朝鮮半島和平の可能性2005年7月28日 田中 宇7月26日、約1年ぶりに北京で開幕した北朝鮮の核兵器開発疑惑をめぐる6カ国協議は、参加各国間がなるべく対立しないよう、前回までの協議とは違った日程で行われた。 前回までの協議では、最初に6カ国の代表が順番に基調演説を行っていたが、このやり方だと、北朝鮮を非難するアメリカと、アメリカを非難する北朝鮮の演説がぶつかり、最初から険悪な雰囲気になり、話がまとまりにくかった。そのため今回は、最初は長い演説をせず、各国2−3分ずつの挨拶だけをして協議に入り、各国の基調演説は、話がまとまり出す翌日に回した。(関連記事) 各国挨拶では、アメリカの代表が、北朝鮮を軍事攻撃する意志はないと改めて表明した。開幕前日には、北朝鮮が会議参加の条件としていたアメリカとの2国間会談も実現し、その後も会議中に米朝会談が何度も繰り返されるなど、アメリカは北朝鮮の立場にかなり配慮するとともに、何とか交渉をまとめようとする意志を強く見せた。(関連記事) ▼5月に流れた核実験予測はタカ派の妨害策だった? 事前の段階でも、米政府は今春以来、機会があるごとに「北朝鮮を国家として認める」「軍事攻撃するつもりはない」と何度も表明し、6カ国協議に不参加の態度をとっている北朝鮮に何とか出てきてもらおうと、これまでにない譲歩を行った。(関連記事) 今年3月にはライス国務長官が、訪日中の演説で、北朝鮮を主権国家として認める発言を行い、これと前後してアメリカの駐韓国大使が、アメリカは北朝鮮に侵攻する意志はないので6カ国協議に戻るよう表明した。 北朝鮮は、アメリカが不可侵を紙に書いて約束すれば6カ国協議に戻ると表明していたが、米政界内には北朝鮮への譲歩を拒否するタカ派勢力が強く、国務省などの現実主義派が北朝鮮に対して不可侵を約束したくても、口頭で約束するのが限度だった。ライスは5月にも、テレビのインタビューで北朝鮮の国家主権を認める発言を繰り返した。(関連記事) その直後には、ニューヨークの国連本部で、米側と北朝鮮側が半年ぶりに直接面談し、ここでも米側は北朝鮮の国家主権を認め、不可侵を約束した。こうした流れの中で、北朝鮮は6カ国協議参加に前向きの姿勢を見せ始めた。(関連記事) ところが、ここで政権内のタカ派が、流れを阻害する挙に出た。彼らは5月初め「軍事偵察衛星の写真解析により、北朝鮮が近く核実験をすべく準備していることが分かった」という情報を米マスコミに流し、記事を書かせた。(関連記事) 「北朝鮮が核実験しそうだ」という話は、イラク侵攻前の「サダム・フセインは大量破壊兵器を持っている」という報道と同様、戦争を誘発することを目的に、米中枢のタカ派がわざと歪曲した情報を流した可能性がある。韓国や中国の当局は「核実験の兆候はない」と指摘し、結局のところ核実験は実施されなかった。(関連記事) タカ派勢力は米国内などで、北朝鮮当局の人権抑圧を問題視するキャンペーンも強化した。「核問題だけでなく人権問題も解決されない限り、アメリカは北朝鮮を許してはならない」と主張する動きで、北朝鮮に対する宥和策に傾く米中枢の現実主義派を牽制することになった。(関連記事) ▼北朝鮮も混乱した米中枢の対立 5月末にはタカ派の頭目であるチェイニー副大統領が金正日を中傷する発言を行ったり、6月末にはアメリカ国防総省の高官が「北朝鮮が核武装したとしても、米軍は北朝鮮を攻撃してつぶせる」と豪語するなど、タカ派による対立扇動戦略が続いた。(関連記事) これに対して現実派のアメリカ国務省は、韓国政府をメッセンジャー役として頼み、韓国統一相が平壌を訪問したり、盧武鉉大統領が訪米したりした。韓国政府は、北朝鮮に対する経済支援を強化し「北朝鮮が6カ国協議に復帰したらこれまでにない重要提案を行う」と発表するなど、従来より積極的な動きを展開した。(関連記事) 米中枢で、北朝鮮敵視を続けるタカ派と、宥和策を展開する現実主義派が存在し、北朝鮮に対して矛盾するメッセージが発せられたため、北朝鮮政府も5月22日に「米当局者たちの互いに矛盾する発言に、混乱させられている」「アメリカの真意を慎重に見極めたい」と表明した。(関連記事) 6月下旬になっても金正日が態度を決めないので、米側は苛立って「いつまでに決めるのか、はっきりしてくれ」と催促し、7月10日にライス国務長官が北京を訪問するので、それまでに態度を決めてほしいと求めた。結局、北朝鮮が6カ国協議への再参加を表明したのは、ライスの飛行機が北京の空港に着陸する数時間前に北京で開かれた、米朝実務者交渉でのことだった。(関連記事) ▼強硬策から宥和策に転じたアメリカ こうした経緯からは、ブッシュ政権が、強硬派と穏健派の対立を抱えつつも、早く北朝鮮に6カ国協議に参加させたいと考え、かなり努力したことがうかがえる。北朝鮮に対し、最近まで「政権転覆」を振りかざしていたアメリカは、ここにきて宥和策に転換したことになるが、転換したのは対北朝鮮政策だけではない。最近のアメリカの世界戦略は全体として、単独覇権主義から多極化推進へと劇的に転換している。 以前の記事に書いた、米軍がイラクから撤退する構想は、その後も表明され続けている。7月27日には、在イラク米軍の司令官が「状況が整えば、来年中にイラク駐留軍を大幅削減する」と表明している。米軍が撤退したら、その後のイラクが頼みの綱とするのは、イランやシリアといったアメリカが敵視する国々になるが、アメリカはそれでもかまわないということである。(関連記事) 先日、インドの首相が訪米し、アメリカはインドの覇権拡大を支援し、インドの核兵器を容認しつつ核技術を伝授することになった。米政府は、表向きは「インドを中国のライバルとして育てるため」の策だとしているが、インドと中国はもはや対立していないどころか、中国がロシアや中央アジア諸国と作っているアメリカ抜きのユーラシア安保体制である「上海協力機構」にインドが参加するなど、中印は戦略的な同盟関係をどんどん強めている。アメリカのインド支援は、中国敵視策の一環などではなく、ユーラシアを安定させる責任をインドや中国に任せ、アメリカの覇権の負担を軽減させようとする多極化戦略の一環である。(関連記事) アメリカはイラク侵攻以降、表向きこそタカ派の「世界強制民主化」の方針が目立っているが、実際に行われている外交は軟弱かつ消極的で、明らかに世界の多極化を容認し、ときに支援している。私がアメリカの隠然とした多極化戦略を感じた始めたのは、イラクが泥沼化し始めた2003年夏ごろだった。多極化戦略を感じさせる兆候は、その後一貫して強くなっている。(関連記事その1、その2) (アメリカが多極化戦略を採る理由についての分析はこちら) タカ派の硬直した態度は、世界の国々の反米感情を高め、親米国がアメリカを頼れない状況を作り出し、世界の諸問題を行き詰まらせる。その後、現実主義派が出てきて、諸問題に関して目立たないように譲歩することで、アメリカ以外の国々が主導するかたちで世界が安定する多極化の状況が生まれている。ブッシュ政権内のタカ派と現実派との対立は911以前からずっと続き、権力闘争と考えるには、決着がつかない状態が長すぎて不自然だ。何か隠された意図に基づき、対立しているように見せかけていると考える方が自然である。 このような、世界に対するアメリカの外交実態の全体像から考えれば、北朝鮮に対しても、タカ派は声高なだけで政策の実体がなく、宥和策の方が実際の政策であると考えられる。 ▼北朝鮮の核廃棄と在韓米軍の撤退がセットになる? 金正日政権にとっては、自国に対するアメリカの脅威は、2003年のイラク侵攻をピークに減少しつつある。今年2月に北朝鮮が核兵器保有宣言を行った際には、アメリカは言葉で非難するだけで何も行動を起こさず、中国に「金正日に圧力をかけて早く6カ国協議を開け」と催促するばかりだった。(関連記事) アメリカが脅威でない以上、金正日としては、6カ国協議に参加する必要がない。にもかかわらず、今回北朝鮮が6カ国会議に再参加したということは、何か満足できる条件をアメリカから提示されたに違いない。 その条件とは何だろうか。まだ6カ国協議の内容が発表されていないので、私の憶測でしかないが、一つありそうなのは「北朝鮮が核兵器開発を破棄したら、アメリカは韓国から米軍を撤退する」という交換条件である。ここで「アメリカがそんなことをするはずがない」と感じた人は、アメリカが単独覇権主義から多極主義に転換しつつあることを忘れている。 米軍は、世界的な再編計画の一環として、すでに在韓米軍をかなり撤退させている。以前の記事に書いたように、世界的な米軍の再編は、表向きは「軍のハイテク化」を目的としているが、実は世界各地からの撤退であり、世界戦略を単独覇権から多極化に移行させていることと同期した動きである。 米軍が早く韓国から撤退したがっているのに対し、むしろ韓国政府の方が「米軍の撤退を急ぎすぎると、朝鮮戦争の時のように、北朝鮮の南侵を誘発しかねない」としてブレーキをかけてきた。 6カ国協議によって、北朝鮮は核兵器を廃絶し、同時に韓国から米軍が出ていけば、朝鮮半島は軍事バランスを保ったまま緊張緩和でき、東アジアにおけるアメリカの多極化戦略も実現される。 (余談だが、アメリカは在日米軍も空洞化させている。日本各地の基地の管理は米軍から防衛庁に移管され、基地上空の制空権も日本側に委譲されつつある。日米のマスコミは、在日米軍や日米軍事同盟が強化されているような印象を与える報道を続けているが、これはおそらく、対米従属を枠組みだけでも維持した方が日本は安定すると考える日本政府が発する、幻影的な情報に基づいた報道である)(関連記事) ▼北朝鮮が主張する半島の非核化は在韓米軍が標的 これまでライスらが何回か発している「アメリカは北朝鮮の国家主権を認める」「北朝鮮を攻撃しない」という表明を、今後米朝間で平和条約など文書にする可能性もあるが、アメリカは北朝鮮と条約を結ぶと、北朝鮮を支援する責任が出てくる。これは「世界各地の問題は、その地域の有力国に任せる」というアメリカの多極化戦略にそぐわない。 北朝鮮にとっては経済難も問題の一つだが、これはすでに昨年から、中国型の「社会主義市場経済」を目指す方針で経済開放政策が進んでいる。平壌は資本主義的にカラフルになり、中朝間の貿易も急増している。韓国からは開城の工業団地建設や、観光地開発、電力供給なども開始される予定になっている。貧富格差の拡大や、許認可がらみの役所の汚職の増加など、中国も経験している改革開放につきまとう諸問題が乗り越えられれば、北朝鮮の人々の生活は少しずつ向上していくと予測される。(関連記事) (北朝鮮で飢餓がひどくなっているという記事がよく出るが、これらは世界から北朝鮮への経済支援を集めたい現実主義派を支援する政治意図に基づき、誇張した話を書いている疑いがある)(関連記事) 今後、北朝鮮が核兵器廃絶に応じた場合、問題になるのが、その検証方法である。イラク侵攻の直前、フセイン政権は「わが国には、もう大量破壊兵器はない」と主張し、それは結局事実だったにもかかわらず、米中枢のタカ派は「いや、隠せる場所は無数にある。どこかに隠しているはずだ」と濡れ衣を着せ、侵攻して政権転覆してしまった。 いったん核廃絶を表明したら、無期限の査察と、濡れ衣への釈明を迫られ続けることになりかねない。こうした状況は、国家機密を盗まれかねないので、北朝鮮だけでなく、日本を含むあらゆる国が拒否したいはずである。 北朝鮮側は最近「朝鮮半島を非核化しよう」と盛んに言っている。これは主張のトーンの熱烈さから考えて、自国の核兵器の除去のみを指しているのではなく「IAEAが北朝鮮に査察に入るなら、韓国の米軍基地に核兵器がないかどうかもIAEAに査察させるべきだ」と主張するための布石と思われる。アメリカはIAEAに米軍施設を査察させることは絶対拒否するだろうから、そこで交渉は暗礁に乗り上げる。北朝鮮は、暗礁に乗り上げてもかまわないが、アメリカは何とか話を進めたいだろうから、米側が譲歩して査察条件を緩和することを期待できる。(関連記事) もし今回の協議で、北の核廃棄の交換条件として在韓米軍の撤退が提示されているとしても、そのことは協議の後でも発表されず秘密にされたままになるかもしれない。ブッシュ政権の戦略が「単独覇権のふりをした世界多極化」であるのと同様に、米軍の世界的再編も、名目は「強化」だが実際は「撤退」で、しかも表と裏が正反対であることは国際情勢を詳細に読み解かないと分からず、多くの人は表側だけを見て信じている。 アメリカが、世界の人々に表側だけを信じさせ続けたいなら「北が核廃棄する代わりに在韓米軍が撤退する」と正直に発表するわけにはいかない。発表文としては、何か別の説明が用意されるだろう。 ▼6カ国協議の中心は南北対話になる? 今回の6カ国協議でもう一つ注目すべき点は、中国政府が、もう交渉の中心役から降りたいと表明したことである。北京での開催は今回が最後としたい、という表明があった。 その理由は、表向きには「金と手間がかかりすぎる」ということだが、私なりの分析は「今後は南北が相互の信頼関係を構築できそうなので、中国が仲裁する時期は卒業し、南北の直接対話を軸に協議を進める」ということではないか、という読みである。協議場所の設営に対しては、中国が消極的であるのと対照的に、韓国は自国での開催を希望しており、北朝鮮が了承すれば、今後は協議の場が北京からソウルに移るかもしれない。(関連記事) 6カ国協議は当初、北朝鮮の問題がある程度解決された後は、朝鮮半島だけでなく極東地域の多国間の安全保障会議に変身させる構想を内包していたが、その後、中国とロシアはアメリカ抜きで接近し、多極化時代のアジアの安全保障の枠組みとして上海協力機構も拡充されている。6カ国協議は、南北の直接対話を軸にした交渉の場に変身するかもしれない。(関連記事) 南北朝鮮や米朝の対立が解けた場合、その後は北朝鮮は中国型の市場経済の国になる努力が行われ、成功すれば飢餓のない国になる。経済が発展し、国境を開放しても北朝鮮の人々が逃げ出さなくなったら、南北の自由往来が始まるかもしれない。 中国式の体制は一党独裁だが、党の上層部は集団指導体制で、個人独裁ではない。個人独裁より、集団指導体制の方が政治は安定するので、金正日一族の独裁から集団指導体制に移行することを目指すかもしれない。不測の事態が起きて北朝鮮が内部崩壊しない限り、韓国との統一は、その先のことになる。 ▼アメリカの戦略を読み違えた日本 韓国や北朝鮮の外交は急に活発化し始めたが、対照的に、日本の外交は不活発な状態に陥っている。今回の6カ国協議では、拉致問題を議題にしたいという日本政府の主張は、北朝鮮をなだめて何とか核問題を解決したい他の5カ国から無視された。アメリカは日本に何も言わなかったが、ライスらがしつこく北朝鮮を宥和したことを考えると、アメリカも拉致問題にこだわる日本を迷惑がっていると推測される。 実際のところ、日本政府が拉致問題を本当に解決したいのかどうかは疑問である。北朝鮮との拉致問題、中国との靖国問題と海底油田問題、ロシアとの北方領土問題は、いずれも日本政府が近隣国との積極外交をしなくてすむための「防波堤」として機能している。日本政府は、政治的に近隣諸国と密接になると、相手国にゆすられたり、覇権拡大がアメリカに嫌われかねないので、本格的な外交をしたくないのだろう。 とはいえ、日本の「防波堤戦略」は「対米従属」と表裏一体をなす政策である。今後、アメリカが多極化の道を進むほど、対米従属は空洞化し、無効になる。今のように近隣国と上手につき合えない状態が続くと、中国や韓国の発展をしり目に、日本だけ衰退しかねない。 こうした失敗が起きるのは、外務省など日本政府の人々が、アメリカの覇権は今後も長く続くという間違った分析をした結果である。稚拙な国際政治分析の結果、敗北するパターンは、第二次大戦のときと同じである。 戦後の日本は対米従属を国是としながらも、アメリカの政界で何が起きているか、深い分析をしていない。米政界を知るためには、イスラエルとかユダヤ人に関する研究が不可欠だが、外務省のアメリカ担当にはユダヤ専門家がいないと聞いた。これでは、アメリカの本質は分からない。 日本政府にとってアメリカは「お上」であり「お上の内情は、あまり詮索しない方が身のためだ」という保身術に沿って、あえて米中枢のことを分析しない方針なのかもしれない。だがその結果、日本の外務省や国際政治学者の多くは、ブッシュ政権の表向きだけの「単独覇権主義」を真に受けてしまい、裏表があるアメリカの戦略を読み違えてしまった。(ひょっとすると外務省などは、今でも読み違いに気づいていないかもしれない) 北朝鮮の政府メディアは最近「日本は(経済大国だが)外交的にはちっぽけな国でしかない」と日本を中傷したが、この指摘は実は当たっている。国際政治の深層分析ができる国にならないと、北朝鮮にも馬鹿にされたままである。(関連記事)
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