経済発展が始まりそうな北朝鮮2005年1月13日 田中 宇韓国KBSテレビが作ったテレビドラマ「冬のソナタ」はもしかすると、日本ばかりでなく、北朝鮮にもファンが多いかもしれない。北朝鮮でも比較的裕福な人々は自宅にビデオデッキやVCD(ビデオCD)、DVDプレーヤーを持っており、韓国のテレビドラマや歌謡番組を録画したテープやCDも、中国でコピーされて北朝鮮に持ち込まれ、北朝鮮の各都市で売られているからである。 この手の録画メディアは密売品だが、自由市場の発達により、一般の市民でも金さえあれば比較的簡単に買うことができる。こうした現象は、何年か前から始まっており、2002年初めに韓国で大ヒットした冬ソナのテープやVCDも、すでに北朝鮮の家庭に入り込んでいるに違いない。 北朝鮮にビデオやVCDが出回るようになったのは、ここ数年のことだ。中国の消費者がビデオやVCDからDVDプレイヤーに買い替え、中古のビデオやVCDのプレイヤーが4000円前後の価格で中国市場にふんだんに出回るようになった。中国の北朝鮮に接する吉林省、遼寧省などには約200万人の朝鮮族(朝鮮系中国人)が住んでおり、韓国のテレビ番組の録画版がよく売られており、これらの商品が北朝鮮にも流入している。 (ビデオテープより、コピーしやすく運びやすいCDやDVDの方が普及していると思われる。中国では違法コピーのVCDが50円程度で売られており、北朝鮮でもそれに近い価格だろう) 北朝鮮では、冷戦終結で旧ソ連からの支援が打ち切られた後、約10年間で工場など大半の国有企業の経営が破綻し、2000年ごろからは、北朝鮮政府は国有企業の従業員たちに対し、職場に来なくて良い代わりに勝手に生計を立てることを奨励し、なし崩しに市場経済化が始まった。2002年7月には、私企業や自由市場の存在が正式に認められた。こうした動きにともない、中国からさまざまな商品が輸入されるようになり、その中にCDなども入っていた。(関連記事) 北朝鮮当局は最近、国民に対して何回も、長髪や派手な服装を禁じる布告やマスコミキャンペーンを行っているが、これは平壌などに住む比較的裕福な若者が、韓国のテレビに出てくる俳優や歌手の髪型や服装を真似する傾向が強くなっていることに対処するための措置である。冬ソナのペ・ヨンジュンやパク・ヨンハのような、やや長髪の髪型をした若者が、平壌の街角を闊歩しているということだ。(関連記事) 韓国の影響だけでなく、中国からの影響もある。中国国境に接した北朝鮮の町である新義州などでは長髪が流行っており、新義州から出張で平壌に出てきた男性の長髪を平壌市民が批判する番組が、昨年末に朝鮮中央テレビで放送された。(関連記事) ▼自由経済化とともに出てきた新裕福層 こうした市場経済化にともなう風紀の乱れを止めようとするキャンペーンが頻繁に行われていることからは、韓国のテレビ番組を見ている北朝鮮の人々の数は意外に多いと考えられる。かつての北朝鮮では、比較的裕福なのは党と軍の関係者だけだったが、今では経済自由化の波に乗って小売業などを手がけて成功した人など、民間人でも、ある程度豊かな生活ができる人が増えている。 北朝鮮の山間部などでは、飢餓状態の人がかなりいるのは事実だろうが、その一方で、都会では自由化にともなう経済発展の恩恵を受ける人も増えている。平壌市内では、夜遅くまで開いているレストランや商店が増え、市内を走る自家用車の数が増え、あちこちに外国製品の広告看板が立つようになった。北朝鮮経済のここ2−3年の変化は、それ以前の50年間の変化よりも大きいといわれている。(関連記事) 国有企業に成果主義を導入した結果、平壌の火力発電所の発電量は2001年に比べて2倍になり、平壌市内の停電回数が減った。国有企業には、本業以外の事業に手を出して良いという認可が出され、部品や原材料が輸入できず操業を停止していた国有企業が、食品加工やビル建設などに参入し、自宅待機していた労働者に再び仕事が与えられる傾向も出てきた。ソ連崩壊後、衰退し続けた北朝鮮経済は、2003年には1・8%と、低い水準ながら経済成長を実現した。 韓国の統一相は、今年末までには北朝鮮の人々の間に経済市場主義の考え方が定着すると予測している。「長年染みついた社会主義の考え方が簡単に抜けるはずがない」という見方もできるが、1980年代の中国を思い出せば、社会主義から資本主義(拝金主義)への頭の切り替えは簡単であることが分かる。中国の人々は1970年代まで文化大革命の共産主義運動に動員させられていたが、その後数年間で、金儲けのことばかり考えている人が非常に多い状態になっていた。(関連記事) 「漢民族は商売上手だが、朝鮮民族はそうでもない」という見方もあるかもしれないが、これも違う。民族的に北朝鮮の人々とほぼ等質である中国の朝鮮族は、漢民族と並んでビジネスの上手な人々である。 もう一つ、社会主義の政治体制を維持したまま市場経済に移行した中国の先例を参考に考えると、北朝鮮が経済自由化によって人々の間に貧富の格差が広がっても、貧しい層の人々が少しずつでも豊かになっていれば、貧しい人々が貧富格差に不満をつのらせて大規模な暴動を起こす事態にはなりにくいとも思える。問題は、経済成長がマイナスになり、貧しい人々がより貧しい状態に陥ることだが、成長が続いている限り、貧しい人々も少しずつ豊かになり、不満はあまり大きくならないというのが、中国で起きている現象である。 ▼早期統一をやめて北朝鮮安定化支援に切り替えた韓国 北朝鮮の経済自由化は、中国を見習って外国からの企業進出や外資導入によって経済成長を実現し、国を安定させようとする政策だ。特に昨年以来、南隣の韓国と、北隣の中国からの企業進出が盛んになっている。 このうち韓国は、現代グループが政府の支援を受け、南北を分ける38度線から15キロ北方の開城市に工業団地を作っている。昨年末から韓国のメーカーが操業を開始し、第一号の製品として鍋がソウルのデパートで売り出された。(関連記事) この工業団地は、まだ15社しか入っておらず、最終計画の1千社には遠く及ばないが、計画が達成されれば72万人の北朝鮮国民を雇用できる。韓国のメーカーは現在、人件費の安い中国に生産拠点を移す傾向が続いているが、北朝鮮の経済自由化政策が頓挫しなければ、ソウルから2時間で行けて、言葉が韓国と同じで、従業員の賃金も中国より安い(月給約6千円。このうち800円分は北朝鮮当局が徴収する)ため、開城の工業団地への企業進出が増えると思われる。(関連記事) アメリカは、北朝鮮の核兵器開発問題が解決するまで、北朝鮮を有利にする工業団地の開発を延期するよう、韓国に求めていたが、韓国の盧武鉉政権は逆の考え方をした。核兵器を開発するのは国際社会が北朝鮮を追い詰めて困窮させているからであり、北朝鮮が経済発展して安定した国を作れるようにしてやれば、仮に核兵器を持ったとしても使うことはない、と考えて、核問題の解決を待たずに開城工業団地をスタートさせた。 同時に盧武鉉政権は、できるだけ早い時期に南北統一するという、これまで韓国が掲げていた目標を引っ込め、代わりに北朝鮮が現体制のままで経済発展して安定することを支援する戦略に切り替えつつある。北の政権を崩壊させて南北統一を挙行するやり方だと、韓国が負担するコストが大きくなりすぎるとの見方からである。韓国の防衛白書からは、北朝鮮を最大の敵とみなす表現が削られたが、これも統一より北を発展安定させた方が得策だという考えに基づいている。(関連記事) 韓国政府は従来「朝鮮半島の北半分も韓国の一部である」という建国以来の認識から、北朝鮮から逃げてきた脱北者を韓国国民として扱ってきたが、最近ではそれも変えつつある。韓国をめざす脱北者は増え続け、昨年夏には500人近くが韓国に到着したが、その後韓国政府は脱北者の大規模な受け入れはもう止めると宣言し、脱北者に対する生活支援費を従来の3分の1に削ってしまった。(関連記事) この措置は「韓国に行けば生活は楽になる」という脱北者の希望を打ち砕くことで、脱北して韓国に行こうとするより、経済自由化が進む北朝鮮で起業などをした方が良いと、脱北者予備軍の人々に思わせようとするものだ。 ▼北朝鮮投資を開始した「中国のユダヤ人」 一方、北の中国から北朝鮮への経済進出は、中国当局はあまり関与せず、民間レベルで行われている。中国の民間企業(もしくは地方政府も絡んだ地場の半官半民企業)の間では、昨年夏あたりから中国投資ブームが始まっている。 中国から北朝鮮への投資は、温州商人が特に積極的だ。温州商人とは、浙江省南部の沿岸都市温州を根城に、中国全土で企業や不動産を買収している人々のことで、上海で超高級マンションなどを買いあさり、一時は新築物件の3−4割を買い占め、上海に不動産バブルを引き起こしたのも温州商人であるとされる。(関連記事) 最近では中国のエネルギー需要増加を見越して山西省などの炭坑をいくつも買収して話題になった彼らは、その敏感な投資嗅覚から「中国のユダヤ人」と呼ばれている。(関連記事) 浙江省南部の諸都市は数年前から、日用雑貨や衣料品など、品種を定めて一つの町の中の家内工業的な小企業群が同じ種類の製品を製造し「中国で日用雑貨といえば義烏」「ネクタイといえばション(山へんに乗)州」「桐郷はセーターの町」といったような、町の名前をブランドにする戦略を展開しているが、その火付け役も温州商人だといわれる。(関連記事その1、その2) 彼らは常に高利回りの新たな投資先を中国全土や海外で探し回ってきたが、最近では良い投資先が見つかりにくく「金あまり」の状態が懸念されていた。そこに出現した新たな投資先が、北朝鮮だった。温州商人たちは2002年から投資先として北朝鮮を検討していたが、昨年までは時期尚早と判断されていた。(関連記事) 昨年、温州出身で、北朝鮮に比較的近い遼寧省瀋陽市でビジネスを展開してきた曾昌飆氏の会社は、北朝鮮最大の百貨店である「第一百貨店」を賃借し、大改装を行って新規開店させた。(関連記事) また、温州の近くの町である楽清市の長距離バス会社「盛金快速汽車」は、北朝鮮の国有バス会社「鬱林運輸」が持つ12の長距離バス路線のうち、平壌−南浦、平壌−元山など3路線を委託され、中国から高級大型バスを持ち込んで運行を開始した。(関連記事) 温州市では、北朝鮮に対する投資を有望と考えて説明会を開いたりしている。温州商人が浙江省南部などで立ち上げた家内小企業群を使った製造業の運営方法は、北朝鮮で行うことも可能と思われ、浙江省各地のブランド製品の下請け先として、人件費が少しずつ上昇している中国国内から、北朝鮮への製造拠点の移動が行われるかもしれない。 温州系以外では、南京市の電子機器メーカー「熊猫電子」が、北朝鮮の国有メーカー「大同江計算機」と合弁しているほか、遼寧省からの投資も多い。北朝鮮側では今年5月、初めての商談会(平壌国際交易会)が予定されている。北朝鮮から中国への輸出は、2003年から急増しているが、今年はさらに中国から北朝鮮への投資が増え、北朝鮮から中国への輸出が増えると予測される(輸出額の規模は韓国から中国への100分の1ほどにすぎないが)。(関連記事) 中国から北朝鮮への企業進出は、中国側が民間主導で行われているのが特徴で、韓国からの進出には韓国政府が関与しているのに比べ、中国の方が「資本主義的」であり、興味深い。 中国や韓国から投資が入り、経済的には成長できる環境が整っていくとしても、金正日政権の内部でクーデターが起きるなど、政治的な混乱が起これば、北朝鮮は安定せず、崩壊に向かう可能性がある。私は、北朝鮮の政治は不安定化しないだろうと予測しているのだが、そのあたりのことは次回に解説する。
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