GPSが破綻する??2009年6月25日 田中 宇カーナビや船舶の航行用、米軍の精密誘導兵器などに使われる、人工衛星を使った位置確認システム(衛星測位システム、航法衛星システム。GNSS)であるGPSは、米空軍が地球の上空に打ち上げた30基の人工衛星を使ってシステムを機能させており、使える人工衛星が24基以下になると、満足な位置確認ができなくなると指摘されている。 そして、米政府の会計検査院(GAO)は今年5月下旬「来年以降、GPS用の人工衛星の中で軌道を外れるなど機能が低下するものが増える。このままでは、使える人工衛星が24基以下になる可能性は、来年が5%、2011-12年には20%、2017-19年には90%となる」とする報告書を発表した。 (Slight chance GPS satellite delays could upset service) GPSは1970年代に、米軍がミサイルなどの兵器の命中精度を上げるために開発した衛星測位システムで、クリントン政権時代に、民間に対し、無償で使うことを認めるようになった。GPSが使っている今の30基の人工衛星のうち、13基が1990-97年に、12基が97-2004年に、6基が05-09年に打ち上げられている。半数近くは、打ち上げから10年以上が過ぎている。 (Global Positioning System From Wikipedia) 米国の国防総省は以前、2007年初から12基のGPS用の人工衛星を順次打ち上げる計画だったが、打ち上げは、予定から3年たった今も開始されていない。GAOは、空軍がGPSに関する意志決定をロッキードとボーイングという下請け企業の都合に任せているので打ち上げが大幅に遅れている上、衛星を一つ打ち上げるのにかかる費用も予算の2倍以上の16億ドルもかかっていると指摘している。 (GPS system 'close to breakdown') しかも米空軍は6月17日、今年3月に打ち上げた人工衛星に不具合が生じていると発表した。この衛星はGPS用にも使えるが、今はGPSではなく、L5と呼ばれる次世代のGPSと航空管制用の周波数帯(1176.45 MHz)の試験をしている(現在のGPSは軍民共用のL1・1575.42 MHz と、軍専用のL2・1227.6 MHz )。そして試験の結果、L5をGPSとして使うと、同じ衛星から発信される他の周波数の電波と混信して、GPSの精度が従来の2フィート(60センチ)から20フィート(6メートル)に落ちてしまうことが確認された。 (GPS Satellite Glitches Fuel Concern) カーナビに使うだけなら、GPSの精度が6メートルでも実害はなさそうだが、米軍の精密誘導兵器に使うとなると問題だ。ボーイングが今年11月に打ち上げを開始する予定の次期のGPS人工衛星でも、L5の周波数帯が使われる。国防総省は、11月の打ち上げが始まる前の10月までに、混信の問題を解決する予定だといっているが、うまくいくか不確定だ。問題が解決されない場合、次期のGPS人工衛星の打ち上げはさらに遅れ、GAOが指摘するGPSの機能不全の可能性がさらに高まる。 国防総省は、GAOの報告書は悲観的すぎると反論している。確かに、カーナビ用のGPSなら、4つの人工衛星から信号を受信できれば機能する。しかし、精度はかなり落ちる。GPSの衛星が全部で18しかなくなった場合、精度は100メートルほどになる。米軍の「ピンポイント空爆」用には、これでは精密誘導弾が隣家に落ちて「誤爆」と国際的に非難される。 (Air Force disputes GAO report warning of GPS failure) ▼国防総省の裏を暴露し続けるGAO GPSは、今や米軍にとって不可欠だ。国防総省はGPS用人工衛星が24基以上打ち上がっている状態を必死で維持しようとするだろうから、衛星不足でGPSが機能低下することなどあり得ない、GAOの指摘は過剰だと、GPS関係業界の人々は考えているようだ。しかし、国防総省に対するこれまでのGAOの数々の指摘の鋭さをみると、GAOの指摘は過剰だと一蹴するのは危険だと私には感じられる。 国防総省に対するGAOの指摘として歴史的に有名なのは、1991年の湾岸戦争で米軍が使った迎撃用の精密誘導ミサイル「パトリオット」の精度について、米政府は「命中率90%以上」と豪語していたが、実は命中率は9%以下であることを指摘する報告書をGAOが92年に出したことだ。 (北朝鮮とミサイル防衛システムの裏側) (カナダもアメリカ離れ) 当時は、米軍の迎撃ミサイルの精度について疑問を持つ人がまだ少なかったので、GAOの報告書は極論扱いされたが、その後、ブッシュ政権のミサイル防衛システム(大型迎撃システム)の開発のずさんさや試験のいい加減さが米国のマスコミに載り、最近の北朝鮮のミサイル試射に際しては、米国信奉の傾向が強い日本人の間でさえ「迎撃ミサイルは当たらない」という見方が公然と広がっている。米国のミサイル防衛システムについては、GAOも06年に、使いものにならないとする報告書を出している。 (続・北朝鮮ミサイル危機で見えたもの) ミサイルを打ち上げて敵のミサイルを迎撃するミサイル防衛システムは、達成が非常に難しいが、防衛産業と癒着している国防総省は、達成が難しいことを逆手にとって、もともと巨額な当初予算のさらに3倍の予算がかかる現状を米議会に認めさせ、それでも発射試験すら満足に機能しないので、米政府は命中率や試験結果を誤魔化してきた。GAOは、こうした状況をあぶり出している。 GAOは、国防総省の「裏金作り」(黒予算)も暴露している。国防総省はCIAをしのぐ諜報機関でもあり、世界中で秘密の諜報作戦を展開しているが、これには巨額の費用がかかる。公式に予算をとるには、議会に説明して了承を得ねばならないが、それが嫌な国防総省は、防衛産業を巻き込んで、存在しない兵器を発注したことにしたり(戦車や戦闘機の数が予算と実数で合致しなくなるが、戦場ではそういう混乱がよくあるという話にする)、職員が自分の知らないうちに国防総省のクレジットカードで巨額の買い物をしていたことになっていたりする(実際は買い物をしたことにして、その金が黒予算として特殊部隊に回されている)。こうした黒予算作りは1980年代からのものだ。 (米軍の裏金と永遠のテロ戦争) GAOはまた05年には「在韓米軍の装備の8割は使いものにならない」と指摘している。これは、03年からのイラク戦争で、使える装備はすべて韓国からイラクに出し、代わりにイラクで使い古して壊れた装備を韓国に移したことを意味している。 (日本の孤立戦略のゆくえ) イラク戦争が泥沼化した05年には、米軍の新兵募集に応募する人が減り、前線に近い部署で定員割れが常態化したが、国防総省は戦場から遠く応募が多い後方の部署を、必要な定員以上に増員し、総数として定員割れが起きていないように操作し、面目を保った。この操作についても、GAOは05年に指摘している。 (米軍のイラク撤退) GAOの役目は、公金の無駄遣いを指摘して是正することであり、国防総省の乱費を暴露するのは、役目をきちんと果たしていることになる。GAOは、米国の財政全体の先行きを心配しており、06年には、政府管理の健康保険であるメディケアが収入の裏づけのないまま支出を増やす構図を拡大しており、いずれメディケアは崩壊し、米政府は巨額の借金を負うと指摘した。最近では、GAOの元長官が「このままの財政赤字増が続くと、いずれ米国債はトリプルA格から格下げされる」と警告を発した。 (近づいてきたドル崩壊) (ドル崩壊の夏になる?) ▼衛星測位システムも単独覇権から多極化へ? 米政府は今、経済対策で財政赤字を急増させ、財政難がどんどん悪化している。カリフォルニア州などの地方政府はすでに破綻しており、いずれ連邦政府も米国債の格下げを受け、財政破綻に瀕する可能性が高い。米政府が財政破綻したら、GPS衛星の打ち上げは大幅に延期せざるを得ない。GPSが機能低下すると、米国が戦争できなくなる。戦争などしない方がいいのだから、GPSが機能低下してもかまわないという話にもなる。カーナビも、なくても何とかなる。 問題は、船舶の航行かもしれない。GPSが普及する前、船舶や航空機の航行用には、相互に何百キロも離れた複数のアンテナ(ロラン局)から発信された長波帯の電波を船舶が受信して位置確認を行う「ロラン」のシステムが使われていた。GPSの普及によって、ロランを使う船舶は減り、日本の海上保安庁は、日本周辺にいくつかあるロラン局のうち、太平洋上の南鳥島のロラン局を、今年12月に廃止する。 (南鳥島ロランC局の廃止について) 米国では、ロランをGPSのバックアップ用に発展させる「eロラン」の構想があるが、オバマ大統領は「ロランのシステムは(GPSに比べて)古臭く、使っている人が年々減っている。金をかけ続ける必要はない」と言って、eロランのための予算を削り、ロラン自体を廃止する方向を打ち出している。日本のロラン局廃止も、このような米国の政策に追従するものと考えられる。 (eLoran: The Never-Ending Story?) GPSが未来永劫きちんと機能し続けるのであれば、ロランはもう要らないだろう。しかし、もし米国が財政破綻してGPSの運営を放棄せざるを得なくなると、船舶の航行に支障が出る事態となる。(南鳥島のロラン局を復活すれば良いだけかもしれないが) GPSの機能低下の可能性との関係で興味深い点のもう一つは、ここでも「多極化」がひょっこり顔を出すことだ。複数の人工衛星を使った位置確認システムは、世界でGPSだけでなく、EUを中心とする「ガリレオ」のほか、ロシアの「GLONASS」(24衛星)、中国の「北斗導航系統」(第1弾は4衛星、第2弾の構想は35衛星)、インドの「IRNSS」(7衛星)など、各大国が自国周辺の地域に独自のシステムを作っている。 (Global navigation satellite system - Wikipedia) 中国の「北斗2」(COMPASS)は、35基の衛星を使うGPSに対抗しうる世界的な位置確認システムを目指しているし、ソ連崩壊後に保全できず機能低下したGLONASSの建て直しをはかるロシアは、インドと組んでいる。国際政治の世界でBRICとして結束しつつある中露やインドは、衛星による位置確認システムの分野でも、連携を深めつつある。EUのガリレオには、中国やインドが参加を表明している。(日本には「準天頂衛星システム」の構想がある) (準天頂衛星システム) 今後GPSが機能低下した場合、代わりに世界の前面に出てくる衛星測位システムは、ガリレオやBRIC各国のシステムをつなげた「多極的」なシステムになりうる。国際政治と同様、多極化による各極間の不一致や混信、ばらばらな状態(無極化)が起きうるが、従来のGPSによる「単独覇権的」なシステムで全世界をカバーしていた状況が、しだいに多極化していきそうな展開は、国際政治の変化と同期しており、興味深い。
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