカから新たな救済融資をしてもらうために、これまでやったことがない譲歩をした、これでIMFに対するギリシャのデフォルトは避けられるかも、といった報道が流れた。 (Hopes for Greece bailout deal rise sharply as Athens gives ground) しかし、チプラスの譲歩は続かなかった。与党シリザの左翼が多数を占めるギリシャ議会は、チプラスの譲歩案に猛反対した。シリザは1月の選挙で勝つにあたり、消費増税や年金削減といった緊縮策をやらないと公約していた。チプラス政権は緊縮策の許諾について「公約は、電力料金を消費税率を上げないと言ったのであり、電気料の増税は今回の譲歩から外してある。年金支給年齢の引き上げは、年金の削減でない」などと弁解したが、議会は受け入れなかった。 (Greek government confident despite backlash over debt deal) (Knives out for Tsipras as Syriza hardliners threaten mutiny) 議会から圧力を受け、チプラスは6月26日、トロイカが求める緊縮策に賛成かどうかをギリシャ国民に問う国民投票を行うとを発表した。議会は国民投票に賛成し、投票は7月5日に行われることになった。可決されれば、消費増税や年金支給年齢引き上げなどが実施され、見返りにトロイカがギリシャに追加融資することに道が開かれる。否決されれば、ギリシャとトロイカの対立が続くことになる。 (Greece Invokes Nuclear Option: Tsipras Calls For Referendum) (Greek Parliament Votes In Favor Of Referendum) チプラスが6月22日にトロイカに譲歩してみせたのは、国民投票をやるための芝居だったようだ。チプラスはトロイカに「私の譲歩策は議会に受け入れられず、国民投票で民意を問わざるを得なくなった」と言い訳できる。EUは民主主義が建前なので、民意の明確な裏付けがあるものをトロイカは拒否できない。チプラス政権やギリシャ議会は、国民に、国民投票を否決するよう求めている。ギリシャで行われた2つの世論調査は、賛成票を投じる国民が多いと結論づけたが、これらの世論調査結果は怪しい。与党はトロイカが要求する緊縮策に反対であり、国民が緊縮策に賛成するなら国民投票などしない。ギリシャの与党は、国民投票が否決されると予測して動いている。 (Greek bailout referendum, 2015 - Wikipedia) トロイカの側は、国民投票での緊縮策の否決がギリシャのユーロ離脱につながると言っている。これは的外れな脅しだ。ギリシャの政府と世論は、トロイカへの借金を返さないままユーロ圏内にとどまることを求めている。トロイカからの借金は不正なものだと、ギリシャ人の多くが考えている。 (◆ギリシャはユーロを離脱しない) ギリシャが02年にユーロに加盟した後、高利回りを求めて巨額資金がEU各国からギリシャに流入してバブルとなり、11年にドル防衛・ユーロ潰しのために米英投機筋がそのバブルを崩壊させてユーロ危機を起こし、米国傘下のIMFが救済支援と称してギリシャを借金漬けにして、危機を長引かせている。IMFが貸した金は不正な策の道具なのだから返す必要などなく、むしろギリシャが受けた被害を弁償する意味で追加融資をする義務があると、ギリシャ人は考えている。 (◆革命に向かうEU) (Impoverished Greek City Stands With Alexis Tsipras) ギリシャは6月30日にIMFから借りた資金の返済期限が来るが、金がないので返済しないとギリシャ政府は言っている。マスコミは「デフォルトだ」と騒いでいる。しかし、IMFの手続きでは、債務国に貸した金が返ってこない場合、その国に対して「デフォルト」を宣言するのでなく「滞納国」の分類に入れることになっている。民間投資家に売った国債の償還日が来ても支払わないなど、民間に対する債務の不履行は民間経済の決まりとしてデフォルトになるが、IMFという国家への資金援助を目的とした公的機関と、国家との関係は、民間経済の決まりが当てはまらない。ギリシャがIMFに金を払わなくてもデフォルトにならないと、ブルームバーグ通信が報じている。 (Why It Won't Be a Default If Greece Misses IMF Payment Next Week) (Greece Will Default To IMF Tomorrow, Government Official Says) デンマークの銀行の今年3月時点の概算によると、ギリシャの国全体としての負債総額は3127億ユーロで、その3分の2は、IMF、EUの基金、ECB、EU加盟諸国といった政府系機関からの融資だ。ギリシャ危機発生後、海外の民間投資家によるギリシャへの債権が急速に減り、その分をIMFなど政府機関が肩代わりしている。ギリシャが金を返さなくて困るのは、IMFやEUであり、民間投資家にほとんど迷惑がかからないと、米JPモルガンも認めている。ギリシャ危機は、経済問題というより、IMFやEUとギリシャの間の政治問題だ。借金取りを政治戦略としているIMFから借りた金を返す必要などないというギリシャ人の主張はもっともだ。 (Here's who is most exposed to a Greek default) 国民投票が否決されたらEUがギリシャをユーロ離脱させるとも喧伝されているが、これまたユーロ潰し(ドル延命)を画策する(米連銀と米金融界の傀儡色を強めているECBなどを含む)米国系のプロパガンダだ。EU統合やユーロを定めている諸条約の中には、ユーロ圏やEUから加盟国が離脱する場合の規定が全くない。EUやユーロは統合方向のみのシステムで、離脱できない(しにくい)仕組みになっている。 (Europe tells Greeks - this is a vote on the euro) (Greece Threatens 'Unprecedented' Injunction Against EU To Block Grexit) (◆欧州中央銀行の反乱) もしギリシャがユーロ離脱をEUに申請したとしても、EU側が離脱のメカニズムを作るのに2年はかかると言われている。ギリシャはユーロを使い続けることを強く希望している。東欧や南欧に、そんなギリシャに味方する国も多い。重要事項の決定に全会一致が原則のEUが、ギリシャをユーロ圏から追放する決定をするのはまず無理だし、そのような決定を裏付ける規則すら何もない。ギリシャを強制的にユーロ離脱させるには強制離脱の手続きを作らねばならないが、それには何年もかかる。「泥棒を捕まえる前に縄をなう(というより刑法を定める)」必要がある。ギリシャのユーロ離脱は、ほとんどありえない。 (French assembly in dramatic appeal for Hollande to "stand at the side of the Greeks") ギリシャは6月末までにIMFに金を払わなくてもデフォルトしないのに、なぜチプラス首相は6月末を機にトロイカと土壇場の交渉劇や国民投票を挙行するのか。それは、チプラスやシリザが、この問題を大きな国際問題に発展させ、IMFとその傀儡と化したECBによる借金取り戦略が国際犯罪であることを、同じく借金取りの犠牲になっているスペインやポルトガル、イタリア、東欧などの諸国の人々に気づかせ、全欧的な政治運動に発展させ、EUをIMFや米国覇権の傀儡である状態から解放することをめざしているからだろう。これは、フランス革命以来の市民革命の伝統を持つ欧州ならではの、欧州の支配機構を対米従属から離脱させるための「革命」といえる。そして、以前の記事に書いたように、欧州の最上層部の中にも、EU統合推進のためにチプラスやシリザ、ポデモス(スペイン)などをこっそり応援する人々がいる。 (◆ギリシャから欧州新革命が始まる?) (◆革命に向かうEU) 米国がドル延命のためユーロ危機を起こしたり、ECBにQEをさせたり、NATO(軍産複合体)延命のためにウクライナ危機を起こしてロシア敵視を強めたりといった、米国による覇権延命策が長引き、欧州がその犠牲になる中で、欧州政界では、左派の政治家が反米傾向を強めている。最近はドイツの有名な左翼議員(Oskar Lafontaine)が「米帝国主義くそくらえ」と表明した。これは、米国の好戦的なヌーランド国務次官補が昨年ウクライナ政権転覆に協力しないEUを「EUくそくらえ」と述べたことに引っかけたものだ。 (Top German Politician Blasts Nuland & Carter: "F##k US Imperialism") (Many conflicts cannot be solved without Russia - German foreign minister) 米国が外交的(対露)にも経済的(IMF、QE)にも強硬策を強める中で、ギリシャは米国覇権の横暴(延命策)と立ち向かう経済面の政治闘争の最前線になっている。チプラスは、それを自覚して動いている。 (The Delphi Declaration) 日本は権力機構(官僚)が徹頭徹尾の対米従属で、安倍政権によるひどい言論抑圧が行われているとFTに指摘された日本のマスコミは、米国覇権に立ち向かうチプラスを批判したり「素人政治」と揶揄している。国際政治を把握するチプラスは、素人でなく、かなりの策士(革命家)だ。米国覇権がゆらいでも対米従属以外の策をとらない日本の官僚やマスコミの方が、国際政治の素人だ。日本のマスコミは、すっかり対米従属のプロパガンダ機関に成り下がっている。マスコミ志望の学生は、志望を他業界に変えた方が良い。 (Shinzo Abe accused of `emasculating Japanese media') ギリシャ危機はまだまだ続きそうで、次に危ないのは銀行業界の国際的な連鎖破綻だ。ギリシャの銀行閉鎖に連鎖して、欧州や日本で、銀行の株が急落した。先進諸国のゼロ金利政策の長期化で、銀行界は利ざやで稼ぐことができなくなっている。ゼロ金利は(ドル崩壊まで)ずっと続きそうなので、銀行は弱いところから順番に米欧日のあちこちで潰れたり消滅していく。ギリシャなどで金融危機があるたびに連鎖して破綻傾向が強まる(就活学生は銀行業界も避けた方が良い)。欧州の危機が、米国の債券金融システムの危機へと感染する兆候は今のところないが、その感染が起きると大変なことになる。米国では最近、準州(コモンウェルス)のプエルトリコが、事実上の財政破綻を宣言したが、米連邦政府は同州を救済しないことを決めている。 ("Contained" Greek Contagion Smashes Japanese Banks Lower) (Collapsing CDS Market Will Lead To Global Bond Market Margin Call) (The Next Round of the Great Crisis Has Just Begun) (White House says no federal bailout for Puerto Rico)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |