ウクライナ米露戦争の瀬戸際2015年2月9日 田中 宇2月6日、ドイツのメルケル首相とフランスのオランド大統領が、米国に事前に相談せず、突然にモスクワを訪問し、ウクライナ問題でプーチン大統領と5時間話し合った。独仏首脳はその後、ウクライナの首都キエフに飛び、ポロシェンコ大統領と話し合い、会談の途中で電話をモスクワのプーチンにつなぎ、ロシアとウクライナの停戦交渉を独仏が仲裁した。 (No breakthrough in talks between Hollande, Merkel and Putin) (Putin meets Merkel, Hollande behind closed doors in Moscow) これらの会談に成果があったのかどうか発表されていない(米英新聞の中には「失敗」と断定するものもある)。仏大統領は、ウクライナ東部で政府軍と親露派が対峙する交戦ラインに沿って幅50-70キロの緩衝地帯を設けて停戦を恒久化し、東部の親露派に大幅な自治権を与えることを会談で提案したと言っている。こうした案は、ロシアが要求してきた線に近い。ウクライナ大統領は、無条件で停戦したいと表明したが、どこまで本気かわからない。 (Hollande calls for broader autonomy for E.Ukraine) (Putin to join 4-way talks on Paris-Berlin Ukraine plan) (Merkel to meet Obama over Ukraine) メルケルは、昨春のウクライナ危機開始以来、今回が初めての訪露だ(オランドは今回の仲裁につながる動きとして昨年末モスクワを電撃訪問した)。独仏首脳が突然ロシアとウクライナを訪問したのは、米国がウクライナへの軍事支援を本格化しようとしているからだ。ケリー米国務長官は2月5日にキエフを訪問し、殺傷力の大きな兵器をウクライナに供給し、親露派に負けているウクライナ軍を武器支援と軍事訓練でテコ入れする話をまとめた。この先、米国からバイデン副大統領がキエフを訪問し、武器支援の協定を正式に決定する予定だ。 (Kerry Cementing Covert Deal of U.S. Arms Flow to Ukraine) (Hollande, Merkel go to Moscow to discuss Ukraine without consulting US - report) 独仏首脳のモスクワ・キエフ訪問は、ケリー訪問とバイデン訪問の間隙をぬって行われた。バイデン訪問でウクライナに対する米国の本格武器支援が正式決定してしまうと、ウクライナ内戦の停戦や和平が非常に難しくなる。ウクライナ内戦は従来、米国もロシアも本格的な軍事支援をしていない状況下で、親露派の優勢、ウクライナ軍の不利が続いている。米国が不利を巻き返すためウクライナ軍を本格支援すると、対抗してロシアが親露派への軍事支援を本格化し、ウクライナが米露戦争の場になる。 (Hollande, Merkel go to Moscow to discuss Ukraine without consulting US - report) (ウクライナ政府や米議会は「ロシア軍がウクライナ東部に侵攻している」と言い続けているが、根拠がない。ロシアからは無数の軍人が個人的にウクライナに越境して親露派を支援しているが、露軍の部隊が東部に越境侵攻した事実は確認されていない。ウクライナ軍の司令官も、露軍が侵攻してきていないと認めている) (Kiev Regime Confirms that Russian Invasion of Ukraine is a Hoax!) (ウクライナ軍の敗北) ウクライナに対する米国の軍事支援が始まると、最悪の場合、米露の軍隊がウクライナで直接交戦し、第三次世界大戦の様相を呈する。米国はNATOとして参戦するから、独仏はロシアと本格戦争せざるを得なくなる。独仏首脳は、この冷戦後最悪の危険事態を看過できず、米国がウクライナ軍事支援を開始する前にロシアとウクライナを和解させようと、モスクワとキエフに飛んだ。メルケルは2月9日に訪米してオバマ大統領と会い、ウクライナへの武器支援を中止もしくは延期してもらうよう、説得を試みる。 (Merkel Apparently Fears Devastating Defeat of the Ukrainian Army) メルケルは訪米に先立ち、2月6日に開かれたミュンヘン安全保障会議(NATOとロシアなどが参加する年次会議)での演説で、ウクライナ武器支援への反対を表明している。好戦派が席巻する米議会では、米国の戦略に公然と反対したメルケルを非難する声がわき上がっている。どんどん好戦的になる米政界の中で、オバマは自ら過激な好戦策を展開してそれを失敗させることで米国の好戦性を削ぐ戦略に転換している。この状況下、メルケルの説得は、ウクライナ軍事支援を1-2カ月延期するぐらいしかできないだろう。 (Europe And U.S. Clash Over How To Confront Putin On Ukraine) (ますます好戦的になる米政界) EUは全体的に、米国のウクライナ軍事支援に反対している。2月5日にブリュッセルで行われたNATOの会議で、参加したEU各国の防衛大臣のうち、条件つきで賛成したリトアニア以外のすべての防衛相が、米国のウクライナ軍事支援に反対した。ドイツの外相はミュンヘン会議で「米国のウクライナ戦略は、危険なだけでなく逆効果だ」と批判した。 (Top NATO General, European DMs Oppose US Plans to Arm Ukraine) ウクライナは、西部のウクライナ系と東部のロシア系という2つの民族が共存してきたが、米政府は数年前からロシア敵視策としてウクライナ系の反露的なナショナリズム運動を扇動し、昨春にはウクライナの極右勢力が親露的なヤヌコビッチ政権を倒して現政権を作ることを支援した。東部のロシア系(親露派)が分離独立を目指して決起すると、米政府は露軍が親露派を支援していると非難し、EUを巻き込んでロシアを経済制裁した。米欧マスコミはロシアを非難する記事を流し続けているが、実のところウクライナ危機を起こしたのは米国であり、ロシアはむしろ被害者だ。 (危うい米国のウクライナ地政学火遊び) (NATO延命策としてのウクライナ危機) (プーチンを強め、米国を弱めるウクライナ騒動) 欧州にはこうした経緯を知っている人も多いが、覇権国である米国に気兼ねして、EUは乗り気でないが対露制裁に参加してきた。しかし今後、ウクライナが米露戦争の現場になっていくと、EU諸国自身が戦場にされる懸念が増し、どっちつかずな態度をとっていられなくなる。米国がウクライナへの軍事支援を強行しようとする中で、欧州の世論は反米・親露的な色彩を強めている。米国の好戦議員たちは「プーチンが欧州人をたぶらかして反米にしている」と批判しているが、欧州人を反米に傾かせたのは、ウクライナに軍事支援して欧州で世界大戦をやりたがる米国の好戦議員たち自身である。 (Ukraine is only part of Putin's game plan) (Merkel and Hollande's surprise Moscow visit raises hopes of Ukraine deal) 人気取りの風向きに敏感な、次期大統領を狙うフランスのサルコジ前大統領は、対抗馬のオランド現大統領が親露的にウクライナ停戦交渉を仲裁するのを見て、負けじと「われわれはロシアと同じ文明を共有している」「米国がロシアに対して持つ利害と、欧州がロシアに対して持つ利害は異なる」と言い出し、自らも米国から距離を置き、親露的な態度を強調し始めた。少し前に「私はシェルリだ」と深刻ぶって叫んでいた風見鶏のサルコジ(やその他の仏文化人)は、今や「私はプーチンだ」と叫び出している感じだ。もう一人の仏大統領候補である極右のマリー・ルペンは、以前から親露・親プーチンの姿勢を明確に打ち出している。 (France Pivots To Putin, Cyprus Offers Moscow Military Base, Germany-US Splinter On Ukraine) (欧州極右の本質) 米国は今後もロシアとの(代理)戦争を激化し、EUにもロシア敵視を強めさせようとするだろうが、しだいにEUは米国の好戦策に賛成できなくなっている。先日の選挙で就任したギリシャのツィプラス新政権は、ロシアを追加制裁するEUの議案に反対し、全会一致を意志決定の条件とするEUは、対露制裁を強められなくなった。 (Alarm bells ring over Syriza's Russian links) ツィプラスは、EUやIMFから救済融資の条件として求められている緊縮財政の実施を拒否したため、EUなどから資金供給を止められている。ツィプラスは、EUが貸してくれない分(つなぎ融資)をロシアや中国から借りる可能性があり、そうなるとEUがカネでギリシャに言うことを聞かせようとする従来の借金取り戦略が効かなくなる。 (ギリシャから欧州新革命が始まる?) ツィプラスが率いる左翼政党シリザは、以前に決めた党是で、NATOからの脱退を目標に掲げている。ツィプラスは、同じギリシャ民族の(南)キプロスを誘い、親露的な姿勢に転じさせている。EU加盟国であるキプロスは、ギリシャにならい、EUの対露制裁に反対した。同時にキプロスは、国内の飛行場と港湾をロシア軍が使うことを初めて許可した。EU加盟国の自国の施設をロシア軍に貸与するのは史上初めてだ。 (Cyprus joins Greece in protest as more EU sanctions on Russia loom) (Russia military agreement in Cyprus) ロシアはギリシャ系の(南)キプロスだけでなく、トルコ系の北キプロスにも秋波を送っている。北キプロスは、トルコの肝いりで作られた国で、世界中でトルコにしか国家承認されていない。北キプロスの議員によると、ロシアが北キプロスを「国家的な組織」と認めて対話を開始する準備をしている。以前なら、このロシアの動きは、ギリシャと南キプロスの猛反対を招くところだが、今のギリシャは親露に転じ、ツィプラスは「ギリシャとキプロスは、ロシアと欧州が和解する橋渡しをする」と宣言しており、ロシアと北キプロスとの対話を容認しそうだ。 (Lawmaker Says Northern Cyprus Seeks Russia's Recognition to Build Dialogue) (Greek PM Says Greece, Cyprus May Become `Peace Bridge' Between Russia, EU) ロシアが北キプロスを半ば国家として認めて対話を開始することは、トルコを驚喜感涙させているはずだ。キプロス島はかつて英国の植民地(保護領)で、ロシアの南下を抑え、中東をにらむ東地中海の軍事的要衝だった。英国は戦後キプロスから出ていくときに島内のギリシャ系とトルコ系の対立を扇動して内戦を誘発し、英国軍が国連から金をもらって内戦の停戦を維持する口実で独立後の南キプロスに駐留し続けられる状況を作った。英国の策略で南キプロスは世界中から国家として認められ、EUに加盟したが、北キプロスはトルコしか味方がいない。英国やEUは、キプロスの対立を仲裁するといいつつ、トルコを一方的に悪者にすることで、逆に対立の構図を恒久化している。EUが仲裁する限り、キプロス問題は解決しない。 (トルコとEUの離反) (キプロス金融危機の意味) (EUを多極化にいざなう中国) そんな中、南キプロスがロシアに接近し、ロシアは返す刀で北キプロスにも接近し、キプロスの対立を仲裁しうる新たな勢力として出てきた。英軍が陣取る南キプロスに、歴史的な仇敵であるロシア軍が入ってくる。トルコは感涙してこの突然の展開を見ている。トルコのエルドアン大統領は、昨年の選挙で首相から大統領に転じて権力を握っているが、エルドアンを独裁者と揶揄する米国との関係がしだいに悪化している。 (Erdogan settles in as Turkey's strongman, constitutional change or not) (Turkey revokes passport of bitter Erdogan rival Gulen) トルコはNATO加盟国で、ミュンヘン安全保障会議に外相が参加する予定だったが、開催直前にイスラエル代表の参加が認められたことを非難して、会議への出席を取りやめた。今後トルコが急速に親ロシアと反米の傾向を強め、NATOから距離を置く可能性が増している。 (Turkish FM withdraws from Munich summit because of Israel) 米国がNATOを率い、EUを引っぱり込んでロシアとの戦争状態を強めようとしても、NATOではトルコやギリシャなどが反対して反米親露に回り、EUでもフランス、イタリア、スペインなど、ロシアに味方する国が増える。米国の好戦策に最後まで賛成しそうな国は、ポーランドとリトアニアぐらいだ。そうなっても米国は、ウクライナでの好戦策をやめないだろう。近年の米国は、好戦策が過激で自滅的とわかっているのに(隠れ多極主義的に)突っ走っている。今後の注目点は、EUが米国を説得して好戦策をやめさせられるかどうかでなく、ウクライナが困窮してEUの言うことを聞き、米国から求められる好戦策を棚上げするかどうかになっている。 (The Balkans are the soft underbelly of Europe) たとえ米国が3月からウクライナに武器支援を拡大しても、軍事訓練や準備に数カ月かかり、実際にウクライナ側に有利なかたちで内戦が再び激化するまでに何カ月かかかる。それまでが、EUに与えられた停戦交渉の時間になる。 (As Fighting Intensifies, U.S. Troops to Train Ukrainian National Guard) ウクライナはすでに経済的に破綻している。政府はIMFなどから借りた救済融資を返せず、債務不履行の状態だ。米国の好戦策によって昨年9月からの停戦の枠組みが崩壊するとの予測から、通貨フリブナの為替が2日間で50%下落した。 (Ukraine's currency just collapsed 50 percent in two days) ウクライナ政府は徴兵制を敷いて兵力を集めようとしているが、徴兵拒否や国外逃亡が相次いでいる。大統領側近が漏らしたところでは、たとえば西部の村で105人の徴兵対象者のうち93人が農作業の出稼ぎとして他の地域に出かけてしまい、3人しか徴兵に応じなかった。徴兵を担当する地域の委員会自体が、徴兵者の逃亡防止に協力しないところも多い。兵器も不足し、兵士の士気は低い。今年の2週間の親露派との戦闘で、戦死者が千人にのぼり、百両以上の戦車が破壊されたという報告書も出てきた。 (Poroshenko adviser leaks disastrous data about the fourth wave of mobilization) (Hackers Reveal True Number of Ukrainian Army Casualties) (Ukraine's Government Is Losing Its War. Here Is Why) 徴兵した兵士たちの逃亡を防ぐため、ウクライナ軍は後方に逃亡者を捕まえたり銃撃したりする部隊を置いている。兵士たちは、後方に逃げられないので前方に行き、親露派に投降しているという。 (Kiev used barrier squads to prevent troops from retreating - E. Ukraine militia) (Panic in Kiev?) ウクライナ政府は財政が破綻し、国民の戦意も落ちている。独仏やEUが提示する停戦案や経済再建策の内容が良いものだと、ウクライナは米国から求められている戦争激化でなく、EUから求められている停戦や東部の自治容認、国家再建の方を選ぶかもしれない。停戦や和解に至らず、ウクライナでの米露戦争がひどくなると、世界は非常に危険な状態になる。
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