アベノミクスの経済粉飾2014年12月15日 田中 宇12月14日の日本の解散総選挙で自民党が勝ち、来年はアベノミクス(日銀の円大増刷など)でさらに株高になるとの予測が出ている。公的年金基金は、日本の長期的な成長が間違いないとの考えに基づき、さらに株式を大量購入すると張り切っている。 (Japan's GPIF Bets on Abenomics-Driven Recovery) (Prepare for the coming Japanese boom) 株価の上昇が予測されるなか、株式を上場して大金持ちになろうとする企業経営者が列をなしている。12月の最後の11日間に28社が上場を予定し、今年の日本の新規上場総数はリーマン危機前の07年以来の多さの80社になろうとしている。原油価格急落の恩恵を受け、日本経済は不況を脱し、自民党は公約の景気回復を達成するという見方がマスコミで喧伝されている。 (Japan's 28 IPOs in 11 Days Give Abe a Lift as Startups Boom) しかし私が見るところ、来年も日本の金融バブルが膨張し続けることは間違いないが、実体経済の改善は期待しにくい。アベノミクスは、通貨の増刷で財政赤字の拡大を支えること(QE。マネタイジング)や、公的年金基金を使ってバブルを膨張させることなど、やってはならない不健全な政策が多い。赤字増による財政支出の拡大は箱モノ行政の公共事業などを通じて短期的な経済効果があるが、長期的な財政赤字増の悪影響の方が大きい。 (米国と心中したい日本のQE拡大) (崩れゆく日本経済) アベノミクスの中心政策は、通貨の増刷で金あまり現象を誘発する量的緩和策(QE)だ。QEは、短期的に株価を押し上げるのであたかも景気が回復しているかのような錯覚を国民に与えられるが、中長期的に金融バブルの崩壊につながる。QEは、企業経営者や金融投資家など金持ちの短期的蓄財だけが増し、それ以外の一般市民には長期的な悪影響の方が大きい。QEを先日まで断続的に6年間続けた米国でも同様の悪影響が出ている。日米とも、経済の中心である国内消費が不振なままだ。消費の不振は一般市民の生活が改善していないことを示している。 (揺らぐ金融市場) (Japan's GDP Worse Than Initially Reported) (The Retail Apocalypse Accelerates: Collapsing Holiday Sales Are A Signal That A Recession Is Coming) 米国には、マスコミの分析を軽信せず独自の考察を行う在野の経済分析者群がいる(日本にはほとんどいない)。彼らは、米当局が悪影響が大きいとわかってQEをやめた直後に日本がQEを急拡大したのを見て、日本は自滅する気か、と批判的な分析を展開している。第二次大戦末期にサイパン島で米軍に追い詰められた日本人が天皇陛下万歳を叫びながら崖から飛び降りて集団自決したバンザイクリフの故事をもじって、日本人は「アベノミクス」と叫びながら崖から飛び降りようとしていると書く者もいる。 (Japan's Lemmings March Toward The Cliff Chanting "Abenomics") 米国の在野の経済分析者は金本位制論者が多い。彼らは、債券の究極のライバルである金地金の相場を先物売りで抑圧する金融界の資金源になってきたQEをせっかく米連銀がやめたのに、日銀がQEを拡大して米連銀がやめた分を引き継いだため苛立ち、日本を批判しているようにも見える。 (Game over, Japan) (金地金の反撃) とはいえ在野勢力だけでなく、権威あるマスコミのFT紙も「日本経済を改善する方法はアベノミクス(日銀のQE)以外にいくつもあるはずなのに、自民党はアベノミクスしかないと言い張ってウソをついている、共産党以外の野党が対抗策を打ち出さないのも奇妙だ」と書いている。 (Japan's voters see no alternative to Abe and his reflation plan) 日銀がQEで作った大量の資金は、日本国内の株式市場を押し上げるだけでなく、円売りドル買いで円安を醸成しつつドルに転換され、米国の株や債券の相場を押し上げるとともに、先物売りを通じて金地金相場を引き下げる。日本株が値上がりするほど、金相場が押し下げられる相関関係が続いてきた。 (An Inside Look At The Shocking Role Of Gold In The "New Normal") 米欧諸国は外貨準備として金地金を大量に保有し、欧州諸国は米国に預けた地金の回収に躍起だ。中露もドル崩壊に備えて地金を買いあさっているが、日本の当局は、ほとんど金地金を持たない状態だ。金地金はドルに対する究極の対抗馬であり、対米従属を唯一の国是とする日本は、金地金を持ちたいと考えることすらタブーなのだろう。その埋め合わせを始めたのか、円建てで換算した金価格は、安倍政権になるまでの14年間上昇を続けていたが、安倍政権になってから最近まで1オンス13万2千円(1グラム4656円)プラスマイナス3%の水準でずっと横ばいが続いていた。 (Did The BoJ Quietly Peg The Yen To Gold?) (金塊を取り返すドイツ) 米国では、雇用統計や消費者物価などの経済指標が粉飾されている。実体経済が改善していないのに、政府の統計上は改善しているように見える現象が起きている。粉飾をいち早く指摘したのは在野の経済分析者たちだった。為替や金利も、金融界の談合によって、当局と金融界に都合が良いように不正操作されている。日本政府は対米従属なので、米国(お上)がやることは日本もやって良い。日本でも経済指標の粉飾が行われている可能性があるが、在野の経済分析者がほとんどいないので、それを調べる人がいない。日本では、金融バブルが拡大しているだけのアベノミクスの効果を、経済指標の粉飾によって政府が景気の本格的回復だと言いくるめ、マスコミに喧伝させ、国民に軽信させることが可能だ。 (揺らぐ経済指標の信頼性) (米雇用統計の粉飾) 08年のリーマン危機は、それまで20年以上、世界経済の最大の成長要因だった債券金融システム拡大の構図を破壊した。債券金融システムの全崩壊を許すと、世界経済はもっと大きな縮小になる。リーマン危機以来、最も重要な経済政策は、成長の構造をどう作るかでなく、金融システムを延命させることだ。安倍政権は、日本経済の成長構造を再生することを公約にしているが、やっていることは金融システムの延命だけだ。 (The Abenomics Devastation: Japanese Real Wages Decline For Record 16 Consecutive Months) (逆説のアベノミクス) 日本自身は、90年代のバブル崩壊後、国内金融界が高リスクの投資に走ることを禁じており、金融界に対するリーマン危機の悪影響が少なかった。日本は、自国の金融界に問題がないのに「お上」である米国を救うため、自滅的とわかっているQEを進んで急拡大している。自滅的なバブル拡大を、軽信的な国民が「経済成長の再生策」だと思い込んでいる。かつて天皇陛下万歳を叫んで集団自決したように、お上である米国を救うためアベノミクスで集団自決しようとしている、ともいえる。 (Freefalling Yen Levitates Equities Around The World) (Crashing Yen Leads To Record Number Of Japanese Bankruptcies) (日本経済を自滅にみちびく対米従属) アベノミクス(QE)によって膨張している金融バブルはいずれ崩壊するだろうが、それはいつなのか。米連銀が疲弊してQEをやめたら日銀がQEを拡大し、日銀が疲弊したら欧州中央銀行(ECB)がQEを開始するというリレー方式で、まだまだバブル拡大を続けられるという見方もある。EUでは、QEをやりたいECBのドラギ総裁と、QEをやりたくないドイツの意見が対立しており、来年初めに決着をつける予定のようだ。ドイツはECBに対して拒否権を持っているので、欧州のQEは本格化しないと私は分析している。 (ECB Draghi's QE Battle With Germany) (欧州中央銀行の反乱) 米議会は最近、大手銀行が預金をデリバティブで運用することを再解禁する法律を可決した。JPモルガンの政治圧力を受けた議会が、リーマン危機後の金融改革法(ドット・フランク法)の一環として禁じられていたのを再解禁した。米連銀がQEをやめた後のバブル膨張策(金融延命策)を、米金融界がデリバティブ運用の拡大で引き継ぐことにしたとも読める。 (The Global Bankers' Coup: Bail-In and the Shadowy Financial Stability Board) (Too big to resist: Wall Street's comeback) 対照的に、来年前半に金融バブルを崩壊させるかもしれない最大の懸念事項は、最近何度も書いているが、原油安を受けて米国シェール石油ガス業界に金融破綻が広がることだ。原油価格(北海ブレント)は1バレル60ドル近くまで下がったが、サウジアラビアなどOPEC産油国の多くは、国際価格より安く原油を売る動きを続けており、1バレル50ドルを割りそうだ。ブルームバーグ通信の最近の記事は、複数の石油関係者が「サウジは、OPEC外の非伝統的な石油産出勢力が潰れるまで原油安を続ける。彼らが潰れたら、サウジは原油安の策をやめる」と述べていると書いている。「OPEC外の非伝統的な石油産出勢力」とは、米国のシェール石油産業のことだ。サウジやクウェート、イラク、イラン、ロシアなどが結託して、米国のシェール産業を潰そうとしていることが確実になっている。 (Oil Price Hit by OPEC Numbers as Saudis Stand Firm on Output) (Oil prices crash 5 pct., hit 5-year low) (シェールガスの国際詐欺) 1バレル80ドル以下になると、サウジもイランもロシアも財政的に困る。だからOPECは、シェール潰しの原油安攻勢をなるべく短期間に達成したい。露のプーチンは、原油安の局面を半年から1年で終わらせられると述べている。サウジや露の思惑どおりになるなら、来年の前半に米国でシェール産業の債券や株が延命しきれなくなって急落し、米国のジャンク債市場で07年のサブプライム危機に似た金融危機が起き、リーマン危機的な大規模な金融危機に発展するおそれがある。金融界は債券システムを守るため、先に株を暴落させる可能性が高い。 (Paul Singer Blames The Fed For "Enabling" Income Inequality) (米シェール革命を潰すOPECサウジ) (中国の米国債ドル離れの行方) サブプライム危機は07年半ばに表面化したが、サブプライムの債券の価格を示すCDS(債券破綻保険)の料率は06年末から高騰していた。今回のシェール債券危機は、すでにCDSの上昇が始まっている。 (The Crude Crash Comes To Wall Street: Counterparty Risks Rear Their Ugly Heads Again) (Oil price fall sparks market turmoil) シェール債券の破綻を防ぐため、米政府が業界の救済に入り、大手石油会社に中小の石油産業を吸収合併させるとか、米連銀がQEを再開(QE4を開始)してテコ入れするといった見方が出ている。米連銀がQEを再開すると、一時的に株や債券が高騰し、おそらく金相場が一時的に再暴落する(ドルの潜在危機が続くので、金地金は暴落してもいずれまた上がる)。 (Could the US bail out its own Oil sector?) ("Massive Correction" In Energy Stocks Coming; Why The US Won't Bail Out Its Oil Industry) (陰謀論者になったグリーンスパン) 米連銀がQEを再開し、シェール業界が救済されると、サウジやロシアが望む短期間の米国シェール潰しが実現せず、原油安が長引き、米国でなくサウジやロシアの方が財政難に陥る。原油安は、米国とロシアなどとの地政学的な戦いであり、覇権構造をめぐる対立だ。米シェール業界が潰れず延命できた場合、ロシアやイランが危機になるが、長期的には米国も危機になる。QE再開で米連銀の勘定が肥大化し、ドルに対する国際信用のさらなる下落が問題になる。
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |