カショギ殺害:サウジ失墜、トルコ台頭を誘発した罠2018年10月25日 田中 宇10月2日、サウジアラビア人のジャーナリストであるジャマル・カショギが、事実上の亡命先であるトルコで、イスタンブールの領事館に入ったまま出てこず行方不明になった事件は、10月19日にサウジ政府が「カショギは領事館内でサウジ当局者と口論し喧嘩になり、当局者に殴られて死んだ」と発表したことで、カショギがサウジ当局に殺されたことが確定した。サウジ政府は、下っ端の当局者がカッとなって間違ってカショギを殴り殺してしまった、政府上層部はカショギの死に関与していないという筋書きを発表しているが、サウジ領事館を以前から盗聴スパイしていたであろうトルコ政府は、サウジの事実上の最高権力者であるムハンマド皇太子(MbS)が、カショギをサウジに拉致するか殺すため、カショギが領事館に来る時を狙って側近の治安要員の部隊をトルコに派遣し、尋問・拷問の末に殺害した、という筋書きを主張し続けた。 (Turkey Says Saudi Arabia Planned "Extremely Savage" Khashoggi Killing) (Saudis Stonewall On Khashoggi But Pressure Will Increase) トルコのエルドアン政権は事件発生後、サウジとMbSを目の敵にし、トルコ政府の言いなりになるマスコミに、サウジがいかに残虐にカショギを殺し、犯行後に偽装を試みたかをリークし喧伝させた(後述するように、10月24日ぐらいからサウジと手打ちした感じになっているが)。トルコ側の喧伝の中には誇張や捏造も多そうだが、事実と思われるものも多く含まれている。トルコで報じられたことを、米英の諜報機関が事実と追認した事項も多い。それらを吟味すると、カショギ殺害をめぐる事実は、サウジ政府が言う筋書き(偶発事故)でなく、トルコ政府が言う筋書き(組織的・計画的な殺害)に近い感じがする。 (Turkey Is Treating the Khashoggi Affair Like It’s Must-See TV) (Here’s how the Saudi crown prince could face international justice) そう考えられる根拠の一つは、ふだんMbSを警護しているサウジ軍の特殊部隊と諜報要員からなる15人の部隊が、カショギ殺害の前日にサウジからトルコに専用ジェット機などで入国し、カショギが殺された後、5時間以内にトルコから出国していることだ(カショギは2度サウジ領事館を訪問しており、2度目の訪問日時は最初の訪問時に決められていた)。この15人がカショギを殺した可能性が非常に高い。彼らはカショギを説得(脅迫)してサウジに帰国させようとしたが、断わられたので殴って殺した。これは、どうみても偶発事故でない。 (Decoding the death of journalist Jamal Khashoggi ) 国外に住むサウジ人で、インターネットなどでサウジ王政を批判したことがある者たちは、その土地のサウジ大使館に行きたがらない。行くと軟禁され、帰国を迫られるからだ。いったん帰国すると、逮捕されたり行方不明にされてしまう。この事実を踏まえると、15人のMbS側近部隊がイスタンブールに派遣された目的は、軽く見積もってカショギを軟禁して帰国を迫るため、重く見積もるとカショギを殺すためだったと考えられる。 (Khashoggi death throws new light on Saudi prince’s crackdown on dissent) (Riyadh tried to ‘trap’ us in overseas embassies: Saudi dissidents) ロンドン(MI6?)の「ミドルイーストアイ(MEE)」が報じたところによると、MbSは皇太子就任後、側近のアハメド・アシリ将軍に命じて、軍と諜報機関の精鋭50人を集め、国内外で王政を批判する人々を脅迫・拘束・拷問・殺害して黙らせるための特殊部隊「虎部隊」を作った。アシリが「南の虎」というあだ名だったため、虎部隊の名がついた。カショギを殺したのは虎部隊だったという。この報道が事実なら、MbSは、反体制の人々を殺し慣れていたことになる。 (The Saudi death squad MBS uses to silence dissent) 電話を盗聴しているトルコ当局によると、MbSは、領事館で殺される直前のカショギと電話で話したという。カショギを尋問中の虎部隊がMbSと電話をつなぎ、MbSが直接カショギに帰国を促したが断られたため、虎部隊にカショギ殺害を命じたという筋書きだ。サウジ政府が「下っ端が間違ってカショギを殴り殺した」と「国家犯罪」を部分的に認めた後、MbSは忠臣だったアシリ将軍(虎部隊の創設者)を辞めさせた。その一方でMbS自身は、父親であるサルマン国王から、今回の事件の真相究明と諜報機関の「改革」を進める特別委員会の委員長に任命されている。犯罪者の張本人が裁判長になっている。サルマン国王は、皇太子を辞めさせないことにしたわけだ(やめさせる真相究明委員長にしない)。MbSは、政敵を徹底弾圧したのでクーデターの可能性もない。MbSは今後もサウジの権力者だ。いずれ国王になり、欧米から嫌われつつ長期独裁を敷く。 (Scandal Over Dead Journalist Jolts Heir to Saudi Throne) (Saudi Crown Prince Phoned Khashoggi at Consulate Before His Murder) サウジからトルコに派遣した15人の要員の中に、遺体解剖を専門の一つとする法医学者(Salah Muhammad al-Tubaigy)が混じっていたという報道もある。これが事実とすると、サウジ側(MbS)は最初からカショギを殺して遺体を切断して処分する(イスタンブール郊外の森に埋めるか、外交官用の袋に入れて専用ジェットでサウジに持ち帰る?)ことを選択肢として準備していたことになる。 (Seven of Bin Salman’s Bodyguards Among Khashoggi Suspects) (9 key questions Saudi Arabia hasn’t answered about the killing of Jamal Khashoggi) サウジ当局は、トルコ当局が問い合わせても、カショギの遺体がどこにあるか言おうとしない。事件後、トルコ当局がサウジ領事館を一日かけて捜索したが、遺体や殺害時の痕跡が何も残っていなかった。当時はまだサウジ政府が「カショギは領事館に1時間いただけで裏口から出て帰っていった」とウソを言っていた。サウジ当局は、巧妙かつ悪質に、遺体を隠している。またサウジ側(虎部隊?)の一人は、カショギが生きて領事館から出て行ったことを演じるため、殺したカショギからはぎ取った服を着てイスタンブールの街をウロウロし、トルコ側の防犯カメラに映るように仕組んでもいる。下っ端の当局者が間違って殺したのであれば、こんな巧妙・悪質な事後処理をする必要がない。カショギ殺害時、サウジ領事館にMbS側近の15人の特殊要員が居合わせ、殺害直後に急いでサウジに逃げ帰ったことは、欧米マスコミも広く報じている「事実」だ。どうみても、カショギ殺害はMbSが命じてやらせた国家犯罪だ。 (Footage of Saudi wearing Khashoggi's clothes released by Turkish investigators) ▼サウジは米国が了承したからカショギを殺した ここまでは基礎的な分析だ。ここで私が抱いた疑問は「なぜMbSは今のタイミングでカショギを殺害(拉致)する計画を実行したのか」ということだ。疑問は3点にわかれる。ワシントンポストなどのコラムニストで、サウジ批判の分析者として中東で有名で、米国とトルコに家を持つカショギを殺害、もしくは拉致(行方不明に)すると、米国に批判されて国際的な大問題になるとMbSは考えなかったのか、という疑問が1点目、MbSにとってカショギの何がそんなに問題だったのか、という疑問が2点目、なぜ今回のタイミングで殺す必要があったのかというのが3点目の疑問だ。 (The Kingdom and the Power) 1点目の疑問に対する私なりの答えは「トランプの米国が昨年からMbSの無茶苦茶なやり方をすべて容認・不問に付してきたので、MbSは今回のカショギ殺害(拉致)計画も不問に付されると考えていた」もしくは「MbSは事前に米国側に打診し、カショギもしくはサウジ反体制主義者全体に対する拉致殺害を容認するとの回答を得ていた」というものだ。 (Trump’s New Cold War) 今回の事件と似たものとして、17年11月、MbSがレバノンのハリリ首相をサウジに呼びつけて監禁し、ハリリに首相辞任をサウジから表明させた事件がある。米国(オバマ)がシリア内戦の後始末をロシアやイランに任せた結果、シリアの隣国のレバノンで米サウジの影響力が低下し、イラン傘下のヒズボラが台頭して、もともとサウジの傀儡だったハリリ首相は、サウジが仇敵とみなすイラン系のヒズボラと連立政権を組まざるを得なくなった。この流れを認めたくないMbSは、傀儡のハリリをサウジに呼びつけて「ヒズボラと和解せず敵視し続けろ」と要求したが「無理です」と言われたため、監禁して辞任表明を強要した。他国の首相を軟禁して辞任を強要するのは、明らかに国際犯罪だが、米欧のマスコミや政界は、真相究明やサウジ批判をほとんどやらなかった。ハリリが帰国して静かに辞任を撤回し、事件は謎のまま終わっている。 (サウジアラビアの暴走) (Saad Hariri: loose witness in MBS prosecution) 当時はトランプが、サウジとイスラエルとの同盟を強化してイランを敵視する国際戦略を拡大していた時で、サウジが傀儡国であるレバノンのヒズボラ化(イラン化)を防ぐためにハリリを呼びつけて脅すことは、米イスラエルにとって重要なイラン敵視の一貫であるとみなされた。米国のマスコミや政界はイスラエルの傀儡色が強かったので、イスラエルが敵視するイランを敵視するためにハリリを監禁したMbSの行為は、荒っぽいが正当だとみなし、MbSの国際犯罪を不問に付した。MbSから見れば、米国は、自分がレバノンの首相を監禁して辞任を強要することを不問に付したのだから、首相よりはるかに「小物」である反体制ジャーナリストのカショギを拉致(殺害)しても、何も言われないと考えて当然だ。 (Khashoggi's fate isn't a surprise: Trump has emboldened Saudi Arabia) 2点目の疑問の私なりの答えは「カショギが近年ムスリム同胞団に対する支援を強めており、MbSは同胞団を敵視していたのでカショギを消そうと考えた」である。ムスリム同胞団は、国際共産主義運動の「共産主義」を「イスラム主義」に替えた(換骨奪胎して作った?)ような、アラブとイスラム世界の国際政治運動(秘密結社的ネットワーク)で、国際共産主義と同様、約百年前から存在している。戦後、サウジなどペルシャ湾岸の王国・君主諸国は、共産主義運動に国内浸透・政権転覆されぬよう、ムスリム同胞団を擁立し、イスラム教を信奉する大衆運動である同胞団が共産主義者(無神論・宗教蔑視者)と戦うよう仕向けてきた。2011年の「アラブの春」まで、サウジ王政は同胞団を支持ないし容認しており、サウジ国内には知識人層や王室内に多くの同胞団支持者がいた。カショギはその一人だった。 (The Real Reasons Saudi Crown Prince Mohammed bin Salman Wanted Khashoggi ‘Dead or Alive’) (The Saudi royal family circles its wagons in the Khashoggi crisis) アラブの春は、アラブ各国の同胞団が連鎖的に決起し、チュニジアやエジプトの独裁政権を倒し、リビアやシリアを内戦に陥らせた動きだ。911以後の米国の「強制民主化」「政権転覆」の中東戦略を同胞団が乗っ取ってアラブの春が起きた。当時のオバマ政権の米国は、アラブの春の拡大を「民主化運動」として容認(支持)した。これ以降、サウジ王政は同胞団への警戒を強め、15年に皇太子になったMbSが、明確な同胞団敵視を打ち出した。米国がトランプ政権になり、MbSのサウジに「米イスラエルと組んでイランを潰そう」とけしかけた。MbSはイランだけでなく、イラン(シーア派イスラム主義)と比較的親しいムスリム同胞団(スンニ派イスラム主義)も米サウジの「共通の敵」とみなすことを提案し、トランプに受け入れられた。昨年5月、トランプが初の外遊でサウジを訪問してMbSとの新同盟を組んだ直後、MbSはそれまでGCC(ペルシャ湾岸産油諸国の集まり)の同盟国だったカタールを突然敵視し経済制裁を開始した。カタールは同胞団を強く支持し、同胞団の最大の資金源になっている。 (Why Jamal Khashoggi Was Killed) (On Jamal Khashoggi, the Muslim Brotherhood, and Saudi Arabia) スンニ派イスラム主義の中でも、アルカイダISはシーア派敵視、同胞団はシーア派容認であり、同胞団は比較的寛容なリベラル派だ(だからカショギもリベラル派に分類されている)。MbSは、イランと同胞団を敵視したが、同時にアルカイダIS(サラフィ主義者)とも縁を切り、サウジ国内のサラフィ主義の聖職者たちを降格・逮捕している。MbSは、同胞団やサラフィ主義が教条面で嫌いだったというよりも、サウジ国内で大きな政治力を持ってきた同胞団やサラフィを敵とみなして排除することで、国内政界での自分の権力を強める目的であると考えられる。 (Saudi schools free of Muslim Brotherhood influence) 中東ではカタールのほか、トルコの独裁的なエルドアン大統領の政党AKP(公正発展党)が「隠れ同胞団」ともいうべきイスラム主義政党だ。トルコも同胞団系の国ということになる。クウェートも同胞団を支援容認し続けている。MbSがトランプやネタニヤフと組んでイランと同胞団への敵視する動きを開始したことで、米サウジイスラエルに敵視されたイランと同胞団系の国々(トルコ、カタール、クウェートなど)がしだいに接近し、イランと同胞団の同盟関係が作られた。シリア内戦でイランと組んだロシアとシリア(アサド政権)もそこに入り、イラン同胞団ロシアの連合が、米サウジイスラエルと対峙する構図となった。(ロシアは、米国に敵視されているが、サウジやイスラエルと親しい。中東では、2国間関係と全体構図が矛盾することが日常茶飯事だ) (The Muslim Brotherhood and Saudi Arabia: From Then to Now) シリア内戦は露イラン側の勝ちが確定し、米サウジイスラエルは負け組だ。米国の中東覇権が低下し、イラン同胞団ロシア連合の優勢が増している。そんな中で、今回殺されたカショギは、MbSがトランプのお墨付きをもらって反対派を暴力的に弾圧する傾向を強めた後の昨年9月、サウジを出国し、米国とトルコに半々ずつ住む事実上の亡命生活に入った。カショギは、MbSを批判する記事を書き続ける一方、パレスチナ問題に関してイスラエル非難を繰り返し、サウジがイスラエルと組むことに反対していた。カショギはエルドアンと親しい関係にあったとも指摘されており、米サウジイスラエルとたたかうイラン同胞団の側だった。米サウジイスラエルの劣勢が加速する中で、MbSがカショギを殺している。これが、殺害のタイミングに関する3点目の疑問に対する私なりの答えだ。 カショギ自身は王族でないが、祖父が初代国王の侍医で、王家と近い一族の人だ。近い親戚として、イラン・コントラ事件で有名になった武器商人のアドナン・カショギや、ダイアナ妃の不倫相手で一緒に交通事故で殺されたドディ・アルファイド(エジプト国籍の富豪)がいる。カショギ家は、国際政界・諜報界と縁がある。カショギは、王室内のリベラル派であるファイサル家と親しかった。MbSによって外されて冷や飯を食わされているファイサル家の王族たちが、国外逃亡したカショギをひそかに支援して情報交換していたとしても不思議でない。カショギは、彼自身がMbS敵視なだけでなく、彼とつながったサウジ国内の勢力もMbSを追い落とす機会をうかがってきた。カショギとその筋は、MbSにとって脅威だった可能性がある。 (Jamal Khashoggi - Wikipadia) ▼MbSを窮地に陥らせたトランプの意図 サウジとトルコは、公式な敵対関係になったことがない。だが上記の中東の国際政治の流れから見ると、カショギ殺害時、サウジとトルコは相互に警戒すべきライバル関係にあった。カショギはトルコの側に属していた。トルコは、アンカラやイスタンブールにある諸外国の大使館や領事館を盗聴盗撮したり、トルコの諜報機関の要員を各国大使館の現地職員として送り込んでスパイさせていた。そのことは、外交界で知られていた。トルコ当局は、前々からイスタンブールのサウジ領事館を盗聴スパイしていた可能性が高い。 (Why Turkish officials keep challenging Saudi Arabia's claims about Khashoggi's killing) 実際トルコ当局は、カショギが拷問され殺されていく様子を録音した音声ファイルを持っていると言っている。この音声ファイルは、カショギが身に着けていた腕時計(アップルウォッチ)で録音したものが時計付属の携帯通信を経由してネット上(クラウド)に保存され、それをトルコ当局が、クラウドのパスワードを知っているカショギの婚約者経由で入手したことになっている。だが、トルコではアップルウォッチに携帯通信をつけられない(合致する周波数帯の携帯通信会社がない)。 (Why missing Saudi journalist’s Apple Watch is an interesting, but unlikely, lead) トルコ当局がカショギ殺害時の音声ファイルを持っているなら、それはカショギのアップルウォッチでなく、トルコ当局が事前に仕掛けた盗聴器で録音されたものだろう。トルコ当局は、サウジ領事館に盗聴器を仕掛けていたことを隠すため、アップルウォッチで録音したものだという間違った説を意図的にリークしたと考えられる。 トルコ当局は、サウジ領事館に盗聴器を仕掛けたり、現地採用職員にスパイさせていた可能性が高い。サウジ側は、それを知りながら領事館内でカショギを殺したと考えられる。ここで、次の疑問が湧いてくる。なぜMbSは、ライバルであるトルコの当局に盗聴されているにもかかわらず、自分の側近たち(虎部隊)を派遣して堂々と領事館の中でカショギを殺したのか。答えは簡単だ。「米国に打診したところ、問題にならないようにしてやるから安心して計画を実行せよと言われた」からに違いない。サウジ自身は諜報力がなく米国依存だ。サウジの諜報機関は「米諜報機関のサウジ支部」みたいなものだ。サウジは事前に米国に犯行を打診し、了承されたはずだ。イランの大統領や英国の元諜報長官がそう言っているが、正しい指摘だ。 (Iran's Rouhani: 'Saudi Wouldn't Have Killed Khashoggi Without US Approval') (Evidence suggests crown prince ordered Khashoggi killing, says ex-MI6 chief) 疑問はまだ湧いてくる。トルコ当局は、盗聴器やスパイ要員を通じて、MbSが領事館に来たカショギを殺害(または拉致)しようとしていることを事前に知っていたはずなのに、なぜカショギにそれを伝えて助けなかったのか。なぜカショギを見殺しにしたか。その答えは「エルドアンが、カショギ殺害をダシに、サウジに圧力をかけようとしていたから」だ。事件後、トルコ当局は、MbSが側近の諜報要員たち(虎部隊)を派遣してカショギを殺し、遺体を切断して証拠隠滅した話を、しつこくマスコミにリークして扇動的に報道させ、サウジやMbSを極悪人に仕立てることに成功している。それまで、エルドアンはシリア内戦の負け組で、米国に楯突いた挙句に米金融界からリラの為替危機を起こされてへこんでいた。それが今回の事件を機に一転し、エルドアンは「人殺しのサウジ」をやっつけるイスラム世界の正義の味方に変身した。カショギを見殺しにしたエルドアンの作戦は大成功している。 (Erdogan’s “Khashoggi speech” is meant to boost his Muslim credentials (and Turkish lira)) (When it comes to the Khashoggi killing, Erdogan holds double standard over diplomatic immunity) しかし、この先にも疑問がある。トランプの米国はなぜ、トルコのエルドアンがサウジのMbSに極悪人のレッテルを貼ろうと待ち構えていたのに、MbSがカショギを殺害(または拉致)しようとするのを制止せず、挙行しても大丈夫だと言ったのか。「米国がサウジにカショギ殺しを許したなんて、米国は認めてない。お前の空想に過ぎないだろ」という人がいるだろう。確かに、米国は認めていない。だが、米国が許可・容認しない限り、サウジが国外であんな大胆な犯行をするはずがないという考え方は、世界の諜報界の常識だろう。米国がサウジにカショギ殺しを許可したという話は、私の空想でなく、諜報界の常識である。 (Khashoggi murder has set back US-Israel effort to confront Iran) (What Erdogan didn’t say about Jamal Khashoggi may matter more than what he said) MbSにカショギ殺害をやらせたトランプの米国は、盟友であるはずのMbSを窮地に陥れた。この構図は、トランプが米国覇権の維持拡大を目標にしている人であると考えてしまうと理解不能になるが、トランプが米国覇権を維持拡大するふりをして放棄多極化する目標の人であると考えると、すんなり納得できるものに変わる。トランプはカショギ殺しによって、エルドアンがMbSを自分の陣営(反米非米側)に引っ張りこむことを誘発したのでないか。 (MBS says Khashoggi case 'will not divide' Saudi Arabia and Turkey) (US lawmakers want MBS's role in Khashoggi case clarified) エルドアンは、カショギ殺害事件の内容を暴露してMbSを窮地に追い込んだ上で、MbSを米イスラエルの側から引き剥がし、トルコやイラン同胞団ロシアの側に転向させようとしている。彼はすでに、それに成功しつつある。10月24日、MbSがエルドアンに電話し、2人は対立をやめて仲良くすることで合意して「手打ち」した。手打ちの中身の一つに、MbSがカタール制裁をやめることが入っているのでないかという指摘が出ている。その一方で、トランプ自身は、サウジ批判を強める米議会に引っ張られていくかたちで、米国がサウジと疎遠になっていく筋書きを演じている。今後もし米国がサウジを味方として扱うのをやめて経済制裁していくと、サウジはロシアや中国やトルコとの関係を強め、同胞団側と和解し、イラン敵視もやめていく。MbSはサウジの最高権力者として居残ったまま、米国に縁を切られて露中イランの非米側に転じていく。エルドアンは、その橋渡し役として、今後の非米側やイスラム世界における権威を拡大する。 (Khashoggi killing: Trump says Saudi crown prince MBS could have been involved) (MBS chats with Erdogan as Khashoggi leaks flow) このあたりのことを詳述するとさらに長くなるので、次回に改めて書くことにする。ここまで書くのに2度書き直し、一週間近く費やした。その間、世界的な株式の下落が続き、そちらも分析執筆せねばならないのに放置している。20年も執筆し続けているのに、相変わらず要領が悪くて読者に申し訳ない。言い訳すると、これは諜報界の事件なので構図が複雑になり、屋上屋を重ねる推論が多くなり、分析と執筆に時間がかかる。カショギ殺害事件は、911、イラク侵攻、シリア内戦の露イラン勝利と並ぶ、中東情勢(米サウジ関係)の大転換になる。だから重要だ。 (Khashoggi's fate is proof the US-Saudi relationship is over)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |