きたるべきドル崩壊とG202011年2月16日 田中 宇2月14日の解説記事で、米連銀のバーナンキ議長が議会証言で「中国勢の米国債保有は(米財務省統計で示される1兆ドル弱でなく、その2倍以上の)2兆ドルかそれ以上だ」と述べたことを書いた。私は「中国がこっそり米国債を買い増している可能性はあるが、バーナンキが誇張を述べている可能性もある」と分析した。 (◆中国の米国債保有額のなぞ) その翌日「中国が米国債を売っている」という報道が出た。米財務省によると、中国は昨年12月、90億ドルの米国債を売り越し、2カ月連続で米国債保有を減らした。この数字は、バーナンキらが言うところの英国を経由した中国の間接的な米国債購入を含まない、直接購入分だけである。英国の米国債購入は増え続けているので、中国が英国経由で米国債を買い続けていると言えないこともない。 だがFT紙は、英国経由の売買を勘案しても、むしろ中国は米国債をこっそり売っていこうとする姿勢が他の国々より強いと、分析者のコメントを引用して指摘している。中国だけでなく、ロシアも米国債を売り続けている。バーナンキの議会証言は、連銀自身の米国債の買い支えを目立たなくするための目くらましの誇張である可能性が強くなった。 (China and Russia sell US Treasuries) ▼なぜドル崩壊の予測が外れたか 08年秋のリーマンショック(債券市場のバブル崩壊)後、連銀はドルを過剰発行し、直接・間接的に債券を買い支え、米金融界を立て直そうとしてきた。これは、ドルに対する世界の投資家の懸念を増加させ、特に対米従属色が薄い中露のドル離れにつながった。とはいえ、ドル崩壊や米国債の下落(長期金利の高騰)は、リーマンショック半年後の09年夏からあちこちの分析者によって予測されてきたものの、現実のものになっていない。 (◆ドル崩壊の夏(3)) 昨年の前半には、ドル崩壊や米長期金利高騰の懸念が、特に強まった。グリーンスパンなど連銀内部の関係者や、著名な投資家や分析者などが、相次いで懸念を表明した。 (◆揺らぐドル) (◆危うくなる米国債) 格付け機関S&Pは昨年3月と7月に、このままだと米国債を格下げせねばならないと発表した。グリーンスパンは昨年6月、米国債がギリシャ国債のように破綻して長期金利が高騰する可能性があると指摘した。 (S&P issues warning over America's top-tier rating) (Greenspan Calls Treasury Yields `Canary in the Mine') (U.S. Debt and the Greece Analogy By ALAN GREENSPAN) だが結局、今日に至るまで、ドル崩壊も長期金利の高騰も起きていない。それは、昨年夏から連銀が量的緩和策の第2弾(QE2)を開始し、ドルを大増刷して米国債を買い支えたからだった。QE2は今年6月までの予定だが、まだ半分しか資金を使っていないのに、すでに連銀の米国債保有高は、それまで世界最大だった中国を抜き、世界一になってしまった。この事態を隠すため、中国の米国債保有は統計の2倍だとするバーナンキ証言が必要になったと考えられる。 (◆米連銀の危険な量的緩和再開) (2月3日の速報分析) QE2が予定通り今年6月に終わったら、米国債は売れ残りを買い支える者がいなくなって下落し、長期金利が高騰して米国が国債の債務不履行を宣言するという、米国債とドルの崩壊が起きる恐れが増す。だから連銀はドル増刷による米国債買い支えをやめられず、QE2はQE3へと延長される可能性が高い。しかしQEの延長は、連銀が買い支えなければ米国債は急落するという実態を世界の投資家に知らせる効果も持ち、米国債を買う投資家が減り、連銀だけが米国債を買う事態へと近づく。 (2月10日の速報分析) これは全く不健全なので、連銀は早くQEをやめるべきなのだが、やめたら国債の崩壊を引き起こすのでやめられない。米国は袋小路に入っている。連銀では、QEの延長に反対する理事らが辞任し始めている。S&Pは先月、このままだと米国債を格下げせねばならなくなるという3度目の警告を発した。中露が米国債を売却するのは当然といえる。むしろ、日本など先進諸国の当局や投資家が漫然と米国債を保有し続けていることの方が奇異である。「分別ある先進国の大人たち」は「王様は裸だ」と言ってはならないのだろう。 (S&P, Moody's Warn On U.S. Credit Rating) (Fed's Warsh Quits; Bernanke Adviser Questioned QE2) 中露だけでなく、世界最大の債券投資ファンドである米国のピムコも、昨秋来、米国債を売り続けている。こんな事態なのに、米政府は、従来の最長の米国債である30年ものより長い、50年ものや100年ものの米国債を新規発行することを検討している。米国債は、ねずみ講のような状態になってきている。 (2月15日の速報分析) (2月3日の速報分析) 私は以前から、何度もこのドル崩壊の説明を繰り返している。飽きている読者もいるかもしれない。だが米当局はQEによってドル崩壊を先延ばししているだけであり、ドル崩壊の可能性は減っていない。ドルと米国債が崩壊したら、ほかの債券の多くも価値が急落し、リーマンショックよりも大きな世界経済の瓦解となる。警告を何度繰り返しても足りないぐらいだ。 ▼米国債、州債、公債、全部危ない 米国には米国債のほかに、州債など地方政府債、フレディマックやファニーメイといった政府系金融機関の不動産担保の公債、社債やジャンク債がある。これらのうち、州債や市債は、地方政府の財政が破綻しかけており、すでに下落(利回り上昇)が起きている。投機筋はハイエナのように、下落したら儲かる米地方債のCDSを買っている。米議会では、合衆国憲法を改定して州政府が破産できるようにすべきだという意見が出ている。現行憲法では、州政府が破綻しても破産申請できないので、連邦政府が救済せねばならない。連邦政府も史上最大の赤字なので、州政府に勝手に破産してもらいたいわけだ。 (2月8日の速報分析) (1月26日の速報分析) 米政府は、フレディマックとファニーメイという政府系金融機関2社をこっそり見放して「民営化」しようしている。米住宅市場の下落が続き、2社は不良債権を増している。2社が破綻すると、米政府が債務保証せねばならない。財政難の米政府は、その保証ができないので、民営化して逃げようとしている。たとえ2社が民営化されなくても、今の米議会は財政赤字を嫌う傾向が強いので、2社の破綻時に公金で債務を肩代わりするのを拒否するだろう。 (2月11日の速報分析) つまり米国では、地方債や、政府系2社の公債も、いずれ価値が大幅下落してジャンクと化しそうだ。ジャンク債の多くも、担保の不動産の価値が下落しており、いつ紙屑になってもおかしくない。連銀のQE2が作り出した金あまり現象によって何とか支えられている。 日本を含む多くの国々の金融機関が、資産のかなりの部分を、米国の国債、地方債、公債として持っている。これらのすべての価値が急落する恐れがある。債券金融は、世界の金融市場の半分以上を占めている。その頂点にある米国債がデフォルトの危機を抱えている。債券市場の瓦解は、世界の資産の総額を急減させる。 ▼G20で「ドル後」が語られているが・・・ 米国債の急落は、世界経済の破綻である。それを防ぐにはどうしたらいいか。世界経済が破綻したら、その後の世界経済をどう再建すべきなのか。世界の中枢ではすでに、それらについての検討が始まっている。それは、リーマンショック直後に作られたG20サミットにおいてだ。G20サミットは、それまで世界経済の重要事項を議論する事実上の最高意志決定機関だったG7(G8)サミットに取って代わるかたちで登場した。 1985年のプラザ合意で公然化した(それ以前は70年代末から各国高官の秘密会議だった)G7は、71年の金ドル交換停止(ニクソンショック)の前後に起きたドル崩壊からドルを立て直すための組織だった。G7は、参加各国の中央銀行による為替介入などによって、新興の経済大国だった日本や西ドイツなどにドルを買い支えさせ、ドルが単独の国際基軸通貨である世界体制を立て直した(代わりに日独は、敗戦国・敵国の地位を脱し、大国の一つと見なされるようになった)。 リーマンショック2カ月後の08年11月から始まったG20サミットは、フランスやロシアの首脳が米国に働きかけて実現し、ドルの単独基軸通貨体制から、IMFのSDR(特別引き出し権)などを活用した多極型の基軸通貨体制に転換することなどを構想した。フランスのサルコジ大統領らは、G20を「ブレトンウッズ2」と呼んだ。 (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序) (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序(2)) SDRは世界の主要通貨を加重平均した通貨的指標で、1969年にIMFが作った。当時のドルは金本位制だったが、米政府はベトナム戦争などの支出増で財政赤字を増やしすぎ、ドルを過剰発行した結果、金本位制の維持が困難になっていた。SDRは、金本位制のドル体制の崩壊を見越して構想された、多極型の通貨体制だった。ドル崩壊は71年のニクソンショックとして具現化したものの、その後、米国はG7やその前身であるG5を作って日独など先進諸国にドルを買い支えさせることでドルを延命させ、SDRはあまり使われないままお蔵入りした。 90年代になると、金融自由化によって米英の債券市場が活性化し、既存の銀行システムをしのぐ価値の急拡大を続けた。後に「影の銀行システム」と呼ばれるようになった債券市場(デリバティブなど派生市場を含む)の活況が、金融主導の米英経済の15年間の成長となり、ドルと米国の経済覇権が復活した。しかし2000年のIT株バブル崩壊あたりから米金融界が揺らぎ出し、07年のサブプライム危機後、債券市場の崩壊が止まらず、08年のリーマンショックに至った。債券市場は凍結状態となり、連銀によるドルの過剰発行によって何とか延命する事態になっている。 リーマンショック後、G7ではなくG20が対策を練った。米英主導でドルを支えるためのG7が、米欧と中露が対等に意志決定する多極型組織であるG20に取って代わり、SDRを活用した新たな基軸通貨体制を提唱したことは、もはやドルの単独基軸体制を続けることができないと、米国やEUなどの中枢が判断したことを意味している。 G20サミットが「ブレトンウッズ2」と称されたことも同じ意味だ。1944年のブレトンウッズ会議はドル基軸制を決めた国際会議で、ドル単独基軸制のほかに、金価格や各国通貨を加重平均して新たな国際通貨(バンコール)を創設する案も出されていた。「ブレトンウッズ2」という言葉からは、ドル基軸制を見直すというG20サミットの趣旨が感じ取れる。ドル基軸制を維持するつもりなら「プラザ合意2」とでも呼んだはずだ。 ▼通貨が多極化する前にドルが崩壊 リーマンショック後、米金融界は大打撃を受け、ドルは死に体となりながら、連銀のQEなどによって延命している。ドルが延命している限り、先進諸国の中央銀行などの各国当局が米連銀の言いなりでドルを支えようとするG7の旧体制が残り、G20が提唱する多極型の新通貨体制への準備は進んでいない。 ドル以外の地域基軸通貨としてユーロと人民元が取り沙汰されているが、ユーロは米英投機筋から攻撃されてギリシャやアイルランドなどのユーロ圏諸国の国債が潰れ、ユーロ圏の統合が維持できるか怪しい状態が続いている。米英の経済覇権を維持しようとする英米中心主義の勢力が、ユーロを潰すことに成功すれば、国際通貨体制を多極型に転換するG20の構想は阻止される。中国は人民元のドルペッグ廃止や国際化に慎重だが、それも、人民元の為替や国際取引を自由化したら米英の投機筋に攻撃されるという懸念からだろう。 EUではイタリアのベルルスコーニ政権が、首相の性的スキャンダルで混乱しているが、これも独仏伊の結束でEU統合やユーロ立て直しを進展させないようにする、英米中心主義勢力からのプロパガンダ攻撃かもしれない。日本で、米国からの自立を模索した小沢一郎がマスコミのプロパガンダ攻撃で潰されかけているのを見るとわかるように、日本と同じく敗戦国であるイタリアには、国内のマスコミや政官界などに英米の傀儡勢力がいるのだろう。ドルが潰れる前にEUや中国が潰されれば、多極型の世界体制は遠のく。 しかし、代わりの通貨体制が作れなくても、ドルが潰れていく方向性は変わらない。IMFの専務理事は最近「(G7時代の)国際協調体制が残り、それでドルが崩壊を免れているが、新興市場への資金流入など、リーマンショック前の不均衡が復活しており、今後また危機になりうる」と述べている。彼は「米経済は回復しているが、それは(金融界だけが米当局の延命策の恩恵を受けて未曾有の儲けを出した結果である)貧富格差や一般国民の失業増を招いており、望んでいたような回復ではない」とも言っている。 (IMF boss calls for changes in global currency system to increase financial stability) おそらく、G20がドル単独基軸制に代わる多極型の新通貨体制を確立する前に、ドルや米国債の崩壊が起きるだろう。今の感じだと、早ければ今年か来年、米国債の急落が起こりうる。米当局がうまく延命策をつなげていけば、もっと先まで持つだろう。しかし延命策を越えた根本的な問題解決は、ほとんど無理だ。 ドルの崩壊が起きたら、いったん世界経済が大混乱し、中東などで大きな戦争が起きるかもしれないが、その混乱の中で、G20が構想する新しい多極型の基軸通貨体制が具現化していくのではないか。もしくは英米中心主義の勢力が、中国を戦争に巻き込む(相手は日本?)など、世界体制の延命策を放ち、別の展開になるかもしれない。 近代の二度の世界大戦は、いずれも英国の覇権体制を壊そうとする勢力と、維持しようとする勢力との暗闘の結果として起きている。歴史が繰り返すものだとしたら、米国の覇権が終わろうとするときに世界大戦が起きても不思議ではない。世界大戦が起きる兆候は今のところないので、戦争が起こらずドルがさくっと崩壊する可能性も大きい。
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