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不正が予測される米中間選挙

2006年11月3日   田中 宇

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 11月7日にアメリカで行われる中間選挙は、全米50州のうち最大10州で、投票後の集計時に混乱や不正疑惑が起こりそうだという予測が、欧米のマスコミで指摘されている。(関連記事

 連邦議会の下院の全議席、上院の3分の1、38の州知事が改選される今回の選挙では、投票所における投票時の本人確認が厳しくなることについて選挙管理委員会の側の対応ができておらず、運転免許証など写真入りで本人確認できる証明書を何も持っていない貧困層が、事実上、投票できなくなってしまった州がいくつかある。貧困層は民主党支持が多いので、この措置はブッシュの共和党に有利になる。(関連記事

 とはいえ、黒人など貧困層に対する政治的な差別は、アメリカではありふれているので、今さら目くじらを立てる話ではない。大騒ぎになりそうな話は別にある。

▼トンデモ話として扱われたが・・・

 アメリカでは、2000年の大統領選挙で、旧式のパンチカード型の投票機械が、フロリダ州などで、判読困難な投票結果を生み出したことが一因で、開票時に大混乱が起きた。この教訓を受け、ブッシュ政権下では、投票機を新型の電子式(タッチスクリーン方式)に替える政策が、連邦予算の計上をともなって進められてきた。その結果、11月7日の中間選挙では、アメリカの有権者の8割が、電子式の投票機を使って投票を行うことになっている。

 問題は、この電子式投票機の中に、投票の集計結果を簡単に改竄して不正がやれてしまうものが多いことである。アメリカの電子式投票機の大手メーカーは3社あるが、最も台数が多いのは「ディーボルド社」の「アキュボート」(AccuVote)という製品で、全米の投票所の約4割が、この投票機を使っている。この製品名は「正確な(accurate)投票(vote)結果を出す機械」という意味でつけられたのだろう。だがこのマシンは、名前が示すものとは正反対の、不正な投票結果を出してしまうことで、アメリカの選挙専門家の間で有名になりつつある。

 私はすでに2004年に、この投票機の不正疑惑を記事にしている(不正が横行するアメリカ大統領選挙)。この投票機は、2002年から使われていたが、共和党に有利な選挙結果を出す傾向があった。そのため、選挙結果に疑問を持った民主党の活動家などは、投票機のプログラムのソースコードを入手して、簡単に不正ができることを突き止めて発表したが、メーカー側は「言いがかりだ」と拒否した。民主党の中枢も「そんなこと、あるはずがない」という態度で、アメリカのマスコミもこの話は記事にしなかった。日本でも全く話題にならなかった。英語のインターネット上では、すでにかなり深くこの問題を調べることができたので、私は記事を書いたが、トンデモ話の扱いを受けて終わった。

 その後、04年11月の、ブッシュが再選された大統領選挙でも、接戦のオハイオ州などで、ディーボルドの投票機が不正な集計結果を出力した結果、本来はケリーが勝っていたはずなのに、ブッシュ勝利になってしまったという指摘が民主党側の一部から出たが、民主党は内部がバラバラの組織なので、ケリー自身ら党中枢はこの指摘を無視し、投票日の夜、早々に敗北宣言をしてしまった。(関連記事

(今年になってようやく、04年の大統領選挙で行われた不正疑惑について真剣に調査すべきでした、という反省と謝罪を表明する民主党議員が出てきた)(関連記事

▼ようやくマスコミが報じ出した不正懸念

 ディボールド投票機の疑惑は「あり得ない話」として、世の中では処理されていたが、この投票機が全米の選挙区に普及すると同時に、ブッシュ政権が「テロ戦争」の名のもとに、米国内外で人権無視の法律改定などを乱発しているのを見て不信感を募らせる人がアメリカの政界や言論界に増えた結果、11月7日の中間選挙を前に、投票機の不正疑惑が報じられるようになった。

 たとえばニューヨークタイムスは9月24日の記事「Officials Wary of Electronic Voting Machines」で、ディーボルド投票機の不正疑惑を指摘している。知事が民主党の州では、電子式をやめて旧式に戻したりして不正対策をやっていることなどが紹介されている。(関連記事その1その2

 このほか、アメリカのABCテレビ、MSNBC、イギリスのフィナンシャルタイムス、ガーディアンなどのマスコミでも、ディーボルド投票機の不正疑惑問題が報じられた。(関連記事その1その2その3

 大手の映画専門ケーブルテレビのHBOは、ディーボルドの投票機の不正疑惑をテーマにしたドキュメンタリー映画「Hacking Democracy」を、ディーボルド社からの苦情をはねのけ、11月2日に放映した。(関連記事その1その2

 9月には、プリンストン大学の教授と学生が、ディーボルド投票機の実機を入手し、実際に不正ができるかどうかを試したところ、簡単に不正ができたことが論文として発表されている。(関連記事

 この論文によると、ディーボルドの投票機アキュボートは、OSがウインドウズCE3.0で、CPUは旧式の日本のPDAにも多く使われていた日立のSH3プロセッサ(133Mhz)、マザーボードにはPCカードがついている。投票機は、通常は内部メモリから起動するが、独自の起動プログラムを書いて fboot.nb0 という名前のファイルとしてコンパクトフラッシュなどのメモリに保存し、それをPCカードに差し込んで起動すると、通常と異なる動きをさせることができる。

 論文では、不正な独自プログラムによって、各候補者の得票率をあらかじめ設定しておくことで、本当の投票結果とは関係なく、事前に設定した投票結果を選挙後に出力できることを立証している。この投票機はセキュリティが甘いので、不正なプログラムで起動していることは、コンピューターの専門家が疑問を持って詳しく調べない限り、有権者にも投票所の選挙管理委員会にも察知できない。投票機のPCカードスロットには施錠できるふたがついているが、そのカギは一般に市販されているロッカー用のカギと同じものだった。(関連記事

 投票機は、OSとCPUが汎用性の高く、私がこの記事を書いている Pocket WZ Editor も動くはずだ。ウインドウズCEのプログラムが書ける人なら、不正プログラムを作れる。

▼紙が残らない完全犯罪

 PCカードから独自プログラムで起動する際、本体メモリの起動プログラムを、独自プログラムで上書きできるので、それをやってしまうと、PCカードを抜いた後、リセットしても投票機は不正な独自プログラムで動き続ける。PCカードとロッカー用カギをポケットに入れて有権者として投票ブースに入れば、1分で投票機を不正なプログラムに感染させられる。選挙当日に「投票機メーカーのメンテナンス担当者」として投票所を回れば、数人で一つの州の全体の投票結果を改竄できる。

 ここ数年の全米各地の選挙では、全候補の得票数の合計が有権者の総数を大幅に上回っていたり、投票後に電子式で集計中に、一方の候補だけ得票数が途中で減ったりする奇怪な現象がいくつか確認されている。これらは、不正プログラムに周到さが欠けていた結果だった可能性がある。

 プリンストン大学の論文に対し、ディーボールド社は「論文が対象としている投票機は古いバージョンだ。今の型式は、起動プログラムを変更する際にパスワードの入力を求められるので、不正ができない」と反論している。しかし、最初に設定されているデフォルトのパスワードは、全米のすべての機械で同一で、ほとんどのマシンは購入後にパスワード変更をしていないので、最初のパスワードさえ分かれば不正ができる状況だ、と教授側は再反論している。

 投票機は、1票ずつの投票結果を印字して紙として出力することもできるが、多くの選挙区では印字機能は使われておらず、投票結果が不正かどうか、後から検証することはできない。日本のように、紙と鉛筆の投票方式なら、後から数え直すこと(再開票)ができるが、電子式の場合、投票機内部に蓄積されたデータそのものを書き換えられてしまうと、数え直しすらできない。選挙管理委員会や投票機メンテナンスの正式な担当者が不正プログラムを投票機に埋め込んだ場合、完全犯罪ができうる。

 これまでの数年間に指摘された、ディーボルド投票機を使った不正疑惑は、すべて共和党を有利にするものだったので、投票機を不正操作するノウハウは共和党側に蓄積されている可能性が高い。ブッシュの支持率が落ちているので、11月7日の中間選挙では、民主党の有利が予測されており、その分、不正が行われる可能性が高いことになる。

 滑稽なのは、ディーボルド以外の電子投票機メーカー(セコイア社)のソフトウェアを開発している企業の一つがベネズエラの選挙用プログラムを作ったベネズエラ政府系の会社だったため「ベネズエラの反米主義のチャベス大統領が、アメリカの選挙を破壊しようとしているのではないか」という指摘が出されていることだ。自分の不正を政敵のせいにするという、秀逸なスピン作戦(マスコミや言論人を使って出来事の意味を変えることで、不利を有利に変えるプロパガンダ戦略)と見た。(関連記事

 そもそも、2000年の大統領選挙で、パンチカード式の投票機のせいで混乱したので投票機の近代化が必要だという話の流れを作り、パンチカード式よりもっとひどい混乱や不正が可能になる電子式を導入するという、改革すればするほど無茶苦茶になるという逆説的なやり方も、すぐれたスピン作戦である。

 ハイテク立国の日本が、電子式の投票機を使わず、1票ごとの再確認が確実にできる紙と鉛筆の選挙を続け、折り曲げても投票箱の中で元に戻る投票用紙の開発などに力を入れてきたことは、実は素晴らしいことで、民主主義を実践する正しいやり方である。アメリカの民主主義は腐っているという指摘は、米英の内部からも出てきている。(関連記事その1その2その3



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