中国の米国債保有額のなぞ2011年2月14日 田中 宇2月9日、米連銀のバーナンキ議長が米議会下院の予算委員会で証言した。その中でバーナンキは、中国が保有している米国債の総額は、米財務省が発表している8960億ドルではなく、少なくともその2倍以上の2兆ドルであると述べた。米国債の発行残高は9兆ドルなので、中国はその4分の1を保有していることになる。 (Our dollar, China's $2 trillion problem) 中国の政府や政府系金融機関が、発表されているより多額の米国債を持っているようだということは、以前から言われていた。中国は貿易黒字(経常黒字)を出し続ける一方で、事実上の人民元のドルペッグを続けている。人民元の対ドル為替が上がらぬよう、中国勢は、貯めた黒字をドル建て資産で持つ必要があり、米国債の保有額が増えるはずなのに、統計上の保有額は昨年あまり変動しなかった。 中国の保有額が変動しなかった半面、英国の保有額が増えたので、金融専門家の間では「中国は、チャンネル諸島など英国の租税回避地にあるダミー会社を経由して、中国の購入とわからないように米国債を買ったのではないか」と言われていた。バーナンキは、こうした中国の隠れた購入を加算して「中国の米国債保有は2兆ドル以上だ」と述べたと分析されている。 (China's Treasury confidential) もし、本当に中国勢の米国債保有が1兆ドルでなく2兆ドルだったとすると、中国が人民元の対ドル為替を切り上げたくない理由を理解できる。切り上げると、中国が保有する米国債の人民元建ての価値が落ちてしまう。中国は、輸出振興策として人民元のドルペッグにこだわり、その結果米国債保有が増え、ますますドルペッグに固執せざるを得なくなっているわけだ。 その一方で、米連銀が大増刷しているドルで米国債を買い支える量的緩和策(QE2)が終わったら、米国債が下落していく可能性が高いので、中国は大損失を被るリスクを負っていることにもなる。中国政府内では、中央銀行や政府の経済顧問たちが、米国債やドル建て資産を保有し続けるのは危険だから早く売った方が良いという主張を、前から政府系メディアなどで発表していた。 (Chinese economists deem huge holding of US bonds "risky," split on way out) だが中国政府自身は、それらの忠告に従うことができなかった。政府自身も、中国の内需を拡大し、人民元のドルペッグが必要な輸出産業に頼らなくてすむ経済体制を作ろうとしてきたが、転換は時間がかかり、一朝一夕に進まない。中国は、ドルや米国債の崩壊と心中する道を歩んでいる。バーナンキの指摘通り、中国が米国債の保有を急増したとしたら、以上のような分析になる。 (Treasuries Lack Safety, Liquidity for China, Yu Yongding Says) ▼バーナンキが正しいとは限らない しかしその一方で私が思うのは、本当に中国勢が米国債を2兆ドル以上も持っているのか疑問だということだ。中国政府は、金地金をこっそり買い増しているふしがある。中国が輸入する金地金の量が急増しており、これらは民間の需要増とされるが、中国政府が中国国内の民間市場から金地金を購入することは十分に可能だ。ロシア政府も、国内民間市場から金地金を買っている。 (China Goes for the Gold) 中国が金地金を買い増すのは、ドルや米国債が下落していくリスクが高まっているからにほかならない。中ロの政府は、政府が買っていると世界に知れると金相場を上昇させるので、自国の民間市場を通じて買い、相場の上昇を招かずに安く金地金を備蓄している。 また中国政府は2年ほど前から、各国との貿易取引の中で、ドルではなく双方の自国通貨を使う体制を拡大している。これによって中国の貿易黒字は、ドルでなく数多くの各国通貨で備蓄される傾向になっている。中国の貿易黒字が増えても、それがそのまま米国債の買い増しにつながるわけではない。中国は、最近欧州のユーロ圏諸国が発行したユーロ建て国債の全体の3分の1を買っている。また中国勢が、英国の租税回避地などでこっそり米国債を買えるなら、同じ場所でこっそり売ることもできるはずだ。 (China has much to gain from supporting the euro) 中国は、世界中で鉱山や油田の権利を買いあさり、欧米などの企業を買収することにも積極的だ。これらの要因も、中国が米国債を買う必要性を低下させている。 (DaimlerChrysler: The Divorce) 先週、米政府の統計上で、中国が購入した米国債の総額より、連銀が量的緩和策で購入した総額の方が多くなり、連銀が初めて世界一の米国債保有者となった。これは、量的緩和という内輪の売買をのぞいた実勢の米国債の売れ行きが悪化し、連銀しか米国債を買う者がいなくなっていく傾向を示している。この事態を放置すると、世界の投資家に不信感を持たれ、実勢の米国債の売れ行きがますます悪化する。バーナンキは、中国の米国債保有額をできるだけ多く見せようとする動機を持っている。 (2月3日の関連速報分析) だからバーナンキが「中国の米国債保有額は2兆ドル以上だ」と述べたからといって、それが事実とは限らない。中国の米国債保有総額は、中国政府にしかわからないことで、中国政府が真の数字を発表するとは思えないから、宣誓の上で行われているバーナンキの議会証言がたとえ正しいものでなくても、後で偽証と非難される恐れはない。 結局のところ、中国勢の米国債保有総額がいくらであるか、確定することはできない。米議会は最近、中国に改めて人民元を切り上げろと圧力をかけているが、中国はまだ当分、人民元を切り上げそうもない。中国が米国債を買い増さねばならない動機はある。しかしその一方で、連銀が量的緩和をやめたら米国債が急落するおそれが強まるのも確かだ。中国が米国債に対する買い支えをしようがしまいが、米国債が崩壊していく可能性は高まっている。 そもそも中国が米国債を買ってくれるのなら、連銀は量的緩和などやるべきでなく、米議会は中国に人民元を切り上げろと圧力をかけるべきでなく、国防総省は中国の脅威を声高に叫ぶべきでなかった。米国が人民元のドルペグを是認し、中国ともっと協調的な関係を継続し、米国債に対する信用不安を煽る結果にしかなっていない量的緩和をしなければ、中国は平然と米国債を買い支え、米国が財政赤字を増やしても米国債が下落する恐れは少なく、量的緩和も必要なかった。 (The Debt Contretemps Everybody's Ignoring) 中国共産党は数年前まで、あと20年ぐらいは自国の台頭を抑制し、米国と対抗せず、まずは国内の政治経済安定を優先しようとしていた。獅子はもう少し眠っていたかったのだ。こうした中国の低姿勢を、米国が尊重し、中国にドルペッグを許して米国債を多く持たせたとしたら、中国が東アジアから米国を追い出そうと考える傾向が減り、日本にとって中国が脅威と感じられる度合いも少なかっただろう。 実際に米国がやってきたことは、これらと反対のことばかりで、眠れる獅子を無理矢理に起こし、米国に対抗する方向に奮い立たせてしまった。そして日本政府も、米中関係が悪化するほど日米同盟にとってプラスだと考えて尖閣諸島の対立激化などをやり、ドルや米国債、ひいては日米同盟の寿命を短くしてしまっている。
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