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サウジを敵視していく米国

2018年11月18日   田中 宇

11月17日、米国のマスコミ各社が、10月初めのトルコのサウジアラビア領事館でのジャマル・カショギの殺害は、最高権力者のモハメド・ビンサルマン皇太子(MbS)が命令したものだったと米諜報機関CIAが結論づけたといっせいに報道した。MbSが側近の軍事諜報部員や特殊部隊要員たちをトルコに派遣し、政府批判する記者だったカショギを殺させたというシナリオは、10月初旬の事件発覚以来、当初はトルコ当局の「誇張したリーク」として、その後しだいに「事実に近い話」として報じられ、今回ついに「CIAも事実と認める話」つまり「事実」にまで昇格した。「MbSが部下に命じてカショギを殺した」ことが「事実」になった。サウジアラビアは「国家ぐるみで人殺しをやる極悪な国」のレッテルが確定した。 (CIA concludes Saudi crown prince ordered Jamal Khashoggi’s assassination) (Trump speaks with CIA about Khashoggi killing

トランプ大統領は、まだMbSを擁護するそぶりを見せているが、米議会やマスコミでは「サウジを制裁すべきだ」「MbSを辞任に追い込め」という主張がかなり強まっている。米議会やマスコミは、カショギ殺害と並んで、イエメン戦争においてサウジ軍が市民を標的とした「餓死作戦」や「誤爆」を展開していることをも、サウジ=MbSの国家犯罪として非難している。サウジの「罪」は肥大化している。トランプはMbSを擁護しにくくなっている。 (Trump Praises Saudi Arabia After CIA Blames Crown Prince For Khashoggi's Murder) (Trump is defending Mohammed bin Salman’s lies. Congress must insist on the truth.

2015年から続くイエメン戦争は、もともと米国(オバマ時代の軍産複合体)が、MbSを対米従属させるために開戦に追い込んだ戦争だが、今や米国は「善意の第三者」を装ってサウジを批判して停戦せよと言っている。米政府は10月初め、サウジに対して「30日以内にイエメン戦争を停戦せよ」と要請した。12月初めに期限がくる。この期限に合わせ国連安保理が、英国主導で、サウジに停戦を命じる決議案を用意している。 (Saudi Arabia faces mounting calls to end war in Yemen) (House Leadership Aims to Stop Debate on US Involvement in Saudi War in Yemen

同じタイミングで、国連が仲裁し、サウジとイエメン(フーシ派)を停戦させる交渉がスウェーデンで行われることになった。国連は9月にもジュネーブでイエメン停戦交渉の会議を行おうとしたが、フーシ派の代表団がイエメンからジュネーブに来る際の安全をサウジが保証せず、この妨害策のためフーシ派が停戦会議に行けず、破談になった(フーシ派はイラン寄りなので、欧米マスコミは、フーシ派が交渉を拒否したとわざと間違って報じる傾向だ)。 (米国に相談せずイエメンを空爆したサウジ) (UN Says Warring Parties Agree to Yemen Peace Talks in Sweden

当時はまだ、欧米がサウジの味方だったが、今回はサウジが急速に悪者になっているので、米英仏主導で、サウジに停戦しろと大きな圧力がかかっている。サウジが停戦に協力せず、停戦交渉が再び破談した場合、サウジに停戦を命じる国連安保理の論調が強いものになる。サウジが制裁される可能性もある。イエメン戦争は、MbSが権力者(国防相、皇太子)としての威信をかけて勝とうとしてきた戦争であり、フーシ派を優勢にするかたちで停戦すると、サウジ国内でのMbSの権威が落ちてしまう。うまく戦争をやめるには時間がかかるが、国際社会は早く停戦しろと言っている。安保理決議案を持ってサウジを訪問した英外相に対し、MbSは激怒で応じたと報じられている。若気の至りのMbSは、国際社会を満足させるイエメン停戦をやれない可能性が高い。 (Saudi crown prince's 'fit' delays UN resolution on war in Yemen) (Why Congress isn’t satisfied with Trump’s latest Saudi sanctions

おそらく12月から年明けにかけて、MbSは「カショギを殺した犯人」と「イエメンで市民を誤爆・餓死させる戦争犯罪者」という2つの極悪のレッテルを貼られ、国際的に、今よりさらに分が悪くなる。米議会や国連のサウジ非難が強くなり、トランプはMbSを擁護し切れなくなる。 (Lindsey Graham calls Saudi prince ‘unstable,’ foresees sanctions) (Rubicon Crossed: Saudis Sanctioned

トランプは11月5日のイランに石油輸出を禁じる制裁発動時に、日本や中国など8か国にイランからの石油輸入の継続を許す制裁免除策を打ち出した。イランは、石油輸出の8割を今後も輸出でき、制裁されたのは2割にすぎなくなった(それも非ドル建てで中国などに輸出されている)。トランプ政権は直前まで、イランの石油輸出を厳しく禁じると言い続けており、サウジはイランから世界への輸出が急減しても国際石油価格が高騰しないよう、イラン制裁しても石油価格を安定させたいトランプに協力して石油を増産していた。ところがトランプが土壇場でイランの石油輸出のほとんどを制裁から除外してしまったため、国際石油価格が急落した。原油安を好むトランプは、その後もサウジに減産するなと命じているが、石油輸出代金に政府財政を依存するサウジ王政は、国際石油価格の急落に耐えられない。トランプにはしごを外されて怒ったサウジは、12月6日のOPEC会議で米国の反対を押し切って減産を決めるのでないかといわれている。石油の分野でも、MbSはトランプに迷惑させられ、仲たがいしかけている。 (U.S. Deals on Iran Oil Damp Prices, Spark Clash With Saudis) (土壇場でイラン制裁の大半を免除したトランプ

▼各国首脳を持ち上げて強化した後で落とし、露中非米側に飛び移らせるトランプの多極化戦略

MbSをサウジの強い権力者に押し立てたのはトランプだ。サウジでは2017年まで、MbSとMbN(モハメド・ビンナイーフ)という2人の王子が王位継承をめぐるライバルで、サルマン国王は息子のMbSに継がせたかったが、米国の覇権運営を握る軍産(諜報界)は、テロ戦争の伴侶であるMbNを国王にしたかった。このバランスを崩したのが、反軍産のトランプが米大統領になったことで、トランプは17年5月のサウジ訪問時に、MbSを跡継ぎにするようサルマンをけしかけ、サルマンは翌月に皇太子をMbNからMbSに交代させ、MbNは全権を剥奪された。MbSは、自分に楯突きそうな王族群や宗教勢力(アルカイダの支援者)、ムスリム同胞団の支持層(カショギら)などから、権力・権威・金力を次々と剥奪し、自分に全権を集中させた。これらはすべてトランプが同意扇動したことだろう。同胞団を支援するカタールの制裁も、トランプのサウジ訪問の直後であり、トランプが了承(扇動)したことだ。 (サウジアラビア王家の内紛) (サウジの新事態はトランプの中東和平策

しかし今、トランプが押し立てたMbSは、劇的に失敗している。サウジ国内での権力闘争はMbS勝利のままだが、国際的には、イエメン戦争に勝てずに行き詰まり、カタール制裁も湾岸アラブ産油諸国(GCC)の結束を壊し、カタールやクウェートがイランに接近して、サウジの影響力が下がっている。そして10月のカショギ殺害事件で、サウジの国際地位が大幅に悪化した。これらの事態は一見、MbSを押し立てたトランプのサウジ戦略の大失敗のように見える。トランプ敵視の米マスコミ(=軍産傀儡)の多くはそのような論調だ。しかし、私はそう見ない。これは、トランプの覇権放棄・多極化の意図的な戦略(故意の失策)の一つであり、事態はトランプが意図したとおりに進んでいると私は見ている。 (サウジアラビアの自滅) (カタールを制裁する馬鹿なサウジ

MbSは、トランプのおかげで強い権力を身につけたが、同時にトランプに乗せられたせいで国際戦略上の大失敗を重ねている。その結果、米国と国際社会は、トランプのMbS擁護を乗り越えて、MbSのサウジを敵視するようになった。MbSは今後しだいに米国と一緒にやるのをやめ、米国の言うことを聞かなくなり、国際的な孤立に耐えつつ、サウジ国内での強い権力を維持しようとするだろう。MbSは、国際社会の圧力に屈すると国内での権威が低下して危険になる。トランプも、いずれMbSと仲たがいする。MbSは、米国の代わりにロシアや中国に頼る傾向を強める。米欧と異なり、人権侵害や独裁を批判しない露中は、MbSの接近や対米自立を歓迎する。経済の分野でも、今後のサウジは、対米従属の路線で親しくしてきた米金融界や孫正義らと縁が切れ、中国など非米側の国営資本と親密になる。 (カショギ殺害:サウジ失墜、トルコ台頭を誘発した罠

これら全体のシナリオが、トランプの覇権放棄・多極化の流れに即している。トランプはMbSを持ち上げた後で落としているが、MbSは凋落せず、権力的な高度を持ったまま、露中非米側に飛び移る。トランプは、飛び移りをやらせるために、持ち上げた後に落としている。それを何度も繰り返す。トランプはMbSだけでなく、習近平やプーチンやエルドアンやネタニヤフや金正恩や安倍晋三にも、同じシナリオで接している。 (米国の中国敵視に追随せず対中和解した安倍の日本

MbSが行なってきた主要な戦略の多くは、トランプ政権から扇動されたか、了承・黙認されている。カショギ殺害も、当初はカショギをサウジに拉致して軟禁・恫喝する計画で、それは米国側の了承ないし黙認を受けていたのだろう(そうでなければ在外公館であんな大胆なことをやらない)。しかし実行部隊もしくは連絡役の中に裏切り者(米諜報界の中の、MbSを陥れようとする勢力のスパイ)がいて、カショギを拉致するのでなく殺してしまった(拉致するにしても、その様子はトルコ当局に盗聴されていたが、米トルコサウジ3か国の関係が良かった従来は、トルコに知れられても問題なかった)。MbSを陥れた米諜報界が、軍産側なのかトランプ側なのかは不明だ。トランプ側だったなら、持ち上げて落とす策略の一つだ。軍産側だったのなら、イエメン戦争と同様の、MbSを窮地に陥れて対米従属させようとする策略だが、そうだとしても、策略の成果はトランプに横取りされ、MbSを対米自立に押しやる結果になっている。 (サウジを対米自立させるカショギ殺害事件

トランプの米国は、一方でしだいにMbSのサウジに厳しい態度をとっている半面、カショギ事件でMbS犯人説を早くから喧伝したエルドアン大統領のトルコに対しては甘い態度をとっている。11月16日には、エルドアンが仇敵とみなす米国亡命中のトルコ人宗教者フェトフッラー・ギュレン師を、米政府がトルコに強制送還するかもしれないと報道された。エルドアンにサウジいじめをやめてもらうためだという。ギュレンの身柄がトルコに引き渡されると、エルドアンの権威が急上昇する。米政府はギュレン送還を検討していないと発表したが、国際的な非難をかわすため、とりあえず否定した感じだ。エルドアンはシリア内戦で米国に裏切られ、NATOに加盟したままま、すでに非米側に飛び移っている。エルドアンのトルコは、米国を声高に批判し、NATOのくせにロシアから新型迎撃ミサイルS400を買い、イランの味方だと公言しているが、トランプはイランの原油輸入禁止の制裁対象からトルコを外している。 (If Trump sacrifices Fethullah Gulen to protect Saudi Arabia, he will make a mockery of the U.S. extradition system) (Trump weighs Gulen extradition to ease Turkish pressure on Riyadh: Report

トランプは11月13日、これまで空席だった駐サウジ大使に、イラク占領時の中東軍司令官だった元軍人ジョン・アビザイドを指名した。アビザイドはアラブ系でアラビア語が堪能だ。CFRのメンバーでもある。今回の大使指名について、まだ深めの分析記事が出ていない。トランプは、軍産である国務省に外交を担当させず、自分で外交を仕切りたいので、サウジなど多くの国々の大使を空席にしてある。トランプがサウジ大使を穴埋めしたことは、サウジに対するトランプの戦略が山を越え、これから反トランプ(軍産)の側がサウジに対して別のシナリオをやりたくてもできない段階に入ったことを意味していると私はみている。MbSは、もう米国の言うことを聞かない。だからトランプは駐サウジ大使を置くことにした。新任大使が誰かということは重要でない。とりあえず、そう私は考えたのだが、違う見立てが米分析者から出てきたら、改めて紹介する。 (Trump nominates retired Gen. John Abizaid as US ambassador to Saudi Arabia) (John Abizaid, 'the mad Arab', could be Washington's best bet for better Saudi ties

イスラエルではリーベルマン国防相が辞任し、来年初めの解散総選挙、そしてネタニヤフが右派を切り離し中道派と連立を組んで中東和平を進めるシナリオが見えてきた。このことも書かねばならない。中東の話が続くと読者に嫌がられそうだが、サウジとイスラエルの転換は人類全体にとって非常に重要だ。中東の話が続いても我慢して読んでください。 (Liberman's exit offers Netanyahu chance to build new coalition



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