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タリバンの訪中

2021年8月4日  田中 宇

7月28日、アフガニスタンのタリバンの代表団が中国を訪問し、天津で王毅外相らと会談した。7月3日に米軍がアフガニスタンの最大拠点だったバグラム空軍基地から撤退し、9月の期限より前に事実上の撤退を完了した。これを受けて、以前から米軍撤退後のアフガニスタンを傘下に入れたいと考えてきた中国が、アフガニスタンの与党になっていきそうなタリバンを中国に招待した。中国の習近平政権は、ユーラシアの経済覇権戦略である「一帯一路」を就任直後の2013年から推進しており、その戦略の中で、中国西域から中国傘下のパキスタンを通ってアフガニスタンに入り、イランや中央アジア方面に抜ける商業ルートは非常に重要だ。アフガニスタンが米軍占領下にある限り、一帯一路は未完成だった。習近平の中国は、米国がアフガニスタン占領に失敗して撤退していくのをずっと待っていた。 (China moves quickly to replace America in Afghanistan) (Taliban Seeks International 'Legitimacy' In Meeting With Top China Officials

今回ようやく米軍が撤退し、中国の出番がやってきた。もともと中国は、無神論だしウイグル問題でイスラムを弾圧してきた。タリバンはイスラム主義であり、中国と対立する立場にいた。米国の評論家たち(軍産)は「反イスラムの中国と、イスラム主義のタリバンがうまく協調できるわけない」と揶揄してきた。しかし今回の訪中でタリバンは「イスラムは大事だが、他国の内政に干渉しないことも大事だ」と表明し、中国からの分離独立を目標にするウイグル人の政治運動に協力せず、むしろアフガン国内でのウイグル人の政治運動を取り締まることを中国に約束した。軍産の揶揄をしり目に、中国とタリバンはうまく関係を結びつつある。中国もタリバンも米国から敵視される側であり、敵視されてきたからこそ、中国とタリバンは努力して協調する姿勢になっている。米国の敵視が、中国とタリバンを結束させた。 (China Says Taliban Will Play ‘Important’ Role in Afghanistan Reconstruction) (China to ‘prop up Taliban’ in Afghanistan to seize power in Middle East as US & NATO retreat after 20 year ‘forever’ war

中国は、アフガニスタンに高速道路やパイプラインを通し、一帯一路の商業ルートとして使えるようにしたい。そのためにはアフガニスタンが軍事的、政治的、社会的に安定することが必要だ。アフガニスタンの安定のためには、対立してきたタリバンと米傀儡のガニ政権が内戦を回避しつつ何らかの政治決着に至ることが必要だ。ガニ政権は米軍の後ろ盾を失って急速に立場が弱くなり、米国が抜けた後のアフガニスタンで影響力を持つ中国の言うことを聞くようになっている。今回の訪中でタリバンも中国の忠実なしもべ(ネオ冊封国)になった。中国は、タリバンとガニ政権を、和解もしくは選挙で決着をつける状態に持っていける。内戦の再発なしに、米軍撤退後のアフガニスタンを安定させられれば、中国とアフガンの両方にとって良い。それが実現すると、アフガニスタンは一帯一路の一部として経済発展していける。 (Russian Envoy: Taliban Ready for Political Settlement) (Escobar: Say Hello To The Diplo-Taliban

米国のブリンケン国務長官は、中国がアフガニスタンに影響力を行使することを評価するコメントを発している。その裏に「米国のアフガン占領が失敗したのと同様、中国がアフガニスタンに影響力を行使することも、内戦の泥沼にはまって必ず失敗する。だから中国をおだててアフガン関与させていくのが良い」という見方がある。19世紀から英国やソ連や米国が次々とアフガン占領を試み、すべて失敗して撤退したのだから中国も必ず失敗する、という見方だ。しかし中国の目標は、英米ソなどこれまでのアフガン占領者と異なる。中国は、アフガニスタンを占領するのでなく、安定させて商業ルートとして使い、中国とアフガンの両方が儲かるようにしたい。この金儲け志向にはタリバンも賛成のはずで、中国が好む「ウィンウィン」の策だ。タリバンと、ガニ政権などこれまでタリバンと対立してきた諸勢力との間の利害をうまく調整できれば、中国のアフガン関与策は成功し、泥沼化しない。米国はナショナリスト勢力のタリバンにテロリストの濡れ衣を着せて敵視し続けたので必然的に占領が泥沼化し失敗したが、中国はタリバンと仲良くする戦略をとっているので失敗しにくい。 (China interest in Afghanistan could be 'positive', says Blinken) (China and the Taliban Begin Their Romance

米政府は「中国包囲網を強化するために、米軍をアフガニスタンから撤退してインド太平洋側に移動するのだ」といった言い方もなされている。これも「失敗するのだから中国にアフガン運営をやらせるのが良い」という言い方と同様、隠れ多極主義的でお門違いな(意図的な)失策である。米国が2001年にアフガン占領を開始したのは、中国と西アジアの間の地政学的な要衝にあるアフガニスタンに米軍が長期に駐留することで中国包囲網を西方から形成するためだった。米国にとってアフガン占領自体が中国包囲網だった。それなのに今回米国は、東方からの中国包囲網を強化するので西方のアフガンから撤退するのだ、と言っている。これは全く「頭隠して尻隠さず」である。そもそも東方の中国包囲網であるインド太平洋=米日豪印のクワッドでも、日本も豪州もインドも、中国との対立激化に消極的だ。中国がアフガニスタンを取り、パキスタンやイランも含めて中国の影響圏として結束が強まると、インドは中国と対立し続けることのマイナスが大きくなり、敵対をやめて中国と和解せざるを得なくなる。米国がアフガニスタンを中国に渡してしまったことは、インド太平洋など中国包囲網全体の弱体化や崩壊につながる隠れ多極主義的な自滅策だ。 (Afghanistan Is Going To Be a Mess: Let China, Russia, Iran, and Others Handle It Doug Bandow) (中露のものになるユーラシア

タリバンの訪中は今回が初めてでない。タリバンは、2019年9月にも代表団を中国に派遣している。しかし前回の訪中は、ほとんど何も生まなかった。前回の訪中は、当時の米国のトランプ大統領が、タリバンと交渉して和解して米軍をアフガニスタンから撤退させる策を失敗させた直後に行われている。当時は米国の軍産複合体(諜報界、覇権運営担当勢力)が今よりもっと強く、アフガン撤兵など多極化戦略を進めようとするトランプを妨害していた。トランプは軍産との力関係上、軍産の妨害や反対を乗り越えてアフガン撤兵を実現することができないと悟り、次善の策として、タリバンとの和解交渉を成功直前まで進めた後で離脱し、米国では軍産の反対が強くてやり切れないので中国やロシアが残りを進めてくれと投げ出すことをやった。トランプは、米国が成功寸前まで進めて放棄したアフガン和平を中国(中露)に拾わせることで多極化を進めようとした。この時期、タリバンの代表団がロシアやイランも訪問している。だが結局、中露イランは米国からアフガン和平を引き継がなかった。トランプは米軍のアフガン撤退を宣言していたが、実際に撤退しない可能性があったので、中露イランは米国が仕掛けた罠かもしれないと疑い、アフガンの面倒を見たがらなかった。 (Afghanistan's Taliban meets Chinese government in Beijing) (China’s talks with Taliban could be a positive thing, US says

結局のところ、軍産に妨害され続けたトランプの政権下で米軍がアフガン撤退を完了することはなかった。米軍のアフガン撤退が実現したのは、トランプよりもはるかに軍産の影響力が強い今のバイデン政権下だった。バイデン政権下の世界は、軍事でなくコロナ危機の誇張によって覇権勢力がWHOなどを通じて世界を支配する体制になっているので、軍事的な世界支配の必要性が低下し、アフガン撤兵することになったのかもしれない(コロナ危機も米欧を自滅させ中国を強化する隠れ多極主義の策であるが)。蛇足になるが、トランプはアフガニスタンだけでなく、北朝鮮の金正恩との間でも、首脳会談の和解策を繰り返しつつ実際の米朝和平は寸止めして実現させないという、軍産の妨害を踏まえた次善の策をやり続けた。いまアフガンの米軍撤退と中国傘下入りが実現したことから類推するに、近いうちに北朝鮮問題でも動きがあるかもしれないと思える。南北の接近再開がどう展開していくか注目される。 (Why the renewed hotline between South and North Korea is a big deal) (中露と米覇権の逆転

中国の人民日報(環球時報)は、中露が主導する上海協力機構がアフガニスタンを安定させていくと指摘する記事を載せている。今回のタリバンの訪中を皮切りに、これから中露イランがアフガニスタンを安定させていき、中国からパキスタン、イラン、中央アジア、中東への一帯一路の経済ルートの発展が始まる可能性が高まっている。しかし世界は長期のコロナ危機によって、欧米のマスコミや諜報界がニュースや情報をとってこれない新事態になっている。米欧日では「中国が台頭発展する方向のニュースは流さない」というプロパガンダの方向性も定着している。中露によるユーラシア覇権の強化は今後もあまり報道されず、隠蔽された状況下で覇権転換や多極化、米国の覇権低下が進んでいく。私は妄想屋・陰謀論者と見なされ続ける。 (China, Russia have aligned interests to facilitate SCO role for Afghanistan) (Escobar: Russia-China Advance Asian Roadmap For Afghanistan

妄想ついでに「米国はなぜ自滅的なアフガン占領を911以来20年間も続けたのか」についても考察した。私の仮説は「米国は、ユーラシアの地政学的な要衝であるアフガニスタンを意図的に内戦・混乱させる稚拙な策を延々と続けることで、それに脅威を感じた中国とロシアが結束を強めて上海機構などの非米的な安全保障の枠組みを作り、中露が米国抜きのユーラシア覇権戦略を進めるよう仕向けたのでないか」という隠れ多極主義的なものだ。米国がアフガニスタンを軍事占領しても、そのやり方が前向きで上手なものだったら、中国もロシアも、アフガニスタンが米国の傘下に入ったままの状態でかまわないと考え、今のような中露の結束も、中露独自の非米的なユーラシア戦略も、一帯一路の構想も存在しなかった可能性が大きい。米国が中露のすぐ裏のアフガニスタンで無茶苦茶な泥沼の占領を延々と続け、アルカイダやISISといったテロ組織を米国が涵養し続けたので、中露が結束して米国抜きのユーラシア覇権戦略を考え、習近平が一帯一路を推進する気になった。 (Could Afghanistan crisis give Shanghai Cooperation Organisation the key role China wants for bloc?

アフガニスタンが安定したら、中国はインドへの接近を再び試みるはずだ。アフガンやパキスタンやイランが中国の傘下に入って発展していくと、地政学的にインドはどんどん弱くなる。米国もそのうちバブル崩壊してしぼんでいく。インドは中国側と和解せざるを得ない。中国はインドの立場の弱まりを知っているので、にこにこしながら和解を提案する。インドは断りきれず、中国と和解していく。日本や豪州も同じ道をたどる。 (China’s role in Afghanistan



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