従属のための自立2013年12月4日 田中 宇11月28日、沖縄の自民党県連が、普天間基地の辺野古移設問題に関して、これまでの公約だった「県外移設」「辺野古移設反対」をくつがえし、辺野古への移設を推進する立場に転向した。いつまでも辺野古移設に反対していると、危険でうるさい米軍の普天間基地が恒久的な存在になってしまうというのが転向の理由で、自民党県連は、沖縄の圧倒的な世論を背景に辺野古移設に反対している仲井真知事にも転向を呼びかけた。 (自民沖縄「辺野古」容認) 沖縄の自民党の人々は、ほんとうに辺野古移設が良いという考えに転じたのだろうか。そうではない。自民党県連が辺野古移設の容認を正式に決定した12月1日の総務会の後、県連の翁長会長が辞任を表明した。翁長会長は、沖縄の自民党員のほとんどが、今も辺野古移設に反対なのに、党として転向せざるを得なかったので、不本意な転向を受け入れた後、引責的に辞任することにしたのだろう。翁長氏の辞意はかたく、12月4日に辞任が認められた。世論調査によると、沖縄県民の7割が、自民党の転向に不満を感じている。 (県連会長引責辞任 強権への反発込めたけじめ) 自民党県連が辺野古移設容認に転向したのは、11月25日、東京の自民党本部から石破幹事長が訪沖し、沖縄選出の5人の国会議員と会談して移設容認を求め、5人が移設を認めてからだ。沖縄選出の国会議員たちが、自分たちを選んでくれた民意を無視して辺野古容認に転じたのは、石破氏が、これまでにない強い圧力で、民意を無視して辺野古移設を容認しろと求めたからに違いない。移設を支持しないと党として公認しないなどと恫喝したのでないか。沖縄の強い民意のため、これまで自民党の本部は、沖縄県連が党本部の方針に反して辺野古移設に反対することを容認してきた。しかし今、自民党本部は、沖縄の民意を尊重することもできないぐらい強く、普天間基地を辺野古に移設する必要に迫られている。 (自民県連公約変更、7割評価せず) 今回のように、日本が沖縄を恫喝して屈服したのは、歴史上何度もある。1870年代、明治維新直後の日本政府が、琉球王朝を無理矢理に廃止して沖縄県にした「琉球処分」や、古くは江戸幕府ができた直後の1609年、江戸幕府の承認のもと薩摩藩が琉球を侵略し、それまで中国の属国(冊封国)だった琉球王国を、日本の属国にした「琉球征伐」があった。自民県連の転向は、沖縄がいまだに日本の植民地である(逆に言うと、沖縄が、日本の他の地域のように地域性が死滅して同化されていない)ことを示した。 (沖縄の歴史から考える) (沖縄から覚醒する日本[その後覚醒などしてないが]) 自民党、つまり安倍政権が、今後の沖縄での党運営に支障が出ると予測される、今回の琉球処分的な野蛮なやり方をしてまで、普天間基地の辺野古移設を強硬に進めねばならなかった理由について考える必要がある。11月23日に中国が沖縄前面の東シナ海を防空識別圏に設定したので、辺野古移設を急ぐ必要が生じた、と言う人がいるかもしれないが、それは違う。中国に対する米軍の防衛力は、基地が普天間でも辺野古でも大して変わらない。普天間を使っている米軍海兵隊は、世界に展開するための基地として沖縄を使っており、日本が中国に攻撃された時に、沖縄の海兵隊が先頭切って中国に反撃してくれるわけではない(後方支援ぐらいするかもしれないが)。 (日本の官僚支配と沖縄米軍) 普天間の辺野古移設問題は、米軍が沖縄から撤退していく流れの中で理解する必要がある。米政府は以前から、普天間基地の辺野古移設が進まない場合、沖縄の海兵隊をグアム、ハワイ、米本土に分散撤退すると、日本政府に対して言い続けてきた。在日米軍は、日本政府が駐留費の半分前後を、思いやり予算やグアム撤退支援費の名目で支払ってくれているので、日本に駐留しているが、米側は日本から金をもらってもまだ不満で、辺野古移設が進まないなら海兵隊は撤退だと言っている。 (日本が忘れた普天間問題に取り組む米議会) (官僚が隠す沖縄海兵隊グアム全移転) 金を出して米軍を引き留めている日本に対する米政府の不満は、近年増大している。米国は日本に対し、金を出すだけでなく、米軍と一緒に動ける体制を日本側が作ることを求めるようになった。そのため日本側は数年前から、防衛庁を防衛省に昇格させ、米国のNSCのコピーとしての日本版NSCや、米国の愛国法など防諜関連法のコピーとして国家秘密法などを作る動きを進めている。 (Japan's New State Secrecy Law Leading to Closer Involvement in US Military Build-Up Against China) 日本政府がNSCや国家秘密法の制定に力を入れるのをみて、国際的に「日本は米国の傘下から自立した強国になろうとしている」という見方が出ている。しかし、この見方は視野が狭い。日本が米国の傘下から出て自立したければ、中国が弱小で、アジアでの日本の相対的な国力が今よりずっと強かった1970-80年代にさっさとやっていたはずだ。この時代、米国は日本に自立をうながしたが、日本は対米従属を維持する道を選んだ。当時も今も、日本の権力は官僚機構+自民党で、全く変わっていない。 (Has Abe overreached on China's ADIZ?) 米国は、日本に防衛や外交的に自立を求め、自立しないと日米同盟を維持できないと言っている。日本は、しかたなく防衛力強化やNSC設立をやっているが、それらの自立策は、対米従属の維持のためだ。従属を続けるために自立するという、矛盾した策をやらざるを得ないのが近年の日本だ。 (Shinzo Abe under fire over plan for tougher Japanese secrets law) 米国は、日本に対して同盟を維持したければ自立しろ、防衛力を強化しろと求める半面、中国に対しても台頭を容認する姿勢をとってきた。ブッシュ政権時代には、米国が中国に対し、米中G2で世界を管理する世界体制を提案するなど、あからさまに中国の台頭を扇動した。東アジアにおいて、米国がグアムを通る「第2列島線」以東に撤退すると同時に、中国が沖縄の西、台湾の東、南沙群島の東を通る「第1列島線」まで影響圏にすることを許すという米中太平洋二分案も流出した。 (中国包囲網の虚実) (アメリカが中国を覇権国に仕立てる) 米国の政権はオバマに代わったが、中国の認識として「中国は第1列島線まで出て良い。米国は第2列島線まで撤退する」という流れが定着しているようで、それが今回の中国の防空識別圏の設定になったと考えられる。中国は南沙群島の方面でも、第1列島線までの範囲を防空識別圏として設定するつもりらしく、駐フィリピンの中国大使が、東シナ海以外の識別圏を設定する権利を中国が持っていると表明した。 (China's ADIZ Declaration Aiming for Island Chain Marine Strategy) (Envoy says China has right to set another air zone) 米国から、日米同盟(対米従属)維持のために、数年前から自立を求められてきた日本は、尖閣諸島の国有化などによって中国との対立を強化し、日本が防衛力を強める必要性を増加させるとともに、日米が同盟して中国と対峙する構図を強化する策をとった。米国は「アジア重視策」という名の中国包囲網策を打ち出し、日本がそうした策をとることを誘導した。その一方で米国は、国連やWTO、COP(地球温暖化対策交渉の場)など、国際社会における中国の台頭を容認した。 (世界経済の構造転換) 米国が中国の台頭と日本の中国敵視の両方を扇動する動きは、今夏以降、さらに強まった。米国は中東でシリアやイランへの敵視を弱め、ロシアや中国が中東の影響力拡大(米国の中東不安定化策を抑止する安定化策)に乗り出してくることを容認した。日米は、10月3日に初めて東京で4人の閣僚が出そろった2+2会議(外相・防衛相会議)を開き、この場で日米同盟をさらに強化していくことを決めた。 (Dangerous Crossroads: US-Japan Talks Escalate War Preparations against China) (Sino-Japanese Territorial Disputes Could Pull the US into War in Asia) これ以降、日本版NSCや国家秘密法の新設が本格化した。日本政府は、尖閣諸島に政府要員を配置する検討を開始したと、中国を怒らせる目的でマスコミにリークしたり、東シナ海を監視するレーダーを強化したり、「島を奪還する」軍事訓練をやったりした。 (China and Japan are heading for a collision) (Japan Weighs Strengthening Islands Claim) そして同時期に、日米同盟強化のために出てきたもう一つの動きが、自民党が沖縄県連に圧力をかけて、普天間基地の辺野古移設を容認させることだった。自民党が、沖縄での党の先行きを無視しても、辺野古移設容認の圧力をかけねばならないほど、米国は「辺野古に移設できないのなら海兵隊を沖縄から撤退する」という強い圧力を、日本政府にかけたのだろう。 余談になるが、米国はこれと同じ粗野な圧力を、アフガニスタンの米傀儡的なカルザイ大統領にもかけている。米国が国家再建に失敗したアフガニスタンでは反米意識が強く、米国傀儡のカルザイ政権は、首都カブール周辺など国土の一部しか統治できず、残りはタリバンなど反政府武装勢力の配下だ。カルザイらアフガン現政権の有力者たちは、来年に撤退する予定の米軍に、駐留を10年延長してもらって治安を維持することで、政権の存続することを決めた。 (Afghan Jirga Approves US Pact, But Karzai Withholds Signature) 米国は駐留延長の条件として、米兵の不逮捕特権など(日本と結んでいるような)不平等な地位協定の締結を求め、アフガンの議会(ロヤジルガ)は協定を認めた。しかし、アフガニスタンでは来年4月に大統領選挙があり、再選を狙うカルザイは、有権者の反米感情を意識して、選挙後まで協定に調印するのを延ばしたがった。米国は、自国の傀儡であるカルザイの再選を望んで調印延期を容認すると思いきや、カブールを訪問したネオコン的な大統領補佐官スーザン・ライスは、カルザイに「すぐに調印しなければ、来年米軍をすべて引き揚げる」と言い放った。このやり方は、米国が安倍政権に辺野古移設をやれと強要したやり方と似ている。イラクは、日本やアフガンと同様の地位協定を要求されて拒否し、米軍はすべて引き揚げ、政治的にイランの傘下に、石油利権的には中露仏に接近している。日本は対米的に、イラク以下、アフガンと同水準の状況に置かれている。 (Susan Rice: Karzai U.S. may leave no troops in Afghanistan) 第1列島線まで影響圏を拡大してかまわないと考えている中国は、中東や国連などでの対米的な優勢を背景に、日米関係の強さを試す意味もあり、東シナ海に防空識別圏を設定した。日米が組んで米国と対決する、日本好みの構図が強められた。しかし、中東の動きを米国覇権の流れの先例としてみると、先行きは日本にとって良くない。中東では、米国が日本より重視してきた同盟国であるイスラエルが危機にさらされる、米イランの和解が具現化している。 (イラン核交渉の進展) 今後、米議会がイスラエルに引きずられるかたちでイラン制裁の解除を拒否し、半年後にイランと国際社会(米露中英独仏)が、今の暫定協定を本格協定に移行していく中で、米国がイランと和解しそうでしない展開が予測されるが、こうした流れは、米国以外の諸大国が勝手にイランと和解し、逆に米国が孤立していくことになる。イスラエルは米国をあてにできず、露中やEU(フランス)に仲裁してもらってパレスチナ和平をやらざるを得ない。米国の強硬姿勢は、米国自身と、しつこく対米同盟に固執する諸国の孤立と、世界の覇権構造の多極化を招いている。 (見えてきた中東の新秩序) 中東では、イスラエルが米国をイランやシリアへの空爆策に引っ張り込もうとするほど、米国は腰砕けになり、イランの台頭とアサド政権の延命を容認する結果になっている。この先例を日中間に当てはめると、日本が米国を中国との対立(戦争?)に引っ張り込もうとするほど、米国は、先日の米航空界に中国の防衛識別圏を守らせることにした措置に象徴される腰砕けになり、中国の台頭が容認されてしまう。 心配なのは、イスラエルに安全保障の的確な分析者が多く、イランとの自滅的な戦争を避けてきたのと対照的に、日本の安全保障関係者は対米従属のことしか考えておらず、中国とほんとうに戦争になってしまうかもしれないことだ。イスラエルが06年に、イランとの戦争の前哨戦であるレバノンのヒズボラと戦争してしまった時、動いてくれるはずの米軍は全く動かず、1カ月後にイスラエルは停戦に何とか持ち込み、不名誉な結果だが国家滅亡の大戦争に入らずにすんだ。日本が中国と戦闘してしまったとき、米軍が出てきてくれるとは考えられない。中国とうまく停戦できる外交手腕もない時、日本はどうするのだろう。またもや「無条件降伏」か、もしくは今度こそ「本土決戦」か。最もまずい点は、日本が中国と敵対する理由が対米従属のためだということだ。日本が本気で自立して、その上で中国と敵対するなら、それはそれで全力を傾注してやることになるので、国家の力がつく。 中国と本気で対立して日中間の経済関係を断絶すると、日本経済への悪影響が甚大になり、日本企業がどんどん潰れる。それなのに日本の財界は中国敵視で満ちている。財界人が、自社を潰しても中国と敵対すべきと思っているなら敬意を表するが、実際のところそんな財界人はいない。財界人は、本気で中国と対決する気などないのに、国内の官界や政界との関係性だけをみて中国敵視をやっている。 中国人民元は国際取引に使われる比率が増加し、今や世界の貿易取引の8・7%が人民元建てであり、ユーロの6・6%を抜いて、ドルに次いで世界第2の通貨になった。ドル建て貿易は81%だから、元はまだまだドルに匹敵しない。しかし、私が注目したのは、日本円の比率が1・9%から1・4%に低下していることだ。円はまだ世界第4位の通貨だが、人民元の6分の1しか使われていない。 (Yuan Passes Euro as 2nd-Most Used Trade-Finance Currency) 中国は、主要な諸国との間で、相互の自国通貨建ての貿易決済体制を組み、人民元建ての貿易決済を積極的に拡大し、アジアでは「元圏」を形成している。かつて日本も1980年代に、アジア諸国から「円圏」を作ってくれと頼まれた。だが当時の日本(大蔵省)は対米従属に固執するあまり、ドル決済体制のライバルになってしまう円圏の形成を拒否し、そこから今の低迷へとつながっている。日本が中国と本気で対決するなら、小さな島をめぐる対立を棚上げし、通貨体制を含む国際政治の場で、中国に負けない動きをした方が良い。それをやっていくと、対米従属から離脱せねばならず、中国との関係も、ライバルでありながら必要に応じて協調するようになる。
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