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日本の政治騒乱と尖閣問題

2012年9月13日   田中 宇

 日米関係の強化を呼びかける論調が、米国から出ている。FT紙は9月9日に「米国にとって日本は、アジアで最良の同盟相手だ」とする記事を出した。世界の中でアジアが重要になり、米国は、かつて英国と組んだような強固な同盟関係を、日本と組むべきだと書いている。この記事が「日本の経産省は、世界のどの国の政府機関よりも、世界と国内の経済を統合する機能をうまく果たしている」と礼賛している点は、経産省が指導してきた日本の製造業が、中国や韓国の企業に比べて国際展開が稚拙で失敗しているのを思うと、皮肉で書いているようにしか見えない。それはともかく、この記事は全体として、米国は中国の台頭を抑えるため、日本と戦略関係を強化すべきだとする論調だ。先日は、米政界の超党派の組織も、日米同盟の強化を提案する第3次アーミテージ・ナイ論文「アジアの安定を確保する日米同盟」を発表している。 (US needs Japan as its best ally in Asia) (Anchoring Stability in Asia - The U.S.-Japan Alliance

 米国側で「中国を抑止するための日米同盟の強化」が語られているのと連動して、日本側では尖閣諸島をめぐる日中対立の激化が起きている。今の尖閣問題の中心である、尖閣諸島を日本政府または東京都が買い上げる件は、今年4月に石原慎太郎・東京都知事が米国を訪問中に、突如として提案した。石原は、米国の有力者から、日米同盟を強化するため尖閣での日中対立を激化させる策略を提案され、それに乗ったのだろう。今年の尖閣問題の火付け役は米国といえる。

 尖閣問題は、近年の対立激化が始まるまで、日中政府間で領土問題を棚上げすることが(暗黙に)合意されていた。マスコミは「中国とそんな密約をしていた従来の方がおかしい」という論調だ。だがそもそも、世界各地の領土問題の多くは、近隣の国との対立関係を維持する目的で残してある。政治家は、領土紛争を使って外国を敵視する世論を掻き立てることで、国民の不満を国内問題からそらしておける。英仏など欧州列強は、旧植民地を独立後も自国に従属させるために、独立時に意図的に領土問題(や民族紛争)を残した。インドとパキスタンの対立が象徴的だ。

 尖閣諸島と北方領土は、日本が中露と敵対し続け、日米同盟(対米従属)を維持するために残してある。竹島問題は、もともと韓国が国民の反日感情を扇動して国内をまとめる機能として使っていた。日本側は戦後ずっと、竹島をめぐる韓国側の怒りを無視していた(日本人のほとんどは竹島問題を知らなかった)。だが近年、日本が対米従属を薄めてアジア重視の方向に傾く可能性が増したので、それを阻止するつっかえ棒として、日本側でも竹島問題で韓国との対立が扇動され出した。日本で尖閣問題が扇動されるようになったのも、日中が接近して日本が対米従属を離脱することがないようにするためだ。領土問題は、政府やマスコミが意図的に国民の怒りを扇動するものだ。領土問題で本気で怒る人は、どこの国の人間であれ、思考が浅く乗せられやすい軽信者だ。

 日本の権力を握る官僚機構は、米国にとって都合の良い状況に日本を置き続け、米国が日本を支配し続けるよう仕向ける一方、国内では「米国に逆らうことはできない」という意識を涵養し、その上で「米国の意志を正確に翻訳できるのは政治家でなく官僚だ」という理屈を定着させるとともに「政治家に任せてもうまくいかない」という世論を煽るやり方で権力を握り、非民主的な官僚独裁を維持している。国民が選んだ政治家が国家戦略を決めるのが民主主義国だ。政治家でなく官僚が戦略を決める日本は民主主義国でない。日本の官僚機構は、米国側の歓心を買うために、軍産複合体の一部として機能している。だから、米軍基地はなくせないし、オスプレイぐらい我慢しろという話になる。

「日米同盟の強化」は、言葉だけの傾向が強くても、日本の官僚機構が権力を握り続けるために必要であるとともに、米国の軍産複合体にとって、日米で軍事需要を拡大できる。そして、尖閣問題で日中の対立が激化することは、日米同盟の強化を声高に言える状況を作るので、日米双方の勢力にとって好都合だ。その一方で、中国や韓国にとっても、日本はたたきやすい対象なので、尖閣や竹島の問題は「反日」を使って国内を結束させられる道具となっている。

▼「負けるな」と言って良いのはスポーツと防災だけ

 日本の発展や安定が今後も維持できるのなら、官僚独裁だろうが軍産複合体だろうがかまわないと言える。だが問題は、対米従属が良い戦略であり続けるための必要条件である米国覇権の強さが失われつつあることだ。たとえば、債券格付け機関のムーディーズは9月11日、米議会が年末までに財政再建で合意できず、来年1月2日に大幅支出削減と増税が自動発動される「財政の断崖」が現実となることが確実となった場合、米国債の格付けを最優良のトリプルAから格下げすると発表した。米議会が財政再建で合意するのは困難だ。米国債の格下げは、国債金利の上昇と財政破綻を招きかねない。 (Moody's Likely To Cut U.S. Credit Rating If Congress Fails To Avoid 'Fiscal Cliff'

 昨夏、S&Pが米国債を格下げしたが、米国債の金利はその後も低く安定している。今後また格下げされても、何も起きないかもしれない。米議会が小手先の合意を結び、財政の断崖がかたちだけ回避されて事なきを得るかもしれない。しかし、本質的に考えると、米政府の累積赤字はオバマ政権の4年間で10兆ドルから16兆ドルへと急増し、議会は対立して実質的な財政再建ができない。 (US national debt exceeds $16 trillion

 リーマンショック以来、米国債も米金融界も、債券金融バブルの再拡大で何とか持っているだけで、米国の覇権が金融財政の面から瓦解する可能性が強まっている。日本の対米従属は、急速にリスクの高い国策になっている。日本のマスコミは、それを全く報じない。記者が自分の頭で分析して書くことを禁じ(だから記者の多くは話がつまらない)、官僚の説明やリークに基づいてしか報じないマスコミは、官僚機構の傘下にある。 (格下げされても減価しない米国債

 しかも米国の中国敵視策は、歴史的に見ると信用できないものだ。米国は1950−60年代に中国を敵視したが、ベトナム戦争の失敗を口実に、72年に突然、中国を味方につける戦略に転換した。このニクソンの転換は突然でなく、キッシンジャーがCFR(外交問題評議会)から命じられ、対中戦略の転換について5年かけて策を練った後、ニクソンの補佐官になって中国に接近した。 (世界多極化:ニクソン戦略の完成

 冷戦期のパキスタンの親米独裁者ジアウル・ハクは、米国はインダス川のようだと言った。この大河は、ふだん未来永劫同じ場所を流れ続けるかのように見えて、いったん大雨が降ると川筋を変え、その後は平然と何十キロも離れた場所を流れており、農民を唖然とさせる。米国も、永久に貴国の味方ですと言いつつ、ある日突然(実は何年も前から裏で準備して)裏切り、対米従属者を唖然とさせる国だという。親米独裁者ならではの指摘だ。 (Afghanistan and the Decline of American Power

 オバマの中国包囲網(アジア重視)策は言葉だけだという指摘が、以前から米国で出ている。中東の戦争が失敗したので、代わりに、日韓や東南アジアなど金持ちのアジア諸国に、中国包囲網の名目で米国製の武器を買わせようとする軍産複合体の戦略と感じられる。 (America Doesn't Need a Pivot to Asia) (中国の台頭を誘発する包囲網

 冒頭で紹介した、日米同盟の強化を提唱する米国の記事や論文も、よく読むと押し売りセールスマンだ。FTの記事が本当に言いたいことは「日米同盟を強化するための最重要策は、日本がTPPに加盟することだ」という点だ。「日米同盟強化」という子供だましのオマケで釣ってTPPを売り込んでいる。アーミテージ・ナイ論文は「(力が低下する米国に代わって)日本が主体的に他のアジア諸国を誘い(米国にリスクをかけずに)中国包囲網を強化してくれ」というのが裏の要点だ。 (東アジア新秩序の悪役にされる日本

 日本の対米従属論者は、たとえ中国との協調でなく敵視であれ、日本が自立的な外交をする方向に持っていくことを極度に嫌う。敵対であれ、中国と自立的な関係を強めると、米国に「日本が一人で中国とやり合えるならもっと任せよう」と言われ、官僚支配の源泉である対米従属を続けられなくなるからだ。対米従属の中国論は「中国人を信じるな。交わるな」である。「中国に負けるな」とは決して言わない。負けるなと言うと、日本人は中国に勝とうとして自立性を発揮し、対米従属から外れてしまう。日本が独力で中国と戦えるなら、米国は日米安保の希薄化を容認する。日本人が「負けるな」と言って良いのは、政治と無関係なスポーツと、「がんばれ東北」の防災だけだ(311以後の防災体制の強化は官僚機構を焼け太りさせ、鳩山政権が潰した事務次官会議も復活した)。戦略を考えないのが、日本の国家戦略だ。今の日本人が深い思考をしなくなったのは対米従属の国是のせいであるが、これは失策でなく、国家戦略の成功を示している。

 日本は、弱くて、戦略思考が浅薄でなければならない。米国が弱くなったら、その分、日本も弱くなるのが日本の事実上の国家戦略だ。米議会の空転で年末に「財政の断崖」があるかもしれない話にあわせるかのように、日本の国会の機能不全によって10月に日本政府の財政難が表面化しそうな危機が起きている。1980年代に日本が経済で米国を抜いたと思ったら、日本経済は90年代に大蔵省の失策の結果、バブル崩壊で「失われた20年」になった。

 日本は、意図的に弱くしているので、中国や韓国につけ込まれている。中韓は尖閣や竹島の対立を、ナショナリズムの扇動による自国民の結束に使っている。中韓は、日本が軍事的にやり返してこない国だと知っている。それは日本人が平和を好む民族だからでなく、日本がやり返すと対米従属から離脱するからだ。日本政府が尖閣諸島の買い上げを発表すると、中国だけでなく台湾の政府も日本を非難し、台湾政府は怒りの表明として、駐日大使(駐日代表)を帰国させた。尖閣問題で中台協調を深めて台湾を取り込むという、中国政府の策略は成功している。台湾は「中国包囲網」に不可欠な要素だが、日米は尖閣問題で台湾を中国に奪われる傾向を強めている。日米ともに、中国包囲網を本気でやりたがっているとは思えない。 (Taiwanese representative leaves Japan amid Tiaoyutais row

▼延々と続く政争は日本に必要なこと

 日本の官僚支配を壊し、国民が選出した政治家が政策を決める民主化を試みる動きは、09年の民主党勝利による鳩山政権の時から強まっている。官僚の反撃により、鳩山や小沢一郎は敗北した。鳩山の後の菅と野田は、すっかり官僚に取り込まれている。しかしこの秋、日本は再び選挙になり、官僚機構と政界の暗闘が再燃することになりそうだ。注目すべきは大阪の橋下徹だ。橋下の政治的な反乱(革命)は、鳩山や小沢が政権をとったときからの流れだ。一昨年にも反乱が起きそうで、私はそれを書いたことがあるが、結局現実にならなかった。官僚独裁を潰すための日本の政争は、簡単に。1回戦(鳩山小沢)で政界側が負けても、2回戦、3回戦がある。 (鳩山辞任と日本の今後) (日本の政治再編:大阪夏の陣

 米国のマスコミは、橋下の戦略の本質を「官僚機構の破壊」「地方分権を進めることで、官僚が支配する東京の権力を解体する」と見抜いている。日本のマスコミは、橋下について些末なことばかり報じている。官僚機構の一部であるマスコミが、日本が官僚独裁であり、橋下がその独裁を壊そうとしていることを報じたがらず、意図的に本質から外れた報道をするのは当然といえる(橋下が現体制を壊して自分の独裁を敷こうとする点だけはさかんに書くが)。 (Waiting for Ryan-san, Japan needs leaders with ideas - and convictions) (Osaka mayor launches political party

 地方分権政策には2種類ある。一つは橋下らがやっている、東京の官僚独裁を壊すためのもの。もう一つは、官僚の側が独裁破壊を阻止する目的で、中央官庁の地方の出先機関に表向きの権限を持たせ、見かけだけ地方分権をやろうとする策略。政権をとるまでの民主党は前者を希求していた。官僚出身の政治家や学者は後者を言っている。 (民主党の隠れ多極主義

 橋下はTPPに賛成している。これをもって「橋下は対米従属だ」と言う人がいる。私は違う見方だ。たしかにTPPは米国企業が日本で簡単に儲けられるようにするためのものだが、同時に、東京の官僚が持っている行政権限が米国(米企業)に奪われることでもある。鳩山政権以来の暗闘を見ると、日本の政界が官僚から権力を奪うのは簡単でないことがわかる。手段を選ばず、官僚独裁を壊すには、対米従属の国是を利用してTPPに加盟し、官僚の権限をいったん米国に譲らせて官僚を無力化し、無力化された官僚から政界が権力を奪った後、政界が対米従属をやめてTPPを破棄する動きをとればよい。TPPは、米国が用意してくれた「隠れ多極主義」的な道具というわけだ。 (◆国権を剥奪するTPP

 鳩山や小沢は、日本を対米従属から離脱させアジア重視に転換しようとしたが、橋下がアジア重視かどうかは不明だ。しかし官僚支配から「民主化」して権力が政界主導になると、日本が対米従属一辺倒である必要がなくなり、米国覇権が失墜して世界が多極型の覇権体制になるなら、日本もアジア重視に転換した方が良いという考え方が主流になるはずだ。中国や韓国、ロシアへの嫌悪と対米従属が一体化している今の国策を、橋下らがそのまま受け継ぐとは考えにくい。

 今後、橋下らの革命が成功すると、日本は中国敵視と対米従属をやめていくだろう。官僚機構は、それを阻止したい。そのための策が、4月の石原の尖閣買い上げ以来の、尖閣をめぐる日中対立の扇動と考えられる。政治家は世論を重視せざるを得ない。世論が「尖閣で中国に譲歩するな」と騒いでいる限り、誰が政権をとろうが中国と仲良くできない。尖閣の政府買い上げを実施すれば、中国政府は日本への敵視を強め、今後日本で官僚機構が権力を失っても、しばらく日中対立が解消されなくなる。官僚機構は、橋下に潰される前に、尖閣問題を不可逆的に扇動する策に出たのだろう。

 今後しばらく、日中関係は悪い状態が続く。日本国内の政争で官僚機構が勝っている限り、日本側は、対米従属を維持するために尖閣問題を煽動して日中関係の敵対を維持するだろう。だが、いずれ政争で政界側が勝ち、官僚機構が解体されて実務だけの小役人集団として再編され、日本の民主化が進めば、日本側は、中国との敵対を解消する。中国側は、日本が対米従属をやめることが中国包囲網の解消と自国の安全保障につながるので、日本が敵対を解消することを歓迎するだろう。その際、これまで自立的な政治思考を自ら禁じ、政治思考の訓練を全くしていない日本人は、政治的に中国に取り込まれ、対米従属の言論を展開してきた日本のマスコミや言論人たちが対中従属へと無条件降伏的に転換しかねないので要注意だ。マスコミは見かけ上、権力機構から自立したシステムなので、官僚機構が無力化された後も、しばらく(5−10年?)は、対米従属の残党として政界を撹乱しそうだ。

 日本と似て、東南アジアのタイも、戦後長らく、官僚(タイの場合は軍部を含む)が王制(天皇制)を取り込んで権力を掌握している。タイでは、戦後最強のカリスマ政治家タクシン・シナワットが、政治を議会(有権者)主導に転換するための民主化運動として、官僚王制軍部の権力機構に立ち向かい、タクシンは負けて亡命を余儀なくされながら、5年以上かけて戦い抜き、今では政権を奪還し、妹のインラックを首相に据えるところまで勝っている。 (民主化するタイ、しない日本

 タイは政争の敵味方の両方が、民衆を動員して戦った。日本の政争は、民衆が直接に動員されていないので、タイより長い時間がかかっても不思議でない。鳩山政権以来の日本の官僚と政界の戦いは、日本にとって歴史的に必要な行為であり、今の世代がそれを貫徹せずに終えることは、次世代の日本人を不幸にする。これは、世界的な民主化運動(カラー革命)の一つでもある。官僚機構から政界に権力が移動し、対米従属のくびきから自由になれば、日本は没落から再生へと転換していくだろう。



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