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欧州極右の本質

2014年6月4日   田中 宇

 5月22日から25日にかけて、EU各国で5年に一度の欧州議会選挙が行われ、多くの国でEU統合に反対する中道右派や極右の政党が躍進した。欧州議会は、各国から主権を奪って政治経済統合を進める超国家機関EUの議会で、751の総議席を人口比で各国に配分している。最多の96議席を持つドイツでは、EU統合反対を掲げる新党「ドイツのための選択肢(AfD)」が初めて議席(7議席)を獲得した(第一党はドイツの国政と同様、メルケル首相のキリスト教民主社会同盟で29議席を獲得)。EUの盟主であるドイツで反EU政党の躍進は、今後のEU統合にとって暗雲だ。 (Conservatives win EU vote in Germany, while euroskeptics make major gains

 欧州議会の国別で2番目に多い74議席を配分されているフランスでは、反EUや反移民を掲げる極右の国民戦線が24議席(28%)を獲得して第一党になり、国政で与党の社会党は13議席(16%)しか得票できなかった。3番目に多い73議席の英国では、首位が国政で与党をしている保守党(27%得票)だったが、反EUを掲げる独立党が24議席を獲得して第一党となり、国政の2大政党である保守党(19議席)と労働党(20議席)を引き離した。独立党は現在、英国政の中心である下院で議席を持っていない。2大政党が政権をたらい回しして上層部が国策を維持できる「2党独裁」ともいうべき近代百年の英国の政治制度に亀裂が入った(独立党の主な勢力は保守党からの分派であるが)。デンマーク、ルーマニア、オーストリア、ギリシャでも、極右や右派の反EU政党が20%以上の得票をした。 (Results of the 2014 European elections - European Parliament) (European Parliament election, 2014 - Wikipedia

 欧州議会は、保守派(EPP、欧州人民党グループ)、左派(S&D、社会民主進歩同盟)といったように、似た主張の議員たちが出身国を超えて全欧的な会派を形成する会派制をとっている。極右など反EU政党は、各国から国家主権を奪って権力を拡大するEU統合に反対するナショナリスト(EUより、自国の国家主権を優先したい人々。国民主義)であり、社会主義やキリスト教といった国際運動に立脚している左派や保守派に比べ、全欧的な会派の形成が難しい。極右や反EU政党は、これまで何度か欧州議会の会派を結成したことがあるが、各国政党間の調整が難しく、いずれも短命に終わっている。 (`Political earthquake': Euroskeptics surge in EU elections

 超国家組織EUの意志決定機関である欧州議会の会派制は、当然ながら、国家や国民の主権を軽視する構図になっている。そもそも、国権を剥奪して作られた欧州議会に、国権を重視する国民主義(極右)の人々が当選して活動する出発点からして矛盾を含んでいる。国民主義者を「極右」に分類するEUの政治区分自体、EU統合が「善」で反統合の国民主義が「悪」だとするEU当局の価値観の押しつけが含まれている。

 これまで国民主義の会派作りの中心となることが多かったフランスの国民戦線のマリー・ルペン党首は5月28日、イタリアの北部同盟や、オランダの自由党といった右派・極右政党と合同で記者会見し、新たな会派作りを目指している。だが、どの程度成功するか不透明だ。たとえば英国の独立党は、仏国民戦線と一線を画している。 (Future of Le Pen-Wilders alliance still uncertain

 欧州議会選挙だけでなく、各国の国政選挙でも近年、極右政党の躍進が目立っている。背景にあるのは、これまで欧州統合を含む欧州各国のあり方を事実上決めてきた左右両方のエリート層の諸政策がうまくいかず、貧困拡大や経済危機、国際紛争などがひどくなり、各国の国民が既存のエリート層(従来の左右の大政党)に失望していることだ。

 もともと「民主主義」は、欧州を支配してきたエリート層(貴族)が、やむを得ず選んだ体制だ。フランス革命やその後のナポレオン戦争によって、人々を「国の主人」と持ち上げる民主主義の国家の方が、それ以前の露骨な支配体制の封建国家に比べ、国民(以前のやる気のない農奴たち)が喜んで納税や兵役の義務を果たし、財政的、軍事的に強い国を作れる「臣民洗脳機構」であることが判明した。貴族などエリート層は、封建国家だった自国に民主主義を導入して国民国家に転換しつつ、民意よりエリートの利害を重視する官僚機構を行政の実行役として置いたり、エリートが認めた2大政党以外のところに権力がいかないようにするやり方で、実質的な権力がエリートの手に残る仕掛けを維持してきた。

 エリートが決めた国家戦略がうまくいく限り、多くの人々は、上から決められた枠組みの中で政治選択を行い、枠組み自体の偏向に気づかない(日本人が自国の官僚独裁に気づかなかったように)。極右はもともとエリート外の勢力であり、通常はあまり支持を集めない。だが、エリートの戦略がうまくいかなくなると、極右が民意を集める。

 極右はファシズムを支持することが多いが、ファシズムは戦前、国民国家の民主主義の制度に独裁的・権威主義的な権力体制を加味することで、後発の国民国家だったドイツやイタリアなどが国家としての発展を加速するための「ターボエンジン」の機能として発明された。国家体制としてファシズムを採用したドイツやイタリアは、19世紀以来の欧州の覇権国だった英国を追い抜き、英国から覇権を奪うことを画策し、二度の大戦が起きた。 (覇権の起源

 二度の大戦で、米国の力を借りて(見返りに米国に覇権を譲渡して英国は黒幕になり)独伊や日本を打ち負かした英国は、戦後、二度とファシズムを使って国力を急増させて米英覇権に対抗する国が出てこないよう、ファシズムを「極悪」のものとする国際プロパガンダを定着させた。戦後、米英覇権の傘下に入った欧州のエリート層は、ファシズムを極悪とする価値観を受け入れたが、エリートの外側を出発点とする極右勢力は「ファシズムを信奉して何が悪い」とラディカルに主張し続けている。タブー抜きで自国を強化したいと考えるなら、ファシズムの肯定があり得る選択になる。 (覇権の起源(2)ユダヤ・ネットワーク

 近年EUで極右が台頭しているのは、冷戦終結とともに始まったEU統合をめぐり、米欧全体のエリート内部で、統合を進めたい勢力と、統合を阻止したい(旧来の国民国家体制を維持したい)勢力との暗闘が続き、ユーロ危機が引き起こされてEUが経済難に陥るなど、エリートの欧州運営が内紛によって失敗しているからだ。

 EU統合をめぐる推進派と反対派の対立は、統合によって欧州全体のちからを増大させたい勢力と、EU各国の国民性やナショナリズムを重視したい勢力との対立が一つの側面だが、それだけでない。EU統合前の冷戦時代、西欧各国はバラバラの状態で米ソ対立にはさまれ、西側の盟主である米国(米英)に従属せざるを得なかった。EU統合を推進する勢力は、欧州を米英の従属状態から解放し、EUを国際社会における自立した政治勢力にしたい。半面、EU統合を阻止したい勢力は、欧州を米英覇権下に置き続けたい。独仏伊のエリート層は統合推進派だ。半面、冷戦体制で最大の漁夫の利を得ていたのは英国だから、英国はEU統合を阻止したい(EU統合が防げないなら、できるだけ好条件でEUに入りたい)。 (EU財政統合で英国の孤立

 米英の投機筋が、EU内で経済的に弱いギリシャなど南欧諸国の国債の価値を先物相場を使って急落させ、2011年からユーロ危機を起こした。これは、米英の覇権を守りたい勢力が、EU統合を妨害するためにやったと考えられる。最近は、南欧諸国の国債が危機前の水準に戻り、ユーロ危機が一段落した観がある。しかし、08年のリーマン危機以来の世界不況の影響もあり、欧州経済は悪い状態が続き、それが欧州市民のエリート不信を引き起こし、先日の欧州議会選挙での極右台頭につながっている。 (ユーロ危機からEU統合強化へ) (ユーロ危機と欧州統合の表裏関係) (Italy bond yields tumble to record low

 米国では、軍産複合体が統合反対派(米英覇権派)で、彼らは、以前のグルジアや、最近のウクライナなど、反露勢力が政権を奪取するのを支援して米露対立を扇動し、冷戦構造の復活を目論んでいる。米政界を席巻するのはこの勢力だ。だが、米国は一枚岩でない。米国の上層部には、米国の世界戦略が英国に牛耳られることを嫌い、米英覇権でなく、米国とロシア、中国、独仏などが並立する多極型の覇権構造を好む勢力もいる。ロックフェラー家など、終戦直後に国連安保理常任理事国の5大国制度の創設に奔走した人々の流れをくむ勢力だ。彼らは表向き、米政界を席巻する軍産複合体に逆らわず協力しつつ、軍産複合体の戦略を過剰に推進して失敗させ、米国の覇権を崩し、世界を多極型に転換しようとしている(私はこのやり方を「隠れ多極主義」と呼んでいる)。 (米に乗せられたグルジアの惨敗

 1970年代のベトナム戦争や近年のイラクやアフガニスタンへの侵攻が好例だが、ソ連崩壊とその後のEU統合も、米国の隠れ多極主義の結果だ。米英覇権派は、冷戦体制(米ソ対立)を恒久化するつもりで、そのためには経済体制が弱いソ連を経済崩壊させぬよう、ソ連を本気で潰そうとしない(潰そうとするふりだけする)ことが重要だった。しかし80年代、ブレジンスキーなど米国の政権中枢は、パキスタンの難民ゲリラ(アルカイダやタリバンの源流)を支援することで、アフガニスタン占領に手こずるソ連を本気で占領の泥沼に追い込み、軍事費を急増させてソ連の財政を破綻させた。ゴルバチョフは米国に和解を求め、冷戦終結につながった。 (歴史を繰り返させる人々) (CIAの血統を持つオバマ

 当時の米国は、ソ連と和解すると同時に、西ドイツに対して「東ドイツを急いで併合せよ」と勧め、独仏に対し「今こそ全欧的な国家統合を急いで進めよ」とはっぱをかけた。この号令を受け、独仏は今に続くEU統合計画を開始した。EUは、統合に成功したら米国やロシア、中国と並ぶ世界の地域覇権国になれるので、米国がEUに統合を勧めたのは「隠れ多極主義」の一環だろう。英国は、EU統合に最初から反対していた。 (ドイツの軍事再台頭) (世界多極化:ニクソン戦略の完成

 今回の欧州議会選挙で台頭した各国の極右勢力は、各国のナショナリズムを重視し、EU統合に反対している。その意味で、彼らは米英覇権派や軍産複合体の傀儡であると考えられる。しかし、詳細に見ていくとそうでない部分が出てくる。今回の選挙を機に、欧州極右の主導役になったのはフランスのマリー・ルペンだが、彼女は2011年に、ロシアの新聞のインタビューで「多極型の世界を支持する」と明言し、フランスは(米英覇権体制である)NATOから脱退すべきだと述べている。 (Marine Le Pen From Wikipedia) (France's Le Pen says she admires Putin as much as Merkel - magazine

 ルペンは、プーチンのロシアを強く支持しており、08年のグルジア戦争や今年のウクライナ危機で、ロシアを支持し、米国を非難している。ルペン配下の国民戦線のスタッフ、ロシアを宣伝するフランス語のウェブサイト「プロロシアtv」の運営に協力している。ロシア政府側も、ルペンら欧州の極右勢力を好意的に見ており、露政府の宣伝機関であるRT(今日のロシア)などは、ルペンと、その盟友であるオランダの極右指導者であるヘルト・ウィルダース自由党党首や、ギリシャの極右政党「黄金の夜明け」を好意的にとりあげている。 (ProRussia.tv, webtelevision de la reinformation France-Russie) (Decrying Ukraine's `Fascists,' Putin Is Allying With Europe's Far Right) (Putin's rightist fellow travellers are a menace to Europe

 ロシアのプーチンと欧州の極右が仲が良いのは一見、奇妙な現象だ。ナショナリスト的な言動、権威主義の政治手法、リベラルに対する容赦ない弾圧など、プーチンの政治スタイルは、右派を陶酔させるものではある。しかし右派が望む、欧州が各国バラバラな体制下で、ロシアは味方といえず、むしろ政治的脅威だ。各国バラバラな欧州に最も適した戦略は、冷戦時代の対米従属・ロシア敵視だろう。逆に、ロシア政府が、EU統合に反対する欧州の極右勢力を味方につけようとする動きは、統合された強い欧州の出現を阻止し、ロシアが欧州各国を分裂させ操作するための策略とも読める(軍産系のWSJは「プーチンのパリの女」という下品な題の記事を出している)。 (Far-Right Fever for a Europe Tied to Russia) (Vladimir Putin's Woman in Paris

 しかし視野をもう少し広げ、米国の覇権体制の現状から考えると、さらに別の構図が見えてくる。米国は911以来、自国を批判する諸国を武力や野党扇動による政権転覆で潰したがる単独覇権主義を掲げ、オバマになってもその姿勢は変わっていない。オバマは先日の軍学校での演説で、軍事介入が正義や国益を守るのだと宣言した。しかし実のところこの宣言と逆に、米国の介入主義は、世界を不安定化、不正義化している。プーチンはグルジアやウクライナの危機で、米国が自国周辺を不安定化していることを痛感した。欧州のナショナリストたちは、イラク侵攻時の大量破壊兵器のウソなど、米国の要求が無茶で過激なだけでなく、正義のふりをした不正義であることを痛感している(日本は徹底して見えないふりをしている)。 (Obama: American Exceptionalism Comes From Interventionism

 ここにおいて、ロシアと欧州のナショナリストの視点や利害が「米国の覇権を抑制すべきだ」という点で一致する。米国の覇権主義に真っ向から反対してみせるのは、ドゴール以来のフランスの政治伝統でもある。NATOからの脱退を求めるルペンは、仏政治の正統派だ。メルケルら独仏の主流の政治家は、せっかくEU統合という米国覇権からの脱却計画を進めているのに、ウクライナや中東の国際対立で、善悪を歪曲する米国の強硬策に文句も言わず、対米従属を続けている。その点が、ルペンら欧州のナショナリスト(極右)の反米反エリート志向につながっている。

 欧州各国の極右政党の指導者の中でも、反米的な多極主義を明確に掲げているのは仏ルペンぐらいで、あとはハンガリーの極右指導者(Gabor Vona)が「(米主導の)NATOや(ドイツ主導の)EUを脱退して(ロシア主導の)ユーラシア同盟に入るべきだ」と言っている程度だ。しかも、もしルペンらが米国の覇権主義を嫌うなら、欧州を全体として強化できるEU統合に対し、反対でなく賛成せねばならない。欧州は、バラバラである限り対米従属から逃れられない。この点でルペンは矛盾している。 (Euro-Atlanticism must be replaced by Eurasianism

 とはいえ、EU統合のあり方が、現状以外にありえないわけではない。問題は、EU統合が参加各国の国家主権を大幅に剥奪している点だ。「EUよりユーラシア同盟の方がましだ」という主張には、国家主権のかなりの部分を明確にEU本部に奪われるEUより、国家主権に隠然とロシアが介入してくるユーラシア同盟の方がましだ。現状のような、国権を大幅に剥奪するEU統合でなくとも、EU全体を結束して国際的に強化することはできるはずだ。

 EU統合が国家主権を大幅に剥奪するやり方になっているのは、欧州統合の長い歴史と関係している。欧州では中世に、各地の諸侯が談合で皇帝を決め、そのもとで内部の戦争を回避して安定をはかる「神聖ローマ帝国」を作ったが、しだいに強い諸侯が勝手に動くようになり弱体化した。その後継として17世紀に「ウェストファリア体制」が作られ、18世紀末のフランス革命を機に、国家がより強くなる国民国家制度(立憲君主制)に全欧的に転換し、並立する国民諸国家を、他の諸国よりやや強い英国が統制したり仲裁する「均衡戦略」的な英国覇権体制になった。20世紀に入り、民族自決の独立運動によって世界中に国民国家を広げる動きを米国(や英欧の資本家たち)が推進し、英国覇権のウェストファリア体制が、欧州だけの体制から、世界的な体制に拡大し、これが近現代の国際社会や外交界になった。外交システムは英国製なのだから、英国が隠然とした支配力を持つ(英国が議長役をやり、微妙に英国好みの結論に持ち込む)のは当然といえる。

 EU統合は、国民国家制度を前提としたウェストファリア体制(英国覇権)を根本からくつがえす計画だ。既存のウェストファリア体制では、国民国家しか国際的な主権勢力になれず、国民国家を超える勢力の存在が許されない(国連は主権国家の合議体)。国民国家である英国が隠然と最も偉い体制なのだから、それを超える主体は許されなかった。超国家主権体制であるEUは、この既存体制に反逆している。単に反逆しているだけでなく、英国がEUの一員になりたければ、外交や通貨、議会、財政権など国権の主要部分を放棄してEUに渡さねばならない。これは国家としての英国の終焉を意味する。EU統合が国権の大幅剥奪の制度をとっているのは、独仏(とその背後にいる米国の反英的な隠れ多極主義者)による英国潰しであると読める。

 近年、EUだけでなく、大企業が各国政府の政策をくつがえせるTPPに象徴される大企業の主権勢力化、国際的な意志決定に影響を及ぼす国際NGOの存在(米英覇権の傀儡が多いが)など、国家以外の主権勢力がいくつか出てきている。イスラム世界では、スンニ派のムスリム同胞団などと、シーア派のイランが、国家を超えた連携を強め、超国家勢力になっている。スコットランド分離独立の動きなどもあり、英国が弱体化する中で、世界はポストウェストファリア体制の形成に向けた試行錯誤をしている。EU統合は、その一つだ。 (国権を剥奪するTPP

 EU統合は、国家をめぐる世界的な政治システムの根幹に関わる案件だ。「民主主義」「国民国家が至上」の建前があるので、国際システムや覇権のあり方や転換は、常に隠然としたものになる。新聞や教科書をいくら読んでも釈然としない。EU統合も、建前と本質がたぶん別のところにある。独自の考察は、陰謀論扱いされがちだ。しかし、今のような覇権の転換期には、国際システムの隠れた部分の洞察が、全人類にとって非常に重要なことになる。今後も、私の分析の中心は覇権動向になるだろう。



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