国際協調主義の再登場2006年9月26日 田中 宇アメリカ共和党の中枢において、ディック・チェイニーとジェームズ・ベーカーは、対照的な戦略を掲げる二つの勢力を代表する存在である。 現政権で副大統領をつとめるチェイニーは「アメリカは世界最強なのだから(ヨーロッパやアラブといった国際社会の意見を聞かず)自国の理想に沿って自由に世界戦略を考え、実行すべきだ」と主張する「単独覇権主義」(タカ派、強硬派)の代表者だ。 他方ベーカーは、現政権では公職を持っていないものの、大統領の父親(パパブッシュ元大統領)の最重要の側近として、事実上、現大統領の顧問として機能している。ベーカーは「アメリカは国際社会と協調して世界戦略を進めるのが効率的で良い」と主張する「国際協調主義」(中道派、現実派)の代弁者である。 ここ20年間、アメリカの各政権は、この2人が代表する2つの戦略の間を揺れ続けてきた。1981−88年のレーガン政権は前期が単独覇権派が強かったが、ソ連を「悪の帝国」と呼んだ対立扇動や、レバノン侵攻、軍事など予算支出の急増(レーガノミクス)などの好戦的な強硬策が失敗した後、イラン・コントラ事件などの暗闘を経て、後期には国際協調派が強くなった。 協調派は、タカ派による無茶苦茶な行為が引き起こした混乱をおさめて軟着陸させる戦略をとった(協調派が「現実派」とも呼ばれるのは、政策の逆転ではなく軟着陸を好む柔軟さを持っているからである)。 1985年には財務長官だったベーカーが、ドル安と円・マルク高の流れを作る「プラザ合意」を締結し、ドルの通貨としての覇権の一部を円や欧州通貨に移転する試みがなされた。その後は、レーガンとゴルバチョフのトップ会談が挙行されて米ソ対立が解消され、冷戦を終わらせた。もともと大統領のレーガンはタカ派の人で、副大統領のパパブッシュは協調派の人だった。 ▼湾岸戦争とイラク侵攻のつながり 次の1989−92年のパパブッシュ政権は、基本的に国際協調主義の政権で、レーガン政権後期の流れを受け継いだ。ベルリンの壁の崩壊後、ドイツ統一とEUの創設を推進したのは、パパブッシュ大統領、ベーカー国務長官、ドイツのコール首相の3人だった。(関連記事) 91年の湾岸戦争では、国務長官だったベーカーが「米軍はイラク軍をクウェートから追い出すだけで、イラク領内に進軍してはならない」と主張したのに対し、国防長官だったチェイニーは、米軍をイラク領内まで入れようとして対立した。結局、ベーカーの主張が通ったものの、それ以来、チェイニーの派閥の目標の一つは、米軍をイラクに侵攻させて政権転覆を実現することになった。 チェイニーとウォルフォウィッツ(当時国防次官)は1992年に「アメリカに対抗する国は先制攻撃で潰す」という単独覇権主義の軍事戦略(Defense Planning Guidance)をまとめたが、パパブッシュに拒否された。これに対抗するように、協調派のコリン・パウエル統合参謀本部長(のちの国務長官)は、湾岸戦争の教訓から「戦争はなるべくやらない。やる時は必ず勝てるように大軍を出して一気に決着をつける」というパウエル・ドクトリンを出した。(関連記事) (03年のイラク侵攻では、国防副長官だったウォルフォウィッツらが、パウエルの方針と全く逆の「少数精鋭でじわじわ攻める」戦略を採ろうとして、パウエルらとの対立した。その結果、折衷的な戦略が採られたが、この中途半端さが占領軍の兵力不足となり、泥沼化を招いた) 1993−2000年の民主党のクリントン政権も、基本的には国際協調主義だったが、政権末期の1998年前後に世界経済の行き詰まりが始まった後「文明の衝突」の構想に基づくイスラム世界との長い「テロ戦争」が「冷戦」に代わる欧米中心主義(国際協調主義の別名)の体制として企図され始めた。 これに呼応して、政権外にいたチェイニーらタカ派は、好戦的なシンクタンク「PNAC」を作り、単独覇権主義と、テロ戦争の一環としてのイラク侵攻を主張し始めた。 ▼イラク泥沼化を10年前に予測したスコウクロフト ベーカーと並ぶ共和党の協調主義者で、パパプッシュ政権で大統領の安全保障担当顧問をつとめたブレント・スコウクロフトは当時、PNACの主張に反対してワシントンポストに「もし米軍がイラクに地上軍を侵攻させてフセイン政権を転覆したら、アラブ全体に怒りが広がり、中東全体が混乱に陥る。アメリカは同盟国の多くを失い、その結果どんな悪いことになるかは、ほとんど見当がつかない」と主張する論文を載せた。(関連記事) 今になってみると、スコウクロフトの予測は、見事に当たっていることが分かる(このことから、タカ派のイラク侵攻策は、もともと失敗すると分かっていて主張され、協調派は何とかそれを止めようとしてきたのではないかという推測が出てくる)。 (スコウクロフトは、イラク侵攻には反対なものの「テロ戦争」には賛成で、01年のアフガン戦争に対しては「テロ戦争の一環として正しい戦争だった」と言っている。このことから、911をきっかけに「テロ戦争を数10年続ける」という戦略は「テロ対策」でアメリカ中心の欧米協調を強化できるので、協調派も賛成だったことがうかがえる。問題は、タカ派が、テロ戦争を「やりすぎ」の人権侵害などで無茶苦茶にして、結果的に欧米協調を破壊する作用に変えてしまったことである。協調派のキーワードが「軟着陸」なのに対し、タカ派のキーワードは「やりすぎ」によって事態を無茶苦茶にしてしまうことである。修繕派と破壊派である)(関連記事) 2001年からのブッシュ政権も、パパの人脈を受け継ぎ、当初は中道派が強いかに見えた。2000年の大統領選挙でフロリダ州の開票をめぐる政争をおさめ、ブッシュ勝利に導いたのは、選挙参謀だったベーカーだった。だが、ブッシュ政権はチェイニーの主導で組閣したため、中枢にはPNACのメンバーが多数入り込み、911事件を境にタカ派がクーデター的に強くなった。チェイニーとその傘下のネオコンは、イラク侵攻を主張し、ブッシュに「単独覇権主義」を公式に宣言させ、中道派による制止もむなしく、イラク侵攻が挙行された。その後の米政界はタカ派一色となり、2004年末にはパウエルも国務長官を辞任し、中道派は影を潜めた。 イラク占領は、2005年には泥沼化がひどくなり、単独覇権主義は失敗が確定的になったが、ブッシュ政権はチェイニーらタカ派に牛耳られたままだった。外交諜報諮問委員会長をしていた協調派のスコウクロフトが、2005年にチェイニー批判を行い、タカ派を政権から追い出そうとしたが、米政界内で呼びかけに応じる勢力は少なかった。スコウクロフトは06年1月、チェイニーの差し金で、静かに諮問委員会から外された。(関連記事) スコウクロフトと違ってベーカーは声高なブッシュ政権批判を避けたので、何とか政治生命を保ったが、発言力は弱くなった。ライス国務長官は、以前にスコウクロフトの弟子だったので協調派と目されているが、チェイニーに反対された政策は実行できなかった。タカ派は、協調派を潰し切ったかに見えた。(関連記事) ▼中東の大和平を構想するベーカー ところが最近になって、ベーカーの反撃が始まった。ベーカーは、ブッシュ大統領から「イラク占領の泥沼化を解決するための私的な諮問機関を作ってほしい」と要請され、米議会下院の後押しも受けて、5人の共和党関係者と、元議員のリー・ハミルトンら5人の民主党関係者によって超党派の「イラク研究会」(Iraq Study Group)を作った。 この会が作られたのは今年3月で、会の結成は報道されたものの、具体的に何をするかは明らかにされておらず、あまり注目されなかった。(関連記事) ベーカーらの動きが米マスコミの注目を集めるようになったのは、9月1日、ベーカーがバグダッドを訪問し、イラクの外相や、スンニ派とクルド人の指導者らと会談してからのことだ。(関連記事) イラク研究会は、単にイラクの米軍統治の問題を考えるだけでなく、パレスチナ和平を中心とするイスラエルとアラブ諸国との和解の大構想や、イランとアメリカの戦争を回避するための外交策など、中東のすべての問題を一気に解決しようとしていることが、おぼろげながら米マスコミに把握され始めたため、ベーカーらの動きに対する注目度が一気に高まった。 米軍を成功裏にイラクから撤退させるには、イラク情勢の安定化が不可欠で、そのためには、イラクで日に日に強くなる反米ゲリラの強さの源泉であるイラク国民の反米感情を緩和する必要があり、それにはブッシュ政権が中東における好戦的な姿勢をやめて協調主義的な態度に転換する必要がある、というのがベーカーの考え方である。 中東の人々の反米感情を緩和するには、パレスチナ問題を解決し、イランとの戦争を避けねばならないので、米軍がイラクから成功裏に撤退できるようにするには、イラクの安定と同時に、パレスチナ問題とイラン問題の平和的な解決が必要となる。加えて、イラクと国境を接するシリアとアメリカが和解することも必要だ。イラク研究会は、すべてを一括して解決しようとするものだと考えられている。 ▼イスラエルにもベーカー支持の動き ベーカーの研究会の動きは、イスラエルにとっても重要な意味を持っている。以前の記事に書いたように、イスラエルの中枢では、好戦的でチェイニーと親しいネタニヤフ元首相ら「右派」(レバノン南部に停戦直前、大量のクラスター爆弾をばらまくなどの無茶苦茶をやった)と、右派に無茶苦茶にされてはまずいと考えるオルメルト首相ら「現実派」が対立している。右派はイランとの戦争を企図する一方、現実派はイランとの戦争は避けがたいと考えつつも、今夏のレバノン戦争の失敗以後、パレスチナやシリアとは和解したいと考えている。(関連記事) またベーカーの動きは、サウジアラビアやエジプト、ヨルダンといった親米のスンニ派諸国にとっても、国内の反米イスラム主義者を抑制することにつながるので望ましい。パレスチナでは、反米イスラム主義のハマスに圧されて国民の支持を減らしていたアバス議長らのファタハが、ベーカーの味方である。 ベーカーらは、イスラエルの現実派、親米スンニ派諸国、アバスらと連携し、まずパレスチナでファタハとハマスを連立させて統一新政権を作り、この新政権とイスラエルとの交渉を開始させることで、頓挫していたパレスチナの国家建設と和平を実現しようとしている。パレスチナ和平は、パパブッシュ政権時代にアラファトをチュニスからガザに連れ戻して開始されたが、1996年以降、ネタニヤフ首相らのイスラエル右派が和平反対の態度を強め「パレスチナ和平より、アメリカのタカ派と連携したアラブ敵視策の方が良い」という傾向が強まって、頓挫していた。 イラク研究会は9月19日、初めての記者会見を行ったが、その席上でベーカーは、近いうちにイラン政府の代表者と会う予定があることを明らかにしている。(関連記事) シリアとの交渉も、裏で始まっている可能性がある。ベーカーは、自分のシンクタンク(Baker Institute)の理事長に、自分が国務長官だったときに駐シリア大使をしていた人物(Edward Djerejian)を据えており、この人物がシリアとの橋渡しを行っている可能性がある。チェイニーらタカ派は、これらのベーカーの動きに反対しているものの、強く抑止はしていない。(関連記事) ベーカーの動きが注目されだしたのと呼応するように、協調派とおぼしきパウエル前国務長官が、テロ容疑者に対する拷問を容認するブッシュ政権の政策を非難する発言をし始めた。パウエルはこれまで、明確にブッシュ政権を批判していなかった。(関連記事) ▼イランとは戦争しない? ブッシュ大統領自身が、タカ派戦略を捨てて協調戦略に転換したのではないかと思えるふしもある。その兆候の一つは、ブッシュ政権が最近、イランのアハマディネジャド大統領に対して訪米ビザを発給し、ニューヨークに来て国連で演説できるようにしたことである。これと前後してブッシュ政権は、イランとの問題を、戦争ではなく外交交渉によって解決する姿勢を示し始めた。(関連記事) アハマディネジャドの訪米は、9月19日に国連総会で演説することが主目的だったが、9月21日には、アメリカの外交政策決定の「奥の院」といわれるシンクタンク「外交問題評議会」(CFR)のメンバー約20人が、アハマディネジャドと懇談した。(関連記事) 911以後、米政権と同様にCFRでも、タカ派やイスラエル系が幅を利かせており、彼らは「アハマディネジャドと懇談することは、第二次大戦直前にヒットラーと懇談するようなものだ」と反対し、集団でCFRを脱会する素振りまで見せたが、結局、タカ派のメンバーも懇談会に参加してアハマディネジャドの「ホロコースト懐疑論」などに反駁することで決着し、2時間の懇談会のうち40分がホロコースト談義に費やされた。CFRの会長のリチャード・ハースは、スコウクロフトの弟子である。懇談会は、協調派的な現実策の結果、実施された。(関連記事) 03年のイラク侵攻前、イラクのフセイン大統領をニューヨークの国連やCFRに招いて抗弁する機会を与えるといったことは行われず、協調派も提案すらしなかった。その違いを考えると、アメリカは、イラク侵攻をしたようにイランも軍事攻撃するのではなく、むしろCFRは、アハマディネジャドを交渉相手として品定めをするために懇談したとも感じられる。(関連記事) ▼タカ派と協調派の役割分担 もし今後、ブッシュ政権がタカ派を捨てて協調派に転換するのだとしたら、それはレーガン政権が1985年前後に行った転換と似ている。政権の前半ではタカ派による好戦的で破滅的な戦略が実施されたが、その後協調派が主導権を握り、協調戦略の方向に軟着陸させるパターンである。 レーガン政権は、米ソ対立を終わらせたことで、冷戦で分断されていた欧州を再統合し、欧州大陸の最強国となる潜在力を持っているドイツを統一させて再台頭を許し、EU統合によって欧州が世界の覇権の一つになることを誘発した。同様に、ブッシュ政権が今後、協調主義に軟着陸するとしたら、それは中東諸国の結束や強化につながる可能性があり、中東イスラム諸国が一つの覇権勢力になっていくことが誘発されるのかもしれない。 今回の国連総会では、ブッシュとアハマディネジャドが演説したが、世界の多くの国々の人々は、日米など少しの例外を除き、ブッシュよりアハマディネジャドの方がまっとうなことを言っていると考え始めている。アハマディネジャドに訪米ビザを出したブッシュ政権は、すでに中東の強化を誘発していることになる。(そもそもアハマディネジャドが大統領になれたのは、ブッシュ政権がイランの有権者を反米の方向に扇動した結果である)(関連記事) そう考えると、実はタカ派と協調派は1980年代以来、対立しているように見せかけて実はそうではなく、タカ派が強硬策をやりすぎて自国の力を減退させた後、協調派が軟着陸させて部分的に元に戻す、というジグザグなやり方で、世界をアメリカの単独覇権体制から多極的な体制に移行させようとしているのかもしれない。チェイニーとベーカーとパパブッシュは、いずれもテキサス州の石油業界の出身で、昔からの友人どうしである。 (以前の記事に書いたように、多極化が行われるのは、おそらく資本の理論に基づいている) なぜそんな、漫才の「ぼけとつっこみ」のような役割分担の演技体系が必要になるのかを考えてみると、それは、アメリカ人は自国の覇権衰退を望まないだろうから、もし米政府が「覇権を手放して世界を多極化します」と明言したら、反対する世論が勃興して撤回させるだろうからだ。米中枢に強い影響力を持ち、アメリカの覇権にぶら下がって国益を維持しているイスラエルとイギリスも、多極化が明言されて実施されたら、阻止に動くはずである。単独覇権主義を叫ぶタカ派勢力が、実は単独覇権を壊しているという逆説的な展開になるのも、こうした背景があるからだろう。 ▼協調派の軟着陸は成功しそうにない さて、それでは今後、本当にブッシュ政権は協調主義に戻るのかといえば、そうならない可能性も大きい。現状では、ベーカーの画策は成功しそうもない。パレスチナ問題では、イスラエルが「パレスチナ側に新連立政権ができても、イスラエルを国家承認しない限り、交渉相手とは見なさない」と主張しているのに対し、ハマスは、イスラエルの実態を容認することには賛同しているが、明確な国家承認は拒否しており、早くも話が頓挫している。(関連記事) イスラエル国内では、現実派のオルメルト首相への支持率が落ち続け、代わりに右派のネタニヤフの支持が上昇している。ネタニヤフはイランやシリアとの戦争を目指しており、最近、チェイニーと何度も会っている。ネタニヤフが首相になったら、パレスチナ和平はあり得ず、ヒズボラとの再戦争や、シリアへの攻撃からイランとの戦争に発展する動きが画策される可能性が大きい。(関連記事) 今後、オルメルト政権が持ちこたえたとしても、展望は暗い。ブッシュ政権がイランに対する強硬姿勢を崩したため、イランは中東の人々から「勝者」として見なされる傾向が強くなった。これは、伝統的にイランのライバルだったエジプトやサウジアラビアといった親米政権には迷惑な話で、エジプトのムバラク政権は失地挽回を目指して「うちも平和的な核開発を始めたい」と言い出した。中東では、アメリカに楯突いてみせるのが、政治家の「強さ」や「正義」の象徴になっている。(関連記事) 同時にアラブ連盟は「イスラエルは核兵器を廃絶すべきだ」という主張を強め、この問題を国連安保理に上程しようとしている。欧米の多くはアラブ連盟の提案に反対したが、世界の世論の態勢としては「何でイランの核は厳しく取り締まるのに、イスラエルの核は容認されるのか」という欧米批判が強まっている。(関連記事) ベーカーが目指す軟着陸的な中東の大和平が実現する可能性は、どんどん低くなっている。イスラエルと和解するより、イスラエルを潰した方が早いという世論が、中東イスラム世界で強くなっている。和平が不可能になり、窮したイスラエルでは、イランとの戦争に勝って、イスラム世界に対して力を見せつけることで自国の生存を維持するしかないと考える傾向が強まりそうである。 今夏のイスラエルとヒズボラの戦争は、チェイニーらアメリカのタカ派が誘発した疑いが強いが、タカ派はその後、ブッシュ大統領をその気にさせて姿勢を外交の方向に少し転換させ、ベーカーらの再登場を容認することで、イランのアハマディネジャドをさらに強化して、イスラエルのオルメルト政権を窮地に追い込み、イランとの自滅的な戦争に追い込もうとしているのかもしれない。(関連記事) ▼進む多極化 ブッシュ政権の中からは、イランと和解するという姿勢と、イランと戦争するという姿勢の両方が、同時に発信される状況になっている。「ブッシュはひそかに方針を軟化させたのだ」「いや、戦争する前に外交をやったふりをして見せているだけだ」「いやいや、政権内に暗闘があって、2つの矛盾する政策が勝手に進められているのだ」などと、アメリカの論者の見方も分かれている。(関連記事) 米マスコミでは、ブッシュ政権が米軍にイランとの戦争準備と解釈できる指令を出したという報道も出てきたが、この問題に関係した上院議員はホワイトハウスから連絡を受けておらず、話が誇張されている疑いもある。(関連記事) イランとアメリカもしくはイスラエルが戦争になるかどうか、確たる予測ができない状態だ。だが戦争になっても外交で解決されても、アメリカの覇権が衰退し、中東諸国はアメリカの支配下から出て独自の覇権を希求するようになり、世界は多極化する、と予測される点では変わりがない。 アメリカもしくはイスラエルがイランと戦争すれば、世界は多極化に向けてハードランディングになるが、戦争が回避されれば、ソフトランディング(軟着陸)になる。 以前の記事に書いたが、世界は通貨体制という経済面でも、アメリカの不況がドルの暴落を誘発してハードランディングになるか、IMFなどの提案で通貨の多極化が進んでソフトランディングできるか、という分岐点に立っている。 アメリカの中枢で過去四半世紀続いてきた協調派とタカ派の暗闘(の演技)は、クライマックス(もしくは一幕の終わり)に近づいているのかもしれない。
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