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アメリカ発の世界不況が起きる

2006年1月25日   田中 宇

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 昨年12月27日、アメリカの債券市場で、関係者を騒がせる現象が起きた。この日と翌日、5年ぶりに、長期金利と短期金利の逆転が起きたのである。(関連記事

 世の中の先行きの不透明さを考えると、どこかに長期間お金を預けることは、短期間預けるよりもリスクが高いので、通常は、長期国債(10年ものなど)の金利は、短期国債(2年ものなど)の金利より高い。これが逆転して短期金利の方が高くなるのは異常である。12月27日、米国債の利回りは、10年ものが4・343%、2年ものは4・347%だった。(関連記事

 金利の逆転が騒がれるのは、不況の前兆であるという説があるからだ。1996年にアメリカの連邦準備銀行(中央銀行)の経済専門家が書いた論文によると、第二次大戦後に起きたすべての不況は、発生から1年−1年半前に、金利の逆転現象が起きている。この論文では、金利が逆転すると金融機関が短期貸し付けをやりたがらなくなって貸し渋りが起き、経済が悪化するのではないかと考えられた。(関連記事

 この論文が書かれた後、2000年に金利逆転が起きたが、その後も、ITバブルが崩壊して株価が下落し、米経済が不況に陥っている。だがその一方で、1998年に起きた金利逆転は、不況の前兆とならなかった。この時は、東南アジアやロシアの金融危機の影響で、安全性が高い長期米国債に投資する人が増えた結果だとされた。

 金融の国際化が加速したため、1996年に成り立っていた「金利逆転は不況の前兆だ」という定理はその後崩れた、という見方が専門家の間から出てきて、次の2000年の金利逆転は軽視された。

▼不動産市場を危険にする短期金利の上昇

 昨年末に起きた金利逆転の原因の一つは、中国や日本といったアジア諸国など、アメリカに商品を輸出して経済を維持している国々の中央銀行が、長期の米国債を積極的に買っているため、長期金利が低下していることである。日本や中国は、輸出に有利なよう、自国通貨とドルの間の為替を一定にしておくため、ドルの外貨備蓄を増やしている。外貨準備の多くは現金ではなく、長期米国債の購入にあてられている。

(債券は、買いたい人が多いほど低金利でも売れるので、需要が多いと金利が下がる)

 その意味では、昨年末の金利逆転は「金融の国際化」の結果であり、1998年の逆転と似ており、前例に従うなら、発生しても軽視して良い現象であるといえる。連邦準備銀行のグリーンスパン議長は「逆転は、長期債が外国から買われて低金利になっている結果であり、米経済の好不況とは関係ない」という意味の発言をしている。(関連記事

 とはいえ「アジア諸国が長期米国債をさかんに買っているから長期金利が下がっている」という説明は、金利逆転現象の発生原因の半分にすぎない。残りの半分は、短期金利が上がっていることである。実はこちらの方が大問題で、金利が上がったことで、アメリカ経済の活況を支えている住宅市場のバブルが崩壊しそうになっており、このままバブルが崩壊すると、米経済は不況に陥る可能性が大きい。

 アメリカの不動産市況は昨年6月に天井に達し、その後はしだいに住宅の売れ行きが悪化している。さる1月20日には、不動産価格の高騰が最も大きかった都市の一つであるニューヨークのブルームバーグ市長が「不動産市況は劇的に冷え込み始めている」と発言し、注目を集めた。(関連記事

 不動産市場は株式相場のように一晩で暴落するということはなく、売れ行きが悪くなり、やがて価格が下がるという、時間のかかる低下プロセスをとる。不動産市況の悪化の速さを考えると、このまま進むと「金利逆転から1年ー1年半後に不況に陥る」という、時代遅れになったはずの定理どおりの展開になる可能性がある。

▼不動産高騰が主導する景気回復

 アメリカ経済は、2000年から01年にかけて、株価の下落と911事件によって不況に陥ったが、その後、しだいに活況を取り戻し、現在に至っている。そして、この景気回復を支えてきたのが不動産バブルだった。

 従来、不況から好況に転じる際には、消費と雇用の回復が同時に起き、雇用が拡大したり給料が上がったりすることで人々の生活に余裕ができて消費が拡大し、さらに雇用や給料の増加が起きる、という好循環になるのがふつうである。(関連記事

 だが、01年からのアメリカの景気回復では、雇用がほとんど伸びず、労働人口の増加率とほぼ同じ低水準にとどまっている。雇用拡大の歩調は、戦後の米経済のすべての景気回復期の中で、最も鈍い。賃金もほとんど上がらず、インフレ率より低い実質的な賃下げとなっている人が多い。企業収益は好調で、経営者は収入増だが、一般の従業員の収入は増えていない。(関連記事

(企業業績が回復しても賃金が上がらない現象は、経済グローバリゼーションが進み、先進国の労働者が、中国やインドの労働者と競争しなければならなくなった結果であり、日本でも起きている)(関連記事

 雇用が増えない一方で、消費は増えている。アメリカはアジアなど世界からさかんに商品を輸入し、貿易赤字はどんどん増えている。経営者だけでなく、一般国民が幅広く消費を拡大している。賃金が増えないのに、なぜ消費を増やせるのか。

 その答えが「不動産価格の上昇」である。不況を脱するため、中央銀行(連銀)は金利を非常に低い水準まで下げた。その結果、ローンが借りやすくなって住宅の需要が増え、株式市場の下落で行き場を失っていた資金が不動産市場に流れ込み、さらに需要を押し上げた。住宅を買った人々は家具なども新調し、ローンの利払いが減った人々も生活に余裕ができて消費を増やした。住宅の価格は上がり、自宅を担保に入れて金を借り、車を買ったりする人も増えた。

 アメリカでは製造業が壊滅状態で、00年からの5年間で製造業の雇用は17%減少した。だが同時期に不動産業に勤める人(宅建協会加盟者)は58%増えている。住宅産業がアメリカ経済全体に占める割合は、2000年までの4%前後から、今では6%まで拡大している。(関連記事

▼日本の不動産バブルと似た感じ

 住宅価格の高騰は、アメリカの東西の海岸部の人口密集地域で起きており、2000年からの5年間に、ニューヨークでは77%、マイアミでは96%、サンディエゴでは118%値上がりした。半面、平原地帯で土地に余裕がある大陸中央部のヒューストンでは26%、アトランタでは29%しか値上がりしていない。不動産バブルが崩壊するかどうかは、ニューヨーク、マイアミといった高騰地域の価格動向にかかっている。(関連記事

 これらの高騰地域では、平均的な住宅が、すでに人々の年収で買えない金額まで上がってしまった。カリフォルニア州の不動産協会が1月中旬に発表したところによると、同州では平均的な住宅を無理なく買える年収を持つ人の割合が、一昨年には人口の19%いたのに対し、今は値上がりの結果14%の人々しか買えなくなっている。(現在の平均的な住宅価格は54万8000ドルで、これを無理なく買うために必要な年収は13万3000ドル)(関連記事

 ニューヨークでも、少し前まで60万ドルだった家が80万−90万ドルに値上がりし、一般の人々の手に届かなくなった。建設資材も高騰し、1立法ヤードのコンクリートの価格は04年の50ドルから、最近では75ドルに上がり、ニューヨークやマイアミでは、資材高騰のためマンションの建設計画を中止する業者が出てきた。

 日本の大都市では1980年代後半に住宅価格が高騰し、東京では一般的なサラリーマンが2時間の通勤を覚悟しても家を買えないほどの高値まで上がったところで、バブルが崩壊して住宅価格が下がった。アメリカの沿岸大都市の住宅高騰は、完全にバブルの状態であり、いずれ崩壊する運命にある。

 住宅価格が上がっても賃貸料は追いつかない現象も顕著で、サンディエゴでは、家を借りる人は買う人の4割のコストですむのに、それでも家を買おうとする人々が多く、昨年まで、即日完売の新築住宅が多かった。多くの人々が「まだまだ値上がりするから、高くても今のうちに買った方が良い」と考えている。これは、明らかに崩壊直前のバブルである。(関連記事

▼金利高でローンを払えなくなる人々

 住宅バブルが崩壊しそうなのは、石油価格の高騰が物価全般に波及してインフレが拡大してきたため、抑制のため連銀は04年6月から利上げに入り、短期金利は1%から5%近くまで上がっているからだ。(関連記事

 金利上昇のため、住宅ローンの負担も大きくなり、家を買おうとする人が減ってきている。しかも、すでにローンを組んで家を買った人の中にも、一般的な固定金利型のローンではなく、金利が市中金利の連動する変動金利型のローンを組んだ人が04年から増えたため、これらの人々の中には金利上昇を受け、ローンを返せない状態が広がっている。

 金利変動型ローンは、低金利の時には一般のローンより返済額が少ない。住宅の値上がりがひどくなり、一般の人々に買えない価格帯まで上がっても、金利変動型のローンなら返済できる状況の人が多いため、金融機関はさかんに金利変動型を人々に勧め、契約高が増えた。

 同時に、最初の何年間かは利払いだけで元本の返済が必要ない、利払い先行型ローンの契約も急増した。このローンを組んだ人の多くは、住宅価格がもっと上がると思い込んだ人々で「元本の返済が始まるころには、住宅価格が上がり、転売して利益を上げられる」と考えてローンを組んだ。

 これらのローンが宣伝された結果、通常のローンでは住宅を買えないような人々が、潜在的に無理なローンを組み、値上がりを見込んで住宅を買い、04年から05年にかけて、バブルの規模を大きくした。金利変動型ローンは、04年には新規ローンの1割前後だったのが、05年には半分前後にまで急増した。(関連記事

 アメリカとイランとの緊張関係が続き、石油価格は当分下がりそうもないどころか、1バレル100ドルという、少し前まで「そんなに上がるはずないだろ」と思われていた価格帯も、あり得ない話ではなくなってきている。短期金利の上昇も続きそうで、住宅ローンを返せなくなる人が急増しそうである。

 高騰地の一つボストンでは、住宅ローンを返せなくなった人が金融機関に買った家をとられてしまう事例が急増している。ほとんどは金利連動型のローンを組んだ人である。(関連記事

▼アメリカの不況は世界の不況

 住宅価格が下落していくと、金融機関がローンを返せなくなった人から担保の住宅を取り上げて競売にかけても、貸した金の何割かしか取り戻すことができなくなり、金融機関も不良債権を抱え、相次いで破綻する懸念がある。

 ここ数年の米経済の景気回復は、不動産の価格が上がることで、その信用力をテコに人々は金を借りて消費し、それが米経済を成長させてきた。日本や中国が作った商品がアメリカで良く売れたのも、不動産が牽引するアメリカの消費拡大があったからである。

 アメリカの不動産市況が崩壊すると、アメリカの消費全体が冷え込み、もう日本や中国など世界からの輸出品を気前良く買ってくれる市場ではなくなる。アメリカが不況に陥ると、アメリカに輸出することで経済成長を遂げていた日本や中国など、世界経済の全体が悪化することになる。ニューヨークやマイアミでマンションが売れなくなることは、世界不況の引き金を引きかねない。

 90年代の日本の不動産バブル崩壊と、今起きかけているアメリカの不動産バブル崩壊の重大さの違いは、世界への波及である。日本のバブル崩壊は、日本人を困らせただけだが、アメリカのバブル崩壊は、世界中の人々を困らせる。

 アメリカでは、不動産の前には株式市場が好調で、1990年代には、人々は株を売買した儲けで消費を拡大していた。それを考えると、不動産の後に、何か別の新しい信用創造メカニズム(与信枠を拡大する仕掛け)が発案され、まだ米国民が消費できる状況が続くかもしれない。しかし、そのメカニズムはまだ見えていない。

 米国民はすでに、5年間で住宅ローンの借り入れを80%増やし、クレジットカードの借り入れも60%増えた(この間に給料は34%しか増えていない)。クレジットカードの返済が滞っている人の割合は5%近く、史上最悪となっている。もはやアメリカは、国民も政府も消費しすぎて借金漬けである。今後、新しい信用創造メカニズムが発案されたとしても、延命できるのはあと何年かであり、いずれ消費できなくなる。(関連記事その1その2

▼ドル安でも米製造業は復活しない

 アメリカで消費の勢いが減退し、日本や中国がアメリカに輸出できなくなると、日中の中央銀行が為替を維持するために米国債を買いまくる必要もなくなる。国債を買ってもらえなくなると、アメリカの長期金利が上がり、この要素も米経済の足を引っ張る。輸出国がドルを保有しなくなると、ドルの為替も下落する。

 ドルが安くなると、アメリカの製造業が輸出を復活し、米経済は再生するという見方もあるが、これは間違いである。確かに、円とマルクを政治的に上げてドル安にした1985年のプラザ合意以後は、まだアメリカの製造業が強かったので、米経済は復活した。当時、たとえば自動車産業3社では、クライスラーは潰れかけていたが、他の2社は健全だった。ところが今は、GMとフォードという残りの2社も、潰れかけている。(関連記事

 アメリカが誇っていた軍事や原子力でさえ、ボーイングは不振だし、ウェスティングハウスは東芝に買収されようとしている。ITの情報産業も、発祥地のアメリカから、プログラマを安く雇えるインドや東欧など世界中に移転している。もはやアメリカの製造業は全体として壊滅状態で、今後復活できたとしても非常に長い時間がかかる。為替がドル安になっても、アメリカは世界に売れる製品を作れなくなっているので、輸出はあまり増えそうもない。(関連記事

 欧米の新聞やネット上の分析記事を詳細に読んでいくと「アメリカ発の世界大不況が起きる」という予測にときどき出くわす。その頻度は、イラク侵攻が取り沙汰されるようになった2002年夏ごろから増えたように感じる。これらの予測は従来、誇張された見方だとみなされることが多かった。(関連記事

 たしかに、ブッシュを嫌うようになった投機家のジョージ・ソロスなどは、04年初めには「米経済は今年は好調だが、来年には破綻する」と予測していたが、米経済は05年も破綻しなかった。ソロスは最近また「今年は良いが、来年は破綻する」と同じパターンの予測を繰り返している。(関連記事その1その2

 このような予測の繰り返しは「オオカミ少年」的であり、人々の信頼を損ねる。しかし、現実の米経済が、政府と国民の借金が消費に回って延命しているだけだと分かれば「もう長続きはしない」と考えざるを得ず、毎年「今は良いが、来年は危ない」という予測が出される背景が理解できる。

▼グリーンスパンの扇動

 アメリカ経済は、住宅バブルという延命策で持続しているわけだが、住宅バブルの拡大は、金融当局が煽った部分がある。

 金利連動型や利払い先行型ローンの急拡大についてはすでに説明したが、バブルの発生を防ぐのが任務である中央銀行総裁のグリーンスパン連銀議長は04年に、これらのローンに関して「住宅購入者にとって、ローンの選択の幅が広がることは良いことだ」とコメントし、バブルの拡大を煽っている。グリーンスパンはその後、多くの専門家が住宅バブルへの懸念を表明するようになった05年8月になって、ようやく曖昧な言い回しで住宅バブルの危険性を指摘し始めた。(関連記事

 経済学者のポール・クルーグマンMIT教授によると、連銀のグリーンスパン議長は、2001年には、危険な財政赤字拡大につながると知りながら、ブッシュ政権が打ち出した大減税を支持しており、巨大な赤字が専門家から批判されるようになった後に、ようやく大赤字の危険性について曖昧に語り始めるという経緯をとっている。(関連記事

 財政赤字の拡大は、911後のテロ対策で政府の出費が急増したためと説明されているが、全米各地の州や市町村が使ったテロ対策予算の中には、テロ対策とはほとんど関係ない設備の購入やイベント開催などが大量に含まれており、テロが起きそうもない地方の小さな町で巨額の予算が使われていたりする。テロ対策とは名ばかりの予算のばらまきになっており、この公的支出の増加が全米の経済を底上げしてきた観がある。(関連記事

 つまり、グリーンスパンは、政府がテロ対策の名目で政府支出を急増することを容認し、住宅バブルの拡大を扇動することで、アメリカ経済が何とか成長し続けられるようにした。これらの延命策の結果、今やアメリカでは、政府も国民も借金漬けだ。もう万策尽きてきた観があるが、グリーンスパンは1月いっぱいで連銀議長の任期を終え、引退する。

 歴史を振り返ると、1987年にグリーンスパンが連銀議長に就任した2カ月後、株価の大暴落(ブラックマンデー)が起きている。前任者のポール・ボルカーは、自分の任期が終わるまでは何とか株価を持たせ、つけを自分の任期後に回した可能性がある。グリーンスパンは、前任者のつけを何とか払い、その後再び株価は上昇したが、彼自身が引退する今、つけを後任者に回すことが繰り返されているのではないかという疑いがある。(関連記事



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