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独仏を振り回すギリシャ

2015年7月17日   田中 宇

 延々と続くギリシャの金融危機は、ギリシャがユーロに加盟した04年以降、ユーロ圏の他の国々から投資が殺到して膨張した金融バブルを、リーマン危機後に危なくなったドルをユーロを犠牲にすることで救済したい米英投機筋が、11年にギリシャ国債先物市場を揺さぶってバブル崩壊させて危機を起こした。IMFやEU、ECB(欧州中央銀行)といった債権者(トロイカ)は、ギリシャに2度にわたって支援融資したが、その資金のほとんどは、フランスをはじめとするEUの他の国々の銀行の対ギリシャ債権の穴埋めにあてられ、ギリシャ自身は緊縮政策を強いられ、経済がますます悪化した。 (IMF's Director Batista: Greek bailout was "to save German & French banks") (ギリシャから欧州新革命が始まる?) (ユーロを潰してドルを延命させる

 トロイカの言いなりになったギリシャの右派エリート層に愛想を尽かしたギリシャ国民は、今年1月の選挙で、左派政党シリザを圧勝させ、シリザの40歳の党首アレクシス・チプラスが首相になった。チプラスとシリザは「トロイカからギリシャへの融資は、ギリシャを救済するのでなく逆に借金漬けにして金を強奪することを隠れた目的とする違法なものなので、返済すべきでない」と主張し、トロイカが求める緊縮財政政策を拒否し続けた。 (革命に向かうEU) (Executive Summary of the report from the Debt Truth Committee

 チプラス首相は、政治家として非常に若い40歳なのに、かなりの策略家だ。6月下旬には、IMFに借りた金の返済期限が迫る中、トロイカとの交渉で、それまで受け入れたことがない消費増税や公的年金支給開始年齢引き上げといった、緊縮財政策を受け入れた。これはチプラスの就任以来初めての大きな譲歩だったので、トロイカの側は驚喜した。しかし、チプラスはギリシャに戻ると、議会や世論から猛反発を受け「トロイカに脅されて譲歩せざるを得なくなった」と弱い態度になった。議会は、チプラスがトロイカに譲歩しなくてすむよう、国民に緊縮策を拒否させる国民投票を行う策を決めた。 (ふんばるギリシャ) (EU統合加速の発火点になるギリシャ) (Greece Resoundingly Rejects Austerity In Referendum On Bailout Deal

 国民投票は7月5日に実施され、シリザの思案どおり、緊縮策を拒否すべきとする票が61%に達し、ギリシャ国民はトロイカの緊縮策を拒否した。チプラスは、トロイカの圧力にかなわないといったん譲歩して交渉をつなぎつつ、自国に戻ったら国民投票をやらざるを得ない状況にして、民主主義的なやり方でトロイカを拒否した。トロイカはチプラスのやり方に怒りつつ、ギリシャにあまり圧力をかけられなくなった。IMFは、ギリシャの借金が過大であり、債務帳消しが必要なことを認める報告書を出した。これはギリシャ側の勝利だった。 (IMF admits: we failed to realise the damage austerity would do to Greece

 トロイカの上層部には「救済を受けている国は、民主主義を主張する資格などない」と言い切り、ギリシャの国民投票を否定しようとする者までいた。民主主義が何より大事だと世界に向かって言い続けてきたEUからすると、これはひどい暴言だ。トロイカがこんな暴言を吐かねばならないほど、国民投票を使った緊縮策の拒否は、ギリシャの戦略勝ちだった。 (Creditors Said "There Is No Point In Holding Elections" In Bailed Out Countries

 与党シリザ党内には、議会のコンスタンドプール議長など、チプラスよりさらに急進的な左翼(極左)の派閥があり、チプラスと極左との党内対立を指摘する報道もあるが、国民投票を推進したのは極左であり、おそらく対立は演技だけだ。党内極左は、トロイカのひどさを国民に喧伝して反トロイカの世論を鼓舞する役目を持ち、チプラスは極左と裏で談合しつつ、自らはトロイカから譲歩を引き出す柔軟な交渉を続け、トロイカと自国の世論の間を右往左往することを演じている。

 チプラスの右往左往は、その後も続いた。緊縮策を強く拒否するギリシャの姿勢がトロイカに対して示されたことを受け、トロイカの内部で、ギリシャの債務を一部帳消しにしてやるべきだとの声が出始めた。IMFに続き、EUの行政府である欧州委員会も7月10日に「ギリシャは混乱の結果、来年、再来年と経済のマイナス成長になり、消費増税しても税収が増えず、緊縮策をやっても借金を返せない。何らかの債務帳消しが不可避だ」とする報告書を発表した。トロイカの態度から、強硬な借金取りの姿勢が、明らかに減っている。 (Juncker Echoes IMF Call For Greek Debt Re-Profiling

 加えて、7月に入ってフランスがギリシャに荷担し始めた。フランスのオランド大統領は7月初め、ドイツのメルケル首相に電話して、ギリシャに対して債務帳消しや追加のつなぎ融資をしてやるべきだと説得した。債務帳消しに反対している最大勢力はドイツだ。オランドは左派で、ギリシャのチプラスと左翼どうしで路線が合う。 (The Guardian view on the Greek crisis: time for the French connection

 チプラスは、事前にオランドに電話し、メルケルを説得してほしいと頼んでいる。チプラスは、トロイカと自国の世論の両方に柔軟に接しているので、オランドらトロイカのEU上層部に頼み事をしやすい。フランスの左翼は「19世紀にギリシャがトルコ帝国から独立する戦争を起こしたとき、フランスの知識人や芸術家がギリシャ支援の政治運動をやったように、今またギリシャを支援しよう」と呼びかけている。欧州の左翼が、ギリシャ支援で連帯し始めている。 (France Intercedes on Greece's Behalf to Try to Hold Eurozone Together

 フランスでは、著名な経済学者(Michel Husson)の主導で過去30年間の仏での財政赤字の発生経緯や使途を調べたところ、赤字総額の60%が不正なものであると判明し、それを市民運動が報告書として発表した。それによると、仏政府はこの30年間に財政赤字を増やしたが、政府支出は2%減っている。財政赤字が政府支出増としてばらまかれたという常識論がウソだと判明した。この間の仏の財政赤字は主に、金持ちに対する減税策の穴埋めと、銀行への利払いに使われていた。金持ちや銀行界が政府を牛耳り、自分たちを儲けさせるために財政赤字を増やしたわけで、これらは違法であり、その違法分が30年間の赤字総額の6割りにのぼると、報告書が結論づけている。 (The French are right: tear up public debt - most of it is illegitimate anyway

 この報告書を、フランス人がギリシャに連帯する意味でとらえると、とても重要だ。フランスですら財政赤字の6割が、銀行界と資本家(大金持ち)を儲けさすだけの違法な産物なのだから、銀行界(IMF、ECB)の借金漬け策の犠牲になったギリシャの議会が6月に、自国の借金のほとんどが違法なものだとする報告書を出し、トロイカへの借金返済を拒んだのは、全く正当な行為ということになる。 (Executive Summary of the report from the Debt Truth Committee

 フランスやギリシャの政府の借金が、銀行界による違法なものであるなら、ギリシャと同様に借金漬けにされたスペインやイタリアやポルトガルなど南欧諸国の政府の借金も、返す必要がない違法なものである疑いが大きい。少なくとも、南欧諸国の人々が、そのように主張してトロイカへの借金返済を拒む動きをして当然だ。ギリシャの国民投票以後、南欧諸国では、ギリシャ型の返済拒否・債務帳消し要求の運動を強める動きが加速している。ギリシャ発の「欧州新革命」がじわじわと進んでいる。 (Greek `No' Vote Spurs Wider Resistance) (Europe should welcome Greece's vote

 スペインでは、左派政党「ポデモス」が支持を急拡大している。イタリアではポピュリスト政党「五つ星運動」が、議会の総議席の25%を占める第2政党になり、さらに支持を拡大している。フランスでは左翼だけでなく、次期大統領と目される右翼の国民戦線のマリール・ルペンが、ギリシャの国民投票否決を受け、EUの官僚どもに対する勝利だと大歓迎している。 (Greek Crisis Shows How Germany's Power Polarizes Europe) (Renzi threatened by political contagion from Greece) (Marine Le Pen, Anti Euro French Presidential Frontrunner, Applauds Greek Victory Over "EU Oligarchy"

 フランス革命(その本質は、資本家が市民を扇動して王政を倒したことではあるが)以来、フランスは欧州の市民革命発祥の地であり、今回もフランスがギリシャの「革命運動」に呼応したことは興味深い。 (覇権の起源

 フランスに関して最近出された報告書は、もう一本ある。米国の最も権威あるシンクタンクCFR(外交問題評議会)によると、今年3月にユーロ圏各国とECBが総額1100億ユーロの救済支援融資を行い、このほとんどがユーロ圏各国の銀行がギリシャに貸していた金(総額1340億ユーロ)の返済に回ったが、この融資で最も救済されたのはフランスの銀行だった。3月に、ドイツやイタリア、スペインはギリシャへの融資額が増えたが、フランスだけは80億ユーロ融資を減らせた。危機発生前の2010年、EU諸国の銀行界からギリシャへの融資総額の40%が、フランスの銀行からの融資だった。ところが仏銀行群は、トロイカのギリシャ支援融資による穴埋めを最も多く受け、今ではEU銀行界全体の対ギリシャ融資の0・4%しか仏銀行群が貸していない。IMFの専務理事がフランス人であることと関係あるのか不明だが、フランスの銀行はずるい、もしくは不正なことをしている。 (Greece Fallout: Italy and Spain Have Funded a Massive Backdoor Bailout of French Banks

 この問題はありつつも、フランスは「革命側」に転じ、今やギリシャにとって最強の味方になっている。フランスは、ギリシャの債務帳消しに最も強く反対しているドイツと、対立する傾向になっている。フランスは冷戦後ずっと欧州の運営の主役をドイツに譲ってきたが、ここにきて反逆に転じている。その一因は、フランスが南欧と同じラテン気質で財政が赤字体質になりやすく、倹約家で黒字体質のドイツから、いつも放蕩を責められてきたので、今回のような正統性(革命性)をともなった赤字帳消しの政治運動に乗ることが、フランスがドイツに一矢報いることになるからだろう。 (The end of an affair for France and Germany) (French comeback exposes rift in eurozone core

 北欧の黒字諸国を率いるドイツは、欧州最大の黒字国として、ギリシャの債務帳消しを許したら、イタリアやスペイン、ポルトガル、アイルランドなどの赤字も帳消しにしてやらねばならなくなる。ドイツや北欧では、自分たちが倹約して貯めた金を、放蕩屋の南欧人たちに使わせるなという債務帳消し反対の世論が強い。「ギリシャや南欧をユーロ圏から追放しろ」という要求もある。もしユーロ圏から追放したら、ギリシャや南欧は、ロシアと中国の「ユーラシア経済同盟」「シルクロード経済圏」に取り込まれ、欧州の影響圏から離脱しかねない。EU内では、すでにハンガリーやセルビア、チェコなどが経済的に中露に接近している。「ユーロ離脱」は有効な国際戦略でない。離脱は、EUの手続きとしても存在していない。離脱させないなら、ドイツが債務帳消しを認めるしかない。 (Did The IMF Just Open Pandora's Box?) (Mackinder Reincarnates - Now Hungary Joins Silk Road) (ギリシャはユーロを離脱しない) (中露がインドを取り込みユーラシアを席巻

 だからドイツ中枢では、メルケル首相が「ギリシャに譲歩した方が良い」という、EUの戦略として正しいことを述べ続け、ショイブレ財務相が「譲歩はダメだ。ギリシャや南欧はユーロをやめてしまえ」という、独世論が求めることを述べ続けるという、意図的な役割分担をしてきた。ギリシャが国民投票で「緊縮はやらない。ユーロを離脱しない。債務を帳消ししろ」といった民意を明確にした後、ドイツではショイブレの人気が異様に高騰している。 (Schaeuble Proposes A Trade: US Takes Greece, Germany Takes Puerto Rico) (Germany's Most Noted Euroskeptic Is Now In Control

 しかし、ドイツやEUの戦略として、ギリシャをユーロ離脱させることはできない。これ以上の緊縮策の強要は、ギリシャ経済のマイナス成長をひどくして税収を減らすので、失敗が必至だ。EU諸国の中でも、ドイツの強硬姿勢より、フランスの現実的対応にひかれるところが出てきている(ドイツに楯突く気がない国も多い)。最近は、ローマ法王が「企業には運営が行き詰まったら倒産(して債務を帳消しに)できる道があるのだから、国家にも他国による救済(債務帳消し)ができる道があって良いはずだ」という趣旨の発言をしている。 (Greece deal will leave most participants frustrated) (Pope Francis Calls for Global Bankruptcy Process

 すでに書いたように、IMFは、ギリシャの債務が巨額で返済不能なことを認める報告書を発表している。IMFが報告書を出したのは7月5日のギリシャの国民投票の直前で、IMFはギリシャ人に、国民投票で否決票を投じてもIMFに潰されることはないと思わせ、投票を否決に持ち込みたいチプラスやシリザを応援したと見られている。IMFはその後、債務帳消しが必要だとする報告書も出している。IMFの背後にいる米国政府も、ドイツに対し、ギリシャの債務を帳消しにしてやるべきだとルー財務長官らが繰り返し表明している。 (IMF calls for Greece debt relief ahead of bailout vote) (IMF May Walk Away From Greek Bailout) (Lew and Lagarde raise pressure on EU to avoid Grexit

 IMFはこれまでずっと「ワシントン・コンセンサス」の借金取り戦略の先導役だった。ギリシャのチプラス政権は当初、EUと交渉するがIMFとは交渉しないと言っていた。米国勢(金融界)は、基軸通貨としてのドルを防衛するために、ギリシャを金融難に陥れてユーロ危機を起こした。ドルの延命には、ギリシャの借金漬けがひどくなり、ギリシャを皮切りに南欧諸国が次々にユーロから離脱し、ユーロが解体に瀕すると好都合だ。それなのに今、IMFと背後の米国は、ギリシャの危機をひどくするのでなく、逆に、ギリシャがIMFの借金取り戦略を無効にしてドイツから債務を帳消ししてもらえるよう、取りはからっている。これはなぜか? (Grexit will leave the euro fragile) (IMF Slams Germany, Says Greece "Needs Debt Restructuring") (冷戦後の時代の終わり

 歴史を見ると、もともと欧州統合を独仏に強く提案したのはレーガン政権の米国だ。米国には、欧州を国家統合によって強化して、対米自立した世界の「極」(地域覇権勢力)の一つにすることを試みる多極化の推進勢力と、米国の単独覇権を永続化しようとする勢力がおり、暗闘・相克している。近年、米国やIMFの欧州政策は、米単独覇権永続の方向だったが、ここにきて多極化推進の方向が急に出てきた。これは、米国の対欧戦略の転機の始まりかもしれず、だとするとギリシャやユーロの危機は(まだまだ続くという喧伝をよそに)そろそろ山を越えつつある。 (歴史を繰り返させる人々

 7月13日、ドイツのメルケル首相を筆頭とするトロイカと、ギリシャのチプラス首相が交渉し、トロイカが新たに860億ユーロをギリシャに救済融資する代わりに、ギリシャが消費増税や公的年金支給年齢の引き上げなどの緊縮財政策をとることが決まった。チプラスは、了承した緊縮案を、自国の議会にかけて可決し法律化する必要があったが、この緊縮策は、7月5日にギリシャが国民投票で否決した緊縮策とほぼ同じ内容に加え、ギリシャ側が500億ユーロの国有資産をトロイカからの救済融資の担保としてトロイカの管理下に置くという、新たな借金取り策が入っていた。チプラスが了承した緊縮策は、当然ながら、与党内や世論から猛反対を受けた。 (Euro Zone Leaders Reach Agreement To Rescue Greece) (Greek PM Tspiras faces party revolt over bailout deal

 チプラスは、トロイカ要求に沿って緊縮策をやるべきと主張し続けてきた右派の野党、新民主党に賛成票を投じてくれるよう働きかけた。7月15日、ギリシャ議会で緊縮策に対する票決が行われ、シリザ内の中道派と、新民主党など右派野党が賛成票を投じて可決された。与党シリザ内の左派(極左)勢力の38人の議員は、チプラスがトロイカと合意した緊縮策に反対票を投じた。 (Greek parliament approves sweeping austerity package

 チプラスは、国民を困窮させる緊縮策をトロイカが強要しても拒否すると約束して政権についた。ギリシャ国民は、7月5日の国民投票でも緊縮策を明確に拒否した。チプラス自身、トロイカに強要されて了承した緊縮策は良くないものだと認める発言を、テレビの前で行っている。チプラスは、ギリシャ国民を裏切ってトロイカに屈し、トロイカ傀儡の野党と組むことにしたのか? (Tsipras Enters Parliament Den to Sell Aid Deal to Greeks

 チプラスは今年初めに首相になってトロイカと交渉を開始して以来、トロイカから譲歩を引き出すたびに、チプラス自身も譲歩するやり方を繰り返してきた。そのたびに、ギリシャの左翼や世論は「チプラスは国を裏切った」と怒るが、チプラスはむしろ自国内の怒りを使ってギリシャ側の譲歩の内容を骨抜きにする策を講じてきた。今回のギリシャ議会の緊縮策の可決は、これまでにない大譲歩だが、同時に、債権者側(EU)の主導役であるドイツも、IMFに借金を返さないままのギリシャに追加の救済融資をするという大きな譲歩をしている。米欧マスコミは「メルケルがチプラスに譲歩させた」と喧伝するが、実のところそうではない。むしろ逆だ。 (Merkel's CDU hardliners still unhappy with Greek bailout deal

 FT紙で、ギリシャ危機に関して債権者側の代弁ばかりしてきたコラムニスト(Gideon Rachman)は「ドイツの条件つき降参」と題する記事で「譲歩したのはギリシャでなくドイツだ」「ギリシャの大譲歩、といった新聞の見出しは正しくない」「メルケルはまたもや(無駄に)ギリシャを救ってしまった」「ギリシャも譲歩したことになっているが、約束を平気で反故にする腐敗したギリシャ人など信用できない」と、債権者擁護とメルケル批判、ギリシャ中傷をちりばめて書いている。債権者側で、あちこちから「メルケルはギリシャに甘すぎる」という批判が出ている。 (Germany's conditional surrender) (24 hours after the latest Greek deal was announced, both sides of the deal are erupting in fractious bickering.

 ドイツの主導でトロイカは新たにギリシャに860億ユーロを支援することを決めたが、これでもまだギリシャの債務は維持不能な巨額さだと、トロイカ内部で指摘されている。ドイツはまだギリシャの債務の一部を帳消しにすることを拒否しているが、すでに書いたように、IMFや米国やフランスなどが、ギリシャ債務の帳消しをドイツに求める声を強めている。来年にかけてギリシャ経済が不況色を強め、政府の税収が期待通りに伸びないと、追加支援が必須になる。ギリシャ危機の論点は、経済的な収支から、政治的な人道問題、金融取引の合法性などへと転換している。ドイツは、さらなる追加融資や、債務帳消しを了承せざるを得なくなりそうだ。 (Third Greek rescue deal met with widespread scepticism

 チプラスは、学生運動の指導者だった時代から、交渉妥結のために左翼的な一貫性を放棄する現実派として知られていた。チプラスが、分水嶺的な今回のトロイカとの交渉で、これまで拒否していた公約違反の大譲歩に踏み切ったことは、彼自身のやり方として一貫している。加えて、FTコラムニストの指摘どおり、ギリシャ側が大譲歩の約束を守るかどうかわからない。ギリシャ議会は、外国銀行やトロイカからギリシャへの融資の大半が、返済の必要のない違法なものだとする報告書をまとめている。この報告書を使えば、ギリシャ側は、トロイカからの融資の返済拒否をいつでも宣言できる。

 7月15日にギリシャ議会が緊縮策を可決した票決で反対票を投じた与党シリザの38人の議員の中には、バルファキス前財務相、コンスタンドプール議長、エネルギー相(Panagiotis Lafazanis)、労働副大臣(Dimitris Stratoulis)といった要職者が含まれている。票決後、チプラスが彼らに更迭・非難・除名などの報復措置をとるのでないかと予測されていたが、今のところチプラスは何もしていない。

 彼らに報復を与えるなら、チプラスは豹変したことになるが、そうでない場合、チプラスは依然として党内の極左勢力を、すでに書いたような政治の道具として活用し続けるつもりがあることになる。たとえば今後、トロイカからの融資が違法だとして返済拒否を宣言する場合、党内極左に頑張って跳ね回ってもらう必要がある。 (Varoufakis Quits as Greece Enters New Showdown With Europe

 極左の一人であるバルファキス前財務相は、7月5日の国民投票後、更迭されている。バルファキスは、トロイカ側との対立を辞さずに強硬姿勢をとることで知られていた。彼を辞めさせたことは、チプラスが、トロイカとの交渉で強硬姿勢をとるべき時期が終わり、トロイカをなだめてさらなる譲歩を引き出す時期に入ったと考えていることを示している。ギリシャは不利になっていない。欧州新革命は、ギリシャが独仏を振り回しつつ展開しそうだ。



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