多極化と日本(1)2006年9月12日 田中 宇イラクとアフガニスタンで、アメリカやイギリスなどの欧米軍が敗北しそうな感じが、しだいに濃厚になってきている。 イラクでは、スンニ派が多数を占める西部と、シーア派が多数を占める南部の多くの都市で、すでに米軍は地元の民兵(非正規軍、ゲリラ)を一掃することに失敗し、次善の策として、民兵に治安維持の権限を委譲し、米軍は都市の郊外に退き、代わりに、民兵に対抗できるイラク軍(正規の軍と警察)を育成する戦略をとってきた。しかし、アメリカはイラク人の支持をすっかり失っているため、米軍が訓練したイラク正規軍に対する人々の支持も低く、正規軍は民兵に勝てない状態が固定化している。(関連記事) 最近では、米軍は地方都市における統治権をすっかり失ったため、今年7月から、米軍は軍勢を地方から撤退し、首都バグダッドに軍を結集させる戦略を取り始めた。(関連記事) しかし米軍は、バグダッドだけでも、貧困層のシーア派が多いサドルシティなどを支配する反米ゲリラとの戦いに勝てず、米軍は、これまで13万人規模だった駐留兵力を14万5千人に増やし、バグダッドでの戦いを激化させているが、すでに四面楚歌の状態で、勝てる見込みは薄い。米軍は、ベトナム戦争以上の不名誉な負け方をする可能性が増えている。(関連記事) 米軍が育成したイラク正規軍は弱いままで、ゲリラと戦うたびに逃亡者が続出する状況が続いているが、アメリカは9月8日、イラク軍の指揮権をイラク政府に委譲した。米政府は、イラクから撤退する条件が整いつつあるかのように見せたいのではないかと推測されるが、このままだとイラク正規軍は崩壊する。(関連記事その1、その2) イラク南部に駐留するイギリス軍も撤退モードだが、最近、南部のアマラにある軍事基地の管理をイラク正規軍に委譲して英軍が撤退したところ、その日のうちに基地は暴徒の略奪に遭って破壊され、駐留していたイラク正規軍は雲散霧消してしまった。イラク南部の支配権は、すでにサドル師などシーア派民兵団の手にあり、暴徒は彼らが組織したものだった。(関連記事) ▼転換点に近づく世界 アフガニスタンでは、英軍やカナダ軍などのNATO軍が、イラクに注力したい米軍に代わって駐留し、復活を試みるタリバンと戦っているが、こちらも苦戦している。NATO軍は英軍が率いているが、英軍はイラクにも駐留しているため、アフガニスタンには4千人しか派兵できず、兵力が足りない。(関連記事) イギリスの新聞には最近「ソ連軍が12万人を派兵しても勝てなかったアフガン人ゲリラとの戦いに、イギリスが4千人の派兵で勝てるはずがない。戦争せず、タリバン幹部と交渉した方が良い」「タリバンがアフガニスタンの政権を奪回するのは時間の問題だ」などという主張が載っている(関連記事) 2300人を派兵しているカナダの政界でも、アフガニスタンへの派兵を疑問視する声が広がっている。すでにカナダ軍は、戦死者を出さないよう、タリバンとの戦闘を回避する交渉を行っている。(関連記事その1、その2) これらの状況から、イラクとアフガニスタンの両方で、欧米軍の敗退の日が近づいていると考えることができる。加えて、イランの核開発疑惑をめぐっては、ロシアや中国、EUやアラブ諸国の一部が、アメリカの意向を無視してイランの姿勢を容認する態度を強めており、イランの国際政治力が強まり、アメリカとイスラエルの力が弱まる状況になっている。(関連記事) アメリカの「単独覇権主義」を最も強く推進してきたイスラエルとイギリスは、いずれも政治的な大混乱に陥っている。イギリスの与党労働党では、ブレア首相に対する辞任要求が拡大している。イスラエルでは、現実派のオルメルト首相らと、好戦派(右派)のネタニヤフ元首相らの政争が続いている。ブレアは生き残りのため、アメリカの意向より自国の世論を重視する外交戦略に転換しつつある。(関連記事) このままアメリカの単独覇権主義が惨敗したら、その後のアメリカは孤立主義に陥るかもしれないという指摘も目につくようになった。世界は、大きな転換点に近づいている感じがする。(関連記事) ▼多極化の2つのシナリオ 私が見るところ、今後の世界の体制として考えられるシナリオは2つある。ソフトランディング的な多極化と、ハードランディング的な多極化である。 ブッシュ政権が今後「世界の強制民主化」を掲げるネオコン的な単独覇権主義の戦略は根本的に間違っていることを認め、以前の国際協調主義(ソフトな欧米中心主義)に戻る方向転換を行った場合、ソフトランディングになる。 アメリカは、国際社会におけるロシアや中国の台頭を認め、イスラム主義に対しても、国際テロと結びつかない限りにおいて容認する。世界の運営方法を決めてきたG8(欧米と日本、ロシア)などの先導役に、中国やサウジアラビアなどを加える。こうすることにより、アメリカが世界の中心であるという体制そのものは変えず、アメリカが「協調」する範囲を「西欧と日本」だけでなく、ロシアや中国、アラブなどにも拡大することで、世界を「やや多極化」するのが、ソフトランディングのシナリオである。ブレアは以前、これをやろうとしたが、「ロシアや中国は味方じゃない」と、ブッシュに断られた経緯がある。(関連記事) ブッシュ政権は、いまだに「世界民主化」の看板を下げそうもない。しかももし今後、米政府が再び協調主義に戻ったとしても、アメリカの覇権の力自体が減退しているかもしれない。というのは、アメリカでは今後1−2年の間に、消費力を支える大黒柱である住宅バブルが崩壊してひどい不況に陥り、ドルの信用力が失墜する事態、つまりドル暴落が起きるかもしれないからだ。(関連記事) 「ドルの失墜」というと、以前は信憑性のない話としてしか受け取られなかったが、最近ではFTやニューヨークタイムスなどといった米英の大御所のマスコミや、ハーバード大学の教授らが、ドル失墜や世界経済崩壊の懸念と、回避策としての通貨の多極化について書き始めており、ドル失墜を無根拠な話として片づける人の方が「遅れている人」「不勉強な人」だという事態になっている。(関連記事その1、その2) ドルが世界最大の国際基軸通貨であり、アメリカは輪転機を動かすだけで富を生成できるという「ドルの基軸性」は、アメリカの覇権の源泉である。ドルの失墜は、アメリカの覇権の失墜である。ブッシュ政権が任期の終わり(2009年1月)まで単独覇権主義を貫いた場合、それまでに米経済の失速とドルの失墜も合わせて起きて、アメリカの覇権が全崩壊する懸念がある。 これがハードランディングのシナリオである。この場合、世界は、政治的な中心を失うとともに、経済面でもアメリカ発の世界不況に陥ると予測され、かなりの大混乱となるが、混乱の中で次の多極的な世界体制が作られていく可能性もある。 ▼日本は核武装する? 今後、どちらのシナリオが現実になるとしても、アメリカの覇権が減退していくことには違いはない。このことは、特に日本にとって大きな意味を持っている。 日本は敗戦後、外交と軍事の権限をアメリカにゆだねる対米従属の方針をとってきた。今後、アメリカの覇権がソフトランディングできる場合は、アメリカの覇権は弱まるが残るので、日本は世界での相対的な地位が下がるが、何とか対米従属を続けることができる。しかし、ハードランディングになった場合、その後のアメリカは日本が頼れる存在ではなくなるおそれがあり、日本は国家的な方針転換が必要になる。 東アジアでは、アメリカの影響力が減退するほど中国の台頭が予測される。覇権を減退させた後のアメリカは、中国の台頭を容認するしかない。日本は、今のように中国と敵対する姿勢を続ける場合、アメリカの後ろ盾なしに中国と対峙しなければならなくなる。 日本では、マスコミや官僚や学者といった言論界の主流の場所において、アメリカの覇権が衰退しそうだということを議論のテーマにすること自体「あり得ない話」として避けられてきた。しかし最近、対米従属が続けられなくなるかもしれないという前提で問題提起をした人がいる。それは、中曽根元首相である。 中曽根氏は9月5日の記者会見で「米国の態度が必ずしも今まで通り続くか予断を許さない。核兵器問題も研究しておく必要がある」と強調した。(関連記事その1、その2) この発言は、国内の左派の人々や、中国や韓国などから見ると「日本の再軍事大国化を提案した」とだけ解釈されるだろうが、私はむしろ、中曽根氏は「今後、アメリカが覇権を失墜したり、孤立主義に陥ったりする可能性があるので、それに備え、日本が防衛力として核兵器を持つべきかどうか、考え始めた方が良い」と提案したのだと考える。提案の背景には、従来よりもアメリカの孤立化や覇権失墜の可能性が高まったことがある。 ▼核抑止力の本質 戦後の日本が核武装しなかったのは、一般には、アメリカが日本の軍事的な再台頭を恐れて核武装させなかったからだとか、広島と長崎の被爆体験を持つ日本人が核兵器を嫌ったからだとか考えられているが、もっと別の軍事的な解釈もできる。 日本が核武装するとしたら、その場合の仮想敵は、中国やロシアであるが、いずれも国土が日本よりはるかに広大である。中国と日本が核戦争して互いに5発ずつの核ミサイルを相手に撃ち込んだ場合、中国は、首都圏に3発、関西に2発を落とせば、日本を国家として機能停止させられるが、日本が北京や上海などの主要都市に5発を落としても、無傷の大都市がいくつも残り、中国は国家として生き延びられる。 ロシアとの核戦争の場合、1981年の自衛隊の研究によると、日本では2500万人が死ぬが、ロシアは人口の希薄な極東で100万人が死ぬだけである。国土が狭い日本は、広大な中国やロシアと核戦争しても不利になる。核兵器を持つことが戦争を防ぐことにつながるという「核の抑止力」の考え方は、アメリカとロシアなど、国土の広い国どうしが対峙している時にのみ有効である。だから、日本は自前の核兵器を持つより、アメリカという強くて広大な国の核の傘の下に入っていた方が有効なのだ、という分析が最近、アジアタイムスに出ていた。(関連記事) この理論で考えると、アメリカが孤立主義に陥ったり、覇権を衰退させた結果、日本がアメリカの核の傘に入れなくなったとしても、それなら自前の核兵器を持てばよい、という話には直結しないことが分かる。 むしろ、核兵器を持たない方が道徳的には「良い国」であり、核兵器を持たないことは、その分だけ外交的な力を持つことができるとも考えられる。 たとえば核兵器を持っているイスラエルが、イランに対して「核兵器を開発しそうだから制裁すべきだ」と主張しているのに対し、アラブ諸国から「イスラエルこそ核兵器と核開発施設を破棄し、核拡散防止条約に署名して査察を受けるべきだ」と非難されている。イランはEUやロシアの説得を受けて核開発(ウラン濃縮)を中止することを検討し始めているが、もしイランが核開発を凍結したら、イスラエルに核廃絶を求める圧力はさらに強まる。(関連記事) 北朝鮮が核実験をしたら、日本でも核武装すべきだという主張が増えそうだが、この流れに乗って日本が核武装しても、その後北朝鮮が国際社会の要求に応じて核兵器と核開発施設を廃棄したら、日本も同様の核廃棄せよという国際的な要求が高まることになる。このような展開になると、日本は「非核国」として世界から得てきた良いイメージをも失うことになる。 ▼軍事より外交が先 そもそも、もし今後の日本がアメリカの覇権に頼れなくなるとしたら、日本人は、核武装に象徴される軍事の問題を考える前に、もっと根本的な、安全保障の外交問題について考えねばならない。 軍事問題とは敵味方の問題であるが、自国にとってどの国がどのぐらいの敵ないし味方であるかを決めるのは、相手国との外交関係である。相手国との間に紛争があっても、外交的に上手に対処されれば、その国とは敵対せずにすむ。大した紛争でなくても、外交的な対応の仕方によっては戦争になりうる。つまり軍事とは、外交という土台の上に乗っているものであり、外交の問題を考えずに軍事だけを考えるのは意味がない。 【続く】
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