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続・北朝鮮ミサイル危機で見えたもの

2006年7月7日  田中 宇

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この記事は「北朝鮮ミサイル危機で見えたもの」の続きです。

 7月5日、北朝鮮がミサイルを発射した。発射が確認されたミサイル7発のうち、長距離のテポドン2号は1発で、残りの6発は旧ソ連型の短距離ミサイルだった。

 北朝鮮側(非公式に北朝鮮のスポークスマンをつとめる在日のキム・ミョンチョル朝米平和研究センター所長)が、7月7日に東京の外国特派員協会で行った記者会見で発表したところによると、発射したミサイルは全部で10発だった。ロシア政府も、発射は10発だった可能性があるという見方をしている。(関連記事

 北朝鮮は、長距離ミサイルについては、1999年以来、アメリカや日本などに対し、もう発射しないと複数回にわたって約束しており、今回のテポドンの発射は、これらの約束を破ったことになる。

(北朝鮮のキム・ミョンチョル氏は7月7日の記者会見で、発射しないという約束は、アメリカや日本との外交交渉が続いている間だけを前提にしており、現状では日米との交渉は断絶状態なので、約束を破ったことにはならないと主張した。彼はまた、ミサイル発射はアメリカの独立記念日とブッシュ大統領の誕生日を祝う、祝砲や打ち上げ花火のようなものだと繰り返し述べた)

 長距離ミサイルは、日米との約束の範囲内だが、短距離ミサイルについては、制約がかかっていない。北朝鮮は、毎年のように短距離ミサイルの発射実験をしており、今年3月にも発射実験を行ったが、アメリカも日本も、あまり問題にしてこなかった。今回もアメリカ政府は、短距離ミサイルの発射は、北朝鮮による約束違反ではないと表明しており、問題にしているのは失敗したテポドンの発射に絞られている。(関連記事

 7月5日のニューヨークタイムスの社説は、テポドンを含む今回のミサイル発射実験について「(他国に)直接の脅威を与えていないし、国際条約にも違反していない。だから、アメリカやその他の国は、この発射実験によって、北朝鮮を軍事攻撃する正当性ができたと考えることはできない」と書いている。(関連記事その1その2

▼アメリカと中露の結託で窮した北朝鮮

 発射されたミサイルは、ロシアのウラジオストクに近い排他的経済水域(200カイリ水域)の中に墜ちたが、北朝鮮がこの方向にミサイルを発射したことにも意味がありそうだ。ミサイルが発射されたとき、ウラジオストク港には、アメリカの太平洋艦隊の旗艦ブルーリッジが、親善訪問のために寄港し、停泊中だったからである。(関連記事

 米軍の準機関紙「星条旗新聞」によると、ブルーリッジのウラジオストク入港は4年ぶりで、以前から予定されていた。北朝鮮のミサイルが発射された7月5日朝(アメリカの時間では7月4日)は、アメリカ独立記念日ということで、1000人の乗組員たちはウラジオストクで観光したり、ロシア側との親善活動をしていた。(関連記事

 ブルーリッジは、北朝鮮のミサイル発射の兆候が強まっていた6月28日には、中国の上海に、親善訪問のために寄港した。上海への寄港は2年ぶりで、こちらも以前からの予定だった。その数日前には、グアム島の沖合で始まった米軍の軍事演習(リムパック)に、初めて中国軍の将官が10人招待された。(関連記事

 ブルーリッジの中国やロシアへの寄港や、米軍の演習に中国軍人を招待する動きは、アメリカが、中国やロシアとの敵対関係を緩和し、上海協力機構などを通じてユーラシア大陸内の同盟関係を強める中国とロシアが、非米同盟として国際社会で台頭することを容認する「多極化」の動きの一環である。

 アメリカは最近、ロシアのプーチン政権に対して「人権侵害」などの点を突いて非難する傾向を強めているが、これはむしろ、ロシアで7月中に開かれるG8サミットを無効化してしまう効果の方が大きい。アメリカが、サミットの主催国であるロシアと敵対している中で行われるG8サミットは、世界の中心として機能しなくなる。その分、欧米の覇権力は弱まり、ロシアや中国といった非米同盟の力が強まる。

 北朝鮮のミサイル発射は、アメリカが中国やロシアに対して寛容な姿勢を強める中で行われた。北朝鮮から見れば、中国とロシアは、アメリカに絡め取られ、自国に対してアメリカと似たような圧力をかけてくる存在になりつつある。

 北朝鮮は、単独でアメリカと交渉し、不可侵の確約をアメリカから勝ち取ることで、中国やロシア、韓国、日本といった周辺国と張り合っていける外交力を得ることを目指していたが、アメリカと中露が先に結託してしまい、作戦が破綻しつつある。北朝鮮は「アメリカと中国・ロシアとの結託を許さない」と叫ぶかのように、ウラジオストク沖に向かってミサイルを連発した。

 以前は敵だった中国とアメリカに結託されて窮し、断末魔の叫びのようなミサイル試射を試みているのは、北朝鮮だけではない。北朝鮮に触発されたのか、台湾も、中国まで届くミサイルの発射実験を計画していると報じられている。ブッシュ政権が、中国と敵対する台湾を見捨てつつあることは、以前の記事に書いたとおりである。(関連記事

▼前回の分析の間違いについて

 私は前回、発射前日の7月4日の記事で、北朝鮮はミサイルの発射準備をするふりをしているだけで、実際には発射するつもりがないのではないかと書いたが、この分析は間違っていた。イギリスのエコノミスト誌の記事などに「ミサイルの液体燃料は、腐食性があるので、注入から数日間しかもたない」「ミサイルを発射する準備をしているかのように装うのは簡単だ」という指摘があり、私は、これらをもとに考察して7月4日の記事を書いた。

(北朝鮮のミサイルが発射された後の7月5日、「ミサイルの技術が改良された結果、燃料を注入してから1カ月ぐらい保持できるようになっている」と、日本政府が分析していると聞いた)

 このように私の前回の記事は、冒頭部分の分析は間違えているものの、その後の本体部分の分析については、ミサイルが発射するふりだけの芝居であっても、実際に発射されたものであっても、有効な分析になっている。

「北朝鮮がミサイルを発射する(ふりをする)のは、アメリカとの2国間の直接交渉がしたいからだ」「アメリカは、直接交渉したくないので、北朝鮮のミサイルの脅威を少な目に発表している」「アメリカは、米朝直接交渉を避けるため、中国主導の6カ国協議への北朝鮮の再参加を実現すべく、中国に何とかしろとけしかけている」といった分析である。

 北朝鮮のミサイル発射後のブッシュ政権のコメントや対応は何種類か発せられたが、いずれも発射前の傾向を踏襲している。コメントの一つは「発射から40秒で海に墜ちて失敗したミサイルは、脅威ではない」という、北朝鮮の脅威を少な目に評価する方向性のものである。ブッシュ大統領のコメントも、北朝鮮を刺激しそうな挑発的、好戦的なトーンをできるだけ出さないように配慮されたものだった。(関連記事

 もう一つは「北朝鮮がなぜミサイルを発射したかを分析するのは簡単ではないので、分析しない」というコメントで、これは「北朝鮮のミサイル発射の目的はアメリカと直接交渉したいからではないか。アメリカが直接交渉してやれば、北朝鮮の脅威は減るのではないか」という記者の質問に対する返答である。ライス国務長官やハドリー大統領補佐官らは「ミサイル発射の理由は分析しない」と言うことで、米政界のリベラル派が発する「北朝鮮と直接交渉すべきだ」という主張から巧みに逃れている。(関連記事

 ブッシュ政権の反応の3つ目は、6カ国協議の再開をうながすため、北朝鮮問題担当のヒル国務次官補を、北京に派遣したことである。ヒルは北京を拠点に、韓国やロシア、日本などの担当者とも連絡をとり、6カ国協議の再開を目指すという。

 この行動をめぐるブッシュ政権の言動の中で興味深いのは、いつの間にか中国やロシアがアメリカの「同盟国」(allies)になっていることである。ブッシュ政権のスノー報道官は、ヒルの北京訪問や、ロシア、韓国、日本と連絡することについて「アメリカは、東アジア地域の同盟国と協調して問題を解決する」と発言している。(関連記事

 ロイター通信は7月5日、ヒルの中国訪問について、スノー報道官の発言を引用しつつ「アメリカは、主要な同盟国と協調し、北朝鮮を譲歩させるための外交的な解決方法を模索していると発表した」という書き出しの記事を流している。記事の文脈からすると「主要な同盟国」とは、中国を中心とするものである。旗艦ブルーリッジの上海寄港などに象徴される、アメリカが中国やロシアを敵から味方へと転換する動きは、ここにも表れている。

 冷戦時代には敵だったアメリカと中国が、いつの間にか結託しつつあることは、日本にとっても大きな危機である。日本は、北朝鮮や台湾と同様、アメリカの多極主義への転換によって、国是の危機に陥っている。この問題については、次回に分析するつもりだ。



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