「ブレトンウッズ2」の新世界秩序(2)2008年10月31日 田中 宇10月19日、オーストリアを代表して欧州中央銀行の理事をしているエワルド・ノウォトニー(Ewald Nowotny、オーストリアの経済学者・政治家)が、自国のテレビ取材に対し「世界の通貨システムは、ドルの一極体制が維持できなくなり、アジア・欧州・米国という三極体制に転換していく」と述べた。(関連記事) 欧州ではすでに9月25日、ドイツの財務大臣が独議会での発言で「アメリカは国際金融システムにおける超大国の地位を失う。世界は、多極化する。アジアと欧州に、いくつかの新たな資本の極(センター)が台頭する」と表明している。10月中旬にはイタリアのトレモンティ経済相が「現在、世界の基軸通貨はドルだが、今後(の基軸通貨体制)は、他の(複数通貨による)組み合わせになるかもしれない」と述べた。欧州の上層部では、米の覇権崩壊(ドル下落)と多極化が、予測として定着しつつある。(関連記事その1、その2、その3、その4) EU中枢が発する予測に出てくる「極の一つになるアジア」とは、おそらく中国のことを指しているのだろうが、その場合に日本にどのような位置が想定されているかなど、不透明な点が多い。ノウォトニー理事は「世界の極となる地域の諸通貨(ユーロ、ドル、人民元、円?)の間で、固定相場制が採られることはないだろう」とも述べている。こうした発言からは、未来の通貨体制について、すでにかなり具体的なことが検討されている感じもする。 日本では、ここ数日の円高ドル安を受けて、銀行の両替コーナーに長い列ができ、安値感の出たドル紙幣を買う人々の姿が見られた。しかし、EU中枢の人々が言うようなドル崩壊が起きるのなら、今ドルを買うのは間抜けだ。買うならユーロの方が良いとか、うまいこと人民元に替えるとか、日本の円も極の一つになるのなら外貨など買わなくて良いとかいう話になる。 ▼G8ではなくG20になった意味 EUでは、国際通貨体制が自然に多極化するのを待つのではなく、積極的に多極化を進めようという動きが出ている。EU議長のフランスのサルコジ大統領らが主導して、11月15日日にワシントンDCで、国際金融体制を根幹から見直す「第2ブレトンウッズ会議」(G20会議)の開催することを、米国と掛け合って決めたり、10月24日に北京で開かれた「アジア欧州会合」(ASEM)で「中国が世界を経済危機から脱却させるためにいろいろやってくれるなら、IMFなど国際機関における中国の地位をもっと引き上げたい」と表明したりしている。(関連記事) サルコジは10月初旬「一つの国(米国を示唆)が単独覇権状態にならないような世界体制を作る」ことでロシアと合意し、その直後にドイツとも資本主義体制の大改変事業に着手することを同意してもらい、その後、訪米してブッシュと緊急会談し、ブレトンウッズ2会議の開催を欧米間で決めた。(関連記事その1、その2) これと前後して、英国のブラウン首相が、サルコジから主導権を奪おうと対抗案を出し、英機関が操作できる英米マスコミにも「英ブラウンがEUを主導してブレトンウッズ2を開く」といった歪曲報道が一時的に流れたが、まもなく下火になった。最近の米英マスコミでは「ブレトンウッズ2」という言い方もされなくなり、ブラウンは沈黙している。英国は、主導権を仏から奪い、多極化戦略を換骨奪胎しようとしたが、失敗した。(関連記事) 英仏の主導権争いに対し、米ブッシュ大統領は10月18日、英ブラウンではなく、仏サルコジとキャンプデービッドにこもり、ブレトンウッズ2会議の開催を決めた。(関連記事) しかもブッシュ政権はその後、ブレトンウッズ2会議をG8の会議としてではなく、G20の会議として開催すると発表した。G8(G7+ロシア)は、英主導の組織である。G7は、その前身のG5時代から、ニクソン以来の米国が自滅的にドルを崩壊させるのを、英が日独仏などに財力を出させて食い止めることを主眼とする組織だ。これに対してG20はBRIC(中露印伯)が主導する組織である。G20は、BRIC+G7+EU、韓国、インドネシア、サウジアラビア、南アフリカ、メキシコなどで構成される。(関連記事) ブレトンウッズ2の開催が決まった当初、英国や日本の政府は「拡大G8として開催する」と発表したが、その直後に米政府が「G20として開催する」と発表し、米による鶴の一声でG20としての開催に決まった。英米中心の世界体制が失われると国是が崩壊する日英は、G8としての開催を望んだが、隠れ多極主義の米ブッシュ政権は、中露主導のG20としての開催を選んだ。11月15日のブレトンウッズ2会議は、中露とEU(独仏伊)が主導することになった。 会議の開催地についてサルコジは、「覇権ころがし」を画策してきたのがニューヨーク資本家であることを意識してか、ニューヨークの開催を主張したものの、米側がそれでは露骨すぎると思ったのか、開催地は結局、ワシントンDCとなった。(関連記事) ▼IMFスキャンダルはフランス潰し 英米中心体制を維持したい勢力によると思われる反撃も起きている。IMFの専務理事は、サルコジと気脈を通じているフランス人のストラウスカーンであるが、この人は仏人らしく助平親父のようで、今年1月のダボス会議の際、ホテルでIMFに勤めるアルゼンチン人女性の経済専門家を口説いた。この女性の夫(夫もIMF勤務)がこの件を知り、ワシントンDCの弁護士事務所に法的対処を依頼していたが、その件が最近になって米マスコミに漏洩し、スキャンダルになった。(関連記事) ストラウスカーンは謝罪し、結局、引責辞任せずにすんだが、この一件は、IMFを多極化しようとするサルコジ・ストラウスカーンの筋を潰そうとする軍産英イスラエル複合体あたりによる情報謀略と感じられる。(1998年には、クリントン元大統領も、イラクに米地上軍を侵攻させたい軍産イスラエルの要求を断ったため、モニカ・ルインスキーとの不倫を暴露された) こうした妨害作戦を乗り越えつつ、サルコジは自らの権力を強化・延長しようとしている。EU議長は半年ごとにEU各国が持ち回りで担当し、今年後半は仏サルコジだが、来年は前半がチェコで、後半がスウェーデンで、いずれもユーロ加盟国ではない。このため、EU議長とは別の「ユーロ圏諸国議長」の新ポストを作り、次にユーロ加盟国であるスペインが2010年1月にEU議長になるまでの1年間、サルコジが横滑り就任することを、サルコジ自身が提案している。 EU内では、中核をなす独仏伊西の中枢は、EUが政治統合して世界的な極の一つになり、となりの極であるロシアとも親密にすることを望んでいるが、英や東欧、スカンジナビア諸国は、独仏主導でEUが覇権化することに賛成しない傾向がある。米国の覇権が衰退して世界が多極化する傾向は、来年にかけて加速する。EUが極の一つになるとしたら、来年が重要な年である。その間、東欧などがEU議長をするのは、独仏にとって不都合だ。だからユーロ圏議長という新しいポストを作ってサルコジが就任する構想が出てきた。仏の大胆な発案に対し、独は今のところ反対しているが「金融危機に対し、ユーロ圏の団結が必要」との名目で、いずれ賛成に回るのではないかとみられている。(関連記事) ▼為替投機を止め、人民元を国際化させる EUによる国際通貨多極化構想には不透明な点が多いものの、一部は推測できる。EUは、ブレトンウッズ2会議などで決める今後の国際金融規制の一環として、1990年代から米英の無規制の状況下で無数に創業した「ヘッジファンド」に対して強い国際規制をかけ、業界ごと潰そうとしている(英は猛反対)。ヘッジファンドは、どこから資金調達してどう運用しているのか、当局がほとんど把握しておらず、無規制状態の中で、各地の為替や金融の市場で巨額の先物投機を行い、何回も国際通貨危機を演出し、儲けてきた。 独仏はおそらく、元凶であるヘッジファンドを規制すれば、国際通貨危機の発生を抑制できると考えている。また独仏は、ヘッジファンドなどが巨額資金の隠し場所として使ってきた「タックスへイブン」(租税回避地)の規制強化も求めている。独仏は最近、EU当局の税務調査に対する回答を拒否したことがある世界の約40カ所のタックスへイブンを「ブラックリスト」として公表する政策を強化した。(関連記事) 私が推測するところ、独仏がヘッジファンドやタックスへイブンを潰したい理由は、それによって世界の為替市場を安定させ、中国人民元やGCC(サウジアラビアなどアラブ産油国)の共通通貨(2010年に創設予定)が、ドル連動から自立して国際通貨となる際の障害を取り除こうとしているからだろう。中国やGCCの政府は「為替を自由化すると、投機筋から攻撃され、暴落させられる」と懸念し、ドルペッグ(中国は非公然)にしがみついている。ヘッジファンドを潰し、世界の大きな資金の流れをすべて当局が監督できるようにすれば、中国やGCCは為替を自由化でき、多極的な国際通貨体制を作れる。 11月15日のブレトンウッズ2会議は、議題が金融規制に限定されているが、EUが主張するヘッジファンドなどを規制することで、今後の国際通貨体制の多極化に道を開く。ヘッジファンド規制については、米英の強い反対は必至で、11月15日の会議は紛糾して何も決まらない可能性も高い。だが、この会議によって、BRICとEUがG20という非米英的な枠組みの中で米英と対峙しつつ、新たな国際金融通貨制度を決めていく枠組みが定着すれば、今後、同様の枠組みでの会議が続行できる。来年から再来年ぐらいにかけて、ドルや米国債の信用失墜が加速するだろうから、通貨の多極化はやむを得ないと世界が考える展開になり、G20の議論の枠組みの中で、具体的な制度が検討されることになりうる。 ▼国連でも途上国の反乱 サルコジやG20の動きと並んで、国連でも注目すべき展開が起きている。国連総会は10月30日、国際金融危機に関する討論会を開いた。そこでは、米国人経済学者のジョセフ・スティグリッツが、現行の国連組織は先進国優先になっており、発展途上国に不利になっているので大改革が必要だと述べた。そして彼は、IMFや世界銀行に代わりうる国連の新たな経済組織として、中国・日本・インド・産油国といった外貨備蓄の多い国々が主導する形の国際基金を作ることを提案した。この会議では、米英による世界支配の道具だったIMF・世銀(ブレトンウッズ機関)を大改革する(潰す?)方向性として「ブレトンウッズ体制の作り直し」が提唱された。(関連記事) スティグリッツの意見は、単に学者として発せられたものではない。彼は、国連が今後作る予定の、国際金融制度と国連経済組織(IMFと世銀など)の改革のための専門家組織のトップに就任する予定となっている。彼の構想は、国連としての構想なのである。(関連記事) 中国・日本・産油国、といった組み合わせは、私にとってピントくるものがある。IMFやアジア開銀といった国連組織が05年春に作った、国際通貨の多極化のための「サーベイランス委員会」が、中国・日本・サウジアラビアとEU、米国という5極体制になっていたからだ。国連は今後、スティグリッツ主導の専門家組織によって、この国際通貨5極体制の実現を目指す可能性が強い。(関連記事) 従来の国連は、米英が(特に英国が黒幕的に)主導する組織だった。スティグリッツのような人物が騒いでも、米英に潰されて終わるのが国連の常だった。しかし、今の国連は、従来とは違う。最近の記事「国連を乗っ取る反米諸国」にも書いたように、途上国やBRICの代理人が重要ポストに就き、米英から主導権を奪おうとしている。国連総会の議長は、反米主義のニカラグア左翼政権で外相だったデスコソである。事務総長は、中国と密通していると疑われる韓国のバン・キムン元外相だ。(関連記事) こうした国連でのBRICや途上国による米英からの主導権奪取と、サルコジら独仏主導のEUが米英従属から抜け出して多極的な勢力へと転換している感じとが連動し、11月15日のブレトンウッズ2の会議や、国連での改革開始につながっている。 ▼ドル離脱を模索する中露 通貨の多極化に対し、対米従属こそ命である日本政府は、明らかに反対だ。従来は、中国も通貨多極化に消極的だった。しかし中国は最近、態度を変え始めている。10月24日に北京で開かれた「アジア欧州会合」(ASEM。議長は中国とフランス)に際し、中国政府は、米国の金融危機対策のあり方を強く非難し、国際金融の新たな秩序を作らねばならないと表明した。(関連記事) 人民日報には「世界は、国際機関を通じた民主的なやり方で、米国(ドル)が主導してきた従来の通貨システムを変更する必要がある。アジアと欧州の間の貿易は、ドルではなく、ユーロ、ポンド、円、人民元で決済する必要がある」と主張する、上海同済大学教授(石建[員力])の論文が掲載された。この論文は、中国共産党の公式な主張ではないが、共産党上層部で「米国の覇権を崩して世界を多極化しようとする国際的な動きに中国も積極協力し、立ち上がるべきだ」と考える勢力が強くなっていることを示唆している。(関連記事その1、その2) このような中国の動きを見越して、EUはASEMで「中国が世界を経済危機から脱却させるためにいろいろやってくれるなら、IMFなど国際機関における中国の地位をもっと引き上げたい」と提案した。またロシアは、中国とロシアとの間の貿易決済の通貨を、従来のドルから、人民元とルーブルの混合状態に移行させていくことを、中国に提案した。人民日報の石教授論文と連動した動きである。(関連記事) 2国間貿易にドルではなく、2国の通貨を使う試みは、すでに南米でブラジルとアルゼンチンが開始している。だが、為替変動の影響もあり、なかなかうまくいかない。ロシアのプーチン首相も、中露間の貿易を人民元・ルーブル建てにすることは難しいと認めつつ「世界経済の問題はドルベースになっているところに起因しているので(脱ドル化を)やらざるを得ない」と述べている。プーチンらBRIC諸国の首脳は、いずれドルが潰れることを、すでに感じているのである。(関連記事) 米国発の金融危機は、米国の不況突入から、BRICや途上国の経済難へと発展している。米英が潰れる前に中露が潰れる可能性もある。しかし同時に、BRICや途上国は、米国発の金融危機による被害を受ければ受けるほど、国連などで結束し、米英中心の国際政治体制を転覆させ、主導権を奪おうとする動きを強める。米当局の金融危機対策は大失敗で、米国に任せておいたら、世界経済は無茶苦茶になると思っている人が世界の大半なのだから、米国から覇権を剥奪しろという要求が国連で広がるのは当然だ。 ▼米軍の裏金で株価操作? 注意せねばならないのは、米英中心の世界のマスコミの論調は、英国や米の軍産複合体が操作している部分があるということだ。また、軍産英複合体は1980年代以来、毎年の米政府の軍事費の一部を「隠し金(ブラックマネー、機密費)」として秘密裏に蓄え、それで諜報作戦をやっているが、その総額はおそらく1兆ドル近い。この金で、世界の株価を操作することが十分に可能だ。(関連記事) 隠し金は、無数にある国防総省の下請け企業への発注費用として捻出され、おそらく無規制なタックスへイブンに蓄えられ、ヘッジファンドが運用している。軍産英複合体が、ロシアの株価を暴落させることなど簡単だ。アジアからロシアに波及した1997年の国際通貨危機も、彼らの仕業かもしれない。冷戦終結からあの危機まで、米政府は経済主導で動き、軍事産業は縮小・統合させられ、イスラエルはパレスチナ和平(オスロ合意)を飲まされていた。しかしアジア通貨危機後、98年に米国はアフガニスタンのタリバンを「味方」から「敵」にレッテル貼り替えし、同年にはネオコンやチェイニーらが結束してイラク侵攻を主張するPNAC(アメリカ新世紀プロジェクト)を組織した。PNACメンバーの多くはブッシュ政権の高官に就任した。 イラク侵攻は失敗し、米政府は財政破綻に近づいている。米大統領府には「金融市場のための大統領ワーキンググループ」と称する、事実上の「株価下落防止委員会」が設置されているが、その資金源はたぶん国防総省のブラックマネーだ。しかし今や金融危機が悪化して、いくら隠し金をつぎ込んでも、株価下落は止まらない。米中枢の隠れ多極主義者が下手を打って、暗闘相手の軍産英イスラエル複合体による延命策をこっそり破壊した結果である。複合体は世界のマスコミに、ドルの危機など存在せず、英米よりBRICや途上国の方が先に破綻するかのように書かせているが、それが事実かどうか怪しい。(関連記事) 原油や金の相場も、政治暗闘の舞台である。原油相場はロックフェラーなど多極派によってつり上げられてロシアやアラブの優勢を作り出し、金相場は逆に軍産によって引き下げられ、ドル崩壊の回避策に使われている。(関連記事その1、その2) 田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |