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しだいに多極化する世界

2013年11月1日   田中 宇

 田中宇といえば「多極化」だ。最近の私の記事は「多極化中毒」と揶揄されかねない状態だ。http://tanakanews.com を見ると、多極化や、その反面である米国覇権の衰退について何らかの言及をした記事がほとんどで、最近とくにその傾向が加速している。今回の記事の題名も「しだいに多極化する世界」で「中毒」がひどくなっている。グーグルで「多極化」を検索すると、上の方に私の記事が出てくるので、日本で多極化というと田中宇だ、といえるかもしれない。

 なぜ私が多極化の話ばかり書くかというと、それは多極化や覇権体制の変動が、国際情勢の根幹に存在するもので、しかも、米国の覇権が崩れて世界が多極化する傾向が、最近強まっているからだ。2001年の911事件までの、米国中心の覇権体制が比較的安定していた時期には、世界のマスコミや言論界が覇権体制に言及することは少なかった。政治経済の体制が安定していると、多くの人に、その体制が未来永劫、不変に続くものに見える。現体制が、いくつもあり得る体制の中の一つにすぎないと考える人は少なく、体制分析が出てきにくい。 (The de-Americanisation of the world has begun - emergence of solutions for a multipolar world by 2015

 しかし今のように、米財政危機でドルや米国債の国際信用が揺らいだり、米国がシリア問題の主導役をロシアに任せたり、サウジアラビアの外交担当王子が米国を見放す発言をしたり、国連など国際社会で中露の発言力が拡大したり、米国が持つインターネットの管理権をBRICSや国連が奪おうと動き出したりすると、米国が覇権を持つ世界体制が崩れ、世界が多極化(multipolarization)しつつあるという指摘が国際的に出てくる。「数年前まで、米国の覇権が終わると言うと失笑されたものだが・・・」という言い方をあちこちで読むようになった(日本では、もしかすると今でも失笑を受けるかもしれないが)。 (中東政治の大転換

「歴史的に見て、金本位制など物質的な支柱を持たず覇権国への信用のみが支柱の『亡霊通貨』になった基軸通貨の寿命は、だいたい40年だ。ドルは1970年代のニクソンショックで亡霊通貨になってから42年だ。ドルの基軸通貨としての歴史は、すでにポルトガルやオランダが覇権国だった時の両国の基軸通貨の寿命より長い」とか「世界中が基軸通貨で財産を貯めようとする結果、基軸通貨は為替が強く国債金利が低くなり、借金と消費(輸入)がしやすくなる。今の米国が、借金による消費漬けで、製造業が弱いのは、覇権国だからだ。ドルと米国債の崩壊を容認し、覇権の重荷を放棄した方が、米経済は蘇生できる」などという指摘も出てきた。英文情報の世界で米覇権衰退と多極化についての言及が増加したため、今回の記事を書こうと私は考えた。 (An Exorbitant Burden

 足下の経済状況を見ると、米国の株式相場は史上最高値の水準だし、米国債も高値(金利安)で、まったく危なそうに見えない。これだけを見ると、米国覇権の失墜や多極化の予測は「失笑」の対象だ。しかし同時に言えるのは、米連銀がリーマン危機再発防止策として続けている、ドルを大量発行して米国債やジャンク債を買い支えるQE(量的緩和策)が、株や債券を押し上げており、QEをやめたら株も債券も下がることだ。連銀の買い支えに依存して、米国ではリーマン危機前を超える空前の規模でジャンク債が発行されている。今の相場は、QEバブルが膨張しており、バブルの規模は史上最大だ。史上最大のバブルがはじける時、史上最大の金融危機が起きる。 (Jim Rogers: 'Catastrophe' Coming, Thanks to Central Banks) (◆米連銀はQEをやめる、やめない、やめる、やめない

 最近、日本の当局が米国債を大量に買い増している。これは「日本が対米従属のため、米国債が崩壊に瀕しているのを知りながら買い支えている」と考えることもできるが、そうではなくて「世界の中央銀行や投資家が、米国債の危険を懸念して買い控え、代わりに円を買って日本国債を買うので、日本政府は円高回避のため、反対売買として米国債を買わざるを得ない」と考えることもできる。世界が買わない分の米国債を買い支える最大の勢力は、日本でなく、QEを続ける米連銀だ。どちらにしても、米国債の国際信用が落ちていることに違いはない。

 ドルの代わりの基軸通貨体制として以前から注目されているのが、IMFのSDR(特別引き出し権)など、数種類の諸大国の通貨(ドル、ユーロ、円、人民元など)を加重平均した「バスケット型」の通貨単位だ。第二次大戦中に英国の学者ケインズ(MI6要員)らが構想した、金地金や原油など、数種類の国際相場商品(コモディティ)の価格を加重平均した「バンコール」など商品バスケットを、通貨バスケットと合わせて基軸通貨単位にする構想もある。

 これらバスケット型の基軸通貨に対する批判は、ドルが単一の通貨でわかりやすいのと対照的に、バスケットは複雑で、投機筋が通貨や商品の相場を乱高下させてバランスを崩すことで、通貨体制が壊されやすい点だ。ドルは紙幣として広く流通しているが、SDRは紙幣化されておらず、国家間の取引で名目的に使われているだけだ。IMFがSDRの紙幣を発行するとしたら、その前提としてIMFで主導権を持つ米国が、ドルの基軸性をSDRに移譲することに同意する必要がある。米国がその同意をするとは思えない。 (Support for 0.5% Tax on Wall Street Trading Grows in Congress

 しかし世界では今、これらのSDRの難点となる状況を変えようとする動きが進んでいる。その一つは、金融取引課税(トービン税)やタックスヘイブン課税による、投機筋の監視・抑止体制の強化だ。欧州ではすでに、大口の金融取引に0・5%の課税をすることが決定している。米議会でも最近、同様の課税をしようとする動きが開始された。従来、投機筋はどこの国の当局にも知られず活動できたが、課税されるとなると、当局に逐一動きをつかまれ、防御策を張られて投機ができなくなる。金融課税強化を「自由市場を壊す」と批判する主な勢力は、金融界傘下の人々だろう。 (BANK France central bank chief says Robin Hood tax is `enormous risk'

 また、IMFやその上位機関である国連における米国の主導権は、中露などBRICSによって剥奪されかけている。国連を主導する安保理事会では、米英仏と中露が拮抗して決定ができない事項が増え、その分、いままで力を削がれていた国連総会の多数決の決定力が増している。多数決なら、先進国より途上国の方が圧倒的に数が多いので、BRICSと途上国の非米連合体の主張が通る。 (国連を乗っ取る反米諸国

 IMFで中国など非米諸国の発言権を拡大する策は、何年も前に決定しているのだが、米国の拒否で進まなかった。しかし今後は、いずれIMFの構造も多極化(BRICS化)されていき、投機筋を抑止して、金融市場の国際管理を強め、SDRを基軸通貨にできる前提が形成されていくのでないか。

 以前なら「自由市場」こそ人類のためになるという考え方が世界的に席巻していたが、リーマン危機後、自由市場は米欧金融界の儲けにしかなっていないという見方が広がり、国際市場の管理強化への抵抗感も減っている。従属好きな人々が「代わりの通貨がないのでドルは安泰だ」と高をくくっている間に、ほとんど報じられないまま、通貨の多極化への準備が静かに進んでいる。

 予定されている多極型通貨体制では、日本の円も基軸通貨の一つに数えられている。だが日本政府自身は、できるだけ長く対米従属を続けたいらしく、多極化の動きをできる限り無視して、自国の国際力をあえて弱めている。日本は以前、自他ともに「経済大国」を称していた。対米従属だし敗戦国なので「国際政治大国」ではありません、という意味で「経済」が「大国」の前に必ず入っていた。しかし今の日本は「大国」を自称するのをやめて、大国性を失った(もしくは、震災や原発事故でそれどころでない)ので「取り戻す」必要があると称する国になっている。安倍政権の「日本を、取り戻す」という標語は、日本の自己格下げして、多極化される世界の中で大国とみなされないようにする「覇権のがれ」「いないふり」の策に見える。 (ドイツ脱原発の地政学的な意味

 軍事の分野でも、米国の力は、静かに自滅的に削がれている。軍事で最も重要な分野は、兵器の性能ではない。最重要なのは、敵性国や同盟国の中枢が何を考え、どう動きそうかを早く把握する諜報の技能である。今の世界における諜報の中心は、007やハニートラップ的な人的スパイ行為よりも、最近騒がれている米国の「NSA」がやっている信号傍受、通信の盗み見などの信号諜報だ。

 元NSAのエドワード・スノーデンによる連続暴露で、NSAが世界中の人々の私的な通信を盗み見していることが国際問題になり、怒ったドイツやブラジルが国連などで通信の盗み見を禁止する国際体制作りに動き出している。中国とロシアも、NSAを抑止した後の世界の通信管理体制の構想を、国連に提出した。ブラジル主導で、BRICSが米国を回避したインターネット網を構築する計画も完工間近だ。これらの動きは、米国の軍事力の根幹に位置するNSAの信号諜報の力を劇的に低下させかねない。 (China to reap harvest of NSA scandals

 また、ドイツやフランス、イタリア、スペインというユーロ圏の4大国が、NSAによる盗聴が発覚して怒っていることは、米国とEUの同盟関係を崩しかねない。もともと来年にはNATO軍がアフガニスタンから撤退し、その後のNATOは米国と欧州が乖離していきそうだと予測されてきた。欧州はEU統合の一環としての軍事統合を進めており、これが具現化するとNATOの必要性が低下する。中東で唯一のNATO加盟国であるトルコも、NATO(米国)に見切りをつけるかのように、NATOのシステムと合わない中国からの地対空ミサイルシステムの購入を決めている。トルコの諜報部は、米国の同盟国であるイスラエルを犠牲にするかたちでの、イランとの連携も強めている。NSA騒動は、もともと崩れかけているNATOの崩壊を早めそうだ。 (Turkey must show allegiance to west as doubts rise over ties) (Turkey blows Israel's cover for Iranian spy ring

 中東では、サウジアラビアの外交担当のバンダル王子が米国からの離反を表明したことも、米国の覇権体制を危機にさらしている。サウジは、その産油余力ゆえに、世界最有力の産油国である。サウジが原油をドルだけで決済し、石油収入のほとんどを米国の金融界に投資してきたことが、ドルの基軸性を支えてきた。 (◆米国を見限ったサウジアラビア

 サウジが米国を見限る動きに出たのは、米国がサウジをいじめすぎたからだ。米国はアラブ諸国の「アラブの春」の民主化・政権転覆活動を支持してきたが、アラブの春を放置すると、いずれサウジでも王政の独裁と、王室による石油収入の独占を批判する声が強まり、王政転覆につながりかねない。米国は、サウジのとなりのイエメンで「アルカイダ退治」と称して武装勢力への無人機による空爆を続けており、これがイエメンを混乱させ、本当にアルカイダの巣窟にしてしまいかねない。イエメンの不安定化は、サウジの不安定化となる。米国がバーレーンの反政府運動を容認していることも、サウジの危機を扇動している。 (End western deference to Saudi petrodollars

 サウジの米国離れの原因は、オバマがシリアのアサド政権やイランとの関係を改善する動きをしたからと報じられている。しかし、サウジにとってイランの台頭よりもっと危険なのは、アラブの春の伝播やバーレーンやイエメンの混乱といった、王政転覆につながりかねない流れの加速だ。それらの流れを止めるには、サウジ王政が対米従属から離れ、米国から批判されてもバーレーンやエジプトの民主化を逆流させ(サウジは、エジプト軍部に金を出してクーデターさせた)、米軍にイエメンから出ていってもらうのが良い。

 サウジが米国離れを表明する前から、中国やロシアがサウジと親しくなりたがっている。最大の石油消費国が米国から中国に移り、世界の石油利権の管理者が米英から中国やロシアなど非米諸国に移りつつある。そのような今、中露と組んだ方が、石油の国際市場の管理や、自国の王政維持に好都合だとサウジが考えるのは当然といえる。 (反米諸国に移る石油利権

 米政界で強いタカ派は反サウジ的で、サウジの離反は望むところだという反応が強い。今後サウジが本気で米国から離反すると、ドルの基軸性崩壊と、覇権と通貨の多極化の加速につながるだろう。世界では、目立たないが不可逆的に多極化が進んでいる。



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