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揺らぐ金融市場

2014年10月21日   田中 宇

 先週、世界的に株価が大幅下落した。今週に入ってやや持ち直したが、今後も不安定な相場が続くとの予測があちこちから出ている。金融システムが脆弱化しているとか、株も債券もまだ高すぎるといった指摘もある。 (stocks and bonds still look expensive) (Jim Chanos: "The Lesson That Shaped My Understanding Of How Fragile The System Is") (Expect market to remain volatile for some time: Ashu Madan, Religare Securities

 株価下落の主因は、米連銀が10月末で量的緩和策(QE3)を終了することだ。QE3は、連銀がドルを増刷(電子的に発行)して米国債やジャンク債を買い支える策で、QEによって債券金利が低く抑えられて、企業や機関投資家が低金利で起債して資金調達できるので金あまり現象が続き、資金が株式市場に流入し、株価上昇が続いた。 (After QE: Taking off the stabilisers

 QEは、08年のリーマン危機以来ほぼ連続的に続けられてきたが、その副作用として連銀の勘定(会計規模)がリーマン危機前の1兆ドル未満から今では4・3兆ドルに肥大化した。連銀が買い支えている債券の中には、債券バブルが崩壊すると紙屑になるものも多く、勘定の肥大化は連銀の信用失墜につながる。連銀はQEをやめざるを得なくなった。QEをやめたら、債券市場の下支えが失われて株式市場への資金供給が減るとの見通しから、投資家の強気が失われ、株価の大幅下落が起きた。 (Markets and the Fed have to practise a new dance

 QEは企業の資金調達をやりやすくするので景気テコ入れの効果もあると米政府やマスコミは喧伝してきたが、米国の実体経済は悪いままで、今や米国では国民の15%にあたる4800万人が貧困水準以下の生活をしている。 (Over 48 million Americans live in poverty

 米国の大企業(S&Pの500社)は、02年時点で、調達した資金のうち50%を本業の投資に回し、15%だけを自社株の買い戻しに回していた。しかし今では、実体経済の景気が悪いので、大企業は資金の40%しか本業に回さず、30%以上を自社株買いに回している。企業の自社株買いは株価上昇につながり、株価が上がっているのだから景気は回復しているのだとマスコミが喧伝するという、金融だけの幻影的な景気回復が続いてきた。 (Buybacks: Money well spent?

 株価がぐらつき出すとともに、金融主導の景気回復感が薄まっている。オバマ大統領ら米政府高官は「米経済は回復基調が続いている」と言い続けているが、ゴールドマンサックスは、9月の消費の落ち込みや在庫増の傾向の減速を見て、米景気の回復基調は終わりつつあると分析している。金融市場は、政府やマスコミが喧伝する「おとぎ話」を信じ続けないと下落する、と揶揄する評論も出てきた。 (And The GDP Downgrades Begin: Goldman Slashes Q3/Q4 GDP) (Quote Of The Day: Central Bank Fairy Tale Edition

 株価の急落を受け、連銀がQEの終了や利上げ傾向への転換を延期するだろうとか、QE3をやめた後にQE4をやるはずだといった楽観的な予測が飛び交っている。連銀理事のひとりは、景気が再び悪くなりそうならQE4が必要だと発言し、別の理事はQE3の終了を延期すべきだと発言した。これらの発言によって、連銀内でQEの延長が検討されている雰囲気が醸し出され、株価が短期的に上昇した。しかし別の理事は、QE終了と金利上昇の転換は予定どおりやるしかない、遅らせるわけにいかないと表明しており、こちらが現実論だろう。QE4の話はおそらく、株価下落を一時的に止めるための口だけの作戦だ。 (St Louis Fed chief calls for taper delay) (Dow Surges 400 Points After Fed's Bullard Prevents Plunge With QE4 Bluff) (Stick to tapering and rates pledge, says Boston Fed chief

 相場が急落したら本当に大変なのは、株でなく債券の方だ。株は民間だけのもので、民間経済が回復すれば株価もいずれ回復する。対照的に、債券は市場の崩壊が進むと最終的に米国の力の源泉である米国債の下落になる。米国債が破綻したら、世界的な覇権構造が不可逆的に転換し、米国は二度と覇権国に戻れず、米国債とドルが全ての富の原点に位置してきた戦後70年の歴史が終わる。 (Bulls run for the exit

 購買力平価で測定した経済の規模において、これまで世界一だった米国は、今年中に中国に抜かれる見通しだ。経済で世界最大の国は、米国から中国に代わる。(同様に、日本はインドに抜かれて世界第4位に転落した) (The world is defecting to the East

 IMFは、米欧経済が予測より早く衰退し、世界の経済的な中心がBRICSに移ると予測する報告書を発表した。欧州中央銀行は、備蓄通貨の中に人民元を加え、人民元の国際化が早く進むことを歓迎すると表明している。これらの動きは、こんご米国債のバブル崩壊が起きたら、それが世界的な経済覇権構造の不可逆的な多極化につながりそうなことを示している。 (Welcome to the new world order) (China Welcomes ECB Yuan Debate in Internationalizion Push

 米国債の相場は今、非常に高い。相場の逆関数である利回り(10年もの)は一時期2%を割った。連銀や金融界は、米国債相場を守るために株式相場の下落を看過したとも読める。株が下がると資金が米国債市場に逃避し、米国債の相場が上がる。2011年に米国債が格下げされたときも、その直後に債券でなく身代りに株式の相場が急落し、米国債市場の崩壊が防がれた。 (格下げされても減価しない米国債

 しかし構造的に見ると、今の米政府は、毎年の財政支出が、税収を中心とする財政収入を恒常的に上回っている。実体経済の景気が悪いので税収はこの先も増えにくく、今後も支出が収入を上回る状態がずっと続きそうだ。支出と収入の差額は、米国債の発行で埋められる。国債は、いずれ返済する前提で発行されている。しかし、政府の支出が収入を恒常的に上回っている米国では、満期がきた国債が借り換えられるだけで、本質的に返済されず、国債の累積発行額は増え続ける。 (This Will Make 2008 Look Like a Picnic

 所得より支出が多く、借金が増え続ける人や組織は、最終的に破産する。米政府も例外でないはずだが、特別な政治力を持つ米政府は借金が増え続けても破綻しないという「神話」が席巻している。この神話を維持する方法の一つが、連銀のQEだった。QEによる金余り現象は、米国債金利の低下を引き起こし、米政府が国債保有者に支払う金利の額を減らしてくれる。同時にQEは投資家に「米国債の相場が下がりかけたら必ず連銀が買い支えるので、米国債は安全な投資先だ」という安堵感を与え続け、国債利回りの低水準を維持する。

 しかしQEは同時に、社債を含む債券市場の発行総額を増やしている。リーマン危機前に82兆ドルだった米債券市場の総額は、今や100兆ドルを超えている。実体経済が拡大していないのだから、この増分はいずれ崩壊する金融バブルだ。投資家が米連銀を信用している間は、バブル崩壊が先送りされ続ける。しかし、投資家の間に連銀やQEへの不信感がつのると、連銀がいくら買い支えても債券の利回りが下がらず、債券のバブル崩壊が起きる。 (Why Is the Put-Call Ratio (Fear Gauge) Higher Than in the Lehman Collapse of 2008?

 先週の株価急落の際、投資家が株を買うための資金調達に困窮する流動性の危機が起きた。金あまりなはずなのに、資金調達に苦労するのは、投資家の間での相互不信や、金を貸す側が市場の先行きに懸念を持っているからだ。金あまりなのに借りられない事態が頻発するようになると、リーマン倒産の時に起きた金利上昇、市場の信用不安、バブル崩壊が現実になる。 (Liquidity nightmare blamed for crazy market moves

 先週の株価急落時に、このバブル崩壊の地獄の割れ目が短期的に開いたことになる。米国では、著名な「専門家」の全員が、近いうちに金利が上昇すると予測している。金利の上昇は、債券崩壊の接近を意味する。 (Markets are parched for liquidity despite a flood of cash

 世界の中央銀行は、米連銀だけでない。日銀や欧州中央銀行(ECB)もある。しかし、米国以外の先進諸国の中央銀行は、いずれもQEに横並びの金融緩和策をすでにやっており、これ以上米連銀を助けられない。中国などBRICSの中央銀行は、米国を守るよりも、脱米的な多極化を進めることへの関心が増している。QEを5年以上も続けて疲弊している米連銀には、もうあまり余力がない。米当局が次のバブル崩壊への対策に出せる力は、リーマン危機の時よりもかなり減っている。これは非常に危険な事態だ。 (What Options Are Left For Central Banks?

 米国では民間の大手銀行が、かなりの勢いで米国債を買っている。おそらく連銀に余力がないため、金融界全体として米国債を買い支えないと債券崩壊が起きかねないのだろう。今後崩壊しかねない米国債を今の時点で買いあさるのは、大地震が予測される時に高級なグラスや瀬戸物の食器を買い集めているのと同じだ(地震がきたら全て破壊される)と、評論家が揶揄している。次のバブル崩壊が起きたら、米の大手銀行も潰れていきそうだ。 (Forget Ebola - Here's Why US Banks Are Now Extremely Vulnerable



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