トランプ外交の特異性2017年5月29日 田中 宇サウジアラビア、イスラエル、バチカン、NATOサミット(ブリュッセル)、G7サミット(イタリアのシチリア島)を5月下旬の9日間で回ったトランプ米大統領の初の外遊は、前半と後半の対照性が激しいものだった。前半のサウジ、イスラエル、バチカンで、各国首脳との友好関係を築こうとする融和的な姿勢をトランプがとったのと対照的に、後半のNATOとG7では、トランプが各国首脳を激しく非難し、G7として異例の、トランプと他の首脳との根本的な意見の食い違いが解消されないまま会合を終える喧嘩腰になった。 (Trump Shows Two Different Negotiating Styles on Trip Overseas) (Six to One Against Trump on Climate in ‘Honest’ Exchange at G-7) 中東に対してトランプが採っている姿勢は、前の大統領であるブッシュやオバマと大きく違っている。ブッシュは、01年の911を機に「テロ戦争」をぶちあげたが、それは実のところ「テロ退治」でなく、中東の独裁諸国の政権を軍事で倒す「強制民主化」で、その結果、イラクを中心に中東が混乱し、逆にイスラム過激派が跋扈しテロが増えた。オバマは、中東のイスラム教徒に対し、ブッシュがやった無茶苦茶を謝罪する演説を09年にカイロで発したが、同時に、独裁政権を倒す下からの民主化を奨励し、その結果、エジプトやリビアの政権が転覆され、シリアは内戦になり、中東の不安定化が進んだ。 (Trump's Message to the Middle East Couldn't Be More Different from Obama's) ブッシュもオバマも、民主や人権といった米国が重視する価値観を押しつけ、その結果、中東の混乱が続いた。今回、中東を回ったトランプは、これらと対照的に、人権も民主も語らず、代わりに、中東諸国の権力者たちに対し「できるだけ協力するから、あんたたちのやり方で早く事態を安定化せよ」と力説して回った。オバマはイスラム諸国の民衆に(独裁者を倒せと)呼びかける演説をしたが、トランプは、イスラム諸国の権力者に呼びかける演説をした。サウジ王家はトランプを大歓迎した。独裁王家=悪、と考えるなら、トランプは悪でオバマが善だ。しかし、米国が押しつける民主化が中東の人々を幸福にしないのはすでに明白だ。現実的な対応が必要とされている。 (よみがえる中東和平) トランプは、中東を良くしたいから新戦略をやっているのでない。米国が中東を泥沼化し、延々と関与し続け、イスラエルやアラブのロビイストがワシントンを跋扈し続ける事態から米国を離脱させるために、新戦略をやっている。イスラエル右派は、アラブやイスラム過激派との対立構造を維持し、米国を中東支配の泥沼に恒久的に浸らせておこうとしている。軍産複合体の全体が、この恒久戦争策を支持し、アルカイダやISを涵養してきた。トランプは、この策の構図を壊すことを試みている。 (米国を覇権国からふつうの国に戻すトランプ) 従来の米国は、単独覇権国として、米大統領が中東和平のシナリオを描き、それに沿って双方を対話させるという、米国自身が和平の主導役になるやり方だった。米国を主導役(単独覇権国)から外したいトランプは、その道をとらないかもしれない。当事者間で問題を解決できるようになれば、米国は中東での覇権の重荷を下ろせる。 トランプはバチカンに行きローマ法王と会談した。内容は発表されていない。だが従来の趨勢を見ると、歴代の法王と米大統領の会談のかなりの部分が、法王が米大統領から中東和平の進展について聞き出すものだったと指摘されている。バチカンは、キリスト教の発祥(ユダヤ教からの分化)地であるイスラエルの状況に(再臨の件もあり)大きな関心がある。法王はトランプに会った後、イスラエル訪問を検討し始めている。トランプのバチカン訪問は「中東歴訪」の一環である。 (Pope Francis, Trump to meet -- with fireworks or no drama?) (ユダヤ第三神殿の建設) ▼トランプに911記念碑の除幕式をさせるNATOの皮肉 トランプは中東歴訪で、中東を米国覇権から自立させるために、各国首脳と融和し鼓舞したと考えられる。同様に、トランプが今回の歴訪の後半での欧州で、NATOやG7のサミットで先進同盟諸国の首脳たちと対立したのも、NATOやG7、先進同盟諸国が、米国のものであるはずの覇権を乗っ取って勝手に運営するのをやめさせようとする策だ。 ブリュッセルのNATO本部は、新たに建てた本部の玄関に、911テロ事件の記念碑を設置した。トランプはNATO訪問時、この記念碑の除幕式で主役をつとめさせられた。これは、トランプに対する、NATOからの宥和策だった。だが、NATO側の期待に反してトランプは、除幕式の演説で、NATO加盟諸国が十分な軍事予算(GDP比2%以上)を計上せず、米国の軍事機能にタダ乗りしていることを強く批判した。トランプは「GDP比2%だって暫定値でしかなく、不十分なんだぞ」と怒って言った。この発言は、NATO諸国の外交官たち(=軍産)に、ひどく不評だった。 (Trump directly scolds NATO allies, says they owe 'massive' sums) NATOが除幕式の主役をトランプにつとめさせたのは、実のところ、宥和策でなく、皮肉だ。911以来の「テロ戦争」は、軍産の一部であるNATOが、米国の有権者が決定すべき事項であるはずの米国覇権を乗っ取って勝手に運営していることの一つだ。 911事件は、歴史上初めてNATOが5条を発動した事件である。NATOの5条は、一つの加盟国が敵国から攻撃されて戦争になった場合、すべての加盟国がこの戦争に参加せねばならないという条項だ(東欧の小国が軍産に扇動され冒険主義に走ってロシアを挑発して戦争になったら、米国がロシアとの核戦争に出ていかねばならない理屈)。NATOは911事件での5条発動を機に、軍産複合体がイスラム世界を恒久的な敵に仕立てて「第2冷戦」的な恒久戦争の体制を作る策略に乗り、米ソ冷戦終結によって時代遅れになりかけていたNATO自身の「延命」に成功した。NATO関係者(=軍産)にとって、911やアルカイダISは、自分たちを食わせてくれるありがたい存在だ。 (Trump Sells Out NATO!) NATOが新たな本部の玄関に、NATOの延命的繁栄の出発点である911事件の記念碑を置くことは、特別な意味がある。だがその除幕式をトランプにやらせたら、トランプが怒るのは当然だ。NATO軍産側は、それを承知でトランプにやらせて怒らせ、その上でトランプを批判するという「いじめ」をやっている(トランプは911陰謀論者と言われることを避けるため、軍事費負担の不足という従来からの問題を引っ張り出してきて怒った)。 (田中宇911事件関連の記事) NATOの5条は、米国を、米国にとって無意味な欧州の国々の防衛に縛りつけるものなので、本当は、米国の国益にならない。軍産傘下のマスコミや外交専門家が、それを歪曲して論じ続け、多くの人が騙されている。米国の歴代大統領は、NATOの首脳会議に初参加する際、NATOの5条を支持すると演説のなかで宣言することを求められる。軍産と仲良くすれば、大統領として歴史に名を残せますよというわけだ。トランプは、この隠然要請を拒否し、演説で5条に触れなかった。 (Trump Omission in NATO Comments Rankles European Allies) 911で軍産が始めた第2冷戦たる「テロ戦争」は、ブッシュ政権内のネオコン(軍産のふりをした反軍産・米覇権自滅誘導主義者たち)が起こした大義なきイラク侵攻などにより失策に変身した。そのためオバマ政権内の軍産は、ウクライナ危機を引き起こし、ロシアとの恒久対立を再生した。NATOは見事に延命し、新しい本部まで建てた。トランプは、テロ戦争だけでなく、対露和解によってロシアとの恒久対立の構図も破壊しようとしているが、逆に軍産側がトランプ政権をロシアのスパイとしてでっち上げる濡れ衣スキャンダルを引き起こしたため阻止され、トランプは対露制裁を維持せざるを得なくなっている。 (NATO延命策としてのウクライナ危機) ▼G7離脱状態を続けてリベラル軍産支配を壊すトランプ NATO首脳会談に続いて開かれたG7サミットも、米国の覇権を放棄したがるトランプに対し、他の同盟諸国が説得や批判して改悛させようとするが、トランプが頑固に抵抗する図式になった。もともと、1985年のプラザ合意で作られたG7は、1971年の金ドル交換停止(ニクソンショック)以降、低下が続いていた米国の経済覇権(ドルの基軸通貨性)を、他の先進諸国が対ドルの為替相場に協調介入してドルを支えることで維持するために作られた。ニクソンが、金ドル交換停止で米国の覇権を放棄したがったのを、他の先進同盟諸国が市場介入して覇権維持してしまうのが、当初からのG7の構図だった。覇権放棄戦略におけるニクソンの後継者たるトランプがG7を嫌うのは当然だ。 (ニクソンショックから40年のドル興亡) (ニクソン、レーガン、そしてトランプ) 08年のリーマン危機で、先進諸国だけでは世界の経済問題を解決できないという話になり、09年9月、G7サミットが持っていた、世界の経済政策の最高意思決定機関としての地位は、中国などBRICSや新興諸国も入れたG20サミットに引き渡された。G20は、米国と中国が対等な関係の多極型であるのが特徴だ。G7は、環境問題や人権など、G20加盟国の中でも先進諸国だけが特にこだわっている問題を議論する機関に格下げされた。 (G8からG20への交代) (多極化の本質を考える) 米国覇権の衰退(=多極化)を容認したくない欧米日のマスコミでは、いまだにG7が唯一の世界の頂点であるかのような報道が続いている。だが、たとえば昨今の北朝鮮問題は、トランプと習近平の米中協調で解決が推進されている。G7サミットでも北朝鮮問題が話し合われたが、その要点はトランプが他のG7首脳に「北の問題は必ず解決される」と約束する感じで話したことだ。トランプの宣言は要するに「北の問題は、オレと習近平で必ず解決するから安心しろ」という感じの話だ。中国が参加しない国際会議で北の問題をそれ以上具体的に議論しても意味がない。同様に、ロシアを排除した国際会議でシリアやイラクの問題を議論しても意味がない。G7の役割は、10年前より大幅に低下している。 (トランプの見事な米中協調の北朝鮮抑止策) シチリア島のG7サミットで合意が予定されていた主題は、地球温暖化問題のパリ協定をG7全会一致で支持すること、中東北アフリカから欧州への難民流入の問題を国際社会全体の問題としてG7で解決すること、自由貿易の振興と保護主義の批判を宣言すること、などだったが、これらのすべてにトランプの米国が反対し、まともな合意ができずに終わった。 (Merkel Furious With Trump After "Unprecedented" G-7 Failure To Reach Consensus On Climate Change) トランプは昨年の大統領選中から、これらの問題に関して、リベラル・自由主義な世界のエリート層やマスコミの論調と真っ向から対立する主張を展開してきた。マスコミの多くは、トランプの主張が一方的に間違っていると批判してきたが、実はそうでないと私は分析してきた。 (トランプの経済ナショナリズム) 地球温暖化問題は、実際に地球がここ20年ほど温暖化しておらず、温室効果ガス犯人説(温暖化人為設)も不確定な仮説の一つでしかないのに、国際政界では決めつけ的に温室効果ガス排出規制が推進されている。パリ協定は、科学のふりをした政治に基づく、先進諸国(G7主導)と途上諸国(中国主導)の間の、経済利得の争奪戦の構造になっている。この温暖化問題の構図の中で、米国は不必要な経済損失を被っていると、トランプ(や共和党の温暖化懐疑派)は主張している。トランプが一方的に間違っていると喧伝する報道の方が間違っている。 (新興諸国に乗っ取られた地球温暖化問題) (地球温暖化めぐる歪曲と暗闘) イタリアに流入する難民の問題については、以前の記事「欧州の難民危機を煽るNGO」に書いた。そこに書いたNGOのいくつかは、投資家のジョージ・ソロスが資金を出していると指摘されている。またイタリア政府は数年前まで、積極的に難民を受け入れて国民にする政策をとりつづけた。イタリアに入国した難民がEU全体に自由に行けてしまうシェンゲン体制もあり、難民危機は、欧州を切り盛りする自由主義リベラル的なエリート層やソロスのような人々が、うっかり、あるいは意図的に引き起こしたものだ。(この件は重要なので改めて分析する) (欧州の難民危機を煽るNGO) (Soros-Linked "Undesirable NGOs" Fund ISIS-linked Refugee Boats To EU) 米国も同時期に、メキシコからの違法移民の流入を歓迎する政策がとられ続けていた。これらは「人件費単価の引き下げ」を狙う資本家的な意味があったのかもしれないが、同時にテロの増加や、もとからいた市民の失業増を引き起こしている。トランプは、欧米のリベラルなエリート層が進めてきた難民・違法移民大歓迎の政策が、国民の利益に反していると主張して当選した。その後、ソロスはダボス会議での演説で、トランプ政権を潰してやると宣言している。金欠なイタリア政府は、ソロスの傀儡だ。イタリア主催のG7サミットが難民大歓迎の政策を先進国の全体で共有しようとするのを、トランプが全面拒否したのは当然だった。 (Italian Prime Minister Secretly Meets With George Soros In Rome Amid Migrant Transport Scandal) NAFTAやTPPに象徴される自由貿易体制は、米国主導の経済覇権体制であるが、同時に米国は、世界経済の成長に責任を持たねばならない覇権国として、世界から旺盛に輸入して消費する責務を負っており、それが自由貿易体制で具現化されている。覇権など要らないから輸入する責務も放棄し、製造業主導の輸出振興策に転換するぞ、というのが、保護主義と批判されるトランプの貿易戦略だ。トランプは今回EU首脳との会談で、ドイツが貿易黒字を出しすぎているせいで米国が貿易赤字になっていると、ドイツを非難した。 (Merkel pushes back against renewed Trump criticism of surplus) リベラルなエリートの国際支配体制を象徴するG7に対し、トランプは真っ向から喧嘩を売っている。トランプの米国が、G7の主導役になるのを拒否しているため、代わりにメルケルのドイツがG7の主導役となったが、トランプはさかんにドイツにかみつき、メルケルに、最悪のG7だったと言わせている。トランプ政権が続く限り、米国はG7から撤退した状態が続き、メルケルのドイツが主導していかざるを得ない。 (US, Britain no longer reliable partners for EU: Merkel) (Trump at loggerheads with rest of G7 over climate change) EU離脱の英国や、対米(対トランプ)従属の日本も、米国が主導しないG7に対し、一応参加しているという感じでしか参加しない。フランスの大統領選挙でルペンが勝っていたら、G7はもっと破綻していただろうが、メルケルと強く協調しそうなマクロンが勝ったので、G7は独仏主導のリベラル国際機関として何とか持っている。 (従属先を軍産からトランプに変えた日本) (米欧同盟を内側から壊す) G7に象徴されるリベラル主義の国際政界や、NATOに象徴される軍産支配体制(両者は同じもの)と、トランプとの対立は、今後もずっと続く。今回の外遊で見えたトランプの外交戦略の特異性は、このリベラル国際政界や軍産との徹底対決・果し合いにある。中東でのトランプの外交も、リベラル国際政界がこれまで非難してきたアラブ諸国の独裁政権とあえて協調し、軍産が涵養してきたISアルカイダを退治し、中東の対立構造(=軍産支配)の源泉となってきたパレスチナ問題を解決しようとするものだ。 (よみがえる中東和平) イスラエルのネタニヤフ政権は、中東和平に積極的な中道左派の大型政党シオニスト連合を新たに連立政権に取り込んで連立を拡大し、中東和平を妨害してきた右派入植者の政党の連立内の影響力を引き下げることで、和平交渉の開始にこぎつけようと動き出している。トランプの中東外交は、成果をあげ始めている。これについてはあらためて書く。 (Taking Trump’s peace push seriously, Netanyahu said looking to broaden coalition) トランプ側近のクシュナーがロシアと「秘密の連絡ルート」を作っていたことが批判的に報じられている。これがトランプへの次の攻撃になりそうだが、よく見るとこれも針小棒大な指摘・報道だ。トランプ弾劾につながる違法性が出てくる感じでない。これについてもあらためて書きたい。 (McMaster Responds To Kushner's "Russia Back-Channel" Report)
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