金正雲の中国訪問など【短信集】2009年7月2日 田中 宇6月28日のFT紙は、軍事・外交・諜報筋の話として、北朝鮮の後継指導者に選ばれた金正日の26歳の三男、金正雲が、張成沢(金正日の妹婿。摂政役)らとともに、6月10日から17日までの日程で中国を訪問し、北京訪問後、広州、上海、大連などの改革開放経済の現場を見学したと報じた。 (North Korean `bright leader' visits China) 金正雲の訪中については、すでに韓国や日本のマスコミで報じられているが、日程や訪問地などは不明だった。中国政府は、金正雲の訪中を否定していた。今回のFTの報道は、金正雲の訪中が中国の経済開放の現状を見学することに力点を置いたものだったことが読み取れる点で重要だ。中国政府が否定した後に、だめ押し的に報道している点も注目される。 (Kim Jong-un 'Acting as Proxy for Kim Jong-il') 私は以前の記事で、中国からの経済支援に頼って国家運営している北朝鮮は、すでに事実上、中国の傘下(覇権下)にあり、中国は北朝鮮に、中国型経済改革(改革開放、社会主義市場経済)の導入と、集団指導体制への移行によって政治経済を安定させるよう求めているのではないかと分析してきた。これは、そう考えるのが自然だという推論であり、決定的な根拠がなかったが、金正雲の中国訪問が、上海や広州などの経済見学を主軸にしていることからは、やはり中国は北朝鮮に改革開放をやらせたいのだと考えられる。また、張成沢が同行していることからは、やはり彼が金正雲の摂政役であるとも感じられる。 (金正日の死が近い?) 金正雲の父親の金正日も、祖父の金日成が生きていた90年代から、何度か中国の経済開放の現場を見学している。金正日は、90年代に金日成から命じられて訪中した後には、北朝鮮に帰国後、中国を「修正主義の裏切り者」と酷評するというドラ息子ぶりを発揮した(本当はドラ息子ではなく、北の軍内に経済重視(戦争回避)の中国を嫌う傾向があり、軍の支持を得るために反中国的な演技をしたといえる)。しかし2000年前後、北朝鮮に対する経済援助国の主力が米国から中国に移るとともに、金正日は訪中するたびに中国を賞賛し、自国にも中国式の経済発展が必要だという姿勢を強めた。そして金正日は今回、息子の金正雲にも、中国の改革開放の現場を見に行かせた。 (北朝鮮を中国式に考え直す) 折しも、北朝鮮の貨物船「カンナム1号」が「国連決議に違反して武器を運んでいるかもしれない怪しい船」として米軍艦の追尾を受けている。米軍が強制的にカンナム1号に乗船して査察を挙行すると、北朝鮮が反撃の意味で韓国を攻撃したりして米朝間が戦争になりかねないが、米国は「国連決議では強制乗船まで認めていない」として、追尾しかできないという限界を露呈している。 (Second Thoughts on North Korea's Inscrutable Ship By DAVID E. SANGER) (Official: US Won't Forcibly Board North Korean Ship) この話の意味は「北朝鮮の行いを正すには、米国では限界がある。中国にやってもらうしかない」というメッセージが、米国から中国に発せられていることである。ブッシュの時代から6カ国協議を中国に主催させ、北朝鮮を中国の傘下へと押しつけてきた米国は、オバマになってもその姿勢を維持している。北朝鮮は、名実ともに中国の傘下に入りつつある。 (アジアのことをアジアに任せる) ▼インドも誘ってドル離れするBRIC ブラジルの新聞は6月29日、ブラジル政府が中国との貿易に続き、インドとの貿易についても、米ドルではなく相互の通貨(ブラジルのレアルとインドのルピー)を使うことを計画していると報じた。スイスの国際決済銀行での国際会議のかたわらで、ブラジルとインドの中央銀行当局者どうしが会い、この件を検討したという。またブラジルは、中国との当局者会議を開き、ドルを使わない貿易決済体制のあり方について話を進めている。 (After China, Brazil Eyes Non-Dlr Trade With India -Estado) 中国、ブラジル、インド、ロシアというBRIC諸国の中では、中国とブラジルのほか、中国とロシアとの間でも、ドルではなく相互の通貨を使う貿易体制が導入されている。 (ドル崩壊とBRIC) インドは、かつて英国の植民地だっただけに、いまだに英米中心主義の世界体制への従属意識が強い。しかし、米当局によるドルと米国債の過剰発行が続き、懸念が世界に広がる中で、今回、これまでドル脱却の動きに参加していなかったインドが、ブラジルに誘われる形で、BRICのドル離脱構想に参加するかもしれないことは「ドル終焉」のプロセスとして意味が深い。インドは、北隣の中国と地政学的なライバル関係にあり、BRICのドル離れ構想を主導する中国から誘われても軽々に乗れないが、遠方のブラジルからの誘いなら、比較的気軽に応じることができる。 中国は、今年4月に中央銀行(中国人民銀行)の総裁が、ドルを国際決済通貨として使い続けることの危険性を指摘するとともに、ドルに代わる国際基軸通貨としてIMFのSDR(特別引出権)を流用した諸通貨バスケットの制度を提案した。中国人民銀行は、最近発表した年次報告書の中でも、この提案を繰り返している。巨額のドルを外貨準備として持つ中国が、ドルの危険性を繰り返し指摘することは、少なくとも中国当局者の目から見てドルが非常に危険な状態にあることを示している。 (China Reiterates Call for New World Reserve Currency) 中国は、イタリアで開かれるG8サミットでも、ドルに代わる基軸通貨制度について話し合うことを求めている。しかし、英米中心主義のための組織であるG8が、英米中心主義の根幹に位置するドルの基軸体制を終わらせることについて議論する可能性は、ほとんどゼロである。ドル基軸からの離脱過程は、国際合意を形成した上でのスムーズな動きにはならないだろう。先にドルの崩壊が起こり、その後で「ドル後」が語られる展開になりそうだ。その際、中露などBRICは「ドル後」について最も良く準備をしている勢力となる。 (China requests reserve currency debate at G8 -sources) 世界では、米欧日の先進国(英米中心主義諸国)は大幅なマイナス成長が続いているが、中国やインド、ブラジルなどは経済成長力が復活し、高度成長を続けている。世界経済の中心が米国から離れていく「デカップリング」が起こりつつある。先進国の不況や低成長は今後も2-3年は続きそうだから、その間にドルの国際信用が下落すると、世界の経済成長の中心と、基軸通貨の主導権の両方が、米欧からBRICへと短期間に移動することになる。世界史上まれに見る、覇権体制の急速な転換が起こりうる。 (China recovery hopes gather pace) (やはり世界経済はデカップリングする?) ▼米国の温暖化対策と中国 米国では議会下院が6月26日、地球温暖化対策の排出ガス規制法を可決したが、同法には可決前に追加された条項として、二酸化炭素など温室効果ガスに対する排出規制を設けていない国から米国への輸入品について、米政府が制裁的な関税をかけることができるという規定が盛り込まれた。この条項の標的は中国やインドであり、世界有数の温室効果ガス排出国となっていく中国やインドに対策を促すことが条項の目的とされている。 (What Should Cap and Traders Do If China Doesn't Want to Cooperate?) オバマ大統領は、この条項は保護主義的であり、世界が不況から立ち直ろうと格闘している大事なときに、世界各国に対抗的な保護主義の傾向を拡大しかねず、世界経済に悪影響を与えるとして、条項を追加した議会を批判した。とはいえオバマは、全体として温室効果ガスを削減できる法律は歓迎だとして、拒否権は発動せず、事実上の中国制裁条項を含んだ温暖化対策法を成立させる姿勢を見せた。 (Obama Warns Against Trade Penalties in Energy Bill) 地球が本当に温暖化しているかどうか、人為説が正しいかどうかといった、温暖化「問題」の根本的な点が不確定である以上(世界の3万人の科学者が人為説は間違いだとする主張に署名している)、産業界のコスト増になって経済を減速させる温暖化対策は、環境的に無意味なだけでなく経済的に害悪だという批判が出ている。米共和党下院議員のロン・ポールは「温暖化対策法は、瀕死の米経済の棺桶に釘を打つもの」と酷評している。 (Cap and Trade Will Lead to Capital Flight - Ron Paul) そして、こうした問題の上に、中国やインドとの経済関係の問題が加わる。中国などからの輸入品に制裁関税を課さない場合、温暖化対策法によってコスト増となる米国内で製造された商品より、中国などからの輸入品の方が安い傾向が強まり、対策法は、中国などの雇用を維持して米国の失業者を増やす結果を生む。 (Exclusive: How `Cap and Trade' Bill Will Further Cripple the Economy) これを嫌気して、中国などに制裁関税を課すと、貿易戦争になるとともに、中国などは米市場に頼らず自国内市場や世界の新興市場諸国の市場を重視するデカップリングの傾向を強める。BRICのドル離れにも拍車がかかり、米国覇権の自滅を早めてしまう。日本では、米国がいよいよ温暖化対策に本腰を入れだしたと評価する向きが多いが、それは楽観しすぎで、この新法は米国の自滅に拍車をかける悪法になりそうだ。 (「地球の平均気温」は意味がない)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |