北朝鮮の核保有宣言と日米2005年2月22日 田中 宇2月24日、ヨーロッパ訪問中のブッシュ大統領と、ロシアのプーチン大統領が、スロバキアの首都ブラチスラバで会談することになっているが、この会合についてロシアのモスクワタイムスは「冷戦後の米露会談として最も意味のないものになるだろう」と予測する記事を出した。 この記事の趣旨は以下のようなものだ。「プーチン政権のロシアは、近年の石油価格の高騰によって金持ちになり、以前(エリツィン政権時)のように欧米からの金融支援がなくても十分にやっていけるようになり、(1998年のロシア金融危機で負わされた)IMFなどからの借金も前倒しして返済した。プーチンはアメリカの敵たちを支援しており、シリアに貸した金を帳消しにしたうえミサイルを与え、中国に武器や石油を売り、イランにも援助をしている」 「アメリカがロシアを経済制裁しようとしても、それは逆に、アメリカの石油会社をロシアから追い出して石油産業を国有化したいプーチンを喜ばせるだけだ。しかも欧州は、石油やガスを売ってくれるロシアを制裁したがらないだろう。(イラクの泥沼に陥って軍事的にも弱くなっている)ブッシュは、もはやロシアに口頭で警告するしかないが、そんなお願いを独裁傾向を強めるプーチンが聞くはずがない。その意味で今回の米露会談は無意味である」(関連記事) (ブッシュとプーチンは昨年11月にも会談している。そのときはブッシュがロシアの民主主義の後退を指摘したのに対し、プーチンはロシアの歴史について延々と語り、会談を時間切れにしてしまった)(関連記事) 1月20日の大統領就任演説で、世界を民主化すると宣言したブッシュにとって、国内の州知事を選挙制から任命制に戻すなど、民主主義から遠ざかりつつあるロシアのプーチン政権を、どのように民主化の方向に転換させるかが問われているが、ブッシュの目標は達成される見込みがない。 こんな事態になったのは、ブッシュがイラクの泥沼に陥っているにもかかわらず「世界を民主化する」と見栄を張り、強硬姿勢が張り子のトラになっているからだ。その間に、ロシア、中国、イラン、シリアといった反米・非米的な国々が相互に連携を深める状態が生まれている。 (ロシア外相はブッシュ・プーチン会談の数日前、近年アメリカの裏からの介入によって「民主化」され、ロシアの影響圏から離れたグルジアとウクライナについて「地政学的な状況が変わった結果、完全な主権国家になっている」と述べ、両国がロシアから離れて欧米に近づいたことを容認した。これは、ブッシュが何がしかの「成果」を挙げて帰国できるようにするための配慮だろう)(関連記事) ▼核保有宣言が通ってしまった金正日 ブッシュの就任演説など最近の米政府の表明を聞いて動き出し、張り子のトラに風穴を開けてしまった人物は、ほかにもいる。北朝鮮の金正日である。 ブッシュは1月20日の就任演説では「世界中の圧政国家を民主化する」と述べた後、2月3日の年頭教書演説では「北朝鮮の核問題はアジア諸国と協力して解決する」と柔らかいトーンに変化した。その一週間後の2月10日、北朝鮮政府は、核兵器の開発と保有を認め、もう6カ国協議には参加しないと宣言した。 この宣言について、アメリカからの政権転覆攻撃を招く自滅行為だと見る解釈も多いが、実際にアメリカがその後とった行動は、北朝鮮に「6カ国協議の場に戻ってくれ」と説得することを中国に頼む、ということだった。アメリカはもはや、北朝鮮が核保有国になっても、高官が「容認しない」と口を動かすばかりで、軍事攻撃など強行策によって止めるつもりはなく、北朝鮮の問題は中国を中心とする周辺国に任せ続ける方針であることが、これで確定した。 ブッシュ政権が北朝鮮の問題に首を突っ込みたがらないのは以前からのことで、北朝鮮は2002年末から核開発に関してアメリカを挑発する発言を繰り返し、これに対してアメリカは問題の解決を中国に任せ、2003年夏に6カ国協議をスタートさせた経緯がある。この傾向が行くところまで行ったのが今回の事態で、金正日は、核保有を宣言することで、アメリカが攻撃してこないことを確認できる結果となった。(関連記事その1、その2) 北朝鮮は、核保有宣言と同時に、アメリカと直接交渉したいと主張したが、アメリカが中国任せの態度を強化したため、アメリカはもはや脅威ではなくなってきたと判断したのか、アメリカとの直接交渉もしないと言い直した。(関連記事) ▼中国と韓国は6カ国協議がなくてもいい? 北朝鮮との関係が比較的緊密な中国や韓国は、北朝鮮の核保有を何が何でも食い止めようとはしていない。6カ国協議についても、中韓の政府は口では「早く次の会議を開くことが必要だ」と言っているが、実際の動きを見ると、中韓は6カ国協議が開かれなくてもかまわないと思っているように感じられる。 北の核保有宣言を受けて韓国政府は「容認できない」と表明したが、盧武鉉大統領は昨年11月、北の核保有を容認するような発言をしているし、韓国の統一院は「北朝鮮が核兵器を持ったことを裏づける証拠がない」として、核保有宣言を軽視するかまえを見せている。(関連記事その1、その2) 韓国政府は「核問題が解決されるまでは、北朝鮮に対する大規模な経済協力はやらない」と表明したが、その一方で、北朝鮮経済を潤わせるために韓国が政府の肝いりでやっている、38度線のすぐ北にある開城の工業団地の土地を韓国企業に分譲する事業は、予定通りに進めることにしている。韓国は、北が核兵器を持ったとしても経済が安定していれば、危険なことをしなくなると考えているようだ。欧米資本家も、韓国のやり方に懸念を感じていないようで、韓国の国債格付けは下がっていない。(関連記事その1、その2) 日本とアメリカは「6カ国協議が開かれないなら、北朝鮮の問題を国連に持ち込む」と表明したが、中国は北朝鮮の問題は自国の影響圏内の問題であり、欧米などの介入が増す「国際社会」の問題にはしたくないと思っており、国連に持ち込まれたくない。そのため中国共産党は代表を平壌に派遣し、これを受けて金正日は「アメリカが北朝鮮を攻撃しないと約束するなら、6カ国協議に参加したい」と発言した。(中国と北朝鮮は社会主義国どうしなので、外交関係は党と党の関係になっている)(関連記事) 金正日が「アメリカが態度を変えるなら、6カ国協議に参加する」と表明したことによって、北朝鮮と中国は「6カ国協議をやりたくても、アメリカが態度を変えないので無理だ。悪いのはアメリカだ」と言える状態にしたいのだろう。こうやって時間稼ぎをしつつ、中国と韓国が北朝鮮の経済自由化を後押しして成功させ、経済発展の軌道に乗せることが中韓の戦略だと思われる。(関連記事) ▼アメリカは北朝鮮への経済制裁に賛成せず 北朝鮮が核保有を宣言したのは、ちょうど日本が北朝鮮に対する経済制裁を発動する方向に動き出したときだった。だが、2月16日には、ベーカー駐日アメリカ大使が日本の対北制裁について「(日本一国だけでなく)韓国、中国、ロシアなどと協力して多国間でやらないと効果がない」と記者会見で語った。韓中露は日本の北朝鮮制裁に協力するつもりはないので、ベーカーは日本の強硬姿勢を批判したことになる。(関連記事その1、その2) ブッシュ政権は、北朝鮮の核問題の解決を中国に任せているぐらいなので、挑発的な言動をとる北朝鮮を許さないと言いながら、実は北とは戦いたくない。イラクで軍事的に手一杯のブッシュ政権は、東アジアで新たな紛争を抱えたくない。北を挑発したくない以上、アメリカが日本の北朝鮮制裁に賛成しないのは当然だった。ベーカーの批判が発せられるのと前後して、日本政府は対北制裁を延期する方向に転換した。(関連記事) ここで湧いてくる疑問は、なぜ日本は北朝鮮を経済制裁したいのか、ということだ。すぐ思いつく答えは「拉致問題で北朝鮮に誠意ある対応をさせるため」というものだが、金正日政権は敵視されるほど強情になる傾向があるので、日本が経済制裁をすることは、拉致問題の解決を遠ざける結果になりかねない。「アメ」を用意せず、経済制裁という「ムチ」だけでは交渉はうまくいかない。 むしろ、最近の小泉政権が中国に対しても敵対姿勢を強めていることを合わせて考えると、日本政府にとっては拉致問題は名目でしかなく、北朝鮮や中国との敵対関係を強めることの背景には、別の事情があるように思われる。 ▼日本は実は東シナ海油田に関心がない? 日本と中国との最近の敵対関係の一つに、東シナ海の石油・ガス田の問題がある。この石油・ガス田は、かなり前から中国が開発を進め、日本にも共同開発を打診してきたこともあるが、日本側は一貫して開発には消極的だった。中国側は、日本の経済水域内を含めた海底を測量し、石油・ガスがありそうな場所のデータを集めているが、日本側は測量を実施していない。 昨年、日本で急に問題が取りざたされ、日中がこの問題で交渉したとき、日本側が中国側にデータを渡すよう求めたが、中国は拒否した。日本では反中国の言論があふれたが、日本側としては独自の海底調査をおこなった上でデータを交換し、共同開発に入ることにした方が良かった。 そうしなかったのは、日本政府が東シナ海の石油ガス田の開発には関心がなく、中国との紛争そのものに関心があるからではないかと思われる。最近、尖閣諸島の灯台が国有化されたが、これも尖閣諸島の問題が煽られることを防ごうとしていた従来の日本政府の対応から一転しており、中国側との対立を煽る目的がありそうだ。(外務省は外国との対立激化を嫌がるので、官邸主導の政策であろう)(関連記事) (日本は「200カイリ」の権利をもとに、東シナ海の石油ガス田に対する権利を主張しているのに対し、中国は「大陸棚」の権利をもとに、同様の主張をしている。国連海洋法の条文を見ると、200カイリの権利よりも大陸棚の権利の方が明確に書かれており、国際司法裁判所で日中が争った場合、中国が有利になる)(関連記事) ▼小泉首相の中国敵視政策の裏を読む 中国は日本経済にとって重要なお得意様になりつつあるので、日本が中国と敵対するのは得策ではない。中国敵視政策を続ける小泉首相には、財界や政官界から大きな圧力がかかっているに違いない。それを押しのけて敵視政策を邁進するという背景には、何か特別な言えない事情があるはずだ。その事情として考えられることの一つは、以前の記事にも少し書いたが、アメリカの軍事的撤退に備えることである。 先日、日米の防衛長官・外相会議で、米軍と自衛隊の一体化を強めるとともに、台湾海峡有事の際に日本がアメリカに協力することがうたわれた。だが、兵器のハイテク化によって地上軍の兵力が不要になるという名目で、米軍が世界各地から兵力を減少させる大再編を行っている中で、日本に対してのみ、米軍が以前より手厚く自衛隊と連携する方向に動くというのは、話が矛盾している。 実際には、在日米軍はすでにかなりの部分がグアム島に移転しており、日本の防衛は自衛隊に任せる方向に動いている。1970年代末から日本政府が在日米軍の費用を一部負担していた「思いやり予算」がなくなり、代わりに米軍基地を日本が管理するという方向の動きもある。自衛隊が「在日米軍」の名義を借りて活動する傾向が強まっている感がある。現実には米軍は日本から出て行くものの、それを出て行かないことにして、日米軍の「一体化」の形式を作り、自衛隊が米軍の分まで担当する方向で動いていると思われる。(関連記事) 韓国などでの例を見ると、アメリカはかなり早いピッチで世界各地から駐留米軍を引き揚げており、軍事状況の急変による情勢不安定化をおそれる現地各国政府の懇願により、撤退の速度をやや遅くしている程度だ。米政府は、日本政府に対しても、急ピッチの在日米軍撤退を提案した可能性が大きい。ところが日本は平和憲法を持っているので、米軍の急撤退には対応できない。 そこで、憲法を改訂するまでの間、米軍がまだ日本におおぜい駐留しているかのような「名義借り」の状態を続けるとともに、日本と近隣諸国の対立を煽って日本国民の危機感を募らせ、米軍が撤退した分の経費増を埋めるための防衛予算増や、米軍撤退に備えたその他の準備を、中国の脅威に備えるという名目で進めるつもりなのではないか、というのが私の分析である。
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