豪州に原潜もたせ中国と敵対させる2021年9月24日 田中 宇米国は9月15日、中国包囲網の一環として豪州や英国と新たな軍事協定(AUKUS)を結び、豪州に原子力潜水艦の建造技術を供与することになった。米国は一昨年あたりから豪州をけしかけて中国との敵対を強めさせてきた。報復として中国は、豪州との貿易を制限する経済制裁をやってきた。今回の原潜製造計画は、この流れに沿ったものだ。米国は、豪州を太平洋の現場において中国と積極的に敵対させるため、原潜を持たせて海軍力を強化し、豪州を米国の手先として使って米中対立の代理役をさせようとしている。豪州は経済面で中国に依存しており、本来は中国と対立したくない。豪州が原潜を持つことは、豪州が米国に頼み込んで実現したのでなく、中国敵視を強めたい米国の策略だ。 (Are the US and China Stumbling Toward an ‘Islands War’?) 中国はこの10年ほど、太平洋や南シナ海などで海軍力をさかんに強化してきた。マスコミは「中国が台頭して脅威を増しているから米豪や日本が対抗せざるを得ない。中国だけが悪い」と喧伝している。これは間違いだ。米国は911以来の20年間、イスラム諸国などを次々と敵視して潰し、いずれ中国やロシアも軍事的に潰すか反政府運動を煽って政権転覆するのだと言ってきた。米国に敵視され脅され続けたので、中国は軍事を強化し、ロシアなど非米諸国との連携を強め、一帯一路など独自の影響圏を設定して台頭してきた。米国が中国を脅さなければ、中国の台頭はもっとゆるやかだった。911後、日本の権威筋には「米国がいずれ中国やロシアを潰してくれるから、日本は対米従属しているのが良い」という考え方が強い。こうした米日側の姿勢が中国の台頭を誘発した。米国は、中国を台頭させておいて脅威だと言って騒いで敵視し、さらなる中国の台頭を招いている。隠れ多極主義的だ。そして今回、豪州を中国との敵対の前面に押し出して代理戦争させようとしている。豪州は自滅的な、損な役回りにはめ込まれている。 (Suddenly Every Geopolitical Shock Is Rising To The Surface) 今回のAUKUS協定と豪州への原潜技術供与は、米国が英国との同盟関係・アングロサクソンの結束を、中国敵視の尖兵へと再編する動きでもある。これまで世界で原潜を保有していたのは国連安保理の5つの常任理事国(米英仏露中、UNP5)と、インド、ブラジルという多極系のBRICS諸国だった。英国の原潜は1950年代に(英国に核ミサイルの発射能力を持たせて核保有国にするために)米国が技術供与したもので、今回の豪州への供与は戦略的にその延長とされている。これからは既存のUNP5とBRICSのほかに、新たにアングロサクソンの枠組みが原潜を保有することになる(NZは原発、核兵器、原潜といった原子力を拒否している。カナダは北極海用に原潜を開発する計画があったが頓挫した)。米国は、英国を巻き込んでアングロサクソンとして中国敵視を加速している。 (Aukus fallout: for years, US told India it couldn’t share nuclear submarine technology. ‘And now this ...) 豪州は、これから作る原潜に核兵器を搭載することはしないと言っている。だが、新たな原潜は核兵器を搭載できるものになる可能性がある。それはNPT違反だが、米国が核兵器をこっそり豪州に貸与して原潜に載せ、中国の近海まで航行するといった展開を、中国は恐れている。中共の国際政治学者(Victor Gao、高志凱)は豪州のテレビの取材に答えて、そうなったら中国はNPT違反の豪州を核先制攻撃の対象にしうると発言し、豪州側を驚かせた。 (Victor Gao on Australia’s nuclear submarines deal) (China Warn "23 Million Australians" That US Pact Now Makes Them "Target" For Nuclear Attack) AUKUSには英国も入っている。なぜか。英国は、今の米国主導の中国敵視の加速に満足しているのだろうか。表向き英国は、米国の世界戦略をいつも支持している。だがそれは英国が、単独覇権国である(だった)米国と、世界戦略の立案や執行を常に一緒にやることで黒幕として機能し、米国の世界戦略を英国好みのものにねじ曲げるためだった。米国の隠れ多極主義・覇権自滅的な傾向を、英国が薄めようとしてきた。 (米国が英国を無力化する必要性) 英国は、米国が911以来やってきたイラク侵攻など、過激で稚拙な好戦策(隠れ多極主義)を緩和したようとしてきたが、米国は逆に、英国を巻き込んで自滅策をやることで、米国だけでなく英国の国際信用や国力も低下させ、米英覇権を低下させてこっそり世界を多極化しようとしてきた。英国は内心、米国主導の中国敵視策に不満を持っている。もっとやんわりやった方が米英覇権を温存できるのに、米国はそうやらず過激に稚拙にやって中国の台頭を誘発している。米国は、こうした構図を十分承知の上で、英国を巻き込んで過激に稚拙にやり続けている。 (英国をEU離脱で弱めて世界を多極化する) 太平洋でのアングロサクソン諸国の軍事諜報の枠組みとして従来、アンザスやファイブアイズがあった。だがいずれもニュージーランドが平和主義をかかげて(事実上)離脱してしまい、機能不全に陥っている。NZがファイブアイズを事実上離脱したのは今春のことで、中国がNZをけしかけ、中国と良い経済関係を持てるようにする条件で、NZを離脱へと動かした。米英は今回、アンザスやファイブアイズがNZの離脱(中国側への寝返り)によって機能不全に陥っているため、やむなくAUKUSを創設した。AUKUSは、最初から中国に負けた状態で作られている。しかも今後は豪州も、国内の経済を回すために中国との敵視を続けられなくなり、政権交代などを経て、いずれAUKUSから(事実上)離脱していく。そうなると中国はさらに台頭する。AUKUSは、米国が英国を巻き込んで進めている隠れ多極主義の策略である。 (U.S. And Its Allies Try to Split the World in Two) 米国(米欧)の隠れ多極主義者がこっそり中国と組んでアングロサクソンを潰す構図は、すでにコロナ危機で示されている。それは8月の記事「アングロサクソンを自滅させるコロナ危機」に書いた。豪州は今、世界で最も馬鹿げていて厳しい、都市閉鎖やワクチン義務化のコロナ対策を、中国傘下のWHOから強要され、全力で推進させられている。 (アングロサクソンを自滅させるコロナ危機) 今回のAUKUSの結成はタイミング的に、米国が8月後半のアフガニスタン撤退で大失敗した挙げ句、アフガニスタンを米国の傘下から中国の傘下に移してしまった直後に挙行されている。米国やNATOのアフガン撤退により、中国やロシア、イランといった非米諸国がユーラシアの中央部から西部(中央アジアから中東やコーカサスにかけての地域)で支配的な影響力を持ち、米国はユーラシア覇権をかなり喪失した。EU、イスラエル、サウジなど、欧州や中東の米同盟諸国は、米国に頼れない状態になっている。EUでは、NATOに頼れなくなるので欧州独自軍が必要だという前からの主張が蒸し返されている(今回も口だけで終わりそうだが)。 (中露のものになるユーラシア) 中露主導のユーラシアの安保機構である上海協力機構の年次総会が先日タジキスタンで開かれ、以前から上海機構に入りたがっていたイランを正式な加盟国にしていくと決めた。これまでは中東で米国覇権が強く、米軍がいつイランを攻撃するかわからない状態だったので、中露はイランを上海機構に入れずオブザーバーにとどめていた。だが今や、イランの西隣にあるアフガニスタンが米欧の撤兵によって中露の傘下に移転し、中東での米国の覇権が低下してイランが米国から攻撃される可能性が大幅に低下したため、上海機構はイランを正式な加盟国にする。米国は手出しできない。イスラエルはイランを攻撃すると言っているが、米国に助けてもらえないので口だけだ。この事態は、ユーラシアの西側における中露の覇権拡大を象徴している。 (Eurasia takes shape: How the SCO just flipped the world order) (Shanghai alliance gives go-ahead to Iran's full membership) 米国は、中国の西側のユーラシアで覇権を自滅的に放棄して中国に譲渡してしまった後、中国の東側の太平洋地域で中国を封じ込めるのだと言って英国を引き連れてAUKUSを結成し、豪州に原潜を与えて中国敵視の尖兵に仕立てている。中国は激怒し、太平洋地域での海軍力をますます増強し、豪州との貿易を削減する経済制裁などをやって対抗し、台頭していく。米国は、中国をやっつけたいように見せかけつつ、実はこっそり強化したい。そのようにしか見えないことをやっている。バイデンの米国は(トランプと違うやり方で)隠れ多極主義である。マスコミはAUKUSが中国をへこませると喧伝しているが、それは大間違いだ。AUKUSは中国を強化する。 (アフガニスタンを中露側に押しやる米国) (タリバンの訪中) 豪州はこれまで、フランスからの技術供与でディーゼルエンジンの潜水艦を建造する計画を進めてきた。2016年に、日本も入札に参加してフランスに負けた建造計画だ。豪州は今回、米国からの技術供与で原潜を作る新計画を決めたことで、フランスとの計画の契約を破棄することになった。米国や豪州は、フランスとの計画を破棄することを、新計画を発表する前にフランスに伝えなかった。仏政府は、自国と豪州との潜水艦建造契約が、米国の横入りのあおりで潰されて破棄されることを、米豪政府の発表によるマスコミ報道によって知った。事前の通知もなく完全に外されたフランスは激怒し、米国と豪州に駐在している大使を抗議の意味で召喚した。その前に起きたアフガン撤退時に、米国がNATOの欧州諸国にろくに相談せず下手くそな撤兵をやって大失敗したことと合わせ、仏独などEUでは「もう米国やNATOに安全保障を依存できない。今こそ欧州独自軍が必要だ」という呼び声が強まった。 (Operation go it alone: Disenchanted Europeans may build their own army) (潜水艦とともに消えた日豪亜同盟) だが、こうした勇ましい動きは(今のところ)口だけだ。マクロン仏大統領は怒ってバイデン米大統領に電話したが、電話会談して納得してしまったのか、仏政府は矛を収め、駐米大使を米国に戻すことを決めた。EUは10年以上前から何度も、対米自立的な欧州独自軍を創設する計画を打ち出しているが、ほとんど実現していない。今回の「5000人規模の即応部隊」の計画も実現しないだろう。 (US-French spat seems to simmer down after Biden-Macron call) (France Will Get Over Its Anger at Washington) しかし、欧州側がNATOから自立していくかどうかに関わらず、米国は今後NATOを軽視する傾向を強めそうだ。米国はこれまで、NATOを引き連れてロシアを敵視する戦略と、NATOを含む同盟諸国を引き連れて(イスラム主義テロ組織と戦う口実で)中東を支配する戦略の2つを展開してきた。だが今後の米国は、この2つをいずれも軽視・放棄していくと同時に、AUKUSなど同盟諸国を引き連れて中国を敵視する戦略を主軸に据えていく。AUKUSはアングロサクソンの同盟であり、独仏は外される傾向で、NATOは軽視されていく。中国から遠い欧州なんかどうでもいいし、(実は中国の西側に隣接していて中国包囲網的に重要なはずの)中東もどうでもいいんだ、と米国は示唆している。プーチンのロシアは「AUKUSはNATOを解体する」と看破している。いずれ、欧州は米国に頼れなくなる。 (Emergence of AUKUS shocked NATO more than potential adversaries, says Russian diplomat) (Russia Uses AUKUS Spat To Highlight "Shock" Of Disunity For NATO) 日本はアングロサクソンでなくAUKUSにも入っていないが、米国主導の中国敵視の前からの枠組みである「クワッド(米日豪印)」に入っている。クワッドの概念は、安倍晋三前首相が作ったことになっている。中国敵視の傾向が強い日本のマスコミや権威筋は「AUKUSの新設は、米国が本気で中国を敵視して潰す気になったことを示している。いずれ中国は潰される。万歳」みたいな論調だ。しかし、すでに書いたように、これは米国が発している幻影を鵜呑みにしているだけだ。実際は中国が潰されることはなく、むしろ逆に台頭する。 ("Israel" Seeks to Replace the US with China after Afghanistan Withdrawal) (米国の中国敵視に追随せず対中和解した安倍の日本) そもそも今の自民党の日本政府は、表向き米国と一緒に中国を敵視する演技をしつつ、裏でこっそりできるだけ中国と仲良くする「米中両属」の策をやっている(両属の元祖は、昔の琉球王朝の外交策「日中両属」)。安倍晋三は、米国から「中国を敵視するクワッドの立案者」に祭り上げられる一方で、裏で習近平にすり寄る親中策を展開していた。いま自民党は菅義偉の後継者を選んでいるが、人選を裏で操っているのは安倍であり、誰が次の首相になっても、安倍が敷いたこっそり親中の米中両属路線が継承される。自民党は、こっそり親中策の目くらましとして、軍産プロパギンダ機関と堕したマスコミに「日本は米国と一緒に中国を敵視する。万歳」と、間違いの喧伝をさせている。 (中国が好む多極・多重型覇権) (安倍に中国包囲網を主導させ対米自立に導くトランプ) 米国がAUKUSの新設を発表した翌日、中国がTPPに加盟申請した。この2つは米中の対立演技の2つの側面として連携している。それについては改めて書く。
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