金融と革命の迷宮2008年10月21日 田中 宇最近ヘラルド・トリビューン紙のサイトに、ドイツ人は金融危機に対して冷静に対応していると分析する記事が出た。その中で目を引いたのが、ベルリン在住の筆者の知人で、かつて東ドイツの共産党員だった80歳代の女性が、昨今の米国の金融危機について語った、以下のくだりである。 「(米金融危機は)驚くようなことではないわ。独占資本主義から、国家独占資本主義に移行する際、大きな危機が発生するのは当然よ。これは、あなたたちのシステム(資本主義)の、最後の段階なの。(東独の)共産主義政権時代には、このことは、子供たちが学校で教わる(基礎的な)ことだったわ」(関連記事) 大企業が経済の主力である「独占資本主義」は、不可避的に、金融恐慌や大不況、戦争といった危機をもたらし、危機への対策として政府が全面的に介入し、経済は国家独占資本主義に転換するが、この転換は延命にすぎず、本質的には、資本主義は死滅に向かい、大衆への収奪が強まり、最後には社会主義革命が起こるというのが、マルクス経済学の理論である。1980年代まで、旧東独など、多くの社会主義国の学校では、この資本主義の発展プロセスを教えていた。 米国で、戦争ばかりやった政権の末期に巨大な金融危機が起こり、破綻しそうな金融機関に、政府が次々と資本を注入する今の事態は、マルクス経済学の視点で見ると、まさに独占資本主義から国家独占資本主義への転換を意味している。この10年あまり、米経済は金融で大発展したが、ブッシュ政権の重過失的な数々の失策の末、自滅的な金融財政の崩壊が今まさに起こり、金融の独占資本主義は終わり、米英の金融機関は国有化され、中国やアラブ産油国、ロシアなどの「政府投資基金」や「国営石油会社」といった「国家独占資本主義」の象徴的な存在が幅を利かせている。 ただ、社会主義者たちにとっては残念なことに、第2次大戦後、独占資本主義は「延命」しすぎた。先にソ連や東欧の社会主義国が崩壊し、中国も「市場経済」に転換してしまった。すでにマルクス経済学は「昔の間違った理論」として、ほとんど忘れ去られている。 米金融界は、すでに米連銀の融資に頼り、財務省から資本金を入れてもらう態勢になっている。いったん政府に頼る癖がつくと、なかなか自活できる状態に戻れない。米金融界は、今後長いこと、自由市場原理の世界に戻れなくなりそうだ。こんな状態が続くと、今後、マルクス経済学が再び学問として勢いを盛り返すこともあり得る。ただし、ソ連や共産主義時代の中国の失敗を踏まえて加筆し、新たな理屈を展開することが不可欠になる。(関連記事) 旧東独の人々を抱え、マルクスの母国でもあったドイツでは最近、マルクスの著作が、再び若い人々に読まれるようになっているという。(関連記事) ▼ネオコンが米国を革命に導いた? こうした話が冗談ですまされないのは、米国の現状が、まさに革命前夜的な色彩を帯び始めているからだ。金融危機にすくんだ銀行が金を貸してくれなくなったため、米産業界では倒産の急増が必至となっている。業績の悪い企業への貸出金利は、昨年5%だったが、今では13%に上がっている。(関連記事) 昨夏まで金が有り余っていた企業買収基金(プライベート・エクイティ・ファンド)も資金調達難になり、買収された企業が倒産する事態も増えそうだ。買収基金サーベラスが買って保持していた自動車メーカーのクライスラーは、今後数カ月以内にGMなど他社に吸収されるか、米政府の傘下に入れない場合、倒産すると予測されている。(関連記事) 倒産が増えると失業が増える。政府は、失業手当の準備を手厚くしておく必要があるが、事態は逆に、全米10州の失業手当の基金が破綻に瀕している。全米各地で、財政破綻に瀕する地方の州や市が続出しており、行政サービスは低下する傾向だ。以前の記事に書いたように、米軍は今月から、150年ぶりに米本土に陸軍の実働部隊を配備し、暴動など不測の事態に備えている。(関連記事その1、その2) 米本土に米軍を駐留させて、テロリストの疑いがある国民(貧乏人)を取り締まれ、と最初に言い出したのは、911からイラク泥沼化まで、ブッシュ政権内で力を持っていた「ネオコン」であるが、その元祖的存在であるアービン・クリストルらは、かつてニューヨークでトロツキストとして活動していた。トロツキスト(トロツキー派)は、ロシア革命に参加した勢力の中で、革命をロシア一国だけでなく、世界に拡大すべきだと主張していた革命家たちで、ユダヤ人が多かったが、ロシア第一主義のスターリンは、トロツキストの国際主義に疑いを持ち、政権から追放した。(関連記事その1、その2) (トロツキーは革命に参加する前、ニューヨークに滞在しており、革命に参加するとすぐに指導者となり、ソ連の初代の外務大臣になって国際共産主義運動を指揮し、中国などへの革命の拡大を図った。トロツキーらは、ニューヨークの資本家から支援され、国家資本主義の効率をさらに上げるための世界革命を起こそうとした疑いがある)(関連記事) トロツキストがネオコン(新保守主義)になり、表向きは「保守」を掲げて米単独覇権主義を標榜しつつ、実際には重過失的にイラク戦争とテロ戦争の大失敗を引き起こし、結果的に、左翼革命家が果たせなかった米資本主義の崩壊を、内側から実現した。「資本家」と「左翼」は敵どうしのはずだという常識を外して考えると、そのような推測が成り立つ。 (資本家は、戦後の米覇権が、軍産複合体とつながった英に主導権をとられ、発展途上国の台頭を阻止する欧米中心主義となり、世界経済の全体的な成長を阻害しているので、70年代以来、ニクソンの金ドル交換停止など、数次にわたって米覇権を自滅させようとしたのだと思われる)(関連記事) ▼マケインはわざと負けている? 11月4日に投票日が迫った米大統領選挙は、米大手新聞が相次いでオバマ支持を表明し、民主党オバマ候補が勝つ可能性が高まった。共和党のマケイン候補は、経済に詳しくない上に、副大統領候補にサラ・ペイリン(アラスカ州知事)という、国際政治も経済も知らない人物を選んでしまったため、敗北が決定的になったと分析されている。(関連記事その1、その2、その3) 共和党でブッシュ政権の戦略顧問をしていたマシュー・ダウド(Matthew Dowd)は、10月14日のシンポジウムで「マケインはジョー・リーバーマン(外交通の上院議員)を副大統領候補にすべきだった。(何の経験もない)ペイリンは副大統領にふさわしくないと、マケインは心の奥底でわかっていたはずだ」と述べた。他のパネリストが、マケインがそんな風に考えたとは思えないと反論すると、ダウドは「マケインがそれ(ペイリンが副大統領としていかに不適格か)に気づいていなかったとしたら、そっちの方が私には驚きだ」と再反論した。(関連記事) ダウドは、マケインがペイリンを選んだのは、意図的な敗北であると言わんばかりである。マケインがわざと負けることにしたのなら、その理由はもしかすると、これからの4年間で米国が破綻していくことは決定的だという認識が、共和党の中枢にあるからかもしれない。大統領になってどんな対策を打っても米国は破綻し、それが自分のせいにされることがあらかじめわかっているなら、大統領になりたいと思わなくなるのは当然だ。マケインは10月19日のテレビ出演で「負けても悔いはない。アリゾナ(の自宅)には素晴らしい暮らしが待っている。(支持者も)誰も私のことを悲哀に思う必要はない」と語った。(関連記事) 全米各地では今、大統領選挙と議会選挙の不在者投票が行われているが、コンピューター投票機を使っているいくつかの州では「民主党に入れたのに、確認の画面になると共和党と表示されてしまう」「コンピューターに詳しい人が投票時に、投票機の合計得票数を数分で改竄できてしまう」といった指摘が相次いでいる。(関連記事その1、その2、その3、その4) 全米のコンピューター投票機で不正ができることや、大手の投票機メーカーの経営者が共和党支持であることは、以前から知られており、私も何回か記事を書いた。今回の大統領選挙で、投票機を使った不正が行われるとしたら、オバマの得票をマケインの得票と改竄し、不利な共和党が挽回を狙うものだろう。(関連記事その1、その2、その3) しかし、すでに米マスコミではオバマ支持が強くなっており、もし共和党が大規模な不正をしたら、米マスコミによって暴かれる可能性が高い。しかも、接戦状態の中で不正をするならばれにくいが、オバマが圧勝しそうな中で、共和党による不正が可能なものかどうかもわからない。不正は多発せず、あっさりオバマの勝ちで終わるかもしれない。 ▼金融情報を軽信するな ここ数日、米国の金融専門サイトでは「株はもう十分に下がったから、今が買い時だ」といった記事をよく見るようになった。「これから大不況が来るような予測をよく聞くが、それは間違いだ。原油価格の下落でガソリン代が浮く米国民は、その分消費を活発化させる。米国から世界への輸出も増え、米経済はほとんど不況にならない」といった予測も出ている。(関連記事) しかしその一方で、ドイツ銀行は先週末「先進諸国の経済はこれから、1930年代の大恐慌以来のひどい不況に突入する。金融危機が大不況に転換していくことを、先進諸国の政府は防げていない。中国やインドの成長は、先進国の不況をカバーし切れないので、来年の世界経済の成長率は1・2%程度になる(3%未満だと不況)。先進国の中では、英国経済が特に脆弱だ」とする報告書を発表した。米モルガンスタンレーも、似たような報告書を出している。(関連記事) 経済指標を見ると、米英がひどい不況に突入しつつあることは、しだいに確定的なことになっている。ドイツ銀行の報告書は、それを表したものだ。このような状況なのに「株価は上がる」「不況は浅い」と分析するのは、どうも投資家に株を買わせたい金融機関の扇動臭い。 とはいえプロパガンダは、詐欺的に儲けたい金融機関のみが発しているものではない。ヘラトリ紙のフィリップ・ボウリングによると、欧米の金融専門紙やIMFの報告書は、韓国経済の悪さを扇動的に書く一方で、実際には大して良くない状況のオーストラリア経済を賞賛して書く傾向がある。韓国は、外貨準備が豪州の6倍もあり、経常赤字は豪州の3分の1しかないのに、豪州より韓国の方がずっと悪いように書くのは間違っていると、ボウリングは指摘している。アングロサクソンが支配的な欧米マスコミやIMFは、アングロサクソンの国である豪州を依怙贔屓している。(関連記事) FTなど米英の金融紙は、先週に英国のブラウン政権が「ブレトンウッズ2」を提案して独仏主導の国際金融対策を乗っ取ろうと画策し始めたのと期を一にして「金融危機はもうおさまる方向だ」と「中国やアラブ産油国経済は危ない」という2つの方向の微妙に強調された報道姿勢を強めた観がある。英が黒幕となっている米覇権を守るため、中国や韓国、アラブなど、覇権多極化の主役となりそうな国々の経済状態を実態より悪く書き、これらの国々の経済危機を煽って潰そうという政治的な意図かもしれない。ウソを書くのではなく、事実に基づきつつ、微妙に誇張して書くのがポイントだ。経済情報も、諜報作戦の一部である。裏読みが必要だ。
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