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アメリカ発の世界不況

2008年1月22日   田中 宇

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 1月21日から22日にかけて、世界的な株価の急落が起きた。日米だけでなく、欧州各国の株も下落し、世界の主な市場の多くが、1日で4−6%の下落という、911以来6年ぶりの急落を記録した。(関連記事

 株安の原因は、世界から商品を旺盛に輸入・消費し続けてきたアメリカが不況に陥りそうだということだ。不況(リセッション)は、経済のマイナス成長が6カ月以上続く状況を指すが、ここ1カ月ほどの間に、ゴールドマンサックスやメリルリンチといった米大手投資銀行がアメリカの不況入りを予測し、ブッシュ政権も不況対策の計画を発表し、すでに米経済の不況入りはほぼ確実である。(関連記事

 最近発表された12月期のアメリカの失業者数は、前年同月比13・2%増となった。米経済はこれまで、失業者数が13%以上の増加になると、必ず不況に陥っている。住宅着工は約30年ぶりの激減だ。アメリカの消費者は、16年ぶりに消費を減らし始めた。経済統計から見ても、米経済は今後かなりひどい不況に陥ることが見通せる。(関連記事その1その2その3

 米政府は、消費と投資を誘発するため、減税を中心とした総額1500億ドルの財政的な景気対策を行うことにしたが、この対策は効果が薄く、時期的にもう遅すぎるとも指摘されている。景気対策の発表後、米株は失望売りで下落した。(関連記事

 アメリカの今の政権と議会は、産業界や農民、医者などが作る各種の政治圧力団体(ロビイスト)からの要請に弱いことで有名だ。911後のテロ対策や、2005年のハリケーン復興など、特別枠の予算の多くは、本筋とあまり関係ない業界への利益誘導に使われている。今回の景気対策も、議会で、各種の利権のひも付きになっている議員たちにいじり回された挙げ句、景気対策とはほど遠い予算の無駄遣いになる可能性が高い。(関連記事その1その2

▼景気対策は無駄遣い

 米政府はすでに巨額の財政赤字を抱え、今後は高齢者向けの官制健康保険「メディケア」や年金の支出急増も確実だ。支出増の一方で不況で税収が減りそうな中、景気対策に財政を無駄遣いすることは、非常に危険である。債券格付け会社のムーディーズは1月10日、米政府がメディケアや年金の支出増を抑制できない場合、今後10年の間に、米国債は現在の最優良格付け(AAA)からずり落ちるとの予測を発表した。(関連記事

 メディケアや年金の支出に加え、景気対策の無駄遣いが米政府の財政負担として重なると、ムーディーズが予測する「10年後の格下げ」は前倒しされ、下手をすると2−3年後には米国債が格下げされるかもしれない。格下げされると、米国債を買いたい人が減って利率が上がり、ますます米財政の首を絞める。格下げはドル安も招き、最悪の場合、米政府は国債の利払いや償還が不能になり、債務不履行に陥る。米国債が紙くずになる事態が、絵空事ではなくなってきた。(関連記事

 すでにブッシュ政権は、1960年代のジョンソン政権による戦後最大の財政の大盤振る舞いとして知られる「偉大な社会」以来の、財政の大浪費をしていると指摘されている。ジョンソン政権の財政浪費は、次のニクソン政権に引き継がれ、1971年のドルショック(金ドル交換停止、ドル急落)につながった。(関連記事

 多極主義者であるニクソンは、世界経済の構造を多極化するため、意図的に財政の無駄遣いを加速した可能性があるが、今のブッシュも同じ構図をたどっている。特に、次期大統領が共和党になった場合、共和党の候補の多くはブッシュの財政大盤振る舞いを続けると言っているので、米政府の財政破綻とドルの基軸性喪失が起きる可能性が大きい。民主党候補が勝って、頑張って財政の立て直しを目指したとしても、成功はおぼつかない。(関連記事

 米政府は、財政支出と利下げを同時に行って景気対策にしようとしている。しかし、財政支出は米国債の格下げからドル下落につながる一方で、利下げも、世界からアメリカに流れ込んでいる投資の利回りを低下させ、世界が対米投資を控える結果、ドルの信用不安と下落につながるので危険だ。欧州中央銀行の理事の一人は最近、ドル下落の恐れがあるので、米連銀はもうあまり利下げする余地がないはずだと述べている。米連銀は、利下げすればドル不安、利下げせねば不況、という板挟みになっている。(関連記事

▼倒産が倒産を呼ぶ

 アメリカでは前回2000年に不況になったが、それは不況になったかどうかわからないぐらいの浅い不況で、期間も8カ月と短かった。しかし、今年からの不況は、金融危機を併発しているため、前回よりはるかに大規模で長期的なものになりそうだ。(関連記事その1その2

 金融危機の発端となった住宅バブルの崩壊は続き、ファニーメイとフレディマックという、アメリカの2つの公的住宅金融機関が貸している比較的優良なローンの領域まで返済不能が増え始め、2社は経営難に陥っている。2社は、資本の余力が少ないため、返済不能が増えると倒産の危機になり、政府の公的資金を入れて保護せねばならなくなる。2社のローン貸出残高は合計約4兆ドルで、この中の1割程度が貸し倒れになると、サブプライムローンの損失総額(3000億ドル)を上回る。しかも、2社の損失は米政府に保証義務がある。米政府の財政は、ますます赤字になる。(関連記事

 不況と金融危機の併発は、米企業の倒産を増加させる。アメリカは昨年まで、倒産しそうな会社でも高リスク債券(ジャンク債)を発行して資金調達できたので、倒産件数が異様に少なく、倒産率は1・3%だった。ところが昨夏以来の金融危機で、高リスク債の市場は開店休業状態が続き、倒産しそうな企業が高リスク債を発行しても、全く売れないか、非常に高い金利を払う必要がある。(関連記事

 シティグループの概算によると、高リスク債による資金調達ができないため、アメリカの企業倒産率は、09年初には4倍の5・5%にはね上がると予測されている。20社に1社が倒産するということだ。しかも、シティグループの概算には「不況」が勘案されていない。不況で倒産が2倍になったとすると、倒産率は10%になってしまう。(関連記事

▼米英経済の不振は10年続く?

 住宅ローンの返済不能や、企業倒産が増えると、高リスク債の債務不履行(デフォルト)が増えるが、債券の多くには、デフォルトした場合に支払われる保険(クレジット・デフォルト・スワップ<CDS>、モノライン保険)が、リスクヘッジのためにかけてある。この保険の残高は45兆ドルある(米の住宅ローン残高の4倍)。(関連記事

 このうちの1%の債券がデフォルトしただけで、サブプライムの損失総額を上回る4500億ドルの保険金が必要になる。保険金はモノライン保険会社が支払うが、こんな巨額の支払いはこなせない。アムバックとMBIAという、モノライン保険会社の大手2社は、倒産が時間の問題だとみられている。(関連記事

 モノライン保険会社が倒産したら、残っている保証契約は紙くずになる。債券保証の制度そのものが崩れ、ヘッジされていたはずのリスクが目前に表れ、債券全体のリスクがいっそう上がる。この分野はここ数年で急成長したので、政府の保証は何もなく、規制もなかった。「不況のための備え」は、実は不況など永遠に起こらないことを前提としていた。高リスク債券の世界は全体として、不況を前提としておらず、この手のねずみ講的な話は、今後まだまだ出てくるだろう。ここ20年の米英の経済力の源泉だった証券化のシステムそのものの大伽藍が崩壊している。(関連記事

 この金融崩壊が続く限り、不況も悪化する。少なくとも今年いっぱいは、タマネギの皮を一枚ずつむくように金融危機が拡大していくのではないか。金融崩壊が一段落した後、不況も一段落するだろうが、欠陥が露呈した以上、証券化のシステムが復活して米英経済が昨年までの強い状態に戻る可能性は低い。いずれ別の金融システムが構築されれば復活するかもしれないものの、米英経済は下手をすると今後10年は不振が続く。(関連記事

▼長期的にはデカップリング

 アメリカは戦後ずっと、世界中から旺盛に商品を買い続け、大消費国として世界経済を牽引してきた。牽引役が失われるわけだから当然、アメリカの不況は世界の不況になる。日本もEUも、経済の減速が予測されるようになり、ここ数日、ユーロの為替も下がっている。(日本は、米株の購入資金作りに使われていた円キャリー取引が清算され、円高になっている)(関連記事

 日欧も今年は不況に陥りそうだが、金融危機は併発していない。日本は、90年代のバブル崩壊後の金融界の慎重さが幸いし、金融機関は高リスク債をあまり買っていない。欧州では損失を出す金融機関が出たが、全体として見ると、たとえばドイツでは、企業の投資の90%は内部留保を使った自己資金であり、イギリス以外では債券発行は少ない(フランスでは60%)。(関連記事

 中国やインドなどの新興経済大国も、対米輸出が減って経済が減速するだろう。年明けからの世界的な株安傾向を見ると「アメリカが消費しなくなっても、その分を新興大国が消費するので世界経済は高成長し続ける」というデカップリング説は、短期的には間違いだったことがわかる。

 昨年来の危機でアメリカの金融機関の株価が半値になり安値感があるので、中東産油国や中国の政府投資基金(SWF)がさかんに米金融機関を買収している。だが今後、金融危機はもっとひどくなり、金融株はもっと下がることを考えると、彼らは高い買い物をしている。(関連記事

 これらの問題はあるが、中長期的に考えると世界経済は、中国、インドやその他の大小の新興国の人々が、貧乏人から中産階級へと上がっていく際の消費力によって牽引されていくしかない。世界経済が今後、アメリカ発の世界不況から立ち直れるとすれば、そのシナリオは、世界経済の中心がアメリカからアジアなどの新興市場に移ることになる。デカップリング説は、短期的には間違っていたが、長期的には当たっている。

▼「新しいT型フォード」

 先日、インドのタタ財閥が、10万ルピー(約25万円)という超安値の自家用車「ナノ」の発売を発表した。フィナンシャルタイムス(FT)はこの車を「新しいT型フォード」と呼んでいるが、この視点は示唆に富んでいる。(関連記事

 1910年代に開発されたT型フォードは、世界初の大量生産の自家用車で、当時アメリカに登場しつつあった中産階級が、世界経済を牽引する消費力の主役になる転換点の時期に出てきた商品だった。FT紙がナノを「新しいT型」と呼ぶ意味は、ナノがインドをはじめとする新興市場諸国で、中産階級として登場しつつある人々が買う最初の自家用車になるかもしれない、ということである。

 以前の記事に書いたように、世界の消費を牽引してきたアメリカの中産階級は疲弊し、縮小しているが、その代わりにインドや中国などで中産階級が登場し、彼らが世界の消費を牽引していこうとしている。その象徴がナノであるというのが「新しいT型フォード」の視点から読み取れる。

 ナノに対しては「途上国の人々がみんな自家用車を持ったら、排気ガスや地球温暖化で大変なことになる」と、先進国の環境運動家が叫んでいるが、これは先進国の人間の傲慢であり、新興国の台頭を「環境保護」の名目で阻止しようとしているにすぎない。「地球温暖化問題」が、イギリスなどの先進国が新興国からピンハネするために誇張しているプロパガンダであるのと同じ構図である。



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