肥大化する米軍の秘密部隊2002年11月11日 田中 宇11月6日に行われたアメリカの中間選挙で、共和党が勝った。これまで民主党が1議席差で多数派となっていた連邦議会の上院では、逆に共和党が多数派となり、共和党は議会の上下院とも制することになった。これによって、サダム・フセイン政権を倒すためにイラクを攻撃したいブッシュ政権のタカ派姿勢が米国内で信任されたことになり、アメリカ上層部における世界支配をめぐるタカ派(ネオコン)と中道派の対立は、タカ派勝利で幕引きとなるかのように見える。 だがその一方で、911以後、テロ事件のショックなどから思考停止の体制翼賛状態に陥っていたアメリカのマスコミや言論人たちが、徐々に本来の思考を取り戻し始めているのも、最近の傾向だ。 たとえば10月27日には、アメリカの著名な作家であるゴア・ヴィダルが、昨年の911事件について「ブッシュ政権は、テロ事件を事前に知りながらわざと防がなかった可能性がある」と指摘し、この点に関して疑惑を晴らすための調査を行うべきだ、とする論文を発表した。(関連記事) ゴア・ヴィダルの主張は、米政権が事前にテロ計画を知っていたことを示唆するいくつかの証言をつなげた上、9月11日当日の防空態勢が異常に貧弱だったことや、テロ実行犯に対する捜査が満足に行われていないことなどから、米政府の自作自演性を指摘するものだ。(関連記事) 内容的には、私が今年4月に出版した「仕組まれた9.11」(PHP研究所)に書いたことと似ている。この手の分析や主張は、911事件の直後から、アメリカの独立系事件アナリストらによってなされており、私の本もそれらの分析を参考にした。(関連記事) ヴィダルの主張は、インターネット上の言論に詳しい人には目新しいものではないが、著名な作家であるヴィダルがこのような主張を始めた点が注目される。ヴィダルは、今年4月の時点では「傲慢な一強主義をとり始めたアメリカに対し、ビンラディンに象徴されるアラブの人々が怒って反撃したくなるのは当然だ」といった論調をとっており、911事件自体は、自作自演的なものではなく、自然な事件だと考えていた。それが今回は、911事件そのものが不自然だと考えるところまできている。(関連記事) 私自身、911当日から3カ月近くの間は、あの事件を「アラブの怒りがテロに結びついたもの」と、常識的に考え、実行犯のリーダーとされるモハマド・アッタについて調べたりした。だがその後、インターネット上のいろいろな情報を読んでいくうちに、911事件は、不自然さやおかしな点、解明されていない謎が多い事件で、疑念をつないでいくと、どうも米当局がわざと事件発生を防がなかったか、下手をすると計画段階から米当局が関与していた可能性すらある、という結論に達した。これと同じような考え方の転換・深化が、ゴア・ヴィダルの論調からも感じられる。 ▼復活したロサンゼルスタイムス マスコミで「復活」が目覚しいのは、カリフォルニアのロサンゼルスタイムスだ。911事件の後しばらくは、この新聞も、大政翼賛的なつまらない部類の一つになってしまっていたが、今は痛烈なブッシュ批判、ネオコン攻撃、戦争反対の主張などを展開するようになっている。 私は先日、久しぶりにこの新聞のサイトを覗いて、その変わりぶりに驚き、日常的にウォッチするサイトに入れ直した。911事件の犠牲者を抱え、その後はネオコンによる政治陰謀の渦中にあるワシントンDCなど東海岸をしり目に、カリフォルニアなど西海岸の方から先に、アメリカの人々は正気を取り戻しつつあるようにも見える。 前回の私の記事「麻薬戦争からテロ戦争へ」も、ロサンゼルスタイムスのスクープ記事を参考にして書いたものだ。同紙はその1週間後の10月27日には、アメリカ国防総省がベトナム戦争以来の大規模な秘密部隊を養成していることを「The Secret War」という記事で暴露した。 この記事で紹介されている、いくつかの秘密部隊の中で、私が特に注目したのは、計画中の新組織「先制攻撃グループ」(Proactive,Preemptive Operations Group、略称P2OG)という組織である。 この組織は、テロ組織やテロ支援国家を挑発して、米軍が攻撃を加える口実となる最初の小さな一発を、敵の側から繰り出させるための「挑発部隊」だ。テロ組織に、実際にテロを行わせ、それが実行されるかされないかという瞬間に、米軍がテロ組織を速攻で壊滅させる、といった作戦を行う部隊である。 日米開戦時の真珠湾攻撃に象徴されるように、アメリカは伝統的に、戦争をしたいときは先に相手に手を出させ、アメリカは正当防衛のために立ち上がった、という「正義の戦争」の理屈をとりたがる。ブッシュ大統領が今年6月に「これからは先制攻撃をする」と宣言したが、これは従来の「正義の戦争」という制限から自らを解放しようとして発したものだ。 にもかかわらず、その後ブッシュ政権がイラクを先制攻撃しようとしたところ、米国内外から「攻撃の根拠がない」として強い反発を受けてしまい、先制攻撃の宣言は事実上、無効にされている。こうした状況を乗り越えるため「挑発部隊」が必要なのだと思われる。 イラクとの戦争も、湾岸戦争時は、クウェート侵攻によって先にイラクが手を出したため、正義の戦争の体裁をとれた。だが今回は、すでにアメリカ側はいろいろと裏で挑発行為を画策していると思われるにもかかわらず、イラク側が湾岸戦争時の失敗を教訓にして、挑発に乗らない慎重な姿勢をとっている。このため、特別な挑発部隊が必要になったのだろう。 ▼増え続けた裏の軍事予算 米国防総省の秘密部隊は、予算的には「ブラック・ワールド」(black world)と呼ばれる裏の予算システムで運営されている。このメカニズムはレーガン政権時代から続いている。仕組みとしては、たとえば実際には3年で終わる新型戦闘機の開発に15年かかるということにして、議会で15年分の予算を通してしまう。 こうすることにより、4年目から15年目まで12年分の新型戦闘機開発予算を、議会の承認を経たくない別の秘密作戦に使うことができる。裏の予算が「ブラック(黒)」で、表の予算が「ホワイト(白)」と呼ばれている。(関連記事) 議会にかけると、マスコミを通じて米国内外に秘密作戦の存在が暴露されるので、それを避けるための方策だった。ブラックワールドの手法が初めて行われたのはカーター政権末期の1979年。イランでイスラム革命が起き、テヘランのアメリカ大使館が革命勢力に占拠された人質事件のとき、人質となったアメリカ人を解放するために秘密予算が組まれた。 だが、1980年4月に行われた人質救出作戦は失敗し、結局、人質解放にこぎつけたのは、次期大統領となるレーガンを中心とする共和党が、中東の諜報に詳しいイスラエルの助力を得て、イラン側と交渉したためだった。このときに活躍したのがイスラエルと親しいネオコン勢力で、この功績から、ネオコンはレーガン政権の外交と諜報を担当するようになり、国防総省に入り込み、ブラックワールドを急拡大させた。 1985年に暴露されたイラン・コントラ事件を機に、ネオコンが構築した秘密予算に対する批判が強まり、次のブッシュ(父)とクリントン政権下では、ネオコンは政権中枢から外されたが、国防総省のブラックワールド自体は拡大した。 クリントン政権は経済による世界支配を目指しており、米軍の規模を縮小させたかったようだが、ブラックワールドにメスを入れると、大統領自身がどんなしっぺ返しを受けるか分からないので、放置していた。1996年のワシントンポストの暴露記事によると、97年次予算では、空軍予算の40%がブラックワールドに回されていた。(関連記事) 2001年にブッシュ(子)政権が誕生し、ネオコン勢力が再び国防総省を牛耳るようになると、秘密予算がさらに拡大し、911事件でテロ戦争が始まるとともに、国防総省では、ブラックワールドを使った秘密部隊が主力となり、表の部署は副次的な役割に格下げされ、表と裏がひっくり返り、白黒が逆転する状態となった。裏部隊を牛耳るネオコンの人々は、CIAはおろか、国防総省内にある表部隊の諜報機関であるDIAの言うことも聞かず、独自の諜報作戦に走り出している。 ▼米軍秘密部隊とCIAはもはや敵どうし? ブラックワールドの秘密部隊の問題は、外部の監督を全く受けないため、アメリカの国家的な国益のためでなく、自分たちの組織の利益のため、ブラックワールドを温存拡大するために、作戦を遂行する可能性が大きいことだ。秘密予算拡大のためには、911事件のようなテロを誘発することすらやりかねない。 先に紹介した「先制攻撃グループ」のような挑発部隊の存在は、911事件より前から指摘されているが、そうした部隊の活動を応用すれば、テロ組織を裏で応援し、実際に911事件のようなテロをやらせることができる。国防総省のブラックワールドの人々は、911事件の発生によって最も予算が増えた勢力で、しかも外部のチェックを受けない存在なのだから、彼らの自作自演だったという疑惑が生じてくる。 アメリカの最上層部で、イラク攻撃を最も強く推進しているのも、国防総省の裏部隊である。イラク攻撃によって中東がさらなる混乱に陥れば、イスラム世界との「文明の衝突」が本格化し、秘密部隊の活躍の場がさらに広がる。かつて、この分野はCIAの担当だったが、そこに国防総省が割り込んできている。 CIAや、国防総省内の表部隊の人々は、これに対抗し、以前からイラク攻撃に反対している。CIAのテネット長官は10月初旬「イラクはアメリカの脅威ではない。にもかかわらずアメリカがイラクを攻撃すると、イラクからの反撃によって、アメリカが被る被害が不必要に大きくなる」と主張し、イラク攻撃に反対する姿勢を明らかにしている。(関連記事) ウォルフォウィッツら国防総省のネオコンたちは、イラク攻撃など、自分たちがやりたいことに対してマイナスになる結論を出してくる諜報分析の報告書を無視しており、今ではCIAと国防総省とは、ほとんど連絡を取り合っておらず、もはや敵同士のような関係だという指摘もある。(関連記事)
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